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九章

2、飲んでよ

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 侍女が運んできたガラスの容器には、ほのかに緑の色をしたワインが入っていた。
 グラスに静かに注がれるワイン。
 草のような、薬のようなにおいがした。

「特別なワインなんだろ?」
「うん、そう。お父さまがよく飲んでらしたよ。薬効のあるハーブとか生薬? っていうのかな。木の皮とか果実とか、漬けこんであるんだって」
「じゃあ、お前もエラも飲めよ」

 シャールーズはテーブルに片肘をついて、二人を見据えた。
 空いた方の手でテーブルにある布巾を素早くつかみ、膝の上に落とす。

「いかがいたしましょう、殿下。グラスをお持ちしましょうか」

 侍女は、ティルダードに問いかけた。

「うーん、ぼくは子どもだからお酒はやめておくね」

 おいおい、急に子どもぶるなよ。
 エラの方を見遣ると、彼女は「私も今日は飲みたくないのよ」と断っている。
 明らかに怪しいだろ。この酒。

「シャルちゃん。お酒が苦手なら、別にティルダードの言うことなんて、無視していいのよ」
「えー、ひどいですよぉ。伯母さま。せっかくぼくが勧めてるのに」

 シャールーズは目をすがめた。

(ふーん。どうやら互いに利用しようとしているって感じか)

 しかし今は、眼前のワインだ。おそらくは害のある植物を浸けこんで、その毒を浸出させているのだろう。
 ワイン程度では、酒精が低いだろうから。強い酒に浸けこんだものを、ワインに混ぜている可能性もあるが。

(にしても、毒を飲めとか。お前、闇に堕ちすぎだろ)

 呆れて肩をすくめるシャールーズを見て、ティルダードは唇をゆがめた。

「早く飲まないと、ぼく、あなたのことをぜーんぶ伯母さまにしゃべっちゃおうかな」
「勝手にしゃべれば、いいだろ」

 ラウルが蒼氷のダイヤモンドとばれなければ、自分のことなんか別に構わない。

「あのお目付け役のことだけど。まぁ、どうでもいいや。むしろあなたって、アフタル姉さまの方が弱点だものね」
「何が言いたい?」
「姉さまにも、そのワインを飲ませてあげようかなって。ね、いい考えでしょ」
「全然、よくねぇよ」

 シャールーズは舌打ちしたい気分になった。
 だから離宮に残してきたんだ。火の粉があいつに降りかからないように。

「じゃあ、飲んでくれるよね」
「飲めば、アフタルには手出しはしないんだな」
「うんっ!」

 ティルダードは身を乗りだした。エラが神妙な様子で眺めている。
 今はまだ、二人の力関係を見抜くことが出来ない。シャールーズはティルダードとエラに視線を走らせた。
 エラがティルダードを傀儡として利用しているのだとばかり考えていたが。むしろ彼女が利用されている可能性もある。
 王宮内も、一枚岩というわけではなさそうだ。

「アフタルに危害を加えるなよ」
「うん、約束する」

 シャールーズはグラスの中の液体を一気にあおった。
 行儀は悪いが、口元を袖で拭う。
 グラスが空になったのを確認して、突然ティルダードがけたたましい笑い声をあげた。
 食堂に反響する甲高い笑いに、侍女や護衛が何事かと集まってくる。

「飲んだ。飲んだよ。ほら、伯母さま、見て。お父さまと同じワインを飲んだよ!」

 そんなこったろうと、思ったぜ。
 シャールーズは、水の入ったグラスを倒しながら瞼を閉じた。
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