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九章
13、あなたが王に
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「大好きですよ、ティル。ずっと好きですよ」
アフタルは、何度も「好き」という言葉を繰り返した。
「ぼくは嫌いだよ」
「ええ。嫌いでもいいんです。わたくしは好きですから」
「ぼくは、その……そこの姉さまの僕を、捨てたんだよ」
ティルダードはラウルへと視線を向けた。
「姉さまが拾ったんでしょ? よかったよね、君。姉さまのそばにいることができて、うれしいでしょ」
「ティルダードさま」
ラウルが困ったように、眉を下げる。どこまでティルダードに近づいていいのか、距離をはかりかねているようだ。
仕方のないことだ。かつての主とはいえ、一方的に契約を解除され、しかもティルダードはラウルのことを名前で呼ぼうともしないのだから。
「アフタルさまがティルダードさまのことをお好きでいらっしゃるように、私もティルダードさまのことを慕っておりますよ」
「嘘だ! 嘘だよ……嘘って言ってよ」
ティルダードの声は、徐々に小さくなっていく。
「ぼくのことを恨んでよ。嫌いだって言ってよ。じゃないと……ぼくは」
わななく唇を噛みしめて我慢していたが、とうとうティルダードは泣きだした。
「ぼくは……君を恨むことができないじゃないか」
膝の上でぎゅっと握ったティルダードの拳に、ラウルは手を添えた。
椅子の前にひざまずいて、ティルダードの涙をぬぐう。
「たとえ一時であったとしても、私はティルダードさまにお仕えできたことを、光栄に思いますよ」
ラウルはティルダードをじっと見つめ、一言一言を大事に紡いだ。
「君の名前も、君が何であるかも口にできないのに?」
「理由がおありなのでしょう」
「君のことを嫌いすぎて、忘れたんだもん。シャールーズが、ぼくが君を人として扱わないから、縁が切れたって言ったんだもん」
ラウルとアフタルは顔を見合わせた。
シャールーズの言うことは、間違いではないだろう。だが、寂しさに囚われた少年にかける言葉としては、配慮に欠けすぎている。
「でも、さすがにやりすぎた……気がする。シャールーズに毒を飲ませるんじゃなかった」
「ティル?」
突然の告白を理解するのに、アフタルは少し時間を要した。
「すぐに吐いたから……平気だったけど」
「そうね。平気だから、問題がないというわけではないですね」
シャールーズが毒をあおったという事実に心は乱れるけれど。平常心ではなかったティルダードにそれを問い詰めても、意味がない。
ひどく叱られるだろうと覚悟していたはずのティルダードは、拍子抜けしたように肩越しにアフタルを凝視した。
「……ごめんなさい」
肩を小刻みに震わせ、歯を食いしばっている。
「ごめんなさい、姉さまの大事な人にひどいことをして。ごめんなさい、君のことを憎んで、名前すら忘れて……知ってるはずなのに、口にもできないし、文字で書くこともできないんだ」
「気になさることはありません。それは、恐らく外的な力によるものだと思います」
丸めて捨てられた紙。
きっと何度もラウルの名前を書こうとしたのだろう。
「鳩が襲われてるって聞いたのに、それでも姉さまや母さまを恨んでたんだ」
食いしばったティルダードの歯の間から、嗚咽が洩れる。
「許して、ぼくを……どうか、許して」
ティルダード小さな両手で顔を覆って泣きだした。
守られるべき存在。なのに守ってあげることができなかった。
アフタルは、ティルダードの頭に、そっと額を寄せた。
「これからはわたくしが、ティルを支えますよ。今はまだその時ではありませんが、あなたはこの国の王となるのですから」
「……いいんだ、もう」
「ティル?」
握りしめた拳で涙をぬぐうと、ティルダードはアフタルをまっすぐに見つめた。
強い瞳。何を決意したのかと、身を引き締める。
「姉さま……ううん、アフタル王女。あなたが王になってください」
アフタルは、何度も「好き」という言葉を繰り返した。
「ぼくは嫌いだよ」
「ええ。嫌いでもいいんです。わたくしは好きですから」
「ぼくは、その……そこの姉さまの僕を、捨てたんだよ」
ティルダードはラウルへと視線を向けた。
「姉さまが拾ったんでしょ? よかったよね、君。姉さまのそばにいることができて、うれしいでしょ」
「ティルダードさま」
ラウルが困ったように、眉を下げる。どこまでティルダードに近づいていいのか、距離をはかりかねているようだ。
仕方のないことだ。かつての主とはいえ、一方的に契約を解除され、しかもティルダードはラウルのことを名前で呼ぼうともしないのだから。
「アフタルさまがティルダードさまのことをお好きでいらっしゃるように、私もティルダードさまのことを慕っておりますよ」
「嘘だ! 嘘だよ……嘘って言ってよ」
ティルダードの声は、徐々に小さくなっていく。
「ぼくのことを恨んでよ。嫌いだって言ってよ。じゃないと……ぼくは」
わななく唇を噛みしめて我慢していたが、とうとうティルダードは泣きだした。
「ぼくは……君を恨むことができないじゃないか」
膝の上でぎゅっと握ったティルダードの拳に、ラウルは手を添えた。
椅子の前にひざまずいて、ティルダードの涙をぬぐう。
「たとえ一時であったとしても、私はティルダードさまにお仕えできたことを、光栄に思いますよ」
ラウルはティルダードをじっと見つめ、一言一言を大事に紡いだ。
「君の名前も、君が何であるかも口にできないのに?」
「理由がおありなのでしょう」
「君のことを嫌いすぎて、忘れたんだもん。シャールーズが、ぼくが君を人として扱わないから、縁が切れたって言ったんだもん」
ラウルとアフタルは顔を見合わせた。
シャールーズの言うことは、間違いではないだろう。だが、寂しさに囚われた少年にかける言葉としては、配慮に欠けすぎている。
「でも、さすがにやりすぎた……気がする。シャールーズに毒を飲ませるんじゃなかった」
「ティル?」
突然の告白を理解するのに、アフタルは少し時間を要した。
「すぐに吐いたから……平気だったけど」
「そうね。平気だから、問題がないというわけではないですね」
シャールーズが毒をあおったという事実に心は乱れるけれど。平常心ではなかったティルダードにそれを問い詰めても、意味がない。
ひどく叱られるだろうと覚悟していたはずのティルダードは、拍子抜けしたように肩越しにアフタルを凝視した。
「……ごめんなさい」
肩を小刻みに震わせ、歯を食いしばっている。
「ごめんなさい、姉さまの大事な人にひどいことをして。ごめんなさい、君のことを憎んで、名前すら忘れて……知ってるはずなのに、口にもできないし、文字で書くこともできないんだ」
「気になさることはありません。それは、恐らく外的な力によるものだと思います」
丸めて捨てられた紙。
きっと何度もラウルの名前を書こうとしたのだろう。
「鳩が襲われてるって聞いたのに、それでも姉さまや母さまを恨んでたんだ」
食いしばったティルダードの歯の間から、嗚咽が洩れる。
「許して、ぼくを……どうか、許して」
ティルダード小さな両手で顔を覆って泣きだした。
守られるべき存在。なのに守ってあげることができなかった。
アフタルは、ティルダードの頭に、そっと額を寄せた。
「これからはわたくしが、ティルを支えますよ。今はまだその時ではありませんが、あなたはこの国の王となるのですから」
「……いいんだ、もう」
「ティル?」
握りしめた拳で涙をぬぐうと、ティルダードはアフタルをまっすぐに見つめた。
強い瞳。何を決意したのかと、身を引き締める。
「姉さま……ううん、アフタル王女。あなたが王になってください」
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