魔の女王

香穂

文字の大きさ
21 / 57

第十九話

しおりを挟む
 表の混乱とは裏腹に、斎場内は落ち着きを取り戻していた。

 王の死により月神女は代替わりをする。

 己の王を守り切れなかった神女に、国の行く末を任せることはできないからだ。

 とはいえ王位継承とは異なり、代々月神女の継承は粛々と行われる。

 特に此度のように王家直系の王子たちの争いであれば尚更だ。オルであろうと第二王子であろうと、アガリエにとっては兄であることに変わりなく、彼女の次期月神女としての立場が揺るぐことはない。

 仮に傍流の男子などが謀反を起こした場合、その男子に連なる神女が月神女となるため、斎場においても俄かに騒々しくなるのだが、それも稀な話だ。

 王の死はすでに明らかとなっていた。オルが明言したらしい。同時に、世継ぎとされていた第二王子が、王を弑した咎で命を落としたということも。

 第二王子の手の者は、謀反人はむしろオルの方であると主張するだろう。しかしそれが正しく真実であることを知るのは、オルを含む数少ない当事者たちだけであり、主たる第二王子を亡くした彼らに分が悪いことは明白だった。

 正史は勝者により紡がれるものであり、敗者に弁明の余地は与えられない。

 たとえそれがどれほど尊い真実であろうとも。

 アガリエは数人の神女を従え、月神女の宮へと向かう。

 月神女の宮は斎場の東、太陽が昇る方角に位置する。

 主たる月神女を幽閉しているという部屋の前を女護衛が守り固めていた。彼女たちはアガリエの姿を認めると目礼し、戸を開けた。

 月神女は静かに座していた。伏せられていた睫毛がゆっくりと持ち上げられる。

 彼女が言葉を発するより早く、アガリエは問うた。

「伯母上。月神女の座は、守るべき王を弑してまでも離れがたいものなのでしょうか?」

 王の遺体と直接見えた神女なら、その死が呪詛によりもたらされたものであると気づくはずだ。

 呪詛は肉体ではなく魂を縛る。魂—―おそらくゼンたちがマナと呼ぶものと同義であるだろう、生物の核たる部分に深く刻まれた真名を傷つけられる苦痛は、筆舌に尽くしがたい。無論それは死に顔にも表れる。

 王は病ではなく呪詛により命を落とした。

 秘匿されていた王の真の名を暴き、呪い殺したものがいる。

「……何を言うかと思えば。王を呪詛したのはそなたであろう」

「お戯れを。遠からず病魔により玉座を退いたであろう王を呪詛しても、わたくしに利などございません。けれど伯母上は違いますでしょう。オル兄上に、王の呪詛と引き換えに、継承することなく月神女の座にあり続けることを許されたのではありませんか?」

「王の代替わりに伴い、月神女もまた次代に引き継ぐ習わしであることは、そなたも知っておろう。わたくしは……」

「わたくしが伯母上のお立場であれば、王を呪詛し、謀反を起こしたオル兄上を生かしてはおきません」

 アガリエは下座に座す。

 上座の月神女はすっとアガリエを見つめ、深い眸の奥で静かに笑んだ。

「そなたはほんに賢い娘だのう。二代の王に仕えた月神女など聞いたことがあるまいに、何故に気づいたのだ?」

「簡単なことです。多くの神女に守られている王の呪詛は容易くできることではございません。当代では伯母上か、わたくしくらいのものでございましょう。それに……」

 アガリエは吐息のように小さな声で囁いた。

「実はわたくしも呪詛には詳しいのです」

 王にかけられた呪詛を一目で見抜くほどには、アガリエも呪詛に精通している。

「そなたはやはり王家に巣食う魔物であったな」

「わたくしが魔物の取り換え子ではないことなど、伯母上にはとうの昔にお分かりでございましょうに」

「いいや。皆の目は誤魔化せても、わたくしの目は誤魔化せぬ。そなたは魔物の子、血濡れの姫チィアカン。そなたに月神女の座を譲ることはできぬ。……さあ、そろそろ息が苦しくなってきたのではないか、妹姫ウタよ?」

「……わたくしのことも呪詛なさったのですね」

「そなたが名付けられた場にわたくしも同席していたのでな。そなたの真の名は最初から知っておった。第二王子と共謀し、王を呪詛した神女として常夜の国ニルヤネリヤへ参るが良い」

 月神女は袖で口元を隠す。

 だがその愉悦は隠しきれていない。

「哀れでなりません」

「なんだと」

「伯母上の目は、一体いつから曇ってしまわれたのか。己が目が曇っていては、どのように美しい景色であろうと、曇って見えるものでございましょう。それではより良い国造りはできません。おとなしく継承の儀を行ってくだされば、見逃してさしあげたものを」

「……何故だ。そなた、なぜそのように平然としていられるのだ? 呪詛は、たしかに呪詛は、成ったはずだ!」

「思いあがっていては足元をすくわれますよ、伯母上。わたくしの真の名はウタではなかった、ということです」

「馬鹿なっ、王はそなたをウタと名付けた。わたくしはこの耳でしかと聞いたのだぞ!」

「では伯母上の呪詛よりも、わたくしの霊力が勝ったということでしょうか」

 アガリエの背後で戸が開き、かしずいた神女が声高に告げた。

「おそれながら申し上げます。三の君が挙兵なさいました!」

 腰を浮かし、言葉をなくす月神女に代わり、アガリエは温度のない声音で問うた。

「一の君と対立しておられるのか?」

「さようにございます。二の君のお身内の方々と手を組み、謀反を起こしたのは一の君であるとして、正殿の前で交戦中でございます」

「二の君の身内ということは、我が母の生家ということか。……さぞ見ものでしょうね。戦見物と参りましょうか、伯母上」

「……そなたの仕業か?」

「何のことでございましょう?」

 第二王子の母、つまりアガリエの生母は王妃にまでのぼりつめた女性だ。その生家は王妃を輩出するに相応しい名家であり、世継ぎの王子の後ろ盾としても申し分ない財力と権力を備えている。

「オル兄上には後ろ盾となるお身内はおられない。家と家の戦であれば、遠からず決着がつきましょう。そうなる前に事を片付けるべきでございましたね。わたくしへの呪詛が成立しなかった時点で遅きに失した、と言うべきなのでしょうけれど。ひとつ、教えてさしあげましょう。伯母上の目には、わたくしがウタのように見えますか?」

「……そなた、よもや一の姫なのか? ゆえに呪詛が成らなかったと? いつからだ、一体いつから姉妹が入れ替わっていたのだ!」

 アガリエの口元が弧を描く。

 そして外まで通るほど声高に叫んだ。

「ゼン様!」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

無能妃候補は辞退したい

水綴(ミツヅリ)
ファンタジー
貴族の嗜み・教養がとにかく身に付かず、社交会にも出してもらえない無能侯爵令嬢メイヴィス・ラングラーは、死んだ姉の代わりに15歳で王太子妃候補として王宮へ迎え入れられる。 しかし王太子サイラスには周囲から正妃最有力候補と囁かれる公爵令嬢クリスタがおり、王太子妃候補とは名ばかりの茶番レース。 帰る場所のないメイヴィスは、サイラスとクリスタが正式に婚約を発表する3年後までひっそりと王宮で過ごすことに。 誰もが不出来な自分を見下す中、誰とも関わりたくないメイヴィスはサイラスとも他の王太子妃候補たちとも距離を取るが……。 果たしてメイヴィスは王宮を出られるのか? 誰にも愛されないひとりぼっちの無気力令嬢が愛を得るまでの話。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」にも掲載しています。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

『婚約破棄された悪役令嬢ですが、嫁ぎ先で“連れ子三人”の母になりました ~三人の「ママ」が聞けるまで、私は絶対に逃げません~』

放浪人
恋愛
「母はいりません」と拒絶された悪役令嬢が、最強の“ママ”になるまでの物語。 「君のような可愛げのない女は、王妃にふさわしくない」 身に覚えのない罪で婚約破棄され、“悪役令嬢”の汚名を着せられたクラリス。 彼女が新たに嫁いだのは、北方の辺境を守る「氷の公爵」ことレオンハルト・フォン・グレイフだった。 冷え切った屋敷で彼女を待っていたのは、無表情な夫と、心に傷を負った三人の連れ子たち。 「僕たちに、母はいりません」 初対面で突きつけられた三つの拒絶。しかし、クラリスは諦めなかった。 「称号はいりません。私が欲しいのは――あなたたち三人の『ママ』になれる日だけです」 得意の生活魔法『灯(ともしび)』で凍えた部屋を温め、『鎮(しずめ)』の歌で夜泣きを癒やし、家政手腕で荒れた食卓を立て直す。 クラリスの献身的な愛情は、頑なだった子供たちの心を解きほぐし、やがて不器用な夫の氷の心さえも熱く溶かしていく。 これは、不遇な悪役令嬢が「最強の母」となり、家族を脅かす元婚約者や魔獣たちを華麗に撃退し、最愛の家族から「ママ」と呼ばれるその日までを綴った物語。

女神の白刃

玉椿 沢
ファンタジー
 どこかの世界の、いつかの時代。  その世界の戦争は、ある遺跡群から出現した剣により、大きく姿を変えた。  女の身体を鞘とする剣は、魔力を収束、発振する兵器。  剣は瞬く間に戦を大戦へ進歩させた。数々の大戦を経た世界は、権威を西の皇帝が、権力を東の大帝が握る世になり、終息した。  大戦より数年後、まだ治まったとはいえない世界で、未だ剣士は剣を求め、奪い合っていた。  魔物が出ようと、町も村も知った事かと剣を求める愚かな世界で、赤茶けた大地を畑や町に、煤けた顔を笑顔に変えたいという脳天気な一団が現れる。  *表紙絵は五月七日ヤマネコさん(@yamanekolynx_2)の作品です*

ラストアタック!〜御者のオッサン、棚ぼたで最強になる〜

KeyBow
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞奨励賞受賞 ディノッゾ、36歳。職業、馬車の御者。 諸国を旅するのを生き甲斐としながらも、その実態は、酒と女が好きで、いつかは楽して暮らしたいと願う、どこにでもいる平凡なオッサンだ。 そんな男が、ある日、傲慢なSランクパーティーが挑むドラゴンの討伐に、くじ引きによって理不尽な捨て駒として巻き込まれる。 捨て駒として先行させられたディノッゾの馬車。竜との遭遇地点として聞かされていた場所より、遥か手前でそれは起こった。天を覆う巨大な影―――ドラゴンの襲撃。馬車は木っ端微塵に砕け散り、ディノッゾは、同乗していたメイドの少女リリアと共に、死の淵へと叩き落された―――はずだった。 腕には、守るべきメイドの少女。 眼下には、Sランクパーティーさえも圧倒する、伝説のドラゴン。 ―――それは、ただの不運な落下のはずだった。 崩れ落ちる崖から転落する際、杖代わりにしていただけの槍が、本当に、ただ偶然にも、ドラゴンのたった一つの弱点である『逆鱗』を貫いた。 その、あまりにも幸運な事故こそが、竜の命を絶つ『最後の一撃(ラストアタック)』となったことを、彼はまだ知らない。 死の淵から生還した彼が手に入れたのは、神の如き規格外の力と、彼を「師」と慕う、新たな仲間たちだった。 だが、その力の代償は、あまりにも大きい。 彼が何よりも愛していた“酒と女と気楽な旅”―― つまり平和で自堕落な生活そのものだった。 これは、英雄になるつもりのなかった「ただのオッサン」が、 守るべき者たちのため、そして亡き友との誓いのために、 いつしか、世界を救う伝説へと祭り上げられていく物語。 ―――その勘違いと優しさが、やがて世界を揺るがす。

処理中です...