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一章
17 森守のはなし
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隠しているわけではないが、エディことエディタ・ヴィリニュスは、ヴィリニュス家の長女だ。
色気のないパッツン前髪や、男の子のような短い髪、柔らかさよりもしなやかさが目立つ少年のような体にまとうのは、トルトルニアの伝統的な男性の衣装である。そして、一人称が僕となれば、大抵の人はエディを少年だと思うだろう。
トルトルニアの人々はみな小さく、わりと幼い顔立ちをしている。
エディのように小さな男性がいても、何の不思議もないのだ。
エディが男装をするようになったのは、よくあるような跡継ぎがいないせいだとか、そういうわけではない。彼女には兄と義姉、それからちょっと病弱な双子の弟がいるのである。
トルトルニアのヴィリニュス家といえば、森守として一部の地域では有名だ。
森守と聞くと大概の人は『森を守る者』だと思うだろう。
だが、そうではない。
トルトルニアの森守は、『森から守る者』なのだ。
トルトルニアのすぐ近くには、魔獣の生息地である魔の森がある。
昼間でも黄昏時のように薄暗い森は、深い霧と濃い魔素に覆われていて、神秘的でもあり不気味でもあった。
フラフラと興味本位で近づいてはならない。
魔の森は恐ろしい魔獣の生息地であり、魔素が満ちた場所である。魔力耐性のない者が入ればあっさりと迷い、惑わされてしまう。
かつて魔の森で魔獣を狩って生活していたトルトルの民たちは、この森の怖さを十分理解していた。
だから彼らは村を作る時、魔獣に襲われないように防護柵を作ったのだ。
偉大な魔術師が魔力を練り上げて作ったとされるその柵は、何人たりとも侵入を許さない。
防護柵には扉が一つ。鍵が一つ。
その鍵を守る一族こそが森守であり、ヴィリニュス家なのである。
防護柵の鍵はヴィリニュスの鍵と呼ばれ、ヴィリニュス家の当主が肌身離さず持ち歩くのがしきたりだった。
だが、五年前。
事件は、起きた。
ヴィリニュス家の当主でありエディの祖母であったエマ・ヴィリニュスが、鍵を持ったまま行方不明になったのだ。それも、防護柵の扉を開け放ったまま──。
トルトルニアの精鋭たちが魔の森を駆け回ったが、エマの痕跡は全く見つからなかった。
もちろん、鍵の行方も分からないままである。
エマの生死も分からず、鍵も見つからない。
それでも、ヴィリニュス家の人々は泣いてばかりもいられなかった。
開け放たれたままの扉から、魔獣がやって来るからだ。
魔獣は小さなものでも甚大な被害を及ぼす。
たかがウサギの一匹くらいと侮ってはいけない。そのウサギ一匹で、家一軒が焼失するのだから。
ヴィリニュス家が魔獣からトルトルニアを守ることは義務である。
子供の頃から厳しく弓の稽古をつけられるのも、他の家より少しだけ立派な家も、全ては魔獣からトルトルニアの人々を守るためなのだ。
当時十歳だったエディは、覚悟を決めた。
(大好きなおばあちゃんが見つかるまで、私はおばあちゃんの分も、トルトルニアの人々を守る)
エマはよく、暖炉の前に置いた揺り椅子にゆったりと腰掛けて、小さなエディを膝の上に抱っこして話してくれた。大きくなってからは、暖炉の前の絨毯の上で二人で肩を並べて話した。
「ねぇ、エディタ。あなたはいつか、このヴィリニュスの家を出てお嫁にいっていまうのでしょうけれど。でもね、いつか来るその日まで、覚えていてちょうだい。トルトルニアの人々を守ることは、ヴィリニュス家の義務。そのために努力することを倦厭してはいけないわ。あなたの両親は女の子らしくあれと言うでしょうけれど、弓の稽古だけは忘れちゃいけない。それは、この家に生まれた誰もがしなくてはいけないことなのだから」
エディの長い髪を撫でながら、エマはそう言った。
色気のないパッツン前髪や、男の子のような短い髪、柔らかさよりもしなやかさが目立つ少年のような体にまとうのは、トルトルニアの伝統的な男性の衣装である。そして、一人称が僕となれば、大抵の人はエディを少年だと思うだろう。
トルトルニアの人々はみな小さく、わりと幼い顔立ちをしている。
エディのように小さな男性がいても、何の不思議もないのだ。
エディが男装をするようになったのは、よくあるような跡継ぎがいないせいだとか、そういうわけではない。彼女には兄と義姉、それからちょっと病弱な双子の弟がいるのである。
トルトルニアのヴィリニュス家といえば、森守として一部の地域では有名だ。
森守と聞くと大概の人は『森を守る者』だと思うだろう。
だが、そうではない。
トルトルニアの森守は、『森から守る者』なのだ。
トルトルニアのすぐ近くには、魔獣の生息地である魔の森がある。
昼間でも黄昏時のように薄暗い森は、深い霧と濃い魔素に覆われていて、神秘的でもあり不気味でもあった。
フラフラと興味本位で近づいてはならない。
魔の森は恐ろしい魔獣の生息地であり、魔素が満ちた場所である。魔力耐性のない者が入ればあっさりと迷い、惑わされてしまう。
かつて魔の森で魔獣を狩って生活していたトルトルの民たちは、この森の怖さを十分理解していた。
だから彼らは村を作る時、魔獣に襲われないように防護柵を作ったのだ。
偉大な魔術師が魔力を練り上げて作ったとされるその柵は、何人たりとも侵入を許さない。
防護柵には扉が一つ。鍵が一つ。
その鍵を守る一族こそが森守であり、ヴィリニュス家なのである。
防護柵の鍵はヴィリニュスの鍵と呼ばれ、ヴィリニュス家の当主が肌身離さず持ち歩くのがしきたりだった。
だが、五年前。
事件は、起きた。
ヴィリニュス家の当主でありエディの祖母であったエマ・ヴィリニュスが、鍵を持ったまま行方不明になったのだ。それも、防護柵の扉を開け放ったまま──。
トルトルニアの精鋭たちが魔の森を駆け回ったが、エマの痕跡は全く見つからなかった。
もちろん、鍵の行方も分からないままである。
エマの生死も分からず、鍵も見つからない。
それでも、ヴィリニュス家の人々は泣いてばかりもいられなかった。
開け放たれたままの扉から、魔獣がやって来るからだ。
魔獣は小さなものでも甚大な被害を及ぼす。
たかがウサギの一匹くらいと侮ってはいけない。そのウサギ一匹で、家一軒が焼失するのだから。
ヴィリニュス家が魔獣からトルトルニアを守ることは義務である。
子供の頃から厳しく弓の稽古をつけられるのも、他の家より少しだけ立派な家も、全ては魔獣からトルトルニアの人々を守るためなのだ。
当時十歳だったエディは、覚悟を決めた。
(大好きなおばあちゃんが見つかるまで、私はおばあちゃんの分も、トルトルニアの人々を守る)
エマはよく、暖炉の前に置いた揺り椅子にゆったりと腰掛けて、小さなエディを膝の上に抱っこして話してくれた。大きくなってからは、暖炉の前の絨毯の上で二人で肩を並べて話した。
「ねぇ、エディタ。あなたはいつか、このヴィリニュスの家を出てお嫁にいっていまうのでしょうけれど。でもね、いつか来るその日まで、覚えていてちょうだい。トルトルニアの人々を守ることは、ヴィリニュス家の義務。そのために努力することを倦厭してはいけないわ。あなたの両親は女の子らしくあれと言うでしょうけれど、弓の稽古だけは忘れちゃいけない。それは、この家に生まれた誰もがしなくてはいけないことなのだから」
エディの長い髪を撫でながら、エマはそう言った。
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