魔獣の求恋〜美形の熊獣人は愛しの少女を腕の中で愛したい〜

森 湖春

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五章

56 優しい手、でも怖い

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 ロスティで買ってきたお菓子を、ロキースが皿に並べる。その隣で、エディはお茶を淹れる。それが、いつものお茶会の準備だ。

 今日のお菓子はマカロンだ。色とりどりで綺麗だが、エディの気は晴れない。

 いつものように、大きなソファへロキースが座り、小さなソファへエディが座る。

 座って早々にため息を吐くエディに、ロキースは心配しているのかソワソワとしていた。

「何か心配事でも?」

「そういうわけじゃないよ」

「じゃあどうして、そんな顔をしている?」

「そんな顔?」

「難しい顔をしている」

「難しい、顔……」

 エディは思わず、窓に映った自分の顔を確かめた。

「ああ。複雑な感情が絡まっているような、そんな顔をしている」

 窓に映った顔は、ぼんやりとしていて不明瞭だ。だが、ロキースが言うのだから、そんな顔をしているのだろう。

(そういう自覚が、ないわけじゃないし)

 ふぅ、と無自覚にため息を吐いて、摘んだマカロンを口に放り込む。

 サクサクとした食感の甘いマカロンは美味しいはずなのに、前に食べた時よりも美味しく思えない。

「お祖母様のことか?」

「え?」

「ジョージなら何とかしてくれるかと思ったのだが、思った以上に時間がかかるようで、申し訳ない」

 そう言って、ロキースは深々と頭を下げた。

「嫌だなぁ、ロキースは何も悪くないでしょ。ジョージ様だって、頑張って一月なんだから仕方がないよ」

「だが……」

「ロキース、頭を上げてよ」

「……」

 一向に頭を上げないロキースに、エディはどうしたものかと困惑した。

 しばらく考えるようにロキースの頭を眺めていたエディの脳裏に、ふとリディアのしょうもない言葉が思い起こされる。

『背の高い男の人は、頭を撫で慣れていないのよ!だから、背の高い男の人の頭を撫でると……すぐに仲良くなれるんですって!』

 キュピーンと効果音が付きそうな勢いで、リディアは言っていた。

 そのあと、「残念ながら、トルトルニアには私より大きい男性がいないのだけれどね。フッ」と黄昏ていたので、エディが撫でてあげたのだ。

(これは、チャンスなのでは?)

 悪夢のせいで、ロキースに対して少しばかり後ろ向きな気持ちになっている。それなら、スキンシップで回復できないかと、エディは考えたのだ。

 エディはそっと、ロキースの頭に手を伸ばした。

 彼女のしようとしていることに気が付いたのか、ロキースの丸い耳が撫でるのを待っているみたいに伏せられる。

 ふわり。

 エディの小さな手が、ロキースの頭に乗る。

 恐る恐る触れた彼の頭は、思っていた以上に触り心地が良い。

 柔らかなハニーブラウンの髪は、撫ですくとフヨフヨして可愛らしかった。

 一通りワシャワシャとかき回して、それから整えるために髪を撫でる。「おしまい」と手を離したら、それまで視界の端にピコピコと揺れていた尻尾がダランとなった。

「~~っ!」

 ちょこんと控えめな尻尾だが、獣耳同様、持ち主の感情を健気に伝えてくる。それは、たまらなくエディの母性本能を刺激した。

 悶絶しているエディの手が、戻るべきか引っ込めるべきか、悩むように宙で止まる。

 ロキースはチラリと目だけを上げて、エディを見た。

「もう、おしまいか……? それなら今度は、俺がエディの頭を撫でても良いだろうか?」

 どうやら彼は、撫でられるのも撫でるのも好きらしい。

「いいけど……」

 ロキースを撫でることが出来たのだから、撫でられるのも平気だろう。

 そんな軽い気持ちからの返事だった。

 だが……。

 伸びてきた大きな手に、エディの肩が跳ね上がる。ビクッと明らかに首を竦めた彼女に、ロキースは慌てて手を引っ込めた。

 和やかな雰囲気が一変する。

「エディ……?」

 戸惑いの滲む声が、名前を呼ぶ。

 エディは、弾かれたように口を開いた。

「あ、えっと、ごめん……その、そう! 静電気が! バチってしたからビックリしちゃったの!」

 あからさまな嘘。

 だが、優しいロキースはエディの嘘を黙って受け入れる。

「そうか。冬だから、仕方がないな」

 苦く笑いながらそう言うロキースに、エディは泣きたくなった。

(どうして……どうして、触れられるのがこんなに怖いの……?)
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