勇者の系譜とやらに異世界転生した私ですが、そんな事など関係なくメイド喫茶で働いてます

秋月静流

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対価、らしいです

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「ここ999ルーンに集いし精霊達に命ず。
 我と結びし契約に基づき、我に従え。
 聖霊に連なりし我が身を以て回廊を導け。
 汝らの主への標と成り給え……」

 深く韻を含んだ詠唱。
 無詠唱魔術を得意とするミスティ兄様には珍しいくらいです。
 詠唱をキャンセルする程魔力容量のスロットを割く余裕が無い、
 それほど上位精霊との交渉は難しいということでしょう。
 見守る私達の前で兄様の周囲に淡い燐光が浮かび上がります。
 やがてそれは爆発的に数を増やすと一点に集中、大木の中に宿ります。

「愛しき幼子よ……」

 威厳に満ちた声が森に響き渡ります。
 思わず身構える私達。
 こちらを向いたミスティ兄様が大丈夫だ、と安心させるように頷きます。
 ですが極度の精神集中の為か、見るも痛々しい程憔悴してます。
 やがて大木より徐々に姿を現していくのは、緑色のドレスを纏った妙齢の女性でした。
 半透明な姿を見るまでもなく、彼女は精霊でしょう。
 しかも精霊使いとしての素質がない私にも視える程に凝縮された力を持つ。
 兄様の交渉が間違いでなければ、彼女はおそらく……

「妾は樹木の精霊を束ねる樹の精霊王。
 樹聖霊トレエンシア。
 汝の招きによりここに推参した」

 非人間的な造形美を持つ精霊王が慈しむように微笑みます。
 ミスティ兄様はついに上位精霊を顕現させることに成功したのでした。

「すごい……流石はミスティ兄様……」

 感嘆を込めて呟く私。
 幼年組の子達も惚けた表情で精霊王を見てます。
 幻想的なその姿はまさに心奪われます。
 時間も忘れそうな程見蕩れる私達。
 けど、そんな私にかぶりを振ってシャス兄様が否定します。

「まだです」
「え?」
「あれはまだ顕現させただけ。
 いうなれば交渉に向けて対話への場を設定したに過ぎません。
 無論通常ならそれだけでも並みの精霊使いを逸脱した行為ですがね。
 兄さんぐらいの力があれば、あれぐらいは容易にこなします。
 問題はこの後です」
「この後?」
「そう、これからが精霊王……聖霊との交渉になる。
 兄さんがどれほど上手く立ち回るか……
 何を代償にするかが問われます」
「兄様……」

 不安になった私は再度祈りをこめミスティ兄様を見詰め直します。
 一方、当のミスティ兄様といえば、
 不敵な顔で笑みを浮かべ、目前の精霊王に腕組みをしてます。

「いよし。流石は俺。
 まずは上々だな」

 うんうん、と納得するように頷く兄様。
 そんな兄様に呆れた様に精霊王が応じます。

「なんじゃ……妾を呼ぶだけで満足なのか?」
「まさか。アンタを呼び出したのは用事があるからさ。
 でも、綺麗なアンタを見るのは嫌いじゃない。
 偉大なる精霊王たる聖霊を間近で見るのは初めてだしな」
「フフ……子供の身で嬉しい事を言ってくれる」
「お世辞じゃないぞ?」
「分かっておる。
 精霊使いと妾達は心でリンクしておる。
 嘘はつけないからの」
「そうだな。
 偽りなき俺の本心だ」
「フフ……感謝する。
 妾が魔名たるトレエンシアで呼ぶ事を赦そう」
「それは光栄だな」
「うむ。汝とはもっと話したいものじゃが……
 されど今はゆっくり話す時間がないのじゃろ?
 汝の心中から切羽詰まった想いが伝わってくる」
「ああ」
「ならば美辞麗句はよい。
 さあ、願いを述べよ」

 交渉はどうやら上手くいってるようです。
 気難しい顔をしたトレエンシア様でしたが、デレデレになっていくのが傍から見ても分かります。
 ノルン家の先祖にも天然の女タラシの人がいて女難に悩んだそうですが、
 ミスティ兄様はどうやら聖霊タラシらしいです。
 だらしないです。ふん。
 私は何故か不機嫌になりながらも兄様とトレエンシア様との会話を見守ります。

「全員を村まで転移させるのは難しいか?」
「汝の枠組みを超えるものになる。
 じゃが数人……そうじゃな、3人ぐらいならいけるであろう」
「そうか……ならば転移を願う」
「良いのか?
 力の施行には常に対価が伴う。
 まして聖霊たる妾の助力ならばそれなりになるぞ」
「構わん。それでこいつらが助かるなら……
 安いもんだ」
「ミスティ兄ちゃん……」

 幼年組の頭を撫でながらミスティ兄様が笑います。
 ふふ……やっぱり兄様は優しい人です。
 自分だけ助かる方法もあるでしょうに。
 まず子供達だけでも、というところに兄様の不器用な優しさが見え隠れします。

「というわけで悪いな、シャスにユナ。
 お前らは残念だけど俺と居残り組だ」
「何を今更……端からそのつもりでしたよ」
「ノルン家は人々の盾なり。
 我が家の家訓を私は忘れてません」
「……まったく大した弟妹だよ。
 さ、トレエンシア。
 時間がない、やってくれ」
「良いのか?」
「ああ」
「では……ゆくぞ」

 トレエンシア様の指が中空に不思議な紋様を描きます。
 次の瞬間、まるで地面に吸い込まれる様に幼年組の三人は掻き消えました。
 どうやら無事に村まで転移したようです。
 ほっ、と眼を閉じ溜息をつく私ですが、

「兄さん!」

 シャス兄様の悲鳴に目を開けます。
 沈痛な面差しをしたトレエンシア様の前、
 ゆっくりと崩れる様に倒れていくミスティ兄様の姿が見えました。



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