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第8章 のろのろ帰還と運命の再会?
第005話 ゼルアス侯爵領の内情
しおりを挟む「それにしても、録な抵抗も無く街を抑えて仕舞えましたな。王都に近い侯爵家の領都とはとても思えん」
「――そうね」
「それに、屋敷内に騎士や兵士はおろか使用人すら居ないとはどうなっているのか。その上こんな子供を矢面に立たして逃げ出すとは何とも情けない」
苦虫を噛み潰したような顔をしてそうこぼしたのは、見事な軍服を着込んだ老兵、シェルビドだった。シャルロッテの幼少期からの付き合いで、何度もアデール王国に潜入させられた仲だ。
そんな老兵がダントルを見やるのだが、ダントルには歴戦の猛者の風貌から睨み付けられた様に見えてしまっていた。
「も、……申し訳ありません。…………主だった騎士や兵士も、王都へ出向いてしまっていて……」
「貴様を咎めている訳ではない。主だった者が出払ったとは言え、引退した者達も居よう。有事の際にはそう言った者達こそ率先して動かんといかんものなのだ」
使用人も逃げ出してお茶も出せない状況にダントルはペコペコするしかなかった。だが言ったシェルビドがダントルを責めている訳ではないのが分かってホッとする。
「まあ、シェルビド殿に言われてはその者達も形無しでしょう」
「そんな大したもんじゃないぞルシオスよ。俺もシャルロッテ嬢には形無しだからな。わっはっはっ」
「――どう言う意味かしら?」
若干周囲の気温が下がった気がしたが、シェルビドは気にする事もなく話しを続けた。
「シャルロッテ嬢には十の頃から振り回されておるからな。あの頃から単独で敵国に潜入しようとしたり無茶苦茶だ。巫女様に嘆願する為に腹を切られた時は肝を冷やしたぞ。あの巫女様には幼い子供の自決を許すとはと叱られたモノだ」
懐かしげに優しい顔で語るシェルビドだが内容が全く優しくない。
シャルロッテを女神の如く扱い全肯定するルシオスだけが瞳をキラキラさせて聞いていたが、他の兵士達もダントルも顔面蒼白で引いていた。
彼等は突然シャルロッテに自決を命令される場景を幻視してしまったのだ。常識の通じない上司や権力者程恐ろしいモノは無いのであった。
「流石はシャルロッテ様、誰も真似出来ない事をやってのけますね」
「はっはっはっ、シャルロッテ嬢は恐ろしいからなぁ」
「あら、何処がかしら?」
ルシオスのシャルロッテ全肯定にシェルビドが余計な一言を付け再び部屋の温度が下げてくる。
「シャルロッテ様を恐ろしく感じる者は後ろ暗い事がある連中でしょう。気にする事はありませんよシャルロッテ様」
「待て待て、それでは俺が後ろ暗い事があるみたいではないか! お嬢は予想がつかん事をしでかすから怖いんだぞ? この歳で戦場の最前線にまで駆り出されるのだぞ!?」
ダントルから見てシェルビドはかなり老齢の騎士だ。シェルビドは既に60歳を超えている。この世界の戦闘職以外の平均寿命が60歳程度と言われれば、戦闘職で敵国の最前線にその歳で居るのがどれだけ異常なのか分かるだろう。
「それは羨ましいですね。私も生涯シャルロッテ様のお側でお役に立ちたいと願っておりますよ」
「あら、貴方が有能である限り使い倒してあげるわよ?」
「おお、……有り難き幸せにございます!」
シャルロッテの無慈悲とも取れる言葉に涙を流さんばかりに感動して畏まるルシオス。ダントルと兵士達だけでなく老練な騎士であるシェルビドも流石にドン引いていた。
(((――狂信者!?)))
ゼルアス侯爵邸から逃げ出した使用人達は程無くして全員が捕まりそれぞれ尋問されていった。
屋敷を出る際に金品を持ち出した者も少なくなく、多くの者達は財産を没収された上で牢に入れられた。他の者達も書類や帳簿の整理に追われ眠れない日々を送る事になっている。
その際「確かに最近ダントル様は大人しくなられたが――」等と侯爵家の横暴を聞かされ、屋敷を守るいわれは無い等と言い張って来られた。
だがシェルビドが「給与を貰っておいて寝言を抜かすな!!」と一喝して黙らせている。
街の人間からすれば横暴で知られるゼルアス侯爵家の子供より、そこで働いていた使用人や引退した騎士兵士の方が大人で、貴族との付き合い方を知っているだろうと考える。
当然レンリート伯爵軍との会談も、その大人の方が矢面に立つのは相応しいと考えるだろう。――実際にはダントルを置いて逃げ出したのだが。
ダントルが暴走して街が蹂躙される可能性もあったのだ。「街の人間がお前達の行動を聞けばどう思うのか、何なら聞いて回ってみるか?」と言われ、抗議の声も上げられなくなり付き従う事になった。
更に引退した騎士、兵士達も集められ同じくシェルビドにより説教があった。しかし当然敵国の人間に言われる筋合いは無いと聞く耳を持たれない。
「ほう? 己れの過ちも認められず話しをすり替えるか、その性根から叩き直さんといかんなあ?」
老騎士とは思えない程の獰猛な笑みを浮かべ命令する。レンリート伯爵軍の兵士達の監視下で共に鍛練をさせるのだ。
「反抗する者は容赦なく切り殺せ! 良いな!!」
「「「はっ!」」」
レンリート伯爵軍の兵士達は全員が帯剣しているがゼルアス侯爵の元騎士兵士達は木剣しか持たされていない。相手は全員現役で、数の上でも圧倒しているのだ。ここで反抗出来る者は居なかった。
しかし実際鍛練を始めると、元とは言え現役で行けそうな歳の者達でもちょっと走り込んだだけで付いて来れない。模擬戦ではレンリート伯爵軍の一般兵に手も足も出ない。そのクセ口だけは達者で文句ばかり言う。
だがレンリート伯爵軍は敵国だ。そんな文句を聞き入れる事はなく、逆にそんな連中は目を付けられ余計にしごき抜かれる事になった。
「はあ、……大丈夫かルシオス? コイツ等で」
シェルビドの前には死屍累々となっている兵士達が倒れていた。――全てゼルアス侯爵の元騎士兵士である。
共に鍛練に付き合わせたレンリート伯爵軍の兵士は1人も倒れていない。
「主だった騎士兵士達が王都へ向かった所為で魔物や野盗、領民のいざこざから治安を守る兵士が全く足りてないですから、イヤでも使うしかないでしょう」
「しかし、ゼルアス侯とやらは領地を守る気がないのかね?」
「自分達が王家になれればゼルアス侯爵領など、どうなっても構わないのでしょう」
「此方は占領したからには守らねばならんと言うのに、……ままならんなあ」
「なので使える者は敵でも使わないとなりません」
動けると判断された者達は元の立場がどうあれ全て新兵としてしごき倒す事になる。いずれ領都を守る衛兵として使うつもりだ。
それでもやる気を見せなかった者達は財産没収の上、領都から退去処分される事になった。
元騎士兵士とは言え質が低い者達だ。歳も行って身分も財産も無く街から追い出されるのだ。魔物蔓延るこの世界では長くは生きられないだろう。
普通なら反抗されそうだが、圧倒的な武力の差がそれをさせなかった。
「五月蝿くさえずる様なら処刑してしまいなさい。有事に逃げ出す様な無能なんて私なら全員処刑しているわ」
更にシャルロッテの侮蔑を含んだ冷たい視線で放たれた言葉に、新兵になる者達も追い出される者達も黙らされた。
「体力は兎も角、騎士にしろ兵士にしろ引退したとは言え技術はそう衰えておらん筈だ。そう考えると我が領と比べるとかなり練度が低いですな」
「王都へ向かったゼルアス侯爵軍もたかが知れるわね。国軍も大した事無い様だし、これで良く国を保っていたわ」
「油断はなりませんが、上が腐れば下も腐って行くモノなんでしょうな」
逃げ出した使用人達が捕まったと聞いたダントルだが、自分の様な子供を死地に送って逃げ出す様な者達の助命嘆願をする気にはならなかった。
領主の屋敷は接収される事になったがダントルは行く宛も無く、監視付きで元の自分の部屋をあてがわれた。
敵地真っ只中にはなるが他に住める所も無い。使用人達にも頼めないし数少ない友人達もほぼ庶民で余計な部屋も無く、宿を取っても迷惑を掛けるだけだと考えたのだ。
「俺が、……此処の当主、か」
降って湧いた様な話しに感情が追い付かない。幸運とはとても思えない。仮に領主になったとしても敵国の支配下での話しだからだ。
シャルロッテは怖いと思っていた父親よりも遥かに怖い人間だった。そんな人間が自分の上に付くかもしれないのだ。領主と言うモノに欲はあるがそれ以上に不安と恐怖を募らせていた。
「あいつらに、相談したいな」
此処で家族ではなく友人達が思い浮かぶ自分に以前なら考えられないなと考え、少し気が抜けて眠りに入っていった。
――因みにシャルロッテが言ったのはあくまでも領主候補であり此処の領地を与えるとも言っていないのだが、それはまあ良いだろう。
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