20kHz

べいかー

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ヘッドホン 五

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 そして亜美子は、サークルの自主練に向かった。最近は、特に定期演奏会や、大会が近い、というわけではないが、亜美子は練習を休もうとはしない。このように、日々の鍛錬を怠らず、常に向上心を持ち続けている所は、亜美子の長所の1つなのであった。
 そして、亜美子はサークル室に向かうまでの間、この後練習する予定の、クラシックの曲を、ヘッドホンで聴きながら歩いていた。その日、空は雲に覆われていて、今にも雪が降ってきそうであった。亜美子は、小さい時は、ただただ無邪気に雪が好きであったが、大きくなってからは、雪の時は原付も運転しづらく、交通事故も多くなるので、喜んでばかりはいられない、でも雪化粧をした街を見るのは好き―、と、相反する2つの感情を持ち合わせ、そんな自分に、心の中で苦笑した。
 そんな時である。いつものヘッドホンから、亜美子がセットしたCDのクラシック音楽ではなく、人の声のようなものが、聴こえてきたのは。
 「マイクテスト、マイクテスト、そちら、聞こえますか、どうぞ。」
亜美子はその声を、はっきり聞きとることはできなかったが、どうやら、男の人の声らしい。
 「でもおかしいな。これ、普通のヘッドホンなんだけど。何かまるで、無線で交信してるみたい。
 …そんなわけないか。故障かな?」
亜美子はそう思いながら、サークル室に着いた。
 「ちょっと悪いんだけどさ、ヘッドホン、貸してくれる?」
「あれ、亜美子、自分のやつ持ってないの?」
「それがさ、私のヘッドホン、故障しちゃったみたい。何かさ、男の人の声らしき音が、聴こえるんだよね。」
「え、それって怖くない?」
「確かにちょっとホラーかもね。でも、ただの故障だと思うんだ。それで、曲のイメージトレーニングがしたいから、ちょっとだけ、お願い!」
 「もちろん、亜美子の頼みなら何でも聞くよ!」
 こんなやり取りの後、亜美子はサークル内の友人から、ヘッドホンを借りた。そして、自分のCDをセットし、音楽を聴こうとした―、しかし。
 「もしもし、マイクのテスト中。そちら、聴こえますか、どうぞ。」
 聴こえてきたのは、自分のヘッドホンと同じ、男の人の声であった。
 「…ごめん、私、気分が悪くなってきちゃった。この後バイトもあるから、私、先に帰るね。
 ヘッドホン、ありがとう。」
「そうなんだ。お大事にね。」
亜美子は、今の状況を全く飲み込めず、とりあえず、
「私、疲れてるのかな…。」
と思い、一旦家に帰ることにした。
 家に帰った亜美子は、すぐに自分の部屋に入り、再度ヘッドホンをつけ、クラシック音楽を聴こうとした。しかし、
「もしもし、マイクのテスト中。聴こえますか?」
ヘッドホンは、この1点ばりであった。
「私、確かに疲れてるのかもしれない。でも、さすがにこれはおかしい。いったいどういうこと?」
不審に思った亜美子は、ヘッドホンから流れてくる人の声を、注意深く聴くことにした。
 「もしもし、マイクのテスト中。聴こえますか。聴こえたら、応答お願いします。」
「はい!聴こえます!」
亜美子は試しに、少し大きめの声で、ヘッドホンの向こうの声に向かって、返事をしてみた。すると―。
 「うん、今反応あった?ような、なかったような…。もしもし、そちらにマイクは、付いていますか?僕の声が聴こえたなら、マイクで返事、してください。」
このような声が、ヘッドホンから聴こえてきた。
 「マイク?確かにこのヘッドホンは、マイク付きじゃない。ということは、マイク付きのヘッドホン、用意した方がいいのかな?」
亜美子はそう思い、近くの電気屋へ行くことにした。
 「そうですか。中田さんが休むなんて、珍しいですね。具合が悪いのなら、仕方ないです。お大事に。」
亜美子はその前に、バイト先の塾に電話を入れ、
「今日は体調が悪いので、申し訳ありませんが、休ませてください。」
と、嘘の連絡をした。
 亜美子は真面目な性格で、これが、人生初のズル休みであった。普段から、バイト先の勤務態度も良好で、「よく気も利くし、しっかり働く女の子」という印象をバイト先に与えている亜美子であったので、体調不良の連絡はすんなり受け入れられ、職場の上司を、本気で心配させた。(実際、電話越しの声に、相手の態度は表れていた。)亜美子は、職場の人を騙したことを心苦しく思いながらも、どうしてもヘッドホンから漏れてくる声が気になったので、
「ごめんなさい!」
と心の中で謝りながら、電気屋へと急いだ。
 そして、電気屋に着くやいなや、
「すみません、マイク付きのヘッドホン、置いていますか?」
と亜美子は訊き、店員さんの商品説明もそっちのけで、勧められた商品を購入し、家へと急いだ。
 また亜美子は家に着くと、試しにその購入したヘッドホンの先端を、亜美子のスマートフォンに差し込み、様子を見ることにした。
 「もしもし、マイクのテスト中。聴こえますか?」
「はい、聴こえます!」
「あっ、通じたみたいだ。もしもし、応答どうぞ。」
どうやら、亜美子の声は、マイクを通じて、ヘッドホンの声の主に伝わったらしい。亜美子は、今日あった一連の出来事を不審に思いながらも、この、「声の主」の言うことを少し聞いてみよう、そう思った。
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