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第3章 北の大国フェーブル
第104話 還ってきた者たち
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「控えよ、王太子!」
フェーブル国王が王太子を厳しい口調でいさめた。
「父上、お言葉を返すようですが……」
「ジャスミン嬢にはすでに婚約者もおられると聞く。そのような方を無理やり娶らずとも先ほどの条件で、両国関係は今まで通りと双方納得できておるのじゃ」
「そういった態度が弱腰と批判されるのではないでしょうか」
「なにっ!」
「それにこの話はシュウィツア側にとっても悪い話ではないはずです。才色兼備の誉れ高き王族の血を引く令嬢が、しがない侯爵に嫁ぐよりはわが国の王妃となる方がより名誉ではありませんか」
ナーレン王太子の自信満々な提案に、エーデル卿のみならずシュウィツアの特使一行全員はらわたの煮えくり返る思いをした。
しがない侯爵だと!
確かにジャスミン嬢のお相手の侯爵家は、実家のホーエンブルク公爵家に比べれば格下だが、その家門の歴史は古くシュウィツア有数の名家である。
「そうだ。令嬢をブラウシュテルン公爵の養女にして嫁がせるというのはどうだ。加害者側と被害者側の家で養子縁組を行い、そののちわが王家に嫁げば忌まわしい事件の遺恨も消えよう。令嬢は両国の懸け橋となることができるのだ。これほど理想的な策はあるまい」
美人の誉れの高い令嬢への下種な興味に過ぎないくせに!
この男が次の王位に就くこの国に、すでに約束が取り付けられたリナリア姫ですら嫁がせて大丈夫なのだろうか?
不安に感じるシュウィツアの者も少なくなかった。
「私共のことはどうぞお気づいかいなく。それにしてもすでに婚約者のおられる令嬢を娶るのはやはり難しいかと。彼女でなくとも見目麗しい令嬢は他にもいらっしゃいましょう。これから成長する娘たちもいることですし」
話をふられたファイゲ公爵代行もやんわりと否定した。
彼の場合、亡き者にした長女ヴィオレッタの代わりに、彼らの実娘サフィニアをいずれ王妃として王宮に送り込む算段だったから、余計な考えを持つな、と、いう気持ちも内心あったのだろう。
我ながら良い考え、と、ナーレン王太子はうぬぼれていたので、わからずやどもめ、と、うんざりした表情を見せた。
「ふん、笑っちゃうわ、このアホ王太子! ヴィオレッタのことだって大切にしてなかったくせに! それで被害者みたいな顔をして、相手国の美女を手に入れようとか厚かましいにもほどがあるわ!」
気まずい沈黙をやぶって、細く甲高い声が広間に響いた。
「なんだと!」
王太子が振り向いた先には、ブラウシュテルン公爵令嬢サフィニアがいた。
「えっ、わたし?」
またお前か、と、いった表情でにらむ王太子をはじめ、広間にいた人間全員の目が自分に向けられたのを見てサフィニアも驚いた。
言葉の主はサフィニアが抱いていた猫のクロ。
本日は両親とともに参加するのを許され、当家の騎士団長マースとともに代行夫妻のそばに立っていた。クロは少し体を縮めていたので、黒猫のぬいぐるみをサフィニアが抱いているようにしか見えない。
「ちょっと……」
誰もが心で思っていたことだが、それでも場の空気を無視した不敬な発言の責任をクロに押し付けられ、サフィニアは焦った。
王太子とサフィニアのピリピリしたにらみ合いの中、広間に再び気まずい沈黙が広がる。
そのさなか、広間の外から衛兵たちの声が聞こえてきた。
「いけません、お下がりください!」
「お願いします、おひかえください!」
衛兵たちの声が響き、やがてその声とともに十数人ほどの集団が謁見の間に押し入ろうとしているのが中にいる人々にも理解できた。
「みな揃っておるな」
許可を取らず入ってきた集団の先頭にいるのは、以前、国王暗殺の疑いをかけられ地下牢に収監されたウルマノフ老魔導士であった。
そして、彼の後ろに続く人物の顔にその場にいた人々は驚愕した。
「あれは、ヴィオレッタ嬢!」
「ノルドベルク公子もいるぞ!」
「生きておられたのか、ユーベル様!」
さらに質素なマントに身を包みフードを深くかぶって顔を隠した集団が後に続く。
彼らは同じくマントに身を包み顔を隠した何名かの者を縛り上げ、さるぐつわを噛ませて連行していた。
「わしは待っておった。国王陛下が回復するのを。そしてこの国で隠された悪事をあばくための証拠がそろうのを」
ウルマノフはユーベルたちを引き連れ、特使たちが通った絨毯の上を堂々と進んだ。
「さあ、反撃開始じゃ!」
フェーブル国王が王太子を厳しい口調でいさめた。
「父上、お言葉を返すようですが……」
「ジャスミン嬢にはすでに婚約者もおられると聞く。そのような方を無理やり娶らずとも先ほどの条件で、両国関係は今まで通りと双方納得できておるのじゃ」
「そういった態度が弱腰と批判されるのではないでしょうか」
「なにっ!」
「それにこの話はシュウィツア側にとっても悪い話ではないはずです。才色兼備の誉れ高き王族の血を引く令嬢が、しがない侯爵に嫁ぐよりはわが国の王妃となる方がより名誉ではありませんか」
ナーレン王太子の自信満々な提案に、エーデル卿のみならずシュウィツアの特使一行全員はらわたの煮えくり返る思いをした。
しがない侯爵だと!
確かにジャスミン嬢のお相手の侯爵家は、実家のホーエンブルク公爵家に比べれば格下だが、その家門の歴史は古くシュウィツア有数の名家である。
「そうだ。令嬢をブラウシュテルン公爵の養女にして嫁がせるというのはどうだ。加害者側と被害者側の家で養子縁組を行い、そののちわが王家に嫁げば忌まわしい事件の遺恨も消えよう。令嬢は両国の懸け橋となることができるのだ。これほど理想的な策はあるまい」
美人の誉れの高い令嬢への下種な興味に過ぎないくせに!
この男が次の王位に就くこの国に、すでに約束が取り付けられたリナリア姫ですら嫁がせて大丈夫なのだろうか?
不安に感じるシュウィツアの者も少なくなかった。
「私共のことはどうぞお気づいかいなく。それにしてもすでに婚約者のおられる令嬢を娶るのはやはり難しいかと。彼女でなくとも見目麗しい令嬢は他にもいらっしゃいましょう。これから成長する娘たちもいることですし」
話をふられたファイゲ公爵代行もやんわりと否定した。
彼の場合、亡き者にした長女ヴィオレッタの代わりに、彼らの実娘サフィニアをいずれ王妃として王宮に送り込む算段だったから、余計な考えを持つな、と、いう気持ちも内心あったのだろう。
我ながら良い考え、と、ナーレン王太子はうぬぼれていたので、わからずやどもめ、と、うんざりした表情を見せた。
「ふん、笑っちゃうわ、このアホ王太子! ヴィオレッタのことだって大切にしてなかったくせに! それで被害者みたいな顔をして、相手国の美女を手に入れようとか厚かましいにもほどがあるわ!」
気まずい沈黙をやぶって、細く甲高い声が広間に響いた。
「なんだと!」
王太子が振り向いた先には、ブラウシュテルン公爵令嬢サフィニアがいた。
「えっ、わたし?」
またお前か、と、いった表情でにらむ王太子をはじめ、広間にいた人間全員の目が自分に向けられたのを見てサフィニアも驚いた。
言葉の主はサフィニアが抱いていた猫のクロ。
本日は両親とともに参加するのを許され、当家の騎士団長マースとともに代行夫妻のそばに立っていた。クロは少し体を縮めていたので、黒猫のぬいぐるみをサフィニアが抱いているようにしか見えない。
「ちょっと……」
誰もが心で思っていたことだが、それでも場の空気を無視した不敬な発言の責任をクロに押し付けられ、サフィニアは焦った。
王太子とサフィニアのピリピリしたにらみ合いの中、広間に再び気まずい沈黙が広がる。
そのさなか、広間の外から衛兵たちの声が聞こえてきた。
「いけません、お下がりください!」
「お願いします、おひかえください!」
衛兵たちの声が響き、やがてその声とともに十数人ほどの集団が謁見の間に押し入ろうとしているのが中にいる人々にも理解できた。
「みな揃っておるな」
許可を取らず入ってきた集団の先頭にいるのは、以前、国王暗殺の疑いをかけられ地下牢に収監されたウルマノフ老魔導士であった。
そして、彼の後ろに続く人物の顔にその場にいた人々は驚愕した。
「あれは、ヴィオレッタ嬢!」
「ノルドベルク公子もいるぞ!」
「生きておられたのか、ユーベル様!」
さらに質素なマントに身を包みフードを深くかぶって顔を隠した集団が後に続く。
彼らは同じくマントに身を包み顔を隠した何名かの者を縛り上げ、さるぐつわを噛ませて連行していた。
「わしは待っておった。国王陛下が回復するのを。そしてこの国で隠された悪事をあばくための証拠がそろうのを」
ウルマノフはユーベルたちを引き連れ、特使たちが通った絨毯の上を堂々と進んだ。
「さあ、反撃開始じゃ!」
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