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第3章 北の大国フェーブル
第107話 ヴィオレッタ出生の秘密(前編)
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「重要なのは祖母の日記の方ではなく、それを同じところに保管されていた日記と手紙なのですが、それは若くして亡くなったエルンスト王子のものでした、こちらです」
アイリス王妃のモノより質素な装丁の書物と色あせた手紙の束もユーベルは懐から取り出した。
「エルンスト王子はシュウィツア現国王の弟で、私にとっては伯父に当たる方です。彼はフェーブル国に遊学していたこともあるので、この中にも親交を深めていた方々はいらっしゃるでしょう」
かつて両国の友好を深めるためにフェーブルに滞在していたシュウィツアの王子が、不幸な亡くなり方をしたのは人々の記憶に新しい。その人物の名を持ち出して公子は何を語る気なのだろうか、と、広間の人々はいぶかった。
「彼はフェーブル国にて多くの方々と交流すると同時に、ある一人の女性と特に親密な関係を築いていきました。その女性の名はマグノリア・ブラウシュテルン。この手紙は彼女からエルンスト伯父にあてられたものです。そして、日記には、まだ公にはされていませねしたが、二人が結婚の約束していたことも記されていました」
ユーベルの説明に驚く者多数だったが、一部年配者の中には納得したようにうなづくものがあった。
「私は事件の後、他の方々とともにブラウシュテルン領に滞在しておりましたが、そこで昔のことを証言してくれる人を探し見つけました、どうぞこちらへ」
ユーベルは小柄な年配の女性を自分の傍に誘導し紹介した。
「アンナ・ベトゥリッヒ子爵夫人です」
子爵夫人は一礼をするとユーベルに促され話し始めた。
「我がベトゥリッヒ家はブラウシュテルン公爵傘下の家で、わたくしは夫とともに先代公爵マグノリア様が幼いころから仕えており、ヴィオレッタお嬢様の乳母も務めていたこともございます」
ベトゥリッヒ夫人は軽く自己紹介をすると昔のことを話し始めた。
「マグノリア様が今のヴィオレッタ様と同じくらいの年頃の時の話です。隣国からやってきた王子様が早くこの国になじめますように、ブラウシュテルン家でもさまざまな行事や催しで交流を持ちました。そして、マグノリア様と王子様は互いに打ち解けた関係になってゆかれ、さらにはご結婚を望まれるようになったのです。マグノリア様はフェーブル有数の公爵家の唯一の跡取りゆえ、婿を取って家を継がねばならぬお立場です。王子様はご次男でしたので婿入りは可能、しかし、話は慎重に進めていく必要もあり、その事はマグノリアお嬢様のお父上である先代公爵と私たち一部の使用人しかまだ知らない話でした」
ベトゥリッヒ夫人が話の切れ目で一息ついた。
彼女の話に聞き入ろうとする沈黙を破って、わしは薄々勘ずいておったけどな、などと小声でささやく年配者の声がどこからともなく響いてきた。
「その矢先、あの不幸な事故が起こったのです。マグノリア様は衝撃を受け寝込んでしまわれました。一か月以上もベットから起き上がることもできなくなり、その時には私たちは精神的な要因のみでそうなられたのだと思っていたのですが、違いました。マグノリア様のおなかにはすでにエルンスト様の御子が宿っておられたのです」
下手をすれば醜聞にもなりかねない繊細な事柄だった。
「お若い二人の性急な過ち、と、見ることもできるでしょう。しかし、エルンスト様が亡くなり、マグノリア様にとって亡き恋人をつなぐ唯一のきずなとなったその御子を闇に流すことはとてもできなかったのです」
子爵夫人は鼻をすすりながら話を切った。
彼女は思い出し泣きをし始め、気を落ち着かせるのに少し時間がいるようだった。
それを受けて、今度はユーベルがヴィオレッタに質問を向けた。
「ヴィオレッタ殿、あなたは確か大陸暦945年4月生まれでしたね」
ヴィオレッタが震えながらも、はい、と、小さくうなずいた。
「エルンスト王子がこの世を去られたのは前年の953年9月。翌年の4月に生まれる子が宿ったであろう時期にはまだ存命であり、つまりその時の御子がヴィオレッタ嬢、あなたなのですよ」
アイリス王妃のモノより質素な装丁の書物と色あせた手紙の束もユーベルは懐から取り出した。
「エルンスト王子はシュウィツア現国王の弟で、私にとっては伯父に当たる方です。彼はフェーブル国に遊学していたこともあるので、この中にも親交を深めていた方々はいらっしゃるでしょう」
かつて両国の友好を深めるためにフェーブルに滞在していたシュウィツアの王子が、不幸な亡くなり方をしたのは人々の記憶に新しい。その人物の名を持ち出して公子は何を語る気なのだろうか、と、広間の人々はいぶかった。
「彼はフェーブル国にて多くの方々と交流すると同時に、ある一人の女性と特に親密な関係を築いていきました。その女性の名はマグノリア・ブラウシュテルン。この手紙は彼女からエルンスト伯父にあてられたものです。そして、日記には、まだ公にはされていませねしたが、二人が結婚の約束していたことも記されていました」
ユーベルの説明に驚く者多数だったが、一部年配者の中には納得したようにうなづくものがあった。
「私は事件の後、他の方々とともにブラウシュテルン領に滞在しておりましたが、そこで昔のことを証言してくれる人を探し見つけました、どうぞこちらへ」
ユーベルは小柄な年配の女性を自分の傍に誘導し紹介した。
「アンナ・ベトゥリッヒ子爵夫人です」
子爵夫人は一礼をするとユーベルに促され話し始めた。
「我がベトゥリッヒ家はブラウシュテルン公爵傘下の家で、わたくしは夫とともに先代公爵マグノリア様が幼いころから仕えており、ヴィオレッタお嬢様の乳母も務めていたこともございます」
ベトゥリッヒ夫人は軽く自己紹介をすると昔のことを話し始めた。
「マグノリア様が今のヴィオレッタ様と同じくらいの年頃の時の話です。隣国からやってきた王子様が早くこの国になじめますように、ブラウシュテルン家でもさまざまな行事や催しで交流を持ちました。そして、マグノリア様と王子様は互いに打ち解けた関係になってゆかれ、さらにはご結婚を望まれるようになったのです。マグノリア様はフェーブル有数の公爵家の唯一の跡取りゆえ、婿を取って家を継がねばならぬお立場です。王子様はご次男でしたので婿入りは可能、しかし、話は慎重に進めていく必要もあり、その事はマグノリアお嬢様のお父上である先代公爵と私たち一部の使用人しかまだ知らない話でした」
ベトゥリッヒ夫人が話の切れ目で一息ついた。
彼女の話に聞き入ろうとする沈黙を破って、わしは薄々勘ずいておったけどな、などと小声でささやく年配者の声がどこからともなく響いてきた。
「その矢先、あの不幸な事故が起こったのです。マグノリア様は衝撃を受け寝込んでしまわれました。一か月以上もベットから起き上がることもできなくなり、その時には私たちは精神的な要因のみでそうなられたのだと思っていたのですが、違いました。マグノリア様のおなかにはすでにエルンスト様の御子が宿っておられたのです」
下手をすれば醜聞にもなりかねない繊細な事柄だった。
「お若い二人の性急な過ち、と、見ることもできるでしょう。しかし、エルンスト様が亡くなり、マグノリア様にとって亡き恋人をつなぐ唯一のきずなとなったその御子を闇に流すことはとてもできなかったのです」
子爵夫人は鼻をすすりながら話を切った。
彼女は思い出し泣きをし始め、気を落ち着かせるのに少し時間がいるようだった。
それを受けて、今度はユーベルがヴィオレッタに質問を向けた。
「ヴィオレッタ殿、あなたは確か大陸暦945年4月生まれでしたね」
ヴィオレッタが震えながらも、はい、と、小さくうなずいた。
「エルンスト王子がこの世を去られたのは前年の953年9月。翌年の4月に生まれる子が宿ったであろう時期にはまだ存命であり、つまりその時の御子がヴィオレッタ嬢、あなたなのですよ」
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