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第3章 北の大国フェーブル

第106話 公爵代行の悪あがき

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「じゃ、俺は戻るわ。サフィニア、お前はどうするんだ?」

 もとの姿に戻ったヴォルフは、ウルマノフ一行たちが固まっているところに戻ろうと足を向け、振り返りながらサフィニアに問うた。

「あの……」
「決めたんじゃなかったのか」
「そうだね!」
「よし」

 ヴォルフはサフィニアの手を握ると、彼女もいっしょに自分たちの属する集団へ連れて行こうとした。

「まて、サフィニアをどこに連れて行く気だ!」

 ファイゲ代行がヴォルフに抗議した。

「もうあんたらは終わりなんだよ、おっさん。殺害計画の仔細はサフィニアが全部聞いていた。確か最初はロゼッタ嬢とのもめごとに見せかけて両名を亡き者にしようとしたけど、うまくいきそうにないから、公子の方を標的にしたんだよな」
「サフィニアが?」
「ああ、そうさ。すべて俺たちに知らせてくれたから、俺たちは対策を立てヴィオレッタ嬢を守ることができた」

 ヴォルフの説明にファイゲは息をのんだ。しばらく沈黙していた後、
「サフィニア、そなた親を売ったのか……?」
 そう娘のサフィニアに問いかけた。

「親だからこそ……、何の罪もないお姉さまを殺害しようとする人であっては欲しくなかったです」

 サフィニアは絞り出すような声で言った。

 けがれない少女の心から出た言葉に広間にいた人間は何か打たれたように静まった。
 その沈黙を破ったのもまたファイゲ代行であった。

「そういうことだったのか、サフィニア。かわいそうに、悪い夢でも見たんだね」
 ファイゲは表情をゆるめ、サフィニアにやわらかく話しかけた。
「夢なんて……」
 間違いなく耳にした両親の相談をそのような言い方をされ、サフィニアはうろたえた。
「夢だよ。ただ偶然にも、それが妻カルミアやマースの悪だくみを阻むのには役に立ったんだね」
「ちがうわ、寝室でお父様とお母さまが!」
「寝室で私たちが話していることをどうしてお前が聞くことができるんだい」
「リビングでも……」
「そしてリビングかい? そもそもだよ、カルミアはともかくどうして私がヴィオレッタを殺そうとするんだい。お前と同じく自分の娘なのに」

 ファイゲはいかにも慈悲深そうなほほえみを浮かべサフィニアに迫った。

「妻カルミアは残念だが、マースがヴィオレッタや王宮騎士団を襲った事実があるなら仕方がない。マースは確かカルミアが働いていた店の用心棒だったのを雇い入れた男だからな。おそらく二人が共謀したのだろう」

 カルミアは、あなた、と、声を上げ呆然とした。

 不必要、いやそれどころか、組んでいるとわかるとこっちの身が危なくなるような連中は切り捨てるのは当然。

 下賤な女を上級貴族の夫人にしてやったのだ、感謝されこそすれ恨まれる筋合いはない。むしろ自ら進んで罪をかぶって私を助けるべきではないのか。

 そんな自分勝手な思いがファイゲの中にあった。

 マースとカルミアは罪を問われそうだが、ファイゲが黒と言い切れない灰色の状況、沈黙を破って、ユーベル・ノルドベルクが発言をした。

「その前提自体が成り立たないとしたら?」

「何?」
 ユーベルの問いかけにファイゲ代行が怪訝な顔をした。
「ヴィオレッタ嬢と生さぬ仲の夫人カルミア殿が彼女の殺害をたくらんだけど、ご自分は彼女の実の父なので、そんなことはあり得ない、と、主張しておられますね。しかし、それ自体が間違っているとしたらあなたの慈父の演技も真っ赤な偽物ということになりますね」
「何を証拠にそんな失敬な事を、今の発言は先妻に対する侮辱でもあるぞ!」
「根拠もなく言いませんよ。慎重に扱うべき事柄ですから公言は控えていたのですが、このまま偽父が罪を逃れて彼女のそばにいる状態では、いつ何時命を脅かされるかわかりませんし、そうでなくとも、今までずっと彼女を傷つけてきた輩をそのまま放置するのは好ましくないと判断したものでね」

 断言するようなユーベルの言葉に場内は水を打ったように静まった。

「こちらはわが祖母、先代王妃アイリスの日記です。祖母が亡くなったあと、まだ子供だった私は使用人たちが遺品整理をしている祖母の私室に勝手にお邪魔したのですが、そこで引き出しの奥深くに入れられているこれを見つけたのです。そしてその横にはさらに別の人間の日記と手紙の束が保管されていました」

 ユーベルは豪華な装丁の小さな書物を取り出した。
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