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あれから一年【完】
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「よくできました、マリーナお嬢様」
「ありがとうございます、アスター先生」
「では、また明日」
アスター・ミュランがサージュ国の名門ヴューレン公爵家の令嬢の家庭教師について約一年。彼女のいた国で起こった王子と結婚まじかの公爵令嬢の痛ましい事件はこの国でも報じられていた。そのアスターが亡き公爵令嬢に面差しが似ているとか、いやいや美人は似るものだとか軽くつっこまれたことはあれど、おおむね怪しまれず彼女はこの国での新しい生活に慣れていった。
そう、炎の中で両親とともに死んだと覆われていたエステルは、ソルフェージュ侯爵が貸してくれた貴重な魔道具によって一人屋敷の中から脱出することができていた。死体はどこからか彼女と似た背格好のものをあらかじめ用意し、屋敷の中に置いていた。
その後、侯爵が用意してくれた新しい戸籍で国を出た。公爵令嬢としての教養は貴族令嬢の家庭教師をする分には充分であり、紹介された先でも評判は上々で彼女はそれで何とか生計を立てていけた。
「コーヒーをお願いします」
今日は休みだったので、エステルことアスターは評判のカフェに足を運んで時間をつぶしている。
「すいません、ここ空いていますか?」
一人客の彼女に相席を頼む声が聞こえた。人気店なので仕方がないだろうと了承し、顔を上げると目の前にいたのは……。
「サイモン王子!」
「ほう、僕の名を知っているのですか?」
その言葉を聞いてエステルはしまったと思った。いや、それよりどうしてこんなところに一人でとエステルはいぶかる。
「僕もあなたの名を知っている、いや、正確に言うと、あなたに似た人の名を知っていると言った方がいいのかな」
何か確信めいたことを知っているようなサイモンの言葉にエステルは困惑する。
「逃げないで!」
サイモンは懇願した。
(侯爵がしゃべったの? でも、どうして?)
「ソルフェージュ侯爵の昔の知り合いは君の父上だけじゃないよ。僕の父だって彼と学生時代はよくつるんでいたのだから」
エステルが死んだと思われた後、サイモンは事件の真相を知るために国王夫妻に食い下がった。それで、国王は昔の友人、ソルフェージュ侯爵を紹介した。侯爵もまさか、自分たちが図った事件のからくりをエステル自身が守ろうとしたサイモンが知りたがり、自分のもとにやってくるとは思わなかったであろう。そしてサイモンの熱意に負け、彼に真実を知らせる。
「今はこの国に留学中さ。結婚話がダメになって気分を変えるためにという建前の元ね」
そう言って笑うサイモンを見て、自分もやはりこの人との結婚を楽しみにしていたのだなあとエステルは改めて思う。
「君がアスターのままでいたいならそれでいいさ。ならばここから始められないだろうか?」
サイモンがおそるおそるエステルの方に手を伸ばし、やがて二人の手がそっと重ねられる。
そんな若い二人の様子を店の少し離れた席で観察している中年の紳士がいた。
「結婚まじかで婚約者に死なれた傷心の王子が、留学先の外国で彼女によく似た面差しの女性と出会い恋に落ちる。うん、庶民が好きそうなラブストーリーじゃないか」
紳士はそうつぶやき、コーヒーを飲むのに少し邪魔な付け髭を外すとカップを口につけた。
【作者あいさつ】
最後まで読んでくださってありがとうございます。
以前亡き公爵のイメージを言ったことがありますが、エステルの方は『薬屋のひとりごと』の子翠がネタ元かな。い子なのに親のせいで窮地に追い込まれ、一緒に死ぬはずだったのが人知れず助かって誰も知らないところに旅立つ、まあ、いろんなネタ元ごちゃ混ぜにしてできたストーリーがこれでした。
♡やお気に入りポチしてくださるとうれしいです。
「ありがとうございます、アスター先生」
「では、また明日」
アスター・ミュランがサージュ国の名門ヴューレン公爵家の令嬢の家庭教師について約一年。彼女のいた国で起こった王子と結婚まじかの公爵令嬢の痛ましい事件はこの国でも報じられていた。そのアスターが亡き公爵令嬢に面差しが似ているとか、いやいや美人は似るものだとか軽くつっこまれたことはあれど、おおむね怪しまれず彼女はこの国での新しい生活に慣れていった。
そう、炎の中で両親とともに死んだと覆われていたエステルは、ソルフェージュ侯爵が貸してくれた貴重な魔道具によって一人屋敷の中から脱出することができていた。死体はどこからか彼女と似た背格好のものをあらかじめ用意し、屋敷の中に置いていた。
その後、侯爵が用意してくれた新しい戸籍で国を出た。公爵令嬢としての教養は貴族令嬢の家庭教師をする分には充分であり、紹介された先でも評判は上々で彼女はそれで何とか生計を立てていけた。
「コーヒーをお願いします」
今日は休みだったので、エステルことアスターは評判のカフェに足を運んで時間をつぶしている。
「すいません、ここ空いていますか?」
一人客の彼女に相席を頼む声が聞こえた。人気店なので仕方がないだろうと了承し、顔を上げると目の前にいたのは……。
「サイモン王子!」
「ほう、僕の名を知っているのですか?」
その言葉を聞いてエステルはしまったと思った。いや、それよりどうしてこんなところに一人でとエステルはいぶかる。
「僕もあなたの名を知っている、いや、正確に言うと、あなたに似た人の名を知っていると言った方がいいのかな」
何か確信めいたことを知っているようなサイモンの言葉にエステルは困惑する。
「逃げないで!」
サイモンは懇願した。
(侯爵がしゃべったの? でも、どうして?)
「ソルフェージュ侯爵の昔の知り合いは君の父上だけじゃないよ。僕の父だって彼と学生時代はよくつるんでいたのだから」
エステルが死んだと思われた後、サイモンは事件の真相を知るために国王夫妻に食い下がった。それで、国王は昔の友人、ソルフェージュ侯爵を紹介した。侯爵もまさか、自分たちが図った事件のからくりをエステル自身が守ろうとしたサイモンが知りたがり、自分のもとにやってくるとは思わなかったであろう。そしてサイモンの熱意に負け、彼に真実を知らせる。
「今はこの国に留学中さ。結婚話がダメになって気分を変えるためにという建前の元ね」
そう言って笑うサイモンを見て、自分もやはりこの人との結婚を楽しみにしていたのだなあとエステルは改めて思う。
「君がアスターのままでいたいならそれでいいさ。ならばここから始められないだろうか?」
サイモンがおそるおそるエステルの方に手を伸ばし、やがて二人の手がそっと重ねられる。
そんな若い二人の様子を店の少し離れた席で観察している中年の紳士がいた。
「結婚まじかで婚約者に死なれた傷心の王子が、留学先の外国で彼女によく似た面差しの女性と出会い恋に落ちる。うん、庶民が好きそうなラブストーリーじゃないか」
紳士はそうつぶやき、コーヒーを飲むのに少し邪魔な付け髭を外すとカップを口につけた。
【作者あいさつ】
最後まで読んでくださってありがとうございます。
以前亡き公爵のイメージを言ったことがありますが、エステルの方は『薬屋のひとりごと』の子翠がネタ元かな。い子なのに親のせいで窮地に追い込まれ、一緒に死ぬはずだったのが人知れず助かって誰も知らないところに旅立つ、まあ、いろんなネタ元ごちゃ混ぜにしてできたストーリーがこれでした。
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