タイムカプセルを開けた日からサイコパスに愛されています。【社会人BL】

純鈍

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8.ゲスだねえ、響くん

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「ぅう……」

 ベッドヘッドの上に置いたスマホが震えて、ゆっくり寝ようと思っていた休日の朝に俺は無理矢理起こされた。

「あれ?」

 まだ七時だっていうのに、隣に宇佐神さんの姿がない。疑問に思いながらも手を伸ばして電話に出る。

「はい……、もしもし……」

 ほわほわな頭とカラカラに乾いた喉で、それでも必死に声を出したつもりだ。まあ、相手には寝起きだってバレるだろう。

「おはよう、響くん。朝からごめんねなんだけど、助けてほしいんだ」

 どこから電話しているのか、相手は宇佐神さんだった。スマホの画面を見ずに出たから、声を聞いてはじめて誰か知った。

「……どうしたんですか? というか、こんな朝早くから、どこに行ってるんです?」

 髪をわしゃわしゃと掻きながら、ちょっと目覚めた脳みそで尋ねる。まだ目がしばしばする。カーテンの隙間から入ってくる朝陽もまぶしい。

「ちょっといま口では説明できないから、メッセージで場所を送るね。緊急事態なんだ、助けて、響くん」

 そう言われて、一方的に電話を切られた。画面がホーム画面に切り替わった瞬間、メッセージが送られてくる。見てみると、とある大型施設だった。

「イベントとかやるところだな、ここ。なんか仕事でトラブってんのかな? 休みなのに、大変だな、宇佐神さん」

 宇佐神さんがあんなふうに言うなんて珍しい。相当、緊急なのだろう。

 気付いてなかったけれど、数分前に三重野からも「中川、相談したいことがあるんだ」とメッセージが来ていた。でも、宇佐神さんのほうが緊急っぽくて、三重野には「ごめん、あとで聞くから」と送って、宇佐神さんのほうを優先することにした。

 大型施設で人手が必要な仕事っていうと、設営関係かなと思って、ティーシャツにジーパンというラフな格好で部屋を出る。出てからスーツのほうが良かったのか? と思って、いや別に俺、キーイベンティアの社員ではないし、今日、休みだし良いよなこの格好で、と考え直した。

 人生、妥協も必要ってものですよ。

 ぷらぷらした思考でも一応早歩きで駅まで行って、電車に乗り、目的地に向かっている。

 電車とモノレールを乗り継いで、やっと会場前に着いたと思ったら

「うわっ」

 見ず知らずのチャラ男さんとぶつかってアイスコーヒーをぶっかけられた。しかも、両手に持ってたから二杯も。

 チャラ男さん、金髪で耳にたくさんピアスしてて、キレられるかも、って俺は怯えた。

「わわっ、すんません。ちょっといま急いでて、あとでクリーニング代払うんで、ここに連絡ください。ほんとすんません」

 しかし、慌てた様子で番号の書かれた付箋みたいな紙を手渡して、去っていくチャラ男さん。

 案外、見た目と違って、真面目な人だった。ちょっと三重野に似てる。見た目で勘違いされるところとか、背格好とか。

「居た居た響くん……って、どうしたの?」
「ちょっと、コーヒーを掛けられてしまって」

 服の裾を絞りながら建物の入口に向かうと宇佐神さんがちょうど出てきて、いまあったことを説明する。今日の手伝い、このまま出来るだろうか?

「大丈夫、今日はたまたま着替え持ってきてるから」
「そうなんですか?」
「うん」

 ニコニコ顔で俺の手を引く宇佐神さん。さすが、すべてのことを予想して動く男。

「今日は着替えるところもあるから安心して」

 そう言いながら、宇佐神さんは荷物預かり所みたいなところからシルバーのキャリーを受け取ってきて、さらに俺の手を引く。

 ――あれ? なんか、おかしいな。

 あれよあれよと服を着替えさせられ、なんか、汗拭いてくれてるのかと思ったら、いつのまにか、化粧をされていた。

「なんかスースーすると思ったら、これメイド服じゃないですか!」

 宇佐神さんの動作がテキパキし過ぎるのと、更衣室が混んでおり、みんな急いでる感じがしてて俺も焦ったことで気付くのが遅れたけど、黒のメイド服に猫の尻尾と耳、それとニーハイ、エナメルの黒いローファーってなんなのか、これは。

「そうだよ? だって、コスプレイベントだもん。周りの人、みんなコスプレしてるでしょ?」

 宇佐神さんが、俺の手を引いて更衣室を出ながら、当たり前でしょ? みたいな言い方をする。

 そこさ、そこがおかしいんだ。周り、みんなアニメのキャラとかの格好してるから、すごいことになってるんだよ。俺の格好が浮いてないのは周りが同じくらい目立ってるからで、まあ、唯一の救いって感じなんだけど。

「なにさらっと言って……、なんで、俺が、こ、こんな女装みたいな……」
「違うよ」

 再度荷物預かり所に向かい、宇佐神さんがキャリーを預けている後ろで俺が文句を言っていると、横から声がした。

「な、名雪……」

 顔を見た瞬間、頭が理解した。と同時に名雪と宇佐神さんが同窓会でコスプレイベントの話をしていたことを思い出す。まさか、本当に一緒にイベントに参加するとは。

「にゃんにゃメイド戦隊のブラックはもともと男の娘なんだよ、中川」

 俺の着ているやつの執事っぽいのを着た名雪が、どや顔で言う。

「いや、なんも違くはないんだわ。名雪、男の格好じゃん。交換しようよ、俺と体型そんな変わらないっしょ?」

 誰が詳しいキャラ設定聞いたよ? にゃんにゃ執事バージョンがあるなら、俺、そっちでいいじゃんか。

 俺は必死に目で訴えながら、指でお互いの衣装を指差した。

「響くん、ダメだよ。人の好きなもの取っちゃ。みんな各々好きなコスプレしてるんだから」

 荷物を預け終わった宇佐神さんが俺と名雪の会話に参戦する。

「宇佐神さんはコスプレしてないじゃないですか」

 偉そうなこと言って、宇佐神さんはなんのコスプレもしていないように見えた。
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