15 / 33
小さな決意
しおりを挟む
その日、村は異様な静けさに包まれていた。
今年は雪が多すぎて、畑が凍ったままだという。
村の人たちは皆、ため息混じりに空を見上げていた。
「これじゃ、春になっても種が蒔けねぇ……」
「今年も、飢えるかもしれん……」
そんな声を聞くたびに、胸の奥がじわりと痛んだ。
聖女だなんて呼ばれているけど、私は名前だけ。何もできないのに、ただここにいるだけで、そのことがどうしようもなく苦しかった。
その時だった。
「ルカくん!」
雪をかぶった土の斜面が、ごそっと音を立てて崩れた。
そこにいたのは、私がこの村に来たばかりの頃、真っ先に手を握ってくれた小さなルカくんだ。
ルカくんが、バランスを崩して滑り落ち、叫び声を上げながら、崩れた土と雪の中に飲み込まれていった。
「……だめっ!!」
私の中で、何かが切れた。
気がつけば、私は駆け出していた。
転びそうになりながらも、必死で叫んだ。
「お願い、誰か!助けて……ルカくんを……っ!」
その瞬間だった。
胸の奥に、何か熱いものが走った。心臓が強く跳ね、息が詰まる。
足元から、じわりと広がる光。地面が、まるで呼吸するみたいに淡く輝きはじめた。
その光は、やがてゆっくりと地中へ染み込んでいく。
「……な、なんだ……」
村の人たちがざわつく中、私はルカくんのもとへ走り寄った。
雪と土が崩れていた場所を見下ろすと、そこに危険な様子はもうなかった。
不思議なことに、ぐちゃぐちゃになったはずの地面のあちこちから、小さな芽が顔を出していた。
凍りついていたはずの大地に、小さな緑がぽつ、ぽつと。
「……これ、芽……?」
誰かがつぶやく。
私は崩れた土の中に、急いで手を伸ばした。
「ルカくん!お願い、無事でいて!」
まだ小さな体。雪と土にまみれて、動かない。
でも、顔に手を当てた瞬間、かすかにぬくもりがあった。
「あったかい……ルカくん、息してる」
「本当かい?ルカ、ルカっ!」
ルカのお母さんが目を見開いて走り寄ってきた。
私は手で雪をどかして、そっとその体を抱き起こす。
「……さ、つ……き……?」
「ルカくんっ!」
その瞬間、涙がぶわっとあふれた。
あんなに冷たかったのに、今、ちゃんと私の名前を呼んでくれた。
「よかった……ほんとによかった……」
「……いたい、けど……あったかい……」
小さな声で、ルカくんがつぶやく。
私は思わず、ぎゅっとその体を抱きしめた。
「怖かったよね、でも大丈夫。もう、大丈夫だよ」
「紗月様……」
村人たちがぽつりぽつりと私のまわりに集まってきた。
そして、誰かが小さくつぶやく。
「……紗月様が、あの凍った畑に……芽を……」
「雪がとけてる……ほんとに……奇跡……」
驚きと戸惑い、そして、信じたいけれどまだ信じきれないような眼差しが、みんなの顔に浮かんでいた。
「さっきの光、見たよ!」
「これ……紗月様の力なんだよな?」
私は答えられなかった。ただ、ルカくんの体を抱いたまま黙って首を傾げた。
「どうなってるの、これ」
自分の手を見る。淡く光っていた。熱くもなければ痛くもない。
でも、確かに、何かを目覚めさせたような感覚だけがあった。
「……紗月」
ふいに、マティアスの声が背後から届いた。
振り返ると、彼はじっと私を見つめていた。驚きと、ほんの少し呆然としたような表情で。
「今のはお前が?」
「わかりません。でも私、ただルカくんを助けたくて……」
「大地が、呼応していた」
マティアスの声は静かだった。
私は、自分の両手を見つめる。
まだはっきりとはわからない。だけど、もし私にも何か特別な力があるなら、もう代用品なんかじゃいたくない。
「私に何かできるなら……この国の力になりたいです」
それはまだほんの小さな決意かもしれない。でも、それがたぶん、この世界に来てから初めて自分で選んだことだった。
今年は雪が多すぎて、畑が凍ったままだという。
村の人たちは皆、ため息混じりに空を見上げていた。
「これじゃ、春になっても種が蒔けねぇ……」
「今年も、飢えるかもしれん……」
そんな声を聞くたびに、胸の奥がじわりと痛んだ。
聖女だなんて呼ばれているけど、私は名前だけ。何もできないのに、ただここにいるだけで、そのことがどうしようもなく苦しかった。
その時だった。
「ルカくん!」
雪をかぶった土の斜面が、ごそっと音を立てて崩れた。
そこにいたのは、私がこの村に来たばかりの頃、真っ先に手を握ってくれた小さなルカくんだ。
ルカくんが、バランスを崩して滑り落ち、叫び声を上げながら、崩れた土と雪の中に飲み込まれていった。
「……だめっ!!」
私の中で、何かが切れた。
気がつけば、私は駆け出していた。
転びそうになりながらも、必死で叫んだ。
「お願い、誰か!助けて……ルカくんを……っ!」
その瞬間だった。
胸の奥に、何か熱いものが走った。心臓が強く跳ね、息が詰まる。
足元から、じわりと広がる光。地面が、まるで呼吸するみたいに淡く輝きはじめた。
その光は、やがてゆっくりと地中へ染み込んでいく。
「……な、なんだ……」
村の人たちがざわつく中、私はルカくんのもとへ走り寄った。
雪と土が崩れていた場所を見下ろすと、そこに危険な様子はもうなかった。
不思議なことに、ぐちゃぐちゃになったはずの地面のあちこちから、小さな芽が顔を出していた。
凍りついていたはずの大地に、小さな緑がぽつ、ぽつと。
「……これ、芽……?」
誰かがつぶやく。
私は崩れた土の中に、急いで手を伸ばした。
「ルカくん!お願い、無事でいて!」
まだ小さな体。雪と土にまみれて、動かない。
でも、顔に手を当てた瞬間、かすかにぬくもりがあった。
「あったかい……ルカくん、息してる」
「本当かい?ルカ、ルカっ!」
ルカのお母さんが目を見開いて走り寄ってきた。
私は手で雪をどかして、そっとその体を抱き起こす。
「……さ、つ……き……?」
「ルカくんっ!」
その瞬間、涙がぶわっとあふれた。
あんなに冷たかったのに、今、ちゃんと私の名前を呼んでくれた。
「よかった……ほんとによかった……」
「……いたい、けど……あったかい……」
小さな声で、ルカくんがつぶやく。
私は思わず、ぎゅっとその体を抱きしめた。
「怖かったよね、でも大丈夫。もう、大丈夫だよ」
「紗月様……」
村人たちがぽつりぽつりと私のまわりに集まってきた。
そして、誰かが小さくつぶやく。
「……紗月様が、あの凍った畑に……芽を……」
「雪がとけてる……ほんとに……奇跡……」
驚きと戸惑い、そして、信じたいけれどまだ信じきれないような眼差しが、みんなの顔に浮かんでいた。
「さっきの光、見たよ!」
「これ……紗月様の力なんだよな?」
私は答えられなかった。ただ、ルカくんの体を抱いたまま黙って首を傾げた。
「どうなってるの、これ」
自分の手を見る。淡く光っていた。熱くもなければ痛くもない。
でも、確かに、何かを目覚めさせたような感覚だけがあった。
「……紗月」
ふいに、マティアスの声が背後から届いた。
振り返ると、彼はじっと私を見つめていた。驚きと、ほんの少し呆然としたような表情で。
「今のはお前が?」
「わかりません。でも私、ただルカくんを助けたくて……」
「大地が、呼応していた」
マティアスの声は静かだった。
私は、自分の両手を見つめる。
まだはっきりとはわからない。だけど、もし私にも何か特別な力があるなら、もう代用品なんかじゃいたくない。
「私に何かできるなら……この国の力になりたいです」
それはまだほんの小さな決意かもしれない。でも、それがたぶん、この世界に来てから初めて自分で選んだことだった。
1,133
あなたにおすすめの小説
聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい
金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。
私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。
勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。
なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。
※小説家になろうさんにも投稿しています。
報われなくても平気ですので、私のことは秘密にしていただけますか?
小桜
恋愛
レフィナード城の片隅で治癒師として働く男爵令嬢のペルラ・アマーブレは、騎士隊長のルイス・クラベルへ密かに思いを寄せていた。
しかし、ルイスは命の恩人である美しい女性に心惹かれ、恋人同士となってしまう。
突然の失恋に、落ち込むペルラ。
そんなある日、謎の騎士アルビレオ・ロメロがペルラの前に現れた。
「俺は、放っておけないから来たのです」
初対面であるはずのアルビレオだが、なぜか彼はペルラこそがルイスの恩人だと確信していて――
ペルラには報われてほしいと願う一途なアルビレオと、絶対に真実は隠し通したいペルラの物語です。
運命に勝てない当て馬令嬢の幕引き。
ぽんぽこ狸
恋愛
気高き公爵家令嬢オリヴィアの護衛騎士であるテオは、ある日、主に天啓を受けたと打ち明けられた。
その内容は運命の女神の聖女として召喚されたマイという少女と、オリヴィアの婚約者であるカルステンをめぐって死闘を繰り広げ命を失うというものだったらしい。
だからこそ、オリヴィアはもう何も望まない。テオは立場を失うオリヴィアの事は忘れて、自らの道を歩むようにと言われてしまう。
しかし、そんなことは出来るはずもなく、テオも将来の王妃をめぐる運命の争いの中に巻き込まれていくのだった。
五万文字いかない程度のお話です。さくっと終わりますので読者様の暇つぶしになればと思います。
召喚聖女に嫌われた召喚娘
ざっく
恋愛
闇に引きずり込まれてやってきた異世界。しかし、一緒に来た見覚えのない女の子が聖女だと言われ、亜優は放置される。それに文句を言えば、聖女に悲しげにされて、その場の全員に嫌われてしまう。
どうにか、仕事を探し出したものの、聖女に嫌われた娘として、亜優は魔物が闊歩するという森に捨てられてしまった。そこで出会った人に助けられて、亜優は安全な場所に帰る。
婚約破棄されたので、聖女になりました。けど、こんな国の為には働けません。自分の王国を建設します。
ぽっちゃりおっさん
恋愛
公爵であるアルフォンス家一人息子ボクリアと婚約していた貴族の娘サラ。
しかし公爵から一方的に婚約破棄を告げられる。
屈辱の日々を送っていたサラは、15歳の洗礼を受ける日に【聖女】としての啓示を受けた。
【聖女】としてのスタートを切るが、幸運を祈る相手が、あの憎っくきアルフォンス家であった。
差別主義者のアルフォンス家の為には、祈る気にはなれず、サラは国を飛び出してしまう。
そこでサラが取った決断は?
【完結】偽物の王女だけど私が本物です〜生贄の聖女はよみがえる〜
白崎りか
恋愛
私の婚約者は、妹に夢中だ。
二人は、恋人同士だった賢者と聖女の生まれ変わりだと言われている。
「俺たちは真実の愛で結ばれている。おまえのような偽物の王女とは結婚しない! 婚約を破棄する!」
お好きにどうぞ。
だって私は、偽物の王女だけど、本物だから。
賢者の婚約者だった聖女は、この私なのだから。
【完結】婚約破棄、その後の話を誰も知らない
あめとおと
恋愛
奇跡によって病を癒す存在――聖女。
王国は長年、その力にすべてを委ねてきた。
だがある日、
誰の目にも明らかな「失敗」が起きる。
奇跡は、止まった。
城は動揺し、事実を隠し、
責任を聖女ひとりに押しつけようとする。
民は疑い、祈りは静かに現実へと向かっていった。
一方、かつて「悪役」として追放された令嬢は、
奇跡が失われる“その日”に備え、
治癒に頼らない世界を着々と整えていた。
聖女は象徴となり、城は主導権を失う。
奇跡に縋った者たちは、
何も奪われず、ただ立場を失った。
選ばれなかった者が、世界を救っただけの話。
――これは、
聖女でも、英雄でもない
「悪役令嬢」が勝ち残る物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる