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傲慢な王 ※アレク
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聖リュミナス王国の王宮の奥、巨大な聖堂に、緊張と不安が渦巻いていた。
本来なら今ごろ、聖女の名が神から告げられているはずだった。
神託の儀式は古来より続く、王国最大の宗教行事だ。王の正統性を裏付ける神聖な契約である。
けれど今年、その声はどこからも届かなかった。
神は、沈黙したままだったのだ。
「……これで三度目だな」
玉座の間に戻ったアレク・リュミナスは、椅子に深く腰掛けながら皮肉げに笑った。
若き王の顔に焦りの色はない。代わりに浮かんでいたのは、苛立ちと、どこか退屈そうな倦怠だった。
「神託ひとつ下ろせないとは。どれだけ無能なんだ、神官共は」
正面に並ぶ神官たちは、誰一人として答えなかった。
静まり返る空気を舌打ちするように、アレクは続けた。
「儀式が成立しないのは、お前たちが無能だからだ。それ以外に理由があるか?」
「国王陛下。神の声は人知を越えたもの……時に沈黙もまた、神の意志であるかと」
「ならば、こちらから選ぶまでだ。必要なのは、神に選ばれた王という外聞だけだろう?」
静まり返る部屋に、アレクの言葉が乾いた音を立てて落ちた。
「陛下、それは……あまりに軽率かと。神託を待たずに、王自ら選ぼうとは」
「……冒涜だとでも言いたいのか?」
腰を折りかけた神官のひとりに、アレクは薄く笑いかけたが、その目は笑っていなかった。
「面白いな。祈っても神は答えず、国中に不安が広がっているというのに、私に向かって冒涜だと?お前たちの無能のほうがよほど神への侮辱では?」
アレクの冷ややかな視線が神官たちを射抜いた。
誰も目を合わせようとせず、ただ沈黙だけが広がっていく。王の言葉を正す勇気を、誰も持っていなかった。
アレクは立ち上がり、窓の外に目を向けた。
広がる王都の景色は、一見平和そうに見える。だが実際は神託が届かず、それだけで市場では噂が飛び交い、各地の貴族はそろそろざわつき始めている。
聖女が現れぬ王を、果たして国はいつまで認めるか。
「すでに外交は崩れ始めている。北の同盟国は、聖女が現れないことを口実に、条約の更新を保留してきた。各地の商人は神の加護がない国には未来がないと噂を広げ、商品を引き上げはじめている。貴族どもは沈黙を決め込み、こちらの出方を見ているだけだ。……もう、待っている猶予はない」
アレクの言葉に、側近のひとりが恐る恐る問う。
「では……どうなさるおつもりですか」
「召喚術だ」
「召喚、術……?」
「かつて、神託が下りぬときに用いられた方法があると聞いている。異界より素質のある魂を呼び出す古代の禁術だ。お前たちが使えるようにしておけ。三日以内に」
場が、凍った。
「しかし、それは正式な選定ではありません。召喚によって現れた者は、神に選ばれたとは言えません」
「見た目がよければ、それで十分。祈る姿が清らかなら、なお理想的だ。多少でも力があれば万々歳、なければ神の試練を受けし者とでも言っておけばいい」
民は、自分たちが信じたいものしか見ようとしない。
都合の悪い事実など、後からいくらでも塗り替えられる。
「し、しかし……」
神官の一人が声を上げかけたが、それ以上の言葉は出てこなかった。
周囲を見れば、他の神官たちも口を閉ざし、沈黙だけが残った。
アレクは再び椅子に腰を下ろすと、面倒くさそうに手を振った。
「儀式の段取りは任せる」
「……陛下、本当に召喚なさるおつもりですか?」
「問題があるとでも?」
「神官たちの間でも意見が分かれております。何より、選ばれた者に加護がなければ……」
「召喚された少女は、丁重に扱え。表向きだけで構わん。衣を与え、祈らせ、礼儀を仕込め。言葉も慎ませておけ。必要なのは、神に祝福された王という体裁だけだ」
淡々と冷ややかに告げられていく冷酷な言葉に、神官たちは口を閉ざした。
「見た目が整っていれば、それでいい。祈る姿が清らかなら、民は信じる」
目の前の王が語ったのは、信仰を道具としか見ない人間の言葉だった
アレクはただ、王であることを守るために聖女を求めている。
彼にとって、少女がどんな人生を送ってきたかなど、どうでもいいことだった。
その三日後。
異世界から一人の少女が召喚された。
名は、紗月。
異国の服を着たまま、戸惑いの表情でこの世界に現れた彼女は、何も知らぬまま聖女代行として紹介された。
神に選ばれたわけでも、祈りを望んだわけでもない。
ただ、国の都合と王の傲慢によって必要だったから呼ばれただけだった。
本来なら今ごろ、聖女の名が神から告げられているはずだった。
神託の儀式は古来より続く、王国最大の宗教行事だ。王の正統性を裏付ける神聖な契約である。
けれど今年、その声はどこからも届かなかった。
神は、沈黙したままだったのだ。
「……これで三度目だな」
玉座の間に戻ったアレク・リュミナスは、椅子に深く腰掛けながら皮肉げに笑った。
若き王の顔に焦りの色はない。代わりに浮かんでいたのは、苛立ちと、どこか退屈そうな倦怠だった。
「神託ひとつ下ろせないとは。どれだけ無能なんだ、神官共は」
正面に並ぶ神官たちは、誰一人として答えなかった。
静まり返る空気を舌打ちするように、アレクは続けた。
「儀式が成立しないのは、お前たちが無能だからだ。それ以外に理由があるか?」
「国王陛下。神の声は人知を越えたもの……時に沈黙もまた、神の意志であるかと」
「ならば、こちらから選ぶまでだ。必要なのは、神に選ばれた王という外聞だけだろう?」
静まり返る部屋に、アレクの言葉が乾いた音を立てて落ちた。
「陛下、それは……あまりに軽率かと。神託を待たずに、王自ら選ぼうとは」
「……冒涜だとでも言いたいのか?」
腰を折りかけた神官のひとりに、アレクは薄く笑いかけたが、その目は笑っていなかった。
「面白いな。祈っても神は答えず、国中に不安が広がっているというのに、私に向かって冒涜だと?お前たちの無能のほうがよほど神への侮辱では?」
アレクの冷ややかな視線が神官たちを射抜いた。
誰も目を合わせようとせず、ただ沈黙だけが広がっていく。王の言葉を正す勇気を、誰も持っていなかった。
アレクは立ち上がり、窓の外に目を向けた。
広がる王都の景色は、一見平和そうに見える。だが実際は神託が届かず、それだけで市場では噂が飛び交い、各地の貴族はそろそろざわつき始めている。
聖女が現れぬ王を、果たして国はいつまで認めるか。
「すでに外交は崩れ始めている。北の同盟国は、聖女が現れないことを口実に、条約の更新を保留してきた。各地の商人は神の加護がない国には未来がないと噂を広げ、商品を引き上げはじめている。貴族どもは沈黙を決め込み、こちらの出方を見ているだけだ。……もう、待っている猶予はない」
アレクの言葉に、側近のひとりが恐る恐る問う。
「では……どうなさるおつもりですか」
「召喚術だ」
「召喚、術……?」
「かつて、神託が下りぬときに用いられた方法があると聞いている。異界より素質のある魂を呼び出す古代の禁術だ。お前たちが使えるようにしておけ。三日以内に」
場が、凍った。
「しかし、それは正式な選定ではありません。召喚によって現れた者は、神に選ばれたとは言えません」
「見た目がよければ、それで十分。祈る姿が清らかなら、なお理想的だ。多少でも力があれば万々歳、なければ神の試練を受けし者とでも言っておけばいい」
民は、自分たちが信じたいものしか見ようとしない。
都合の悪い事実など、後からいくらでも塗り替えられる。
「し、しかし……」
神官の一人が声を上げかけたが、それ以上の言葉は出てこなかった。
周囲を見れば、他の神官たちも口を閉ざし、沈黙だけが残った。
アレクは再び椅子に腰を下ろすと、面倒くさそうに手を振った。
「儀式の段取りは任せる」
「……陛下、本当に召喚なさるおつもりですか?」
「問題があるとでも?」
「神官たちの間でも意見が分かれております。何より、選ばれた者に加護がなければ……」
「召喚された少女は、丁重に扱え。表向きだけで構わん。衣を与え、祈らせ、礼儀を仕込め。言葉も慎ませておけ。必要なのは、神に祝福された王という体裁だけだ」
淡々と冷ややかに告げられていく冷酷な言葉に、神官たちは口を閉ざした。
「見た目が整っていれば、それでいい。祈る姿が清らかなら、民は信じる」
目の前の王が語ったのは、信仰を道具としか見ない人間の言葉だった
アレクはただ、王であることを守るために聖女を求めている。
彼にとって、少女がどんな人生を送ってきたかなど、どうでもいいことだった。
その三日後。
異世界から一人の少女が召喚された。
名は、紗月。
異国の服を着たまま、戸惑いの表情でこの世界に現れた彼女は、何も知らぬまま聖女代行として紹介された。
神に選ばれたわけでも、祈りを望んだわけでもない。
ただ、国の都合と王の傲慢によって必要だったから呼ばれただけだった。
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