【完結】私は聖女の代用品だったらしい

雨雲レーダー

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歪んだ奇跡 ※アレク

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 荘厳な鐘の音が、神殿の尖塔から鳴り響いた。

 純白の礼装をまとった天音は、まるで女神のように祭壇の中央に立っている。
 銀色の髪が聖なる光を反射し、彼女が微笑むたび、集まった貴族や神官たちは息を呑んだ。

 アレクは、王座に似た上段の席からその光景を見下ろしていた。
 ゆるやかな笑みを浮かべながらも、視線は鋭く、周囲の反応を細かく観察している。

 これが、聖リュミナス王国の新時代。そして、その頂点に立つのは自分だ。

「神よ、応えて」

 天音がそっと祈りを捧げると、空の色がゆっくりと変わっていった。
 神殿の窓越しに見えていた青空は、瞬く間に灰色に沈み、渦を巻くように重たい雲が頭上に集まってくる。

「おお……これは……!」

 誰かが声を漏らした。

 だが、次の瞬間。

 轟音とともに雷光が落ちた。
 神殿の天井すれすれの空に、眩い光の柱が貫く。大気が震え、柱の脚もたわんだ。

 アレクの隣で、侍従がひそひそと囁いた。

「陛下、儀式の規模が……これは、制御できていないのでは」

「愚か者。これは神威だ」

 冷ややかに一蹴し、アレクは立ち上がった。

「見よ。これこそが真の聖女の力。今や我が国には、神そのものが降りているのだ」

 だが、誰もが見ていた。
 祭壇の床に入っていた神聖文字が、雷の余波でひび割れていくのを。
 神殿の外では、突然の豪雨に見舞われ、集まった群衆が逃げ惑い悲鳴があがる。

 そして数刻後、アレクのもとに届いたのは、被害報告の山だった。

「北の街道が分断、東の農地は雷で焼失。神殿前広場で群衆の一部が圧死。……陛下、これは奇跡ではなく、災いです」

「黙れ。この奇跡が理解できない者は、聖女の偉大さを侮辱する者だ」

 アレクの声がぴしゃりと会議室に響く。
 冷ややかな目を向ける老神官たちを、彼は一瞥しただけで退席させた。

 力が強すぎるだけ。
 制御など、そのうちできるようになる。
 民も、すぐに慣れるはずだ。
 そう信じたかった。いや、信じていた。たが……。

「陛下……民の一部が、旧聖女を恋しがっております。安らぎの祈りやあたたかな光を……」

 言葉を濁した騎士の報告に、アレクは苛立ちを隠せなかった。

「たかが慰めの祈りだ。今、我々に必要なのは本物の聖女の力だろう。わからないのか?」

「……はい、仰せのとおりに」

 けれど、その返事は乾いていた。

 アレクは立ち上がり、広間の窓から外を見下ろした。
 神殿の上には、いまだ不吉な黒雲が留まり、雷が断続的に落ちている。

 人々は走り、馬車はひっくり返り、衛兵たちは混乱を収めきれていない。

「……大丈夫だ。これは、一時的なものにすぎない。天音の力が安定すれば、いずれ我が国はかつてない強国となる」

 その言葉は、誰に向けたものでもなかった。
 ただ、王自身の不安を押し込めるための、独り言のように響いていた。

 だが、心の奥にほんの少しだけ芽生えた予感は、消えてくれなかった。

 これは、神の力などではないのではないか。
 いや、もしかすると……制御を失った、ただの災厄ではないのか。
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