58 / 58
第58話 光の祭壇と青い空
しおりを挟む
水面が近づいてくる。
胸元の首飾りが、痙攣するように明滅していた。
青白い光が薄れ、消えかけては戻る。
もう限界だ。
「あと少し」
アクセルは核を握りしめたまま、必死に水を掻いた。
腕が鉛のように重い。
息が荒い。
それでも、止まるわけにはいかない。
セレナが隣を泳ぎながら、声を張り上げた。
「もう少しです! 光が見えます!」
上を見る。
水面の向こうに、太陽の輪郭がある。
深い青から、明るい青へ。
色が変わっていく。
ダリウスが歯を食いしばり、片腕だけで水を掻いていた。
「ちっ、右腕が言うこと聞かねぇ」
震える左手で、懸命に前へ進む。
顔は歪んでいたが、目だけは前を向いていた。
ミラが杖を抱えたまま、セレナに支えられていた。
顔色は青白い。
それでも、口元には笑みがある。
「あと、少し」
首飾りの光が、また一段と弱くなった。
* * *
水面を突き破った瞬間、首飾りの光が完全に消えた。
間に合った。
アクセルは大きく息を吸い込んだ。
塩辛い空気が、肺を満たす。
波間に浮かびながら、仲間たちを見渡した。
全員、顔を出している。
ダリウスが水面に顔を出し、豪快に笑った。
「はっ、ギリギリだったぜ!」
右肩を押さえながらも、その目は輝いていた。
ミラがぷはっと息を吐いて、セレナの肩にもたれかかった。
「も、もう泳げません」
「大丈夫です、船はすぐそこですから!」
セレナが叫んだ。
洞窟の入り口近く、岩場にロープで固定されたアクアシールド号が見えた。
修理の跡が残る船体。
だが、確かにそこにある。
「行くぞ」
アクセルが言った。
四人は、船に向かって泳ぎ始めた。
* * *
船に這い上がった瞬間、全員がその場に倒れ込んだ。
甲板の木目が、頬に冷たい。
潮の匂いが濃い。
波の音だけが、静かに響いている。
ダリウスが仰向けに転がり、空を見上げた。
「くそっ、体が動かねぇ」
右肩から血が滲んでいる。
だが、口元には笑みがあった。
ミラが甲板に両手を広げて、ぐったりと横たわった。
「マナが空っぽです。何も出ません」
その声には、けれど安堵が混じっていた。
セレナが体を起こし、仲間たちを見回した。
彼女だけは、まだ動こうとしていた。
「みんな、傷を見せてください」
「お前も疲れてるだろ」
アクセルが言った。
「少しだけ、魔力が戻ってます」
セレナの手が、淡い青い光を帯びた。
弱々しい光だが、確かに治療魔法だ。
「完治は無理ですけど、応急処置なら」
ダリウスが上半身を起こし、右肩を向けた。
セレナの手が肩に触れる。
青い光が傷口を包み、ゆっくりと塞がっていく。
「動かないまでも、血は止まります」
「十分だ。ありがとな」
ダリウスが右腕を見る。
まだ痺れが残っているようだが、さっきよりはましだ。
ミラも起き上がり、セレナの治療を受けた。
電撃で焼けた皮膚が、少しずつ癒えていく。
「ありがとう、セレナさん」
「いえ、これくらいしか」
セレナが苦笑した。
その手は、わずかに震えていた。
アクセルは横になったまま、握りしめていた核をゆっくりと開いた。
拳ほどの大きさ。
青く輝く結晶。
手のひらの上で、静かに脈打っている。
レヴィアスの魂が、ここに凝縮されている。
成長を続けろ。
そして、世界を救え。
最期の言葉が、頭の中で響いていた。
核を見つめていると、肩が重くなる気がした。
* * *
二時間後。
食事を済ませ、全員の傷を手当てし終えた頃。
アクセルは船首に立ち、海の向こうを見つめていた。
「祭壇は、この先だ」
セレナが隣に来て、頷いた。
「はい。アクアベルの北東、海上に浮かぶ古代の遺跡です」
レヴィアスが言っていた。
核を地上の祭壇に捧げれば、封印は自動で再強化される。
「距離は?」
「ここから船で一時間ほどです」
アクセルは核を見下ろした。
青い光が、静かに脈打っている。
「行こう」
ダリウスとミラも立ち上がった。
まだ体は重い。
だが、休んでいる暇はない。
セレナが帆を張り、風を読んだ。
「風向きは良好です。出発しましょう!」
アクアシールド号は、ゆっくりと動き始めた。
* * *
一時間後、それは見えてきた。
海の真ん中に浮かぶ、石の円形台座。
直径は十メートルほど。
古びた石柱が周囲を囲み、中央には青白いオーブが浮遊している。
周囲には、小さな水の結晶が舞っていた。
光を反射して、きらきらと輝いている。
「これが、封印の祭壇」
アクセルは呟いた。
船を祭壇の傍に停泊させ、四人は石の台座に上がった。
足元には、複雑な魔法陣が刻まれている。
古代文字が、円を描くように並んでいた。
セレナが目を細めて、文字を読んだ。
「『東の封印、守護者の力を以て再び閉じよ』」
中央のオーブが、青く脈打っている。
まるで心臓のように。
アクセルは一歩前に出た。
手の中の核が、オーブに呼応するかのように輝きを増した。
「捧げるぞ」
静かに、核をオーブに近づける。
触れた瞬間、核が光り始めた。
青い光が溢れ出す。
眩しくて、目を細めた。
核がオーブに吸い込まれていく。
二つの光が混ざり合い、一つになる。
オーブが強く、強く輝いた。
光の柱が、空に向かって伸びていく。
雲を突き抜け、どこまでも高く。
祭壇全体が震えた。
そして、石柱に刻まれた文字が、一つずつ光り始めた。
* * *
光が収まった時、祭壇の中央に文字が浮かび上がっていた。
第二の封印、再強化完了。
残り六つの封印、要再強化。
北の封印:完了
東の封印:完了
南の封印:弱体化中
西の封印:弱体化中
北東の封印:弱体化中
南東の封印:弱体化中
南西の封印:弱体化中
北西の封印:弱体化中
セレナが文字を見つめ、小さく息を止めた。
「まだ、六つも」
ダリウスが腕を組んだ。
「長い戦いになりそうだな」
ミラが頷いた。
「でも、やり遂げないと」
アクセルは文字を見つめながら、静かに言った。
「ああ。一つずつ、確実に」
レヴィアスの言葉が蘇る。
次は南だ。
業火の不死鳥フェニクレアが待つ。
そして、最強の守護者。
氷壁の巨人ユミル。
レヴィアスの三倍の強さ。
まだ遠い。
だが、今日、一つ終わった。
その時だった。
* * *
空が、変わった。
厚い雲が、少しずつ割れ始める。
隙間から、青が覗いた。
風が変わる。
海が凪いでいく。
セレナが顔を上げた。
「嵐が、止んだ」
その声が震えていた。
雲が流れていく。
どんどん薄くなり、消えていく。
やがて、空一面に青が広がった。
太陽の光が、海面に降り注ぐ。
きらきらと輝く波。
穏やかな風が、頬を撫でる。
セレナの頬を、涙が伝った。
声は出なかった。
ただ、空を見上げていた。
遠くから、声が聞こえてきた。
振り返ると、水平線の向こうに船が見える。
一隻、二隻、三隻。
次々と、漁船が海に出てきていた。
漁師たちの歓声が、風に乗って届いてくる。
「嵐が止んだぞ!」
「海に出られる!」
「レヴィアスがいなくなった!」
セレナは両手で顔を覆った。
肩が震えている。
声を殺して、泣いていた。
「みんな、海に、戻ってきた」
その言葉は、嗚咽混じりだった。
アクセルはセレナの肩に手を置いた。
「これで、アクアベルは救われた」
セレナが顔を上げた。
涙で濡れた顔。
鼻が赤くなっている。
それでも、笑っていた。
「はい。ありがとうございます。みんなの、おかげです」
ダリウスが豪快に笑った。
「よし、帰るぞ。今日は飲むぜ!」
ミラも笑った。
「賛成です! お祝いしましょう!」
セレナが涙を拭いながら、頷いた。
「はい! アクアベルで一番おいしいお店、知ってます!」
四人は船に戻った。
帆が風を受け、船が動き出す。
青い空の下、アクアシールド号はアクアベルへ向かって進んでいく。
* * *
帰路、アクセルは船尾に立っていた。
遠ざかっていく祭壇を見つめている。
その隣に、ダリウスが来た。
「なあ、アクセル」
「ん?」
「あの覚醒、すごかったな。カスケード八段階」
アクセルは小さく笑った。
「水の中でしか使えない。陸上じゃ、まだ五段階が限界だ」
「それでも、だぜ」
ダリウスが左手で右肩を叩きながら言った。
「お前がいなかったら、俺たち全滅してたよ」
「みんなが時間を稼いでくれたからだ」
「そうやって謙遜するところ、お前らしいな」
ダリウスが笑った。
その後ろから、ミラとセレナも来た。
「アクセルくん、次はどこに行くんですか?」
ミラが聞いた。
「南だ。フェニクレアがいる」
「炎の守護者、ですね」
セレナが頷いた。
そして、少し緊張した面持ちで続けた。
「あの、アクセルさん」
「ん?」
「私、このパーティに正式に入ってもいいですか?」
その言葉に、三人が顔を見合わせた。
「仮加入のままじゃ、次の戦いについていけません」
セレナは真剣な目で言った。
「今日、みんなと一緒に戦って、分かりました。私、このパーティで戦いたいんです」
アクセルは少し考えた。
レヴィアス戦での彼女の活躍。
アクアバリアで何度も仲間を守った。
ディープシーランスでレヴィアスの首を貫いた。
そして、最後まで諦めなかった。
「クリスが戻ってきたら、どうする」
「クリスさんとも、一緒に戦いたいです」
セレナは迷いなく答えた。
「私、逃げません。最後まで、みんなと一緒に」
ダリウスが肩を組んできた。
「いいじゃねぇか! 仲間が増えて困ることなんてねぇ!」
ミラも笑顔で頷いた。
「私も賛成です! セレナさん、これからもよろしくお願いします!」
アクセルは、セレナの目を見た。
海色の瞳。
真っ直ぐな光。
覚悟が、そこにあった。
「分かった」
アクセルは手を差し出した。
「正式加入だ。よろしく、セレナ」
セレナの目が、また潤んだ。
だが今度は、笑顔のまま。
「はい! よろしくお願いします!」
彼女はアクセルの手を、両手で握り返した。
* * *
アクアベルの港が見えてきた。
桟橋には、人だかりができていた。
漁師たち。
町の人々。
海導師ギルドの者たち。
全員が、こちらを見ている。
船が近づくと、歓声が上がった。
「帰ってきた!」
「レヴィアスを倒したんだ!」
「英雄だ!」
セレナが目を丸くした。
「すごい人ですね」
ダリウスが得意げに笑った。
「当然だろ。俺たちが嵐を止めたんだからな!」
ミラがダリウスの腕を引っ張った。
「ダリウスさん、調子に乗りすぎですよ」
「いいじゃねぇか、たまには!」
アクセルは、その光景を見ながら思った。
まだ終わりじゃない。
残り六つの封印。
最強の守護者ユミル。
絶対災厄の脅威。
だが、今日は勝った。
仲間がいる。
セレナが正式に加わった。
そしてクリスも戻ってくる。
船が桟橋に着いた。
歓声の中、四人は港に降り立った。
見上げると、青い空がどこまでも広がっている。
アクセルは一度だけ、海の方を振り返った。
レヴィアスが眠る海。
封印が再び強まった海。
心の中で、静かに呟いた。
ありがとう。
そして、約束する。
必ず、全ての封印を守り抜く。
風が吹いた。
まるで、返事のように。
アクセルは前を向いた。
仲間たちが、待っている。
胸元の首飾りが、痙攣するように明滅していた。
青白い光が薄れ、消えかけては戻る。
もう限界だ。
「あと少し」
アクセルは核を握りしめたまま、必死に水を掻いた。
腕が鉛のように重い。
息が荒い。
それでも、止まるわけにはいかない。
セレナが隣を泳ぎながら、声を張り上げた。
「もう少しです! 光が見えます!」
上を見る。
水面の向こうに、太陽の輪郭がある。
深い青から、明るい青へ。
色が変わっていく。
ダリウスが歯を食いしばり、片腕だけで水を掻いていた。
「ちっ、右腕が言うこと聞かねぇ」
震える左手で、懸命に前へ進む。
顔は歪んでいたが、目だけは前を向いていた。
ミラが杖を抱えたまま、セレナに支えられていた。
顔色は青白い。
それでも、口元には笑みがある。
「あと、少し」
首飾りの光が、また一段と弱くなった。
* * *
水面を突き破った瞬間、首飾りの光が完全に消えた。
間に合った。
アクセルは大きく息を吸い込んだ。
塩辛い空気が、肺を満たす。
波間に浮かびながら、仲間たちを見渡した。
全員、顔を出している。
ダリウスが水面に顔を出し、豪快に笑った。
「はっ、ギリギリだったぜ!」
右肩を押さえながらも、その目は輝いていた。
ミラがぷはっと息を吐いて、セレナの肩にもたれかかった。
「も、もう泳げません」
「大丈夫です、船はすぐそこですから!」
セレナが叫んだ。
洞窟の入り口近く、岩場にロープで固定されたアクアシールド号が見えた。
修理の跡が残る船体。
だが、確かにそこにある。
「行くぞ」
アクセルが言った。
四人は、船に向かって泳ぎ始めた。
* * *
船に這い上がった瞬間、全員がその場に倒れ込んだ。
甲板の木目が、頬に冷たい。
潮の匂いが濃い。
波の音だけが、静かに響いている。
ダリウスが仰向けに転がり、空を見上げた。
「くそっ、体が動かねぇ」
右肩から血が滲んでいる。
だが、口元には笑みがあった。
ミラが甲板に両手を広げて、ぐったりと横たわった。
「マナが空っぽです。何も出ません」
その声には、けれど安堵が混じっていた。
セレナが体を起こし、仲間たちを見回した。
彼女だけは、まだ動こうとしていた。
「みんな、傷を見せてください」
「お前も疲れてるだろ」
アクセルが言った。
「少しだけ、魔力が戻ってます」
セレナの手が、淡い青い光を帯びた。
弱々しい光だが、確かに治療魔法だ。
「完治は無理ですけど、応急処置なら」
ダリウスが上半身を起こし、右肩を向けた。
セレナの手が肩に触れる。
青い光が傷口を包み、ゆっくりと塞がっていく。
「動かないまでも、血は止まります」
「十分だ。ありがとな」
ダリウスが右腕を見る。
まだ痺れが残っているようだが、さっきよりはましだ。
ミラも起き上がり、セレナの治療を受けた。
電撃で焼けた皮膚が、少しずつ癒えていく。
「ありがとう、セレナさん」
「いえ、これくらいしか」
セレナが苦笑した。
その手は、わずかに震えていた。
アクセルは横になったまま、握りしめていた核をゆっくりと開いた。
拳ほどの大きさ。
青く輝く結晶。
手のひらの上で、静かに脈打っている。
レヴィアスの魂が、ここに凝縮されている。
成長を続けろ。
そして、世界を救え。
最期の言葉が、頭の中で響いていた。
核を見つめていると、肩が重くなる気がした。
* * *
二時間後。
食事を済ませ、全員の傷を手当てし終えた頃。
アクセルは船首に立ち、海の向こうを見つめていた。
「祭壇は、この先だ」
セレナが隣に来て、頷いた。
「はい。アクアベルの北東、海上に浮かぶ古代の遺跡です」
レヴィアスが言っていた。
核を地上の祭壇に捧げれば、封印は自動で再強化される。
「距離は?」
「ここから船で一時間ほどです」
アクセルは核を見下ろした。
青い光が、静かに脈打っている。
「行こう」
ダリウスとミラも立ち上がった。
まだ体は重い。
だが、休んでいる暇はない。
セレナが帆を張り、風を読んだ。
「風向きは良好です。出発しましょう!」
アクアシールド号は、ゆっくりと動き始めた。
* * *
一時間後、それは見えてきた。
海の真ん中に浮かぶ、石の円形台座。
直径は十メートルほど。
古びた石柱が周囲を囲み、中央には青白いオーブが浮遊している。
周囲には、小さな水の結晶が舞っていた。
光を反射して、きらきらと輝いている。
「これが、封印の祭壇」
アクセルは呟いた。
船を祭壇の傍に停泊させ、四人は石の台座に上がった。
足元には、複雑な魔法陣が刻まれている。
古代文字が、円を描くように並んでいた。
セレナが目を細めて、文字を読んだ。
「『東の封印、守護者の力を以て再び閉じよ』」
中央のオーブが、青く脈打っている。
まるで心臓のように。
アクセルは一歩前に出た。
手の中の核が、オーブに呼応するかのように輝きを増した。
「捧げるぞ」
静かに、核をオーブに近づける。
触れた瞬間、核が光り始めた。
青い光が溢れ出す。
眩しくて、目を細めた。
核がオーブに吸い込まれていく。
二つの光が混ざり合い、一つになる。
オーブが強く、強く輝いた。
光の柱が、空に向かって伸びていく。
雲を突き抜け、どこまでも高く。
祭壇全体が震えた。
そして、石柱に刻まれた文字が、一つずつ光り始めた。
* * *
光が収まった時、祭壇の中央に文字が浮かび上がっていた。
第二の封印、再強化完了。
残り六つの封印、要再強化。
北の封印:完了
東の封印:完了
南の封印:弱体化中
西の封印:弱体化中
北東の封印:弱体化中
南東の封印:弱体化中
南西の封印:弱体化中
北西の封印:弱体化中
セレナが文字を見つめ、小さく息を止めた。
「まだ、六つも」
ダリウスが腕を組んだ。
「長い戦いになりそうだな」
ミラが頷いた。
「でも、やり遂げないと」
アクセルは文字を見つめながら、静かに言った。
「ああ。一つずつ、確実に」
レヴィアスの言葉が蘇る。
次は南だ。
業火の不死鳥フェニクレアが待つ。
そして、最強の守護者。
氷壁の巨人ユミル。
レヴィアスの三倍の強さ。
まだ遠い。
だが、今日、一つ終わった。
その時だった。
* * *
空が、変わった。
厚い雲が、少しずつ割れ始める。
隙間から、青が覗いた。
風が変わる。
海が凪いでいく。
セレナが顔を上げた。
「嵐が、止んだ」
その声が震えていた。
雲が流れていく。
どんどん薄くなり、消えていく。
やがて、空一面に青が広がった。
太陽の光が、海面に降り注ぐ。
きらきらと輝く波。
穏やかな風が、頬を撫でる。
セレナの頬を、涙が伝った。
声は出なかった。
ただ、空を見上げていた。
遠くから、声が聞こえてきた。
振り返ると、水平線の向こうに船が見える。
一隻、二隻、三隻。
次々と、漁船が海に出てきていた。
漁師たちの歓声が、風に乗って届いてくる。
「嵐が止んだぞ!」
「海に出られる!」
「レヴィアスがいなくなった!」
セレナは両手で顔を覆った。
肩が震えている。
声を殺して、泣いていた。
「みんな、海に、戻ってきた」
その言葉は、嗚咽混じりだった。
アクセルはセレナの肩に手を置いた。
「これで、アクアベルは救われた」
セレナが顔を上げた。
涙で濡れた顔。
鼻が赤くなっている。
それでも、笑っていた。
「はい。ありがとうございます。みんなの、おかげです」
ダリウスが豪快に笑った。
「よし、帰るぞ。今日は飲むぜ!」
ミラも笑った。
「賛成です! お祝いしましょう!」
セレナが涙を拭いながら、頷いた。
「はい! アクアベルで一番おいしいお店、知ってます!」
四人は船に戻った。
帆が風を受け、船が動き出す。
青い空の下、アクアシールド号はアクアベルへ向かって進んでいく。
* * *
帰路、アクセルは船尾に立っていた。
遠ざかっていく祭壇を見つめている。
その隣に、ダリウスが来た。
「なあ、アクセル」
「ん?」
「あの覚醒、すごかったな。カスケード八段階」
アクセルは小さく笑った。
「水の中でしか使えない。陸上じゃ、まだ五段階が限界だ」
「それでも、だぜ」
ダリウスが左手で右肩を叩きながら言った。
「お前がいなかったら、俺たち全滅してたよ」
「みんなが時間を稼いでくれたからだ」
「そうやって謙遜するところ、お前らしいな」
ダリウスが笑った。
その後ろから、ミラとセレナも来た。
「アクセルくん、次はどこに行くんですか?」
ミラが聞いた。
「南だ。フェニクレアがいる」
「炎の守護者、ですね」
セレナが頷いた。
そして、少し緊張した面持ちで続けた。
「あの、アクセルさん」
「ん?」
「私、このパーティに正式に入ってもいいですか?」
その言葉に、三人が顔を見合わせた。
「仮加入のままじゃ、次の戦いについていけません」
セレナは真剣な目で言った。
「今日、みんなと一緒に戦って、分かりました。私、このパーティで戦いたいんです」
アクセルは少し考えた。
レヴィアス戦での彼女の活躍。
アクアバリアで何度も仲間を守った。
ディープシーランスでレヴィアスの首を貫いた。
そして、最後まで諦めなかった。
「クリスが戻ってきたら、どうする」
「クリスさんとも、一緒に戦いたいです」
セレナは迷いなく答えた。
「私、逃げません。最後まで、みんなと一緒に」
ダリウスが肩を組んできた。
「いいじゃねぇか! 仲間が増えて困ることなんてねぇ!」
ミラも笑顔で頷いた。
「私も賛成です! セレナさん、これからもよろしくお願いします!」
アクセルは、セレナの目を見た。
海色の瞳。
真っ直ぐな光。
覚悟が、そこにあった。
「分かった」
アクセルは手を差し出した。
「正式加入だ。よろしく、セレナ」
セレナの目が、また潤んだ。
だが今度は、笑顔のまま。
「はい! よろしくお願いします!」
彼女はアクセルの手を、両手で握り返した。
* * *
アクアベルの港が見えてきた。
桟橋には、人だかりができていた。
漁師たち。
町の人々。
海導師ギルドの者たち。
全員が、こちらを見ている。
船が近づくと、歓声が上がった。
「帰ってきた!」
「レヴィアスを倒したんだ!」
「英雄だ!」
セレナが目を丸くした。
「すごい人ですね」
ダリウスが得意げに笑った。
「当然だろ。俺たちが嵐を止めたんだからな!」
ミラがダリウスの腕を引っ張った。
「ダリウスさん、調子に乗りすぎですよ」
「いいじゃねぇか、たまには!」
アクセルは、その光景を見ながら思った。
まだ終わりじゃない。
残り六つの封印。
最強の守護者ユミル。
絶対災厄の脅威。
だが、今日は勝った。
仲間がいる。
セレナが正式に加わった。
そしてクリスも戻ってくる。
船が桟橋に着いた。
歓声の中、四人は港に降り立った。
見上げると、青い空がどこまでも広がっている。
アクセルは一度だけ、海の方を振り返った。
レヴィアスが眠る海。
封印が再び強まった海。
心の中で、静かに呟いた。
ありがとう。
そして、約束する。
必ず、全ての封印を守り抜く。
風が吹いた。
まるで、返事のように。
アクセルは前を向いた。
仲間たちが、待っている。
0
この作品は感想を受け付けておりません。
あなたにおすすめの小説
底辺動画主、配信を切り忘れてスライムを育成していたらバズった
椎名 富比路
ファンタジー
ダンジョンが世界じゅうに存在する世界。ダンジョン配信業が世間でさかんに行われている。
底辺冒険者であり配信者のツヨシは、あるとき弱っていたスライムを持ち帰る。
ワラビと名付けられたスライムは、元気に成長した。
だがツヨシは、うっかり配信を切り忘れて眠りについてしまう。
翌朝目覚めると、めっちゃバズっていた。
S級スキル『剣聖』を授かった俺はスキルを奪われてから人生が一変しました
白崎なまず
ファンタジー
この世界の人間の多くは生まれてきたときにスキルを持っている。スキルの力は強大で、強力なスキルを持つ者が貧弱なスキルしか持たない者を支配する。
そんな世界に生まれた主人公アレスは大昔の英雄が所持していたとされるSランク『剣聖』を持っていたことが明らかになり一気に成り上がっていく。
王族になり、裕福な暮らしをし、将来は王女との結婚も約束され盤石な人生を歩むアレス。
しかし物事がうまくいっている時こそ人生の落とし穴には気付けないものだ。
突如現れた謎の老人に剣聖のスキルを奪われてしまったアレス。
スキルのおかげで手に入れた立場は当然スキルがなければ維持することが出来ない。
王族から下民へと落ちたアレスはこの世に絶望し、生きる気力を失いかけてしまう。
そんなアレスに手を差し伸べたのはとある教会のシスターだった。
Sランクスキルを失い、この世はスキルが全てじゃないと知ったアレス。
スキルがない自分でも前向きに生きていこうと冒険者の道へ進むことになったアレスだったのだが――
なんと、そんなアレスの元に剣聖のスキルが舞い戻ってきたのだ。
スキルを奪われたと王族から追放されたアレスが剣聖のスキルが戻ったことを隠しながら冒険者になるために学園に通う。
スキルの優劣がものを言う世界でのアレスと仲間たちの学園ファンタジー物語。
この作品は小説家になろうに投稿されている作品の重複投稿になります
俺だけ永久リジェネな件 〜パーティーを追放されたポーション生成師の俺、ポーションがぶ飲みで得た無限回復スキルを何故かみんなに狙われてます!〜
早見羽流@3/19書籍発売!
ファンタジー
ポーション生成師のリックは、回復魔法使いのアリシアがパーティーに加入したことで、役たたずだと追放されてしまう。
食い物に困って余ったポーションを飲みまくっていたら、気づくとHPが自動で回復する「リジェネレーション」というユニークスキルを発現した!
しかし、そんな便利なスキルが放っておかれるわけもなく、はぐれ者の魔女、孤高の天才幼女、マッドサイエンティスト、魔女狩り集団、最強の仮面騎士、深窓の令嬢、王族、謎の巨乳魔術師、エルフetc、ヤバい奴らに狙われることに……。挙句の果てには人助けのために、危険な組織と対決することになって……?
「俺はただ平和に暮らしたいだけなんだぁぁぁぁぁ!!!」
そんなリックの叫びも虚しく、王国中を巻き込んだ動乱に巻き込まれていく。
無双あり、ざまぁあり、ハーレムあり、戦闘あり、友情も恋愛もありのドタバタファンタジー!
帰って来た勇者、現代の世界を引っ掻きまわす
黄昏人
ファンタジー
ハヤトは15歳、中学3年生の時に異世界に召喚され、7年の苦労の後、22歳にて魔族と魔王を滅ぼして日本に帰還した。帰還の際には、莫大な財宝を持たされ、さらに身につけた魔法を始めとする能力も保持できたが、マナの濃度の低い地球における能力は限定的なものであった。しかし、それでも圧倒的な体力と戦闘能力、限定的とは言え魔法能力は現代日本を、いや世界を大きく動かすのであった。
4年前に書いたものをリライトして載せてみます。
病弱少年が怪我した小鳥を偶然テイムして、冒険者ギルドの採取系クエストをやらせていたら、知らないうちにLV99になってました。
もう書かないって言ったよね?
ファンタジー
ベッドで寝たきりだった少年が、ある日、家の外で怪我している青い小鳥『ピーちゃん』を助けたことから二人の大冒険の日々が始まった。
【完結】スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜
かの
ファンタジー
世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。
スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。
偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。
スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!
冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!
【もうダメだ!】貧乏大学生、絶望から一気に成り上がる〜もし、無属性でFランクの俺が異文明の魔道兵器を担いでダンジョンに潜ったら〜
KEINO
ファンタジー
貧乏大学生の探索者はダンジョンに潜り、全てを覆す。
~あらすじ~
世界に突如出現した異次元空間「ダンジョン」。
そこから産出される魔石は人類に無限のエネルギーをもたらし、アーティファクトは魔法の力を授けた。
しかし、その恩恵は平等ではなかった。
富と力はダンジョン利権を牛耳る企業と、「属性適性」という特別な才能を持つ「選ばれし者」たちに独占され、世界は新たな格差社会へと変貌していた。
そんな歪んだ現代日本で、及川翔は「無属性」という最底辺の烙印を押された青年だった。
彼には魔法の才能も、富も、未来への希望もない。
あるのは、両親を失った二年前のダンジョン氾濫で、原因不明の昏睡状態に陥った最愛の妹、美咲を救うという、ただ一つの願いだけだった。
妹を治すため、彼は最先端の「魔力生体学」を学ぶが、学費と治療費という冷酷な現実が彼の行く手を阻む。
希望と絶望の狭間で、翔に残された道はただ一つ――危険なダンジョンに潜り、泥臭く魔石を稼ぐこと。
英雄とも呼べるようなSランク探索者が脚光を浴びる華やかな世界とは裏腹に、翔は今日も一人、薄暗いダンジョンの奥へと足を踏み入れる。
これは、神に選ばれなかった「持たざる者」が、絶望的な現実にもがきながら、たった一つの希望を掴むために抗い、やがて世界の真実と向き合う、戦いの物語。
彼の「無属性」の力が、世界を揺るがす光となることを、彼はまだ知らない。
テンプレのダンジョン物を書いてみたくなり、手を出しました。
SF味が増してくるのは結構先の予定です。
スローペースですが、しっかりと世界観を楽しんでもらえる作品になってると思います。
良かったら読んでください!
ブラックギルドマスターへ、社畜以下の道具として扱ってくれてあざーす!お陰で転職した俺は初日にSランクハンターに成り上がりました!
仁徳
ファンタジー
あらすじ
リュシアン・プライムはブラックハンターギルドの一員だった。
彼はギルドマスターやギルド仲間から、常人ではこなせない量の依頼を押し付けられていたが、夜遅くまで働くことで全ての依頼を一日で終わらせていた。
ある日、リュシアンは仲間の罠に嵌められ、依頼を終わらせることができなかった。その一度の失敗をきっかけに、ギルドマスターから無能ハンターの烙印を押され、クビになる。
途方に暮れていると、モンスターに襲われている女性を彼は見つけてしまう。
ハンターとして襲われている人を見過ごせないリュシアンは、モンスターから女性を守った。
彼は助けた女性が、隣町にあるハンターギルドのギルドマスターであることを知る。
リュシアンの才能に目をつけたギルドマスターは、彼をスカウトした。
一方ブラックギルドでは、リュシアンがいないことで依頼達成の効率が悪くなり、依頼は溜まっていく一方だった。ついにブラックギルドは町の住民たちからのクレームなどが殺到して町民たちから見放されることになる。
そんな彼らに反してリュシアンは新しい職場、新しい仲間と出会い、ブッラックギルドの経験を活かして最速でギルドランキング一位を獲得し、ギルドマスターや町の住民たちから一目置かれるようになった。
これはブラックな環境で働いていた主人公が一人の女性を助けたことがきっかけで人生が一変し、ホワイトなギルド環境で最強、無双、ときどきスローライフをしていく物語!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる