【完結】魔王とは、聖女を愛した騎士の、もう一つの名前だった〜偽りの聖戦と、世界を欺いた二人の逃亡〜

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第三話「聖戦という名の茶番」①

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

編纂者序文

 「聖戦」は、存在しなかった。

 聖暦1000年から1002年。
 公式の歴史では、この3年間は「人類と魔族の壮絶な戦い」の時代とされている。

 聖女エルザが率いる討伐軍。
 魔王ゼギルが指揮しきする魔軍。
 両者は幾度となく激突し、無数の英雄譚が生まれた。

 ——と、歴史書には記されている。

 だが。

 奈落の書庫から発見された資料は、まったく異なる光景を映し出していた。

 彼らは戦っていたのではない。

 のだ。

 今回紹介する資料は五つ。

 一つ目は、近衛騎士団長オスカー・フォン・ライヒェンによる「聖戦布告書」。
 威勢のいい檄文げきぶんだ。
 魔王など一蹴いっしゅうしてくれる、と。

 二つ目は、使い魔の通信ログ。
 蝙蝠型の使い魔を介した、二人の密談の記録。
 その内容は——あまりにも楽しげで、背筋が凍る。

 三つ目は、オスカーの「戦闘報告書」。
 先の威勢はどこへやら。
 インクがにじみ、文字がふるえている。

 四つ目は、司祭長アルベルト・モラヴィアから教皇への弁明書。
 聖女暗殺の失敗を、必死に言い訳している。

 そして五つ目。
 地図にない隠れ家で発見された——二人の私物。

 順を追って見ていこう。

             ヴィクトル・ノイマン

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

資料8:聖戦布告書(聖暦1000年3月)

【文書番号】軍令第001号
【文書種別】全軍布告
【作成者】近衛騎士団長オスカー・フォン・ライヒェン

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

        聖 戦 布 告

 全騎士、全兵士、そして神につかえる全ての者へ告ぐ。

 魔王ゼギルは、北の辺境へんきょうにて叛旗はんきひるがえした。
 かつて我らが同胞であった男は、今や闇にちたけものである。

 だが——恐れることはない。

 彼奴きゃつの軍勢など、烏合うごうしゅうに過ぎぬ。
 規律もなく、装備も貧弱ひんじゃく
 まともな指揮系統すら存在しない。

 我らには、聖女様がおられる。

 神に選ばれし御方おんかたの加護のもと、魔王など鎧袖一触がいしゅういっしょく
 一月ひとつきもあれば、奴の首は王都の門にさらされよう。

 諸君。
 これは戦争ではない。
 掃除そうじだ。

 害虫を駆除し、平和を取り戻す。
 ただそれだけのことだ。

 剣を取れ。
 神の名のもとに、魔をほろぼせ。

 勝利は、既に約束されている。

     聖暦1000年3月1日
     近衛騎士団長 オスカー・フォン・ライヒェン

     追記:
     討伐完了後、祝勝会を王宮大広間にて開催予定。
     各隊長は礼服を準備されたし。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

編纂者注記

 この布告書を読んだとき、私は思わず苦笑くしょうしてしまった。

 「一月もあれば首を晒す」
 「祝勝会の礼服を準備せよ」

 結果を先に言おう。
 オスカーは、3年間一度も魔王を捕らえられなかった。
 それどころか——

 次の資料を読めば、なぜ「捕らえられなかった」のかが分かる。

 彼は最初から、「捕らえさせてもらえなかった」のだ。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

資料9:使い魔の通信ログ(聖暦1000年4月~1002年11月)

【発見場所】奈落の書庫・第5区画・魔導具保管庫
【発見物】蝙蝠型使い魔の魔力残滓より復元
【備考】通信の一部に欠損・ノイズあり

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 以下は、使い魔を介した二人の通信記録である。

 技術的な説明をしておこう。
 「蝙蝠型使い魔」は、魔導師まどうしが遠距離通信に用いる小型の魔法生物だ。
 使い魔の脳漿のうしょうに「魔力刻印こくいん」を施すことで、会話を記録できる。

 魔王軍には、複数の使い魔が配備されていた。
 その残骸から、断片的な通信ログが復元された。

 なお、聖女の発言は異界の言葉で記録されていた。
 翻訳は編纂者による。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【通信ログ001】聖暦1000年4月12日

 [通信開始]
 [魔力残量:良好]

ゼギル:
 ——繋がったか。

エルザ:
 うん。聞こえてる。
 ……久しぶり。元気だった?

ゼギル:
 ああ。そっちは?

エルザ:
 ……まあまあ。
 首輪、まだ外れないけど。

ゼギル:
 ……すまない。

エルザ:
 謝らないで。
 あなたのせいじゃない。
 ……ねえ、次の「遠征」、いつ?

ゼギル:
 来月の15日だ。
 指揮官は——オスカーらしい。

エルザ:
 ……あの男。

 [2秒間の沈黙]

エルザ:
 私のこと、「魔力タンク」って呼んだ人。

ゼギル:
 覚えてる。

エルザ:
 ……ねえ、ゼギル。

ゼギル:
 なんだ。

エルザ:
 あの男の部隊だけ、徹底的に追い回して。
 服をいで森に放置して。

ゼギル:
 ……了解。

エルザ:
 あ、でも。
 一般の兵士は殺さないでね。
 彼らに罪はないから。

ゼギル:
 分かってる。
 ……お前は優しいな。

エルザ:
 ……べつに。
 あなたが、そう教えてくれただけ。

 [ノイズ混入]
 [通信品質低下]

ゼギル:
 ——聞こえるか。
 次の「襲撃」ポイント、そっちで決めていいか。

エルザ:
 うん。任せて。
 ……ゼギル。

ゼギル:
 なんだ。

エルザ:
 会いたい。

 [3秒間の沈黙]

ゼギル:
 ……俺もだ。

エルザ:
 絶対、来てね。

ゼギル:
 ああ。約束する。

 [通信終了]

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【通信ログ007】聖暦1000年8月3日

 [通信開始]
 [魔力残量:やや低下]

エルザ:
 大変大変大変。

ゼギル:
 どうした。

エルザ:
 司祭長が、私に護衛をつけるって。
 「魔王の刺客から守るため」だって。

ゼギル:
 ……監視か。

エルザ:
 うん、たぶん。
 嘆願書のこと、バレたのかも。

ゼギル:
 まずいな。
 ……次の「襲撃」で、護衛を引き離す必要がある。

エルザ:
 どうやって?

ゼギル:
 派手にやる。
 お前の護衛が全員、俺を追いかけてくるくらい派手に。

エルザ:
 ……無茶しないでね。

ゼギル:
 大丈夫だ。
 俺は死なない。
 お前と、空を見る約束がある。

エルザ:
 …………。

ゼギル:
 泣いてるのか。

エルザ:
 泣いてない。
 ……ちょっとだけ。

 [ノイズ混入]
 [魔力残量警告]

ゼギル:
 ——切れそうだ。
 最後に一つ。

エルザ:
 なに。

ゼギル:
 愛してる。

 [通信途絶]
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