【完結】魔王とは、聖女を愛した騎士の、もう一つの名前だった〜偽りの聖戦と、世界を欺いた二人の逃亡〜

チャビューヘ

文字の大きさ
3 / 12

part 2.2

しおりを挟む
第二話「魔王の誕生」②

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 教皇猊下へ

 おそれながら、筆をらせていただきます。

 私は——

 私は、嘘をつくことができません。

 ゼギルは、私を殺そうとしたのではありません。
 彼は、私を助けようとしたのです。

 あの夜。
 彼は私の部屋に来ました。
 手には短剣がありました。

 でもそれは、私を殺すためではありません。
 私の首にめられた「魔力吸引きゅういん首輪くびわ」を、切り落とすためでした。

 私は知っています。
 自分が「生体魔力炉」として利用されていることを。

 私の命は、あと数年。
 魔力をしぼり取られ、枯渇こかつし、死ぬ。
 それが、私に与えられた「聖女」の役割。

 ゼギルは、それを許せなかった。

 彼は私を連れて逃げようとしました。
 この国から。
 この運命から。

 でも——

 護衛が来ました。
 ゼギルは私をかばって、捕まりました。

 私は何もできませんでした。
 ただ見ているだけでした。
 彼が殴られ、引きずられていくのを。

 そして今、彼は「魔王」と呼ばれています。

 お願いです。
 どうか、彼を許してください。

 彼は何も悪いことをしていません。
 私を——

 私を、愛してくれただけです。

 そして私も——

 私も、彼を

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 手紙は、ここで途切れている。
 最後の一文は、インクがにじんでいる。
 涙のあとだろうか。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

編纂者注記

 この嘆願書が、なぜ送られなかったのか。

 答えは簡単だ。
 送ることを許されなかったのだ。

 いや——そもそも、この手紙は教皇の目に触れることすらなかっただろう。

 聖女は「神聖な存在」でなければならない。
 人間の男を愛するなど、あってはならない。

 ましてや——その男が「魔王」と呼ばれる者であれば。

 教会にとって、この手紙は「不都合な真実」そのものだった。

 だから封印した。
 地下に葬った。
 なかったことにした。

 そして——

 教会は、もう一つの「処理」を行った。

 次の資料を見てほしい。

 これは、私がこの仕事を始めて以来、最も衝撃を受けた文書だ。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

資料7:暗殺ギルドへの発注書(聖暦999年10月)

【発見場所】奈落の書庫・第1区画・焼却予定箱
【保存状態】一部焼損あり
【備考】教皇庁の印章を確認

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 この文書は、焼却される寸前だったと思われる。
 端が焦げており、一部の文字は判読不能だ。

 だが——残された部分だけで、十分に恐ろしい。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

        依 頼 書

 宛先:暗影あんえいつばさ(暗殺ギルド)
 依頼主:【焼損により判読不能】
 日付:聖暦999年10月3日

 以下の任務を依頼する。

 対象:「聖女」エルザ

 【焼損】……の計画に齟齬そごが生じた場合……【焼損】
 ……対象を「始末しまつ」し、「殉教」として処理せよ……【焼損】

 報酬:金貨500枚(成功報酬)
    金貨100枚(前払い)

 期限:聖暦999年12月末日

 備考:
  ・対象が「脱走」を企てた場合、即時実行
  ・対象が「不都合な発言」を行った場合、即時実行
  ・対象の死は「魔王の呪詛じゅそによる衰弱死」として発表
  ・【焼損】……新たな聖女候補は……【焼損】

  追記:
   対象に接触した「元騎士」については、
   既に「魔王」として処理済み。
   今後、対象との接触機会はないものと判断。
   ただし万が一の場合は、両名同時に【焼損】

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

編纂者注記

 私は、この文書を3回読み直した。

 信じられなかったからだ。

 教会が——聖女を守るべき教会が。
 聖女の「暗殺」を依頼していた。

 しかも、その理由は。

 「脱走を企てた場合」
 「不都合な発言を行った場合」

 つまり——真実を語らせないため。

 聖女が「生体魔力炉」として利用されていること。
 ゼギルが「魔王」ではなく、聖女を救おうとした騎士であること。

 これらの真実が露見ろけんすれば、教会の権威は失墜する。
 だから——殺す。

 そして「殉教」として美化びかする。

 「聖女は魔王の呪詛にむしばまれ、はかなくも散華さんげされた」

 完璧な筋書きだ。
 教会は被害者となり、「魔王」への憎悪はあおられ、聖女信仰は永遠に続く。

 だが——

 この計画は、実行されなかった。

 なぜか。

 それは、後の資料で明らかになる。

 ただ、一つだけ言えることがある。

 聖暦999年10月。
 「魔王」が誕生した月。

 あの瞬間、ゼギルは確かに「怪物」になった。

 だがそれは、闇に魅入られたからではない。

 愛する者を守るために、自らを「悪」として差し出したのだ。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

第二話 了

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

次話予告

 聖暦1000年。
 「魔王軍」の蜂起ほうき

 世界は恐怖にふるえた。
 ——と、公式記録にはある。

 だが、奈落の書庫から発見された「使い魔の通信ログ」は、まったく異なる光景を映し出していた。

 「今夜の襲撃ポイント、そっちで決めていい?」
 「了解。派手にやってくれ。私がその隙に脱出口を確認する」

 次話『聖戦という名の茶番』——

 魔王軍の「襲撃」は、なぜ常に聖女の「討伐遠征」と重なったのか。
 二人は、どうやって連絡を取り合っていたのか。

 そして——「密会」の記録が、ついに明かされる。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

編纂者補記

 本資料の公開後、教会側から再び強い抗議があった。

 「聖女への暗殺依頼など、捏造ねつぞうに決まっている」
 「教皇庁の印章は偽造だ」
 「異端審問にかけるべきだ」

 だが——

 印章の鑑定かんてい結果は、本物と判定された。
 インクの成分分析も、300年前の教会公文書と一致した。

 私は捏造などしていない。
 ただ、発掘した資料をそのまま提示しているだけだ。

 真実を|受け入れるかどうか。
 それは、読者の判断に委ねる。

 ただし——

 一つだけ、警告しておく。

 私の研究室に、不審者が侵入した形跡があった。
 何も盗まれてはいなかったが——

 机の上に、一枚のメモが置かれていた。

 「これ以上、やぶつつくな」

 どうやら、300年前の「真実」を隠したがっている者は、今もいるらしい。

 だが私は、止まるつもりはない。

 たとえ——

 この身に何が起ころうとも。

                         ——ヴィクトル・ノイマン
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】魔力ゼロと捨てられた私を、王子がなぜか離してくれません ――無自覚聖女の王宮生活――

ムラサメ
恋愛
伯爵家で使用人同然に扱われてきた少女、エリナ。 魔力も才能もないとされ、義妹アリシアの影で静かに生きていた。 ある日、王国第一王子カイルの視察で運命が動き出す。 誰も気づかなかった“違和感”に、彼だけが目を留めて――。

「『お前に書く手紙などない』と言った婚約者へ、私は7年間手紙を書き続けた——ただし、届け先は別の人でした」

歩人
ファンタジー
辺境伯令嬢リゼットは、婚約者に7年間手紙を書き続けた。返事は一度もなかった。 「お前に書く手紙などない。顔も覚えていない」——婚約破棄。しかしリゼットは 泣かなかった。手紙の本当の届け先は、最初から別にあったから。前世の情報分析 能力で辺境の異変を読み解き、暗号として織り込んだ7年分の手紙。それを受け取り 続けていたのは第一王子。リゼットは誰にも知られず、王国を守っていた。 婚約破棄の翌朝、王子からの手紙が届く。「7年間、ありがとう。迎えに行く」

夫に捨てられた私は冷酷公爵と再婚しました

香木陽灯
恋愛
 伯爵夫人のマリアーヌは「夜を共に過ごす気にならない」と突然夫に告げられ、わずか五ヶ月で離縁することとなる。  これまで女癖の悪い夫に何度も不倫されても、役立たずと貶されても、文句ひとつ言わず彼を支えてきた。だがその苦労は報われることはなかった。  実家に帰っても父から不当な扱いを受けるマリアーヌ。気分転換に繰り出した街で倒れていた貴族の男性と出会い、彼を助ける。 「離縁したばかり? それは相手の見る目がなかっただけだ。良かったじゃないか。君はもう自由だ」 「自由……」  もう自由なのだとマリアーヌが気づいた矢先、両親と元夫の策略によって再婚を強いられる。相手は婚約者が逃げ出すことで有名な冷酷公爵だった。  ところが冷酷公爵と会ってみると、以前助けた男性だったのだ。  再婚を受け入れたマリアーヌは、公爵と少しずつ仲良くなっていく。  ところが公爵は王命を受け内密に仕事をしているようで……。  一方の元夫は、財政難に陥っていた。 「頼む、助けてくれ! お前は俺に恩があるだろう?」  元夫の悲痛な叫びに、マリアーヌはにっこりと微笑んだ。 「なぜかしら? 貴方を助ける気になりませんの」 ※ふんわり設定です

「貧相な小娘」と罵った第一王子へ。番(つがい)は貴方ではなく、国王陛下(お父様)でした

しえろ あい
恋愛
「お父様、わたくし、あの方と目が合った瞬間、分かってしまったのです」 十六歳のデビュタントの夜、ルーセント侯爵令嬢フェリシアを待っていたのは、残酷な罵倒だった。第一王子カシウスは、可憐な白いドレスを纏った彼女を「貧相な小娘」と呼び、己の番(つがい)であることを真っ向から否定する。 会場に響く冷笑と、愛用の刺繍に込めた自信さえ打ち砕くような屈辱。しかし、絶望の淵に立たされた彼女を見つめていたのは、王子ではなく、圧倒的な威厳を放つ「ある男」だった。 魂を焦がすような熱い視線が重なり、静まり返る謁見の間。この出会いが、王室を揺るがす大事件の幕開けになるとは、まだ誰も知らない。自身の価値を否定された少女が、真実の愛によって世界で最も幸福な王妃へと駆け上がる、逆転溺愛ストーリー。 ※小説家になろう様にも投稿しています※

前世の私は重い女だったので、今世は恋なんてしません。

ありま氷炎
恋愛
前世は余りにも夫が大好きで、愛が重すぎた。 だから捨てられた。 なので生まれ変わった今は、恋なんてするつもりはなかったのだけど……。

婚約破棄の慰謝料として『王国の半分』を要求したら、本当にくれたので、今日から私があなたの女王様です

唯崎りいち
恋愛
婚約破棄の慰謝料に 「王国の半分」を要求したら、 ゴミみたいな土地を押し付けられた。 ならば――関所を作りまくって 王子を経済的に詰ませることにした。 支配目当ての女王による、 愛なき(?)完全勝利の記録。

契約妻に「愛さない」と言い放った冷酷騎士、一分後に彼女の健気さが性癖に刺さって理性が崩壊した件

水月
恋愛
冷酷騎士様の「愛さない」は一分も持たなかった件の旦那様視点短編となります。 「君を愛するつもりはない」 結婚初夜、帝国最強の冷酷騎士ヴォルフラム・ツヴァルト公爵はそう言い放った。 出来損ないと蔑まれ、姉の代わりの生贄として政略結婚に差し出されたリーリア・ミラベルにとって、それはむしろ救いだった。 愛を期待されないのなら、失望させることもない。 契約妻として静かに役目を果たそうとしたリーリアは、緩んだ軍服のボタンを自らの銀髪と微弱な強化魔法で直す。 ただ「役に立ちたい」という一心だった。 ――その瞬間。 冷酷騎士の情緒が崩壊した。 「君は、自分の価値を分かっていない」 開始一分で愛さない宣言は撤回。 無自覚に自己評価が低い妻に、激重独占欲を発症した最強騎士が爆誕する。

【完結】「お前を愛することはない」と言われましたが借金返済の為にクズな旦那様に嫁ぎました

華抹茶
恋愛
度重なる不運により領地が大打撃を受け、復興するも被害が大きすぎて家は多額の借金を作ってしまい没落寸前まで追い込まれた。そんな時その借金を肩代わりするために申し込まれた縁談を受けることに。 「私はお前を愛することはない。これは契約結婚だ」 「…かしこまりました」  初めての顔合わせの日、開口一番そう言われて私はニコラーク伯爵家へと嫁ぐことになった。  そしてわずか1週間後、結婚式なんて挙げることもなく籍だけを入れて、私―アメリア・リンジーは身一つで伯爵家へと移った。 ※なろうさんでも公開しています。

処理中です...