【完結】魔王とは、聖女を愛した騎士の、もう一つの名前だった〜偽りの聖戦と、世界を欺いた二人の逃亡〜

チャビューヘ

文字の大きさ
12 / 12

part 5.3

しおりを挟む
第五話「断罪の天秤」③

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

資料22:異端審問調書(聖暦1305年12月・現在進行中)

【文書番号】教皇庁異端審問所 案件番号1305-V-042
【被審問者】ヴィクトル・ノイマン(帝国大学第四史料編纂室・主任研究員)
【罪状】聖女冒涜の疑い、異端思想流布の疑い
【審問官】大審問官フリードリヒ・シュトラッサー

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 以下は、私自身の異端審問の記録である。

 記録しているのは私自身だ。
 審問の合間に、隠し持った紙と炭筆すみふでで書いている。
 見つかれば、「証拠隠滅」として罪が重くなるだろう。

 だが、記録しなければならない。
 私に何が起きているかを。
 そして——私が何を選ぶかを。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【審問記録・第一日目】

聖暦1305年12月15日

 教皇庁の地下。
 石造りの部屋に、私は連行された。

 審問官は、大審問官フリードリヒ・シュトラッサー。
 教会の「異端狩り」を統括する男だ。
 冷たい灰色の瞳が、私を見据えていた。

審問官:
 ヴィクトル・ノイマン。
 帝国大学第四史料編纂室、主任研究員。
 ——通称「掃きだめ」の責任者か。

私:
 ……はい。

審問官:
 君は、「聖女に関する異端的研究」を行っていると報告を受けた。
 聖女の名誉を毀損きそんし、民衆の信仰を揺るがす——許されざる行為だ。

私:
 私は、真実を追究しているだけです。

審問官:
 「真実」か。
 面白いことを言う。

 審問官は、私の研究資料を机の上に広げた。
 押収されたものだ。

審問官:
 「聖女語録は捏造ねつぞうである」——君は、そう主張している。
 「聖女と魔王は相討ちではなく、逃亡した」——とも。
 これが「真実」だと?

私:
 証拠があります。
 言語学的分析、残留魔力のスペクトル分析、現地調査——
 すべてが、公式記録の誤りを示しています。

審問官:
 …………。

 審問官は、しばらく黙っていた。
 そして——意外な言葉を口にした。

審問官:
 君の主張が「真実」だとしよう。
 だが、問いたい。
 その「真実」を公開して、何になる?

私:
 ……何、とは。

審問官:
 300年間、聖女信仰は民衆の心の支えだった。
 「聖女のように生きよ」——この教えが、どれほど多くの善行を生んだか。
 どれほど多くの命を救ったか。
 君は、それを知っているか。

私:
 ……知っています。

審問官:
 ならば、なぜ壊そうとする。
 「嘘」の上に築かれた平和でも——平和は平和だ。
 君の「真実」は、その平和を破壊する。
 民衆は何を信じればいいか分からなくなる。
 混乱が生まれ、争いが起きる。
 それが、君の望む結果か?

私:
 …………。

 私は、答えられなかった。

 審問官の言葉は、私自身の葛藤かっとうえぐっていた。
 「真実」を公開すべきか。
 それとも、「平和」のために沈黙すべきか。

 その問いに、私はまだ——答えを出せていなかった。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【審問記録・第三日目】

聖暦1305年12月17日

 審問は続いている。
 私の体は疲弊し、精神も摩耗まもうしている。

 だが、審問官の態度に、私は奇妙なものを感じていた。

 彼は——私を「異端者」として処刑しようとしているのではない。
 むしろ、「説得」しようとしているように見える。
 「真実を隠せ」と。
 「黙れ」と。

審問官:
 ノイマン。
 君は、なぜそこまで「真実」にこだわる。
 何が君を駆り立てている。

私:
 ……分かりません。
 ただ——彼らの物語を、闇に葬りたくないのです。

審問官:
 「彼ら」——聖女と魔王か。

私:
 いいえ。
 エルザとゼギルです。

審問官:
 …………。

私:
 彼らは、「聖女」と「魔王」ではなかった。
 ただの、人間でした。
 愛し合い、逃げ出し、50年間を共に生きた——ただの人間です。
 その「人間としての物語」を、誰かが語り継がなければならない。
 そう、思ったのです。

審問官:
 ……君は、300年前のゼギルに似ている。

私:
 え?

審問官:
 彼も、「真実」のために全てを捨てた。
 名誉も、地位も、命さえも。
 ——そして、「魔王」と呼ばれた。

 審問官は、静かに立ち上がった。

審問官:
 君も、同じ道を歩むつもりか。
 「異端者」として、歴史に名を刻むつもりか。

私:
 ……必要なら。

審問官:
 …………。

 審問官は、長い沈黙の後、こう言った。

審問官:
 三日後に、最終審問を行う。
 その時までに、考えろ。
 「真実」を公開するか、沈黙するか。
 君の選択を——聞かせてもらう。

 審問官は、部屋を出て行った。

 私は——一人、石の部屋に残された。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

編纂者注記

 これを書いている今、私は教皇庁の地下牢にいる。

 三日後——最終審問。
 私は、選ばなければならない。

 「真実」を公開するか。
 「平和」のために沈黙するか。

 300年前、エルザとゼギルも——選んだ。
 世界を救う「英雄」として死ぬか。
 世界を捨てて、「無名の人間」として生きるか。

 彼らは、後者を選んだ。
 世界よりも、互いを選んだ。

 私は——何を選ぶべきか。

 墓石に刻まれた詩を、思い出す。

 「私は、世界を救わなかった。
  でも、あなたに会えた。
  それが、私の——すべて」

 エルザの言葉が、心に響く。

 彼女は、世界を救わなかった。
 だが——後悔はなかった。
 50年間、愛する人の隣で生き、穏やかに死んだ。

 それは——間違いだったのか。
 歴史は、彼女を「裏切り者」として断罪すべきなのか。

 私には、分からない。

 ただ、一つだけ——分かったことがある。

 「真実」と「平和」は、両立しない。
 少なくとも、この世界では。

 だから、私は——選ばなければならない。

 どちらかを。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

第五話 了

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

続く記録について

 最終審問まで、あと三日。

 私は、この記録を牢の壁の隙間に隠す。
 もし私が「異端者」として処刑されても——誰かが見つけてくれることを願って。

 もし見つけた者がいたら、頼みがある。

 この記録を——世に出すか、燃やすか。
 君が、決めてくれ。

 私は、自分の選択を——最終審問で示す。
 だが、その結果がどうなるかは、分からない。

 だから——記録を残す。
 私の見つけた「真実」を。
 エルザとゼギルの「物語」を。

 読者よ。

 この書を——燃やすか、世に出すか。

 判断は、君に委ねる。

                      ——ヴィクトル・ノイマン
                       聖暦1305年12月17日
                       教皇庁地下牢にて

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

編纂者補記

 この記録は、教皇庁の地下牢の壁から発見された。

 発見者が誰であるかは、記さない。
 発見の経緯も、記さない。

 ただ——この記録が、今、あなたの手にあるということ。
 それだけが、事実だ。

 ヴィクトル・ノイマンの「最終審問」が、どのような結末を迎えたか。
 彼が何を選び、何を失ったか。

 その記録は——続く記録で明らかになる。

 だが、一つだけ。

 この記録を読んでいるあなたは、もう——「共犯者」だ。

 「真実」を知った者は、沈黙することも、語ることもできる。
 どちらを選ぶかは——あなた次第。

 ヴィクトル・ノイマンは、問いかけている。

 「この書を——燃やすか、世に出すか」

 あなたの答えは——何だ。
しおりを挟む

この作品は感想を受け付けておりません。

あなたにおすすめの小説

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

捨てられた地味な王宮修復師(実は有能)、強面辺境伯の栄養管理で溺愛され、辺境を改革する ~王都の貴重な物が失われても知りませんよ?~

水上
恋愛
「カビ臭い地味女」と王太子に婚約破棄された王宮修復師のリディア。 彼女の芸術に関する知識と修復師としての技術は、誰からも必要性を理解されていなかった。 失意の中、嫁がされたのは皆から恐れられる強面辺境伯ジェラルドだった! しかし恐ろしい噂とは裏腹に、彼はリディアの不健康を見逃せない超・過保護で!? 絶品手料理と徹底的な体調管理で、リディアは心身ともに美しく再生していく。 一方、彼女を追放した王都では、貴重な物が失われたり、贋作騒動が起きたりとパニックになり始めて……。

働かないつもりでしたのに、気づけば全部うまくいっていました ――自由に生きる貴族夫人と溺愛旦那様』

鷹 綾
恋愛
前世では、仕事に追われるだけの人生を送り、恋も自由も知らないまま終わった私。 だからこそ転生後に誓った―― 「今度こそ、働かずに優雅に生きる!」 と。 気づけば貴族夫人、しかも結婚相手は冷静沈着な名門貴族リチャード様。 「君は何もしなくていい。自由に過ごしてくれ」 ――理想的すぎる条件に、これは勝ち確人生だと思ったのに。 なぜか気づけば、 ・屋敷の管理を改善して使用人の待遇が激変 ・夫の仕事を手伝ったら経理改革が大成功 ・興味本位で教えた簿記と珠算が商業界に革命を起こす ・商人ギルドの顧問にまで祭り上げられる始末 「あれ? 私、働かない予定でしたよね???」 自分から出世街道を爆走するつもりはなかったはずなのに、 “やりたいことをやっていただけ”で、世界のほうが勝手に変わっていく。 一方、そんな彼女を静かに見守り続けていた夫・リチャードは、 実は昔から彼女を想い続けていた溺愛系旦那様で――。 「君が選ぶなら、私はずっとそばにいる」 働かないつもりだった貴族夫人が、 自由・仕事・愛情のすべてを“自分で選ぶ”人生に辿り着く物語。 これは、 何もしないはずだったのに、幸せだけは全部手に入れてしまった女性の物語。

婚約破棄で悪役令嬢を辞めたので、今日から素で生きます。

黒猫かの
恋愛
「エリー・オルブライト! 貴様との婚約を破棄する!」 豪華絢爛な夜会で、ウィルフレッド王子から突きつけられた非情な宣告。 しかし、公爵令嬢エリーの心境は……「よっしゃあ! やっと喋れるわ!!」だった。

愛を騙るな

篠月珪霞
恋愛
「王妃よ、そなた一体何が不満だというのだ」 「………」 「贅を尽くした食事、ドレス、宝石、アクセサリー、部屋の調度も最高品質のもの。王妃という地位も用意した。およそ世の女性が望むものすべてを手に入れているというのに、何が不満だというのだ!」 王妃は表情を変えない。何を言っても宥めてもすかしても脅しても変わらない王妃に、苛立った王は声を荒げる。 「何とか言わぬか! 不敬だぞ!」 「……でしたら、牢に入れるなり、処罰するなりお好きに」 「い、いや、それはできぬ」 「何故? 陛下の望むままなさればよろしい」 「余は、そなたを愛しているのだ。愛するものにそのような仕打ち、到底考えられぬ」 途端、王妃の嘲る笑い声が響く。 「畜生にも劣る陛下が、愛を騙るなどおこがましいですわね」

離婚寸前で人生をやり直したら、冷徹だったはずの夫が私を溺愛し始めています

腐ったバナナ
恋愛
侯爵夫人セシルは、冷徹な夫アークライトとの愛のない契約結婚に疲れ果て、離婚を決意した矢先に孤独な死を迎えた。 「もしやり直せるなら、二度と愛のない人生は選ばない」 そう願って目覚めると、そこは結婚直前の18歳の自分だった! 今世こそ平穏な人生を歩もうとするセシルだったが、なぜか夫の「感情の色」が見えるようになった。 冷徹だと思っていた夫の無表情の下に、深い孤独と不器用で一途な愛が隠されていたことを知る。 彼の愛をすべて誤解していたと気づいたセシルは、今度こそ彼の愛を掴むと決意。積極的に寄り添い、感情をぶつけると――

身代わりで呪いの公爵に嫁ぎましたが、聖女の力で浄化したら離縁どころか国一番の溺愛妻になりました〜実家が泣きついてももう遅い〜

しょくぱん
恋愛
「お前のような無能は、死神の生贄にでもなっていろ」 魔力なしの無能と蔑まれ、家族に虐げられてきた伯爵令嬢レティシア。 彼女に命じられたのは、近づく者すべてを病ませるという『呪いの公爵』アレクシスへの身代わり結婚だった。 鉄格子の馬車で運ばれ、たどり着いたのは瘴気に満ちた死の城。 恐ろしい怪物のような男に殺される――。 そう覚悟していたレティシアだったが、目の前の光景に絶望よりも先に別の感情が湧き上がる。 (な、何これ……汚すぎるわ! 雑巾とブラシはどこ!?) 実は、彼女が「無能」と言われていたのは、その力が『洗浄』と『浄化』に特化した特殊な聖女の魔力だったから。 レティシアが掃除をすれば、呪いの瘴気は消え去り、枯れた大地には花が咲き、不気味だった公爵城はまたたく間にピカピカの聖域に塗り替えられていく。 さらには、呪いで苦しんでいたアレクシスの素顔は、見惚れるほどの美青年で――。 「レティシア、君は一体何者なんだ……? 体が、こんなに軽いのは初めてだ」 冷酷だったはずの公爵様から、まさかの執着と溺愛。 さらには、呪いが解けたことで領地は国一番の豊かさを取り戻していく。 一方で、レティシアを捨てた実家は、彼女の『浄化』を失ったことで災厄に見舞われ、今さら「戻ってきてくれ」と泣きついてくるが……。 「私は今、お城の掃除と旦那様のお世話で忙しいんです。お引き取りくださいませ」 これは、掃除を愛する薄幸令嬢が、その愛と魔力で死神公爵を救い、最高に幸せな居場所を手に入れるまでのお話。

厄介払いされてしまいました

たくわん
恋愛
侯爵家の次女エリアーナは、美人の姉ロザリンドと比べられ続け、十八年間冷遇されてきた。 十八歳の誕生日、父から告げられたのは「辺境の老伯爵に嫁げ」という厄介払いの命令。 しかし、絶望しながらも辺境へ向かったエリアーナを待っていたのは――。

処理中です...