崖の上の選択 〜兄弟の絆が怪物を生む日〜

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第6話(最終話)「怪物の誕生 〜涙の結末〜」

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 午後十一時三十分。

 冬馬と春樹は、外テラスに立っていた。

 残された時間は、あと三十分を切っている。

 風が強く吹き、二人の髪を激しく揺らしている。眼下には深い谷が口を開け、闇の中に消えていた。

「……兄さん」

 春樹の声が震えている。冬馬は春樹の手を握った。

「怖いか?」

「うん……すごく……」

 春樹の手が冷たい。冬馬は春樹を抱き寄せた。

「俺もだ」

 二人は柵にもたれかかり、星空を見上げた。

 満天の星が、冷たく輝いている。あの夜、屋上で見た星空と同じだ。

「綺麗だな……」

「うん……」

 春樹が小さく答える。その声が、やけに遠く聞こえた。

 冬馬の頭の中は、もう混沌としていた。思考が纏まらない。計算ができない。

 でも、一つだけ分かっていることがあった。

 春樹を、守らなければならない。

 どんな手段を使っても——

「なあ、春樹」

「ん?」

「お前、幸せだったか?」

 春樹は冬馬を見上げた。涙で濡れた瞳が、月明かりに照らされて輝いている。

「うん……すごく幸せだった」

「そうか……」

 冬馬は小さく笑った。

「なら、良かった」

「兄さん……」

 春樹が冬馬の服を掴む。

「何か……変だよ……兄さん、さっきから……」

「変じゃない」

「嘘だよ! 絶対おかしい!」

 春樹が叫んだ。

「兄さん、何か企んでるでしょ! 俺を騙して、一人で飛び降りるつもりでしょ!」

 冬馬は何も言えなかった。図星だったからだ。

「やめて……そんなの嫌だ……」

 春樹は冬馬の胸に顔を埋め、声を上げて泣いた。

「兄さんがいなくなったら、俺……生きていけない……」

「お前は強い子だ。一人でも——」

「無理だよ! 兄さんなしで生きるなんて、無理だよ!」

 春樹の叫びが、風に掻き消されそうになる。

「なら……一緒に、飛ぶか」

 冬馬の言葉に、春樹は顔を上げた。

「……一緒に?」

「ああ。二人で、この崖から」

 春樹は長い沈黙の後、小さく頷いた。

「……うん。それなら、いい」

 二人は柵に手をかけた。眼下の闇を見下ろす。

 深い、深い谷底。

 ここから飛び降りたら、確実に——

「待って」

 冬馬が春樹の手を止めた。

「どうしたの?」

「最後に……もう一度、お前を抱きたい」

 春樹の目から涙が溢れた。

「……うん」

 二人はテラスの床に座り込んだ。冬馬は春樹を抱き寄せ、唇を重ねる。

 最後のキス。

 それは激しく、切なく、絶望的だった。

「んっ……兄さん……」

 春樹は涙を流しながら、冬馬のキスを受け入れた。舌が絡み合い、唾液が混じり合う。

 唇を離すと、冬馬は春樹のシャツのボタンを外し始めた。

「こんな時に……?」

「ああ。最後に、お前と一つになりたい」

 春樹は頷き、冬馬に身体を委ねた。

 冬馬は春樹の服を脱がせ、自分の服も脱いだ。冷たい風が裸の肌を撫でる。

「寒い……」

「すぐ、温かくなる」

 冬馬は春樹を床に寝かせた。膝立ちになり、春樹の脚を開かせる。

「準備、しなくていいの?」

「時間がない」

 冬馬は既に勃起していた。先端から先走りが溢れている。それを指に取り、春樹の入口に塗りつけた。

「ひゃっ……」

 春樹の身体が震えた。冬馬は自分のペニスを春樹の入口に当て、ゆっくりと押し込んでいく。

「んっ……あっ……」

 春樹の中が、冬馬のペニスを締め付ける。もう何度も交わった身体は、すぐに冬馬を受け入れた。

「春樹……」

「兄さん……」

 冬馬は根元まで入れ、春樹を見つめた。

 月明かりに照らされた春樹の顔が、美しかった。

「動くぞ」

「うん……」

 冬馬はゆっくりと腰を動かし始めた。春樹の中を、ペニスが擦っていく。

「あっ……気持ちいい……」

「俺も……」

 二人の身体が静かに交わる。風の音と、肌がぶつかり合う音だけが響いていた。

「兄さん……もっと……」

「ああ……」

 冬馬は腰の動きを速めた。春樹の中を、何度も何度も突き上げる。

「あっ……あっ……兄さん……」

 春樹のペニスも硬く勃起している。冬馬は片手で春樹のペニスを握り、扱き始めた。

「ひゃっ……両方一緒に……」

「春樹……俺……」

 冬馬の声が震えた。

「お前を、愛してる……」

「俺も……兄さんを……愛してる……」

 二人は涙を流しながら、身体を重ね合った。

 これが最後。

 もう二度と、こうして抱き合うことはない。

 だから——

「春樹……イくぞ……」

「うん……一緒に……」

 冬馬は最奥まで突き入れた。ペニスがドクドクと脈打ち、春樹の中に精液を吐き出す。

「あっ……兄さん……っ!」

 春樹も同時に絶頂を迎えた。ペニスから精液が噴き出し、二人の腹部を汚していく。

「ああああっ……!」

 二人は激しく絶頂を迎えた。

 涙と精液が混じり合う。

 愛と絶望が交錯する。

 これが、最後の——

「はぁ……はぁ……」

 冬馬は春樹の上に倒れ込んだ。二人は汗と体液まみれで、抱き合っている。

「兄さん……」

「ああ……」

 しばらく二人は抱き合っていた。でも、時間は待ってくれない。

 時計を見る。午後十一時五十分。

 あと、十分を切っていた。

「……行こう」

 冬馬は春樹から身体を離し、立ち上がった。服を着る時間はない。

「うん……」

 春樹も立ち上がった。二人は裸のまま、柵に近づいた。

「手、繋いでいい?」

「ああ」

 二人は手を繋ぎ、柵を乗り越えた。

 眼下には深い闇が広がっている。

「怖い……」

「大丈夫だ。俺がいる」

「うん……」

 二人は崖の縁に立った。あと一歩踏み出せば、落ちる。

「せーの、で飛ぼう」

「うん」

 春樹が冬馬の手を強く握る。

「せーの——」

 その時だった。

 冬馬の頭の中で、何かが弾けた。

 視界が歪む。身体が熱くなる。心臓が激しく鼓動する。

「……っ!」

 冬馬は頭を抱えた。激痛が走る。

「兄さん!? どうしたの!?」

 春樹の声が遠くから聞こえる。

 冬馬の身体に、異変が起き始めていた。

 皮膚が焼けるように熱い。筋肉が膨張していく。骨が軋む音が聞こえる。

「兄さん……兄さん!?」

 春樹が冬馬の身体を支えようとする。でも、冬馬の身体はどんどん重くなっていく。

「春樹……逃げろ……」

「え……?」

「逃げろ! 俺から……離れろ!」

 冬馬の声が低く、獣のように響いた。

 春樹は恐怖で後ずさった。

 冬馬の身体が、変わっていく。

 筋肉が異常に発達し、肌の色が黒ずんでいく。爪が伸び、鋭く尖っていく。

 目が赤く光り、口から牙が覗く。

「兄さん……何が……」

 春樹の声が震えている。

 冬馬は自分の身体を見下ろした。もう、人間の身体ではなかった。

 怪物だ。

 自分は、怪物になってしまった。

「ああああっ……!」

 冬馬は叫んだ。その声はもう、人間の声ではなかった。

 でも、意識ははっきりしていた。

 自分が何をしているのか、分かっていた。

 そして——

 春樹を、守らなければならない。

 その想いだけが、はっきりと残っていた。

「春樹……」

 冬馬は春樹に近づいた。春樹は怯えた表情で、後ずさる。

「来ないで……兄さん……怖いよ……」

 冬馬の胸が引き裂かれそうになった。

 愛する弟に、恐れられている。

 でも、仕方ない。

 もう、自分は——

 その時、店内からアナウンスが響いた。

『タイムリミットです。実験を終了します』

 冬馬は反射的に春樹を見た。春樹も冬馬を見つめている。

『お二人とも生存。ただし、被験者Aに変異が確認されました』

 冬馬の身体が震えた。

『実験は成功です。被験者Aは怪物化により、通常の人間を超越しました』

「何を……言ってるんだ……」

 冬馬の声が掠れた。

『被験者Bは解放されます。被験者Aは、このまま観察を続けます』

「待て! 春樹を……春樹を解放しろ!」

 冬馬が叫ぶと、店内のドアが開く音が聞こえた。

 春樹は恐る恐るテラスから店内に入り、エントランスへ向かった。

 ドアが開いている。

 外への道が、開かれていた。

「兄さん……」

 春樹が振り返った。涙でぐしゃぐしゃになった顔で、冬馬を見つめる。

「一緒に……来てよ……」

「……無理だ」

 冬馬は首を横に振った。

「俺は、もう……怪物だ……」

「そんなの関係ない! 兄さんは兄さんだよ!」

 春樹が叫んだ。

「一緒に帰ろう! 二人で、家に帰ろう!」

「春樹……」

 冬馬は春樹に近づこうとした。でも、身体が動かない。

 何かに拘束されているような感覚だった。

『被験者Aの移動を制限します』

 アナウンスが冷たく響く。

「やめろ! 俺を解放しろ!」

 冬馬が叫ぶが、身体は動かなかった。

「兄さん……兄さん!」

 春樹が駆け寄ろうとする。でも、目に見えない壁に阻まれて、近づけない。

「春樹……行け……」

「嫌だ! 兄さんと離れたくない!」

「いいか、春樹……お前は……生きろ……」

 冬馬の目から涙が溢れた。怪物になっても、涙は流せるのだ。

「俺の分まで……生きて……幸せになれ……」

「兄さん……兄さん……!」

 春樹は床に崩れ落ち、声を上げて泣いた。

「お願い……戻ってきて……兄さん……」

 冬馬は何も言えなかった。ただ、春樹の泣き顔を見つめていた。

 これが、最後だ。

 もう二度と、春樹に触れることはできない。

 でも——

「春樹……愛してる……」

 冬馬は最後の力を振り絞って、そう言った。

「俺も……愛してる……兄さん……」

 春樹の声が震えている。

 やがて、見えない力が春樹を外へと押し出した。春樹は必死に抵抗したが、無駄だった。

「兄さん! 兄さん!!」

 春樹の叫び声が遠ざかっていく。

 ドアが閉まる。

 春樹の姿が見えなくなった。

 冬馬は一人、テラスに取り残された。

 怪物の姿で。

 でも、心だけは——

 まだ、人間だった。

「春樹……」

 冬馬は崖の縁に立ち、星空を見上げた。

 あの夜、春樹と見た星空。

 あの時の幸せを、冬馬は決して忘れない。

 たとえ、怪物になっても。

 たとえ、二度と会えなくても。

「愛してる……」

 冬馬の呟きが、風に掻き消された。

 崖の上の展望カフェで、怪物は一人、夜空を見上げ続けた。

 愛する弟を思いながら。

 永遠に——

-----

 数日後。

 春樹は自宅のベッドで目を覚ました。

 あれから、どうやって帰ってきたのか、記憶が曖昧だった。

 気づいたら、病院にいた。警察に保護されたらしい。

 でも、冬馬は——

 春樹は枕に顔を埋め、声を上げて泣いた。

 兄は、もういない。

 怪物になって、あの場所に閉じ込められたままだ。

 春樹は何度も警察に説明した。でも、誰も信じてくれなかった。

 展望カフェは既に取り壊されていた。証拠は何も残っていない。

 春樹の証言は、妄想として処理された。

 でも、春樹は知っている。

 兄は、まだあそこにいる。

 怪物の姿で、でも心は人間のまま——

「兄さん……」

 春樹は窓の外を見た。

 遠くに、あの崖が見える。

「待っててね……必ず、助けに行くから……」

 春樹は涙を拭い、立ち上がった。

 これから、長い戦いが始まる。

 でも、諦めない。

 兄を取り戻すまで——

 春樹は、決して諦めなかった。

**【完】**

-----

## エピローグ

 一年後。

 春樹は研究者たちとチームを組み、あの実験の真相を追っていた。

 そして、ついに——

 ある日、春樹は崖の上に立っていた。

 あの展望カフェは、もうない。

 でも、地下には——

 施設が残っていた。

 春樹は地下へと降りていく。

 暗い通路の奥に、強化ガラスの部屋があった。

 その中に——

「兄さん……!」

 冬馬がいた。

 怪物の姿のまま、でも——

 冬馬は春樹を見て、目を見開いた。

 その目には、まだ人間の感情が残っていた。

「春樹……」

 掠れた声で、冬馬が呟く。

「迎えに来たよ、兄さん」

 春樹は涙を流しながら、ガラスに手を当てた。

「一緒に、帰ろう」

 冬馬も手を伸ばし、ガラス越しに春樹の手に重ねた。

「ああ……」

 二人の手が、ガラス越しに触れ合った。

 これから、長い治療が始まる。

 冬馬が元の姿に戻れるかは、分からない。

 でも——

 二人は、もう離れない。

 どんな姿になっても、二人の愛は変わらない。

 崖の上で誓った愛は——

 永遠に、続いていく。

【本当の完】
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