俺のダンジョン配信がバズった理由は、ダンジョンそのものが俺に恋してるからだった

チャビューヘ

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2章 溺愛侵食編

第13話「好きなところ100個」

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「想さんの好きなところ100個、言い合いしませんか?」

 ダンジョン中層の休憩スペース。岩を削って作ったベンチが二つ並んでいる。片方に千歳が座り、もう片方は空いていた。想はトイレに離席している。

 千歳が話しかけている相手は、壁だ。

 壁面の光苔がひとつ、灯っている。ノアの意識がそこにある。千歳はそれを知っていて、光苔に向かって真っすぐ話しかけていた。

「なぜですか」

 ノアの声が壁から響いた。感情を削ぎ落とした音。千歳以外の人間に向ける、事務的な声。

「だって、同じ人を好きなんですよね。話が合うと思って」

 千歳はにこにこしている。好意を疑わない顔。壁に向かってこの表情ができる人間は、たぶん世界で千歳だけだ。

 ノアは答えなかった。光苔が小さく揺れている。

「じゃあ私からいきますね。一つ目」

 千歳が指を一本立てた。

「想さんは、配信で私の名前を読んでくれました。投げ銭のとき。他の人と同じように、ちゃんと名前を呼んで。金額の大小で態度を変えないところが好きです」

 光苔の揺れが止まった。

「ノアさんの番ですよ」

 沈黙が5秒。10秒。

「一つ目」

 ノアの声が、わずかに変わった。事務的な平坦さに、薄い波紋がひとつ落ちたような揺らぎ。

「想さんは、わたしに名前をくれました」

 千歳の目がきらりと光った。

「名前! そうですよね。ノアって名前、想さんがつけたんですよね。素敵です」

「二つ目」

 千歳が畳みかける。

「想さんは、強い人が怖い顔をしても逃げません。御影さんのときもそうでした。4万人の前で真正面からぶつかった。あれが好きです」

「二つ目」

 ノアが応じた。声のリズムが、少しだけ千歳のテンポに引き寄せられている。

「想さんは、わたしが誰かを消そうとすると止めてくれます。止め方が乱暴なところも含めて」

「あ、それわかります! 『消すな』って言い方、かっこいいですよね!」

 千歳が前のめりになった。ベンチから腰が浮いている。

「三つ目、想さんは」

 岩の床が揺れた。

 小さな振動。コップの水が波立つ程度。千歳は気づいてベンチを掴んだが、すぐに収まった。

「ノアさん? 今の地震ですか」

「いいえ。わたしです」

 ノアの声がかすかに硬い。

「わたしにも、よくわかりません。白峰さんと話していると、変な振動が出ます」

 千歳はきょとんとした。それからにっこり笑った。

「感情が揺れてるんですね。私もそうです。想さんの話をすると心臓がどきどきして、じっとしてられなくなります」

「感情」

 ノアがその言葉を繰り返した。噛み砕いているのか、保留しているのか。

「これが感情ですか」

「たぶん! 詳しいことは私もわかりませんけど」

 通路の奥から足音が聞こえた。想が戻ってくる。

「何やってんのお前ら」

 千歳が振り返る。

「想さんの好きなところを共有してました!」

「やめろ」

「ノアさんも乗ってくれたんですよ!」

「ノアも何やってんだ」

 壁面の光苔が小さく灯る。ノアは何も言わなかった。

 想がベンチに座ると、千歳がスマホの画面を見せてきた。

「想さん、これ見てください」

 DunCastのコメント欄。想が配信を休んでいる今日も、過去の動画にコメントがついている。だが内容が違った。

 ───────────────────
 匿名A:ソウの配信って全部ヤラセでしょ
 匿名B:ダンジョンの構造チートで数字稼いでるだけ
 匿名C:協会に通報した
 草:急にアンチ増えてね?
 しろくま_22:文体同じなの俺だけ?
 推しが重い:どう見ても組織的で草
 N_o_a:想さんに関わる人間は全員監視しています。
 ───────────────────

「財前だな」

 想の声が低い。法的通知だけでなく、ネット上でも攻撃を仕掛けてきた。組織的なアンチコメントの送り込み。御影のときと同じ構図だが、今回は法的圧力とセットになっている。

「想さん、これも私が」

「いや。今回は俺が何とかする。ちょっと違うんだ」

 想は千歳を止めた。千歳の突撃が法的通知の引き金になった前科がある。同じ手は使えない。

「ノア」

「はい」

「消していいか、って聞くだろ。今回は」

「はい。消しますか?」

 ノアの声は穏やかだ。想の許可を待っている。御影のときは想に相談せず証拠を集めた。あのときと比べれば、ノアは「待つ」ことを覚えた。

 だが「消す」の範囲が問題だ。

「アンチコメントだけなら消していい。でもアカウントを潰すな。財前本人にも手を出すな」

「コメントの削除だけですね」

「それだけだ」

「わかりました」

 即座にコメント欄が更新された。想がスマホを見ると、アンチコメントが痕跡ごと消えている。投稿されてから0.3秒で削除。新しいコメントが投稿されるたびに消える。財前側のアカウントが何度投稿しても、文字が画面に定着しない。

 千歳が感心したように口を開けている。

「ノアさん、速い」

「これくらいはできます」

 だがアンチコメントを消しても、法的通知は消えない。書類の世界はノアの管轄外だ。

 想のスマホが鳴った。知らない番号。出ると、聞き覚えのある穏やかな声。

「柊さん。梶原です。少しお時間いただけますか」

「ああ、どうした」

「フロンティアプロの件、耳に入りました。法的通知を受け取ったと聞いて」

 想は眉を寄せた。なぜ梶原がそれを知っている。

「協会の法務部門に相談が上がっていたんです。あなたの件で。私に任せてもらえませんか」

 梶原が想を助けに来た。タイミングが良すぎる気はしたが、梶原は協会の人間だ。法務の情報が回ってくるのは不自然ではない。

「頼んでいいか。俺、法律のこと全然わからなくて」

「大丈夫ですよ。協会の法務に話を通しておきます。あなたとノアさんのデータを守るのも、私の仕事ですから」

 通話が切れた。「データ」という言葉が引っかかった。想とノアの関係を守る、ではなく、データを守る。

 でもそれは研究者の言い回しだろう。梶原にとって想とノアの関係は研究対象でもある。データという表現は自然だ。

 自然だ、と想は思った。

 夕方。梶原の研究室で、法的通知への対応を話し合った。梶原は想の横でタブレットを操作しながらメモを取っていた。画面には研究データが開いている。

「ノアさんの安定性データ、最新分も記録させてくださいね」

「ああ、もちろん」

 梶原がタブレットを傾けた。想からは画面の右端だけが見える角度。データの列が並ぶ中に、見慣れない英字の略称があった。アルファベット3文字。想には意味がわからない。

 梶原がタブレットを元に戻した。画面は正面に向き直り、略称は見えなくなった。

「法的通知の件は、協会の顧問弁護士に対応を依頼しました。フロンティアプロの主張には法的根拠がありません。10日以内に取り下げになるはずです」

「助かる。ほんとに」

「いいんです。これも私の仕事のうちですから」

 梶原が微笑んだ。いつもの穏やかな笑顔。想はそれを見て、肩の力が抜けた。

 研究室を出て、ダンジョンに向かう帰り道。画面に一行、浮かんだ。ノアからのメッセージ。スマホ本体への直接通信。もう驚かなくなっている自分がいた。

「想さん。今日はお疲れさまでした」

「ああ。梶原さんが助けてくれた。法的通知も何とかなりそうだ。俺ひとりじゃ無理だったけど」

「梶原さん」

 数秒の間。

「梶原さんのタブレット、想さんに見えない位置に画面を傾けていました」

 想は足を止めた。

「何が映ってたかわかるか」

「わたしの位置からは見えません。ただ、傾ける動作が意図的でした」

 想は歩き出した。考えすぎだ。研究データには機密情報もある。想に見せられない項目があっても不自然ではない。

「気にしすぎだろ」

「そうかもしれません」

 ノアの返信は素直だった。だが次のメッセージが続いた。

「でも想さん。前にも同じことがありました。御影の件のときだ。わたしが『嫌いです』と言ったのを、想さんは流しました」

 想の指が止まった。

 あのとき。ノアが御影について「あの人、嫌いです」と言った。想は「お前は誰にでもそう言うじゃん」と流した。結果、ノアが正しかった。

「今回も同じだって言いたいのか、お前は」

「わかりません。でも想さん。わたしは嘘がわかります。嘘の匂いがします」

 想は返信を打たなかった。スマホをポケットにしまい、冬の夜道を歩いた。

 ノアの勘は正しかった。前回は。

 だが梶原は今日、法的通知の件で本当に助けてくれた。味方の行動を取っている人間を、根拠なく疑うのは想のやり方ではない。

 ポケットの中でスマホが震えた。ノアからではなく、千歳からのメッセージ。

「想さん! 今日のノアさんとの100個対決、17対15でノアさんの勝ちです! 明日リベンジします!」

 想は暗い道で、声を出さずに笑った。

 こいつらは本当に、やることが極端だ。
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