【完結】黒の魔導士は、私を“ただの生徒”として扱わない

桜葉るか

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第6話「黒の魔導士の過去」

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 翌朝。
 学院の鐘が鳴る前に目が覚めた。
 あの夜のことが、頭から離れなかった。
 ヴァルト教官の腕の中で感じた熱。
 封印が静まっていく光。
 そして――あの低い声。

「……おまえが鍵だ、って。どういう意味なんだろ」

 考えても分からない。
 でも胸の奥がずっとざわついてる。

 昼休み、廊下でルークに会った。
 パン片手にいつも通り明るい顔をしてるけど、目がどこか真面目だった。

「なーお。昨日、また騒ぎあったらしいな」

「……ちょっとだけ。禁書庫の封印が暴走して」

「やっぱりか。教官、夜中まで封印の修復してたぞ。魔力が乱れてるって」

「……」

「なあ、知ってる? ヴァルト教官の昔のこと」

「昔?」

「“黒の魔導士”って呼ばれてる理由。単なる呼び名じゃないんだ」

 ルークの声が少し低くなる。

「昔、王国最強の魔導士だった。
 でも、同時に“魔王の器”って呼ばれてた。
 制御できない魔力で、仲間を何人も失ったって」

「……嘘」

「だから、あの人は感情を封じた。二度と誰も失わないように」

 胸の奥が痛くなった。
 あの冷たい瞳の奥に、そんな過去があったなんて。

 夜。
 私は教官室の扉の前で立ち止まっていた。
 何度もノックしようとして、やっぱり手を引っ込める。

 でも、聞きたいことがある。
 今、聞かなきゃ、きっとずっと後悔する。

 深呼吸して、ノックした。

「入れ」

 いつもの低い声。
 扉を開けると、机の上の灯りに照らされた横顔。
 光が彼の黒髪を淡く染めていた。

「……どうした」

「聞きたいことがあって」

「また禁書庫の件か」

「はい。でも、ちょっと違うんです」

 彼の手が止まる。
 ペンの先から、インクが一滴落ちた。

「“黒の魔導士”って、どういう意味ですか」

 少しの沈黙。
 ヴァルトがゆっくりと顔を上げた。
 目が、夜の湖みたいに静かだった。

「……昔の呼び名だ」

「でも、ただの異名じゃないって聞きました」

「余計なことを聞くやつがいたか」

「ルークが」

「……あいつか」

 ヴァルトが小さく息を吐く。

「確かに、俺はかつて“魔王の器”と呼ばれた。
 感情が暴走し、仲間を――多くを失った」

「……」

「それ以来、感情を封じた。怒りも悲しみも、喜びも。
 もう誰も傷つけないように」

 その声は、ひどく静かで。
 聞いているだけで胸が締めつけられた。

「でも、封じたままじゃ……苦しくないですか?」

「それが俺の罰だ」

 ペンを置いた指が、ほんの少し震えていた。
 そのことに気づいて、思わず口を開く。

「……教官」

「なんだ」

「私、あの夜……教官の魔力、少しだけ感じました」

「感じた?」

「すごく冷たいのに、あたたかかった。
 誰かを守りたいっていう想いが、ちゃんと伝わってきたんです」

 ヴァルトがゆっくり顔を上げる。
 その目が、驚いたように揺れた。

「おまえは……不思議なやつだな」

「褒め言葉ですか?」

「どう取ってもいい」

 少しだけ笑った気がした。
 いつもより声が柔らかい。

「……教官のこと、もっと知りたいです」

「知って、どうする」

「放っておけなくなると思います」

「……そうなると厄介だ」

「でも、もうなってます」

 静かな沈黙。
 やがて、ヴァルトが小さく息をついた。

「……奈央」

「え?」

「俺の名を呼んでみろ」

「い、今!?」

「構わん」

 心臓が跳ねる。
 喉が乾く。

「……ヴァルト」

 名前を呼んだ瞬間、部屋の灯りがふっと揺れた。
 空気が変わる。
 ヴァルトの瞳の色も、少し柔らかく見えた。

「……悪くない」

「え?」

「名で呼ばれるのは、悪くないと言った」

 その言葉だけで、顔が熱くなる。

「そろそろ休め。明日は朝から訓練だ」

「はい……」

 扉に手をかけると、背中越しに声がした。

「奈央」

「はい?」

「……ありがとう」

 その一言が、胸の奥で静かに弾けた。
 外に出た夜風がやけに優しくて、涙が出そうだった。

 ――その夜から。
 彼を「教官」と呼ぶたびに、心が少しだけ疼くようになった。
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