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第5話「禁書庫の事件」
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静かな夜だった。
霧の都はすでに眠り、学院の回廊だけが青い灯をともしている。
私は当直の補助で、書庫棟の点検をしていた。
……といっても、ただ魔法灯が消えてないか確認するだけ。
「“禁書庫”には近づくな」
夕方、ヴァルト教官がそう言っていたのを思い出す。
あの低い声。目が真剣すぎて、逆に気になるやつ。
――どうして、そこまで。
扉の前を通りかかると、中から微かに光が漏れていた。
ぞくり、と背筋が冷える。
人の気配。
「……誰か、いる?」
返事はない。
でも、扉の隙間から魔法の符がはらりと落ちた。
「え、まさか……」
中に踏み込んだ瞬間、空気が変わった。
棚の奥で、ひとりの少年――見習い魔導士のセリオが本を開いている。
ページの上で赤い光が渦を巻いていた。
「セリオ!? それ、禁書じゃ――!」
「……っ、見ないで!」
彼の魔力が暴発した。
空間が歪んで、魔法陣が勝手に展開する。
風が巻き上がり、紙が舞う。
「危ない……!」
身をかがめた瞬間、何かが爆ぜた。
――視界が、真っ白になる。
気づいたら、床に倒れていた。
耳鳴り。身体が重い。
けれど、その向こうに誰かの声が聞こえた。
「……奈央!」
黒い影が光の中から駆けてくる。
あの声。間違えようがない。
ヴァルト教官。
彼が片腕で私を抱き上げた。
次の瞬間、轟音とともに魔法陣が崩れる。
吹き荒れる風の中、彼の魔力が夜空に弾けた。
「馬鹿が……。何度“近づくな”と言った」
「ご、ごめんなさい……っ!」
「謝るな」
低い声。
でもその声が、少しだけ震えていた。
黒衣の袖口が裂け、手のひらから黒い光が滲む。
彼は片手で暴走陣を押さえながら、もう片方で私を庇う。
「っ……これ、止まらない!」
「黙っていろ。俺がやる」
床に描かれた魔法陣の線が、焼けるように赤く光る。
ヴァルトの額に汗が滲む。
それでも彼は一歩も退かない。
「教官……やめてください! そんな無茶したら――」
「おまえの声がある限り、制御は失われない」
「え……」
「俺の魔力は“共鳴”を糧にする。だから――」
彼の指先が、そっと私の手を探す。
指が触れた瞬間、光が変わった。
黒と青が混ざり、嵐のような光が静まっていく。
「……やっぱり、おまえが鍵だ」
「鍵って……?」
「理由は後でいい。今は黙って、俺を信じろ」
言われるままに、私は目を閉じた。
呼吸を合わせる。
熱と光の中で、ただその声だけが確かだった。
「……落ち着け」
「はい……」
光が徐々に沈み、風が止む。
気がつけば、ヴァルトの腕の中にいた。
息がかかる距離。
彼の心臓の音が近い。
「……もう、動くな」
「教官……」
「おまえが怪我をしたら、俺が困る」
「そんな言い方……優しいのか怖いのか、分かりません」
「両方だ」
思わず、笑ってしまった。
するとヴァルトが、少しだけ目を細める。
「愚か者め」
「またそれ……」
「――だが、助かった」
その言葉に、胸があたたかくなった。
封印が完全に閉じたあと、ヴァルトは静かに立ち上がった。
腕の中の温もりが離れていくのが、少し寂しい。
「この件は、俺が報告する。おまえは休め」
「でも、セリオが――」
「心配するな。彼は俺が処理する」
「処理って、怖い言い方しないでください」
「安心しろ。命までは取らん」
その声が、ふっと柔らかくなった。
光が消えた禁書庫で、ヴァルトの横顔だけが月に照らされている。
「……やっぱり、教官は優しいです」
「違う」
「違わないです」
「……好きに思え」
そう言って、扉の方を向いた。
その背中を見つめながら、思った。
冷たいはずの黒衣の人が、誰よりも熱い。
それを知ってしまった夜だった。
霧の都はすでに眠り、学院の回廊だけが青い灯をともしている。
私は当直の補助で、書庫棟の点検をしていた。
……といっても、ただ魔法灯が消えてないか確認するだけ。
「“禁書庫”には近づくな」
夕方、ヴァルト教官がそう言っていたのを思い出す。
あの低い声。目が真剣すぎて、逆に気になるやつ。
――どうして、そこまで。
扉の前を通りかかると、中から微かに光が漏れていた。
ぞくり、と背筋が冷える。
人の気配。
「……誰か、いる?」
返事はない。
でも、扉の隙間から魔法の符がはらりと落ちた。
「え、まさか……」
中に踏み込んだ瞬間、空気が変わった。
棚の奥で、ひとりの少年――見習い魔導士のセリオが本を開いている。
ページの上で赤い光が渦を巻いていた。
「セリオ!? それ、禁書じゃ――!」
「……っ、見ないで!」
彼の魔力が暴発した。
空間が歪んで、魔法陣が勝手に展開する。
風が巻き上がり、紙が舞う。
「危ない……!」
身をかがめた瞬間、何かが爆ぜた。
――視界が、真っ白になる。
気づいたら、床に倒れていた。
耳鳴り。身体が重い。
けれど、その向こうに誰かの声が聞こえた。
「……奈央!」
黒い影が光の中から駆けてくる。
あの声。間違えようがない。
ヴァルト教官。
彼が片腕で私を抱き上げた。
次の瞬間、轟音とともに魔法陣が崩れる。
吹き荒れる風の中、彼の魔力が夜空に弾けた。
「馬鹿が……。何度“近づくな”と言った」
「ご、ごめんなさい……っ!」
「謝るな」
低い声。
でもその声が、少しだけ震えていた。
黒衣の袖口が裂け、手のひらから黒い光が滲む。
彼は片手で暴走陣を押さえながら、もう片方で私を庇う。
「っ……これ、止まらない!」
「黙っていろ。俺がやる」
床に描かれた魔法陣の線が、焼けるように赤く光る。
ヴァルトの額に汗が滲む。
それでも彼は一歩も退かない。
「教官……やめてください! そんな無茶したら――」
「おまえの声がある限り、制御は失われない」
「え……」
「俺の魔力は“共鳴”を糧にする。だから――」
彼の指先が、そっと私の手を探す。
指が触れた瞬間、光が変わった。
黒と青が混ざり、嵐のような光が静まっていく。
「……やっぱり、おまえが鍵だ」
「鍵って……?」
「理由は後でいい。今は黙って、俺を信じろ」
言われるままに、私は目を閉じた。
呼吸を合わせる。
熱と光の中で、ただその声だけが確かだった。
「……落ち着け」
「はい……」
光が徐々に沈み、風が止む。
気がつけば、ヴァルトの腕の中にいた。
息がかかる距離。
彼の心臓の音が近い。
「……もう、動くな」
「教官……」
「おまえが怪我をしたら、俺が困る」
「そんな言い方……優しいのか怖いのか、分かりません」
「両方だ」
思わず、笑ってしまった。
するとヴァルトが、少しだけ目を細める。
「愚か者め」
「またそれ……」
「――だが、助かった」
その言葉に、胸があたたかくなった。
封印が完全に閉じたあと、ヴァルトは静かに立ち上がった。
腕の中の温もりが離れていくのが、少し寂しい。
「この件は、俺が報告する。おまえは休め」
「でも、セリオが――」
「心配するな。彼は俺が処理する」
「処理って、怖い言い方しないでください」
「安心しろ。命までは取らん」
その声が、ふっと柔らかくなった。
光が消えた禁書庫で、ヴァルトの横顔だけが月に照らされている。
「……やっぱり、教官は優しいです」
「違う」
「違わないです」
「……好きに思え」
そう言って、扉の方を向いた。
その背中を見つめながら、思った。
冷たいはずの黒衣の人が、誰よりも熱い。
それを知ってしまった夜だった。
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