婚約破棄された令嬢は、冷徹王子を見返す ― 裏切りの夜から始まる再生物語 ―

桜葉るか

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第2話 静かな反撃 ― 手紙と誇り

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 夜明けの空が白み始めるころ、私はエドガーと共に城を離れた。
 背後に見える王城の塔は、朝日を受けて金色に輝いている。
 かつて夢見た世界。
 今はもう、振り返っても涙は出なかった。

「この先、どこへ向かわれますか?」
「……まだ決めていないわ。ただ、北の修道院に知人がいるの。」
「ならば、そこまでお送りしましょう。」

 馬の足音が静かな森に響く。
 冷たい風が頬を撫でるたびに、胸の奥が少しずつ軽くなっていくようだった。

 ――失うことは、終わりじゃない。
 捨てられたのなら、自分で拾い上げればいい。

 馬上で背筋を伸ばしながら、私は心の中でそう呟いた。
 もう一度、立ち上がる方法を探すために。

 ◇◇◇

 昼すぎ、古い町の宿に辿り着いた。
 旅人や商人が行き交う喧噪が、城の静寂とはまるで違う。
 久しぶりに聞く笑い声が、少しだけ胸にしみた。

「少し休まれてください。食事を頼んできます。」
 エドガーがそう言って部屋を出ていく。
 私は窓辺に腰を下ろし、懐から一通の封筒を取り出した。

 ――ルシアンから贈られた婚約指輪の箱。
 その下に忍ばせておいた、**父への手紙**だ。

 王太子との縁談が決まったとき、父は泣いて喜んでくれた。
 だからこそ、報告しなければならない。
 どんなに惨めでも、真実を。

 封を開け、震える手でペンを取る。

 『父上へ。 婚約は破棄されました。
 理由は“情に流されるから”。 
 ですが、私は自分の選んだ行いを後悔していません。
 誰かを助けたことを恥じるなら、
 それは生きる意味を失うことです。
 王宮を出ましたが、私は無事です。
 どうか心配なさらないでください。
 いつか、この選択が正しかったと証明してみせます』

 書き終えると、心が少しだけ軽くなった。
 悲しみの代わりに、静かな誇りが胸に満ちる。

 「……よく書けましたね。」

 振り返ると、エドガーが立っていた。
 彼は食事の盆を持ちながら、私の手元を見て微笑む。

「お父上に?」
「ええ。せめてものけじめです。」
「それでいいと思います。あの夜、あんな仕打ちを受けても、あなたは誰も責めなかった。
 ――それだけで、もう立派ですよ。」

 胸が熱くなる。
 けれど、涙は見せたくなかった。

「私はただ、自分を守りたかっただけ。
 このまま沈んでしまったら、本当に終わってしまう気がして。」
「終わりではありません。
 むしろ、ようやく“あなた自身の物語”が始まったんです。」

 その言葉に、思わず笑みがこぼれた。
 ルシアンといた頃には、決して聞けなかった言葉。
 温かくて、優しくて、何よりまっすぐだった。

「ありがとう、エドガー。」
「礼ならいりません。……俺も、守る理由がほしかっただけです。」

 その言葉の意味を、まだ深く考えなかった。
 けれど、心の奥で確かに何かが動いた。

 ――失ったものの代わりに、少しずつ何かを得ている。

 窓の外には、遠く北の山脈が霞んで見えた。
 その向こうに、私の次の居場所がある気がした。

 修道院の鐘が三度鳴ったころ、私たちは北の丘の上に辿り着いた。
 朝霧の向こうに、白い石造りの建物が見える。
 人の気配が少なく、どこか懐かしい静けさがあった。

「ここが……修道院ですか」
「ええ。父の友人がここの院長なの。」

 門を叩くと、灰色の修道服を着た女性が出てきた。
 年配の院長は私を見るなり、驚いたように目を見開いた。

「リリア嬢……あなたが、王太子殿下の――」
「ええ。元、婚約者です。」
 自分でも驚くほど穏やかな声だった。

 院長はため息をつき、私の手を取る。
「世間では色々な噂が立っております。
 でも、あなたの寄付で救われた子どもたちのこと、私は忘れておりませんよ。」

 その言葉に、胸の奥が熱くなる。
 噂がどれほど私を傷つけても、真実を知っている人がいる。
 それだけで、少し息ができる気がした。

 部屋に案内される途中、廊下の窓から外を見ると、
 庭で孤児たちが小さな花を植えていた。
 その中に、片足を失った少年が笑っているのが見えた。

「彼は戦で家族を亡くした子です。あなたが贈ってくださった薬で助かったのですよ。」
「……そう、だったの。」

 静かに頷いた瞬間、あの夜の屈辱が少しずつ遠のいていく。
 あの行いは“情け”でも“恥”でもなかった。
 誰かの命をつないだ――それが答えだ。

「殿下が何を言おうと、私はあなたを誇りに思います。」
 院長の言葉に、心の底から涙が溢れた。

 ◇◇◇

 そのころ、王都の城では。

「リリア・オルデンが行方をくらましたと?」
「はい、殿下。近衛の一人が同行しているとの報告も。」

 執務室に響くルシアンの声は冷たかった。
 だが、机の上の文書に滲んだインクが、彼の動揺を物語っている。

「勝手な真似を……あの女はまだ自分の立場を理解していないのか。」
「ですが、民の間では彼女の評判が上がっております。
 “王太子のために自ら罪を被った令嬢”――そう言われているようで。」

 ルシアンの眉がぴくりと動いた。
 その反応を、側近は見逃さなかった。

「民の声など、どうでもいい。」
「ですが、陛下は少々お怒りで。
 殿下が“情に欠ける”という噂が広がっていると――」

 沈黙。
 しばらくして、ルシアンは机を叩いた。

「……くだらん。彼女が戻ってきても、もう関係ない。」

 だが、言葉とは裏腹に、
 彼の胸には“何かを失った”という焦りが、確かに残っていた。

 ◇◇◇

 一方、修道院では。
 エドガーが中庭で剣を振っていた。
 朝日を浴びるその姿は、まるで影を断ち切るように美しかった。

「いつか、殿下と戦うことになるかもしれませんね。」
「……そんな日が来ると思う?」
「ええ。正義を貫く者は、必ず試される。
 でもそのとき、俺はあなたの側にいます。」

 その言葉に、胸の奥が温かくなる。
 ルシアンに奪われたものは大きい。
 けれど、代わりに得たものもある。
 それは、信じられる人の存在だった。

 風が花を揺らし、修道院の鐘が再び鳴る。
 その音を聞きながら、私は小さく呟いた。

 ――もう、恐れない。
 いつか、この手で真実を取り戻す。

 その決意が、朝の光と共に、静かに心に灯った。
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