孤独なきつねは優しい白虎の腕のなか。

5.

「ご、めんなしゃい……」
「っ、何がだ？」
「じゃまして、ごめんなしゃい」

　ペタリと伏せた耳が、彼の心を物語っている。
　貴嶺は小さく唇を噛むと、子狐を抱き上げ抱きしめた。

「んわっ！」
「お前は悪くない。謝るのは俺だ……。すまない、お前の気持ちを考えてやれなかった」
「ぅ……、ぇと、た、かにぇ？」

　腕の中からこちらを見上げる視線を感じる。
　そっと離して正面から視線を合わせれば、小さな狐は名前を呼んだ。

「たっ、たかにぇ」
「たかね、だ」
「た、かね」
「そうだ」
「たかね、なんでごめんなしゃい？　わるいの、ぼく、でしょ？」

　まんまるの瞳で見つめてくる。あまりにも無垢なそれに胸が痛んだ。

「違う。お前に黙っていろと言った俺が悪い。お前は全然知らない場所に来たんだ、不安でしょうがないはず。それなのに黙っていろ、俺の邪魔をするなと言ってお前を蔑ろにしていた。……こんな小さな子供にとって、それがどれだけ辛いことか」
「たかね……」

　ふわふわの髪を撫でる。何度も何度も撫でる。そうしていれば、彼の背後のしっぽが揺れているのに気がついた。

「ふふ、ふふふっ」
「……どうした？」
「なでなで、もっとして！」

　先程までの悲しそうな表情はどこへ行ったのか。撫でられる気持ちよさに浸っているようで、目を細めて続きを催促してくる。その嬉しそうな表情に、貴嶺も胸の苦しさがとれ、小さく微笑む。

「そうか。……だが、まずは食事だな」

　そう言ってテーブルに向かって席に着く。もちろん子狐を抱いてゆき、隣に座らせた。

「ほらお前、これを飲め」
「にょわ！」

　ぐいとマグカップを押し付けると、驚きつつも狐はそれを受け取る。そしてキョトリとした顔でこちらを見てきた。

「なぁに？　これ」
「ホットミルク……牛乳だよ」
「ぎうにう……」

　じぃっと真っ白な水面を見つめる。それからまたこちらを見るので、貴嶺は自分用のコーヒーの入ったマグカップに口をつけた。
　すると子供もそれを真似する。カップを傾けて中身を流し込めば、また同じ。それから「んっ!!」と声を出して、耳としっぽをピンと立てた。

「っ、たかにぇ！　これ、おいしい！」
「……ふはっ、そうか。ゆっくり飲むんだぞ？」
「あい!!」

　初めて飲んだのであろうその様子に、思わず吹き出してしまう。子狐はそんな貴嶺には構わず、コクコクと美味しそうにホットミルクを飲み干していった。

「っぷは！　おいしかった!!」
「よかったな。おかわりはいるか？」
「!!　い、いいの……？」
「あぁ、構わん。貸してみろ」

　握っていたマグカップを手に取って立ち上がれば、なにやら服を引っ張られる感覚がする。
　なんだと思ってそちらを向けば、子狐が服の裾を握っていた。

「あ……」

　また気まずそうな顔をするので、すかさず貴嶺は椅子に腰を下ろす。それから。

「美代子さん」
「はい～？」
「すまないが、ホットミルクのおかわりをもらえないだろうか」
「あ、はい。かしこまりました！」

　美代子にマグカップを渡しおかわりを頼む。その一連を見ていた子狐は不思議そうな顔をしていた。

「なんで？」
「何が」
「みよこしゃん……なんで？」

　単語ではあったが、言いたいことは理解できた。だが、それに答えるつもりはない。

「別になんでもない。いいからお前は飯を食え」

　そういって、子供のそばにいることを選んだ自分を誤魔化すように、貴嶺は子狐に食事を摂らせたのだった。

　　　　　　　　　　♢♦︎♢

「おいしかった……、おにゃかいっぱい……」

　食事中ひとつも落ち着かなかった子狐は、満腹になったことで今度は眠くなったようだ。コクリコクリと頭が揺れている。そのうち椅子から落ちそうになったため、ソファに寝かせてやった。
　今ではぷうぷうと気持ちよさように眠っている。その寝顔を見つめて貴嶺は思う。

「当たり前の食事も摂れない、身体中に傷はある。母と呼ばせても貰えない。完璧に虐待だ、こんなの……」

　目の前の小さな狐と、幼い頃の自分が重なる。いや、あの頃の自分はこの子供より酷くはなかったはず。そう悲痛な表情を浮かべていれば、玄関の呼び鈴がなった。