【完結保証】落ちこぼれ巫女とタタリガミ

キリン

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「第十九話」記憶①

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 気がついたら朝日が昇り、空が青く照らされていた。
 もう朝か、私は汗を拭ってため息をつく。そろそろなにか食べたいし飲みたいし、足もクタクタである。……景色だって、木があったり畑があったりと代わり映えがないし。
 
 『水筒と握り飯ぐらい持ってくればよかったんじゃねぇの?』
 「……あんたはいいわよね、顕現してなければ歩く必要もないんだし」

 とは言うものの、話し相手がいるだけでもありがたいとは思う。一晩中歩き続けてずっとしんどかったが、こいつと話していたおかげでいくらか気が紛れていたのも事実なのだから。

 「っていうか、ずっと歩いてるけど私たちは今どこに向かってるわけ?」
 『どこってそりゃ、海だよ』
 「海ぃ!?」
 
 どうりでメチャクソ歩いているわけだ。
 ってか、海? なんで?

 『正確には海の向こう側にある島だな。名前とかは知らねぇけど、まぁ場所はわかるからどうにでもなる』

 ──私は”あの場所”ですべてを終わらせる。
 去り際に久怨が、そう叫んでいたのを思い出す。

 「あんたさ、なんで久怨のあの一言だけでそこだって思ったの?」
 『……別に、大したことじゃねぇよ』
 
 ただ。そう言って、姿の視えない彼は呟いた。

 『あそこは俺が生まれた場所で、初めて……初めて、ツバキとアイツに会った場所ってだけだ。俺にも、アイツにも。ツバキにも分かる場所ってんなら……まぁ、あそこぐらいしか無いと、思った』

 その声色には含みがあるように思えた。
 触れるな。というより、触れないでほしいという懇願。弱々しくて、今まで見てきたこいつからはとても想像できないような、もの悲しさ。

 だがこれでハッキリした。久怨とツバキ、そしてこいつは互いに顔見知り……いいや、それ以上の親しい関係だったことは明白だ。
 そしてそれは過去のものであり、今は互いに憎み合い殺し合う因縁に成り果てている。一体、彼ら彼女らになにがあったのだろうか? どうしてこの神は、こんなにも苦い声を絞り出しているのだろうか。

 ……私は。
 私は、その間に割って入ることはできるのだろうか。
 蚊帳の外。紛れもない部外者である、この私が。

 ──────神域借用、複合展開。

 唐突。私の足元が、冷ややかな浮遊感に襲われる。

 (──は?)
 「ヒナタッ!」

 即座にカゲルが顕現。彼が伸ばしてきた手を掴もうとするが、動揺によって反応が一瞬遅れる。触れはしたが掴むことはできなかった私の手は、身体は、みるみるうちに閉じられていく青天井を見上げながら闇へ闇へと落ちていく。

 (なに、これ……) 

 否。これがなんなのか、私はもう既にこの身を以て知っているはずだ。
 どこまでも続く落下、深い深い闇に飲み込まれ続ける……だがここは落下していくだけであり、いつまで経っても地面は見えず、終わりは来ない。

 差し詰め、永劫に落ち続ける奈落の穴。──複合神域【永業奈落穴】。
 それ、即ち──。

 「やぁ、久しぶりだな天道ヒナタ」 
 「ッ!!!」

 柄を握り振るう。最早抜刀せずに鞘で弾く……じゃらりじゃらりと揺れ動く錆びた鎖、全てを恨み呪う怨念の塊である【神縛りの鎖】が、私の四角から迫ってきていた。

 落ち続ける奈落の中、身を捻りながら空中にて、かろうじて構える。
 見据えた目線の先には、不敵に笑う黒巫女の姿が一つ。

 「久怨……!!」
 
 にやり、と笑うその姿が、私の冷静さをしっちゃかめっちゃかに乱してくる。
 よくも妹を、ライカを呪ったな。お前を殺せば、あの子はきっと元気になる……だから、ここで仕掛けられたのはむしろ好都合。

 今ここで、お前を殺す。
 深呼吸。敢えて、冷静に”流れ”を視る。

 (……重い、多い、汚い……!)

 穢れの濁流とも言うべき怨念の神域。使い潰された神の怨嗟、穢れた霊力の乱雑な流れは複雑で、しかしそれ以上にこの久怨とかいう女を中心に撒き散らされる莫大な霊力の量は、やはりどう考えても元人間に出せるような代物ではなかった。

 「お前も分かっているだろう? この状況が絶望的だということを……なぁ?」

 さっきから乱雑な”流れ”を凝視しているが、まるで隙がない。危なかった……あのまま怒りのままに飛び込んでいれば、私は鎖に四肢を拘束され、そのまま嬲り殺しにされていた。
 やはり迂闊に、しかも一人で戦っていい相手ではない。
 
 「いくらかマシになったとはいえ所詮はひよっこ。実戦経験も技もなにもかもが不足しているお前では、数千年間以上もの時を活動し続けていた私に敵う道理もない」

 おまけに、頼みの綱であるカゲルは火傷により負傷しているし……なにより、この神域に取り込まれたせいで隔離されてしまった。
 まぁ、詰みだ。この状況からどうにかできる未来が、今の私には全く見えない。

 「まぁそれを分かってもなお発狂せず、冷静に足掻くその様は称賛に値するがな」
 「……そりゃどうも。ご褒美に見逃してくれたり、なんならその首を頂けると嬉しいのだけど?」
 「それは出来ない話だなぁ。お前は私が殺す、これは必然であり運命であり逃れようのない決定事項だ。お前は逃げられない、私の掌の上だ……故に、故に──」

 攻撃が来たら避ける。隙が出来たら、即座に殴る。
 それしかない。今の私の霊力への掴み具合では、この経験値爆弾には真正面から押し負ける。……腹を括り、一歩を踏み出そうとした。

 「────故に、嬲り殺しだ」

 うしろ。
 鈍い痛みに殴り落とされるように、私の身体も意識も奈落の底に落ちていった。





 ◇




 『おい、起きろ。なにを寝てるんだお前は』

 瞼を開けると、そこには後頭部で太陽を隠しながら、私の顔を覗き込む親友がいた。
 
 薄墨色の着物を纏ったその美しい肌やきらびやかな茶髪。美しく有るべくして作られた人形のような造形美だった。──彼女の名前は久遠。
 この私、天道ツバキの実力に並び立つ唯一の巫女だ。

 『……太陽がぽかぽかだから?』 
 『はぁ?』

 瞼を擦りながら、寄り掛かっていた大木の木漏れ日に目が眩む。
 眠い眠い。直ぐに瞼を閉じ、再び二度寝を決め込もうと……す、る。

 『……ぐー』
 『おい、寝るな。寝るなと言っているだろうが、起きろ、おーきーろー』
 『うるさいなぁ……あとちょっと、あとちょっと寝かせてよ』
 『はぁ、あのなぁツバキ。私はお前に呼ばれてここに来たんだ。忙しいと何度も断ったのにお願いお願いと言われたから無理をしてここに来た……なのにお前と来たら────おい、聞いているのか?』
 『…………』

 意識が、少しずつ、ぽかぽかになる。
 
 『……はぁ』

 ────じゃらっ。
 え、じゃらっ?
 なに、この金属音。……瞼を開ける。そこには。

 『……【神縛威】』

 そこには、両手に鎖を握りしめた久遠が、眼前にて遠心力を以て腕をふるっていたのだ!
 轟音! 大木が薙ぎ倒され、その後ろに並ぶ木々も鎖の波にへし折られていく。

 『さて、眠気は覚めたか? ”手合わせをしたい”と言い出したのはお前だからな。さぁてこの程度でノビてもらっては張り合いが──』
 『【伏魔霊纏】』

 急速に動きだす”流れ”を知覚。研ぎ澄まされた神経系統は速やかに筋線維を収縮させ、イカヅチの如き速度の飛び蹴りを襲撃者に叩き込むにまで至った。

 『あーあ、まだ眠いのに覚めちゃった』

 莫大な霊力を無駄なく最大の速度で循環させることにより、私はたった今”神化”を遂げた。人でありながら神の如き力を手に入れるこの術は、現人神と呼ぶに相応しい力である。

  空に浮かぶ白雲が、天狗の団扇に吹かれたかのように遠く遠くへと吹き飛んでいく。
  余波のみでこの威力。……それが直撃してもなお、コイツの身体は堅牢な結界術によって守られていた。 

 『友人の約束をすっぽかしておいて昼寝とは贅沢なやつだ』

 こいつ、即座に結界を組むのに加えて伸ばした鎖で蹴りを受け止めやがった。
 直後、弾き! 即座に手刀が空を切り、私が一撃を叩き込んだ後に久遠は少し後方へ吹っ飛ぶ……無論、無傷。それどころか笑いながら。 

 『──寝相が悪いな。お前と寝る男は、翌朝には凄惨に死んでいるだろうよ』
 『起こし方が野蛮な筋肉結界巫女には言われたくないですぅ~! いいもん、私は私より強い素敵な殿方に添い遂げるんだもん』
 『はは、そうか……なら一つ、お前の親友兼好敵手として助言をしてやろう』

 風が鳴り響く。
 私を中心に震える霊力の”流れ”に対し、もう一つの嵐がその頭角を現す。
 
 『”そんな生き物は、私以外にこの世にはいない”ということをなぁ!!!』
  
 突っ込んでくる久遠を迎え撃つ。
 抜刀。それは特になんてことのないただの刀。──しかし、私が握ることによりこの刀は千年を彷徨った神器よりもなお硬く、鋭く、光り輝く刃だった。

 『勝手に私の上に立つんじゃ……なーいっっ!!!!』

 鎖、刃。接触の瞬間に響いたのは最早金属音ではなく、風が空を切る音だった。
 最早お互いの獲物は、互いに触れ合ってすらいなかった。

 そこから、戦いは始まった。
 まるで古き神話における神々の戦いを彷彿させるような、規格外の戦いが。








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