大正にありがちな、お飾りの妻のと寡黙な旦那様の騒動。

中谷 獏天

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『どうかお飾りの妻になって欲しい』

「畏まりました」

 御主人様と非常に評判の宜しくない奥様がご夫婦となり、私達使用人の目の前で初めて交わされた会話が、コチラでした。
 そしてお2人は、寝室へ。 

 その日は静かだったんですけど。

《おはようございます奥様》
「おはよう」
『おはよう』

 奥様が来られて3日目。
 ご夫婦の会話は業務連絡以外、こう、全く何も無く。

「ご馳走様でした、では」
『あぁ』

 寝室はご一緒ですから、ソチラでしっかりと会話なされているだろう、とは思うのですが。
 世に聞く仲睦まじいご夫婦とは正反対で、このままで良いのか、と。



「おはようございます」
『何をしているんだ』

「掃除を」
『何故』

「暇で」

『大人しくしていてくれ』
「はい、すみませんでした」

 御主人様はどうにも寡黙でいけないね。
 しかも奥様も奥様で、こうして何も言わない方だから。

『私しゃ納得いかないね』
「全くっすよねぇ」

『もうちょいと媚びの売り方ってもんを学んで頂かないと』
「ありゃダメですね本当、少し言ってやんないと」
《その、揉め事に私達使用人が口出しをするのは、どうなんでしょう》

『この家の為なら良いんだよ』
「そうそう、ココはビシッと言ってやんないとね」
《ぁあ、なら私は止めておきます、ココではまだ日が浅いので》

『まぁ、そう無理強いはしないさ』
「ならさ、買い物を頼むよ」
《はい》



 そうは言っても、やはり少し心配で様子を見ていると。

『少しは評判を気にして自覚ってもんをして下さいよ、言いたい事が有ればハッキリと最後まで。そう黙って聞いてるだけじゃ、私しゃ引き下がりませんからね』
「俺もっすよ、今日こそはもう我慢ならねぇっす」

 仲裁に入るべきかも知れない、と思ったけれど、やっぱり日の浅い私には。
 せめて後で、お買い物が終わってから。

「すみません、私が至らないばかりに」
『いや、アンタはねぇ』
「全く、虐めてるみてぇで嫌んなっちまうから、その顔は勘弁して下だせぇよ」

『はぁ、もう良いです、下がらせて頂きますよ』

 あぁ、奥様をお慰めしないと。

《あの》
「はい、何か」

《奥様、大丈夫でしたか?買い物前に、少し聞こえてしまって》

「ぁあ、大丈夫大丈夫、慣れてますからお気になさらず」



 奥様は噂通り、気丈な方なんですけどねぇ。
 なのに、ですよ。

『御主人様、奥様がお帰りにならないんですが』

『そうか』

『そうかって、全く、御主人様』
「俺、探しに」
『いや、良い』

「ですがね」
『そうですか、分かりました、では失礼致しますよ』

 そうして奥様がお姿を消してから、3日目。
 御主人様は仕事をするか落ち込むばかりで、お食事も禄に召し上がらず。

 全く、気になさるならご実家にお手紙の1つでも送れば宜しいものを。

《御主人様、そろそろお休みになられた方が》
『そうですよ、そうしてたって帰って来るならとっくに帰って来てるでしょうね』

『あぁ、そうだな』

 また、前の様になってしまうんですかね。
 以前はご婚約者様がこの家に慣れる為にお泊まりになっていたんですが、数日で出て行き、破談に。

 今回も、また、となれば。



「ただいま帰りました」

「ぁ、奥様、ご無事で」
「そうだけど」
《あ、お帰りなさいませ》

「はいどうも、旦那様は?」

《少々、お待ち下さい》

 お飾りの妻になれ、だなんて、最初は驚いたけれど。
 性行為も無し会話も無し、本当に何もしなくて良い、しかも本を読んでも良いだなんて。

 最高では。

 そう思っていたのに。

『お帰り』

 これが、抱擁。
 いや、そう言った事は無しだと仰ってた気が。

「ただいま帰りました旦那様、あの、どうなさったんでしょうか」

『逃げ出してしまったのかと、もう会えないのかと』
「また大袈裟な、ご実家に帰っても良いと旦那様が仰ったのでは?」

『いや』

「いや?」
『帰るのは構わないんだが、置き手紙の1つは欲しい』

「ん?置いてから行きましたよ?」

『何処に』
「眠ってらっしゃったので、枕元に」

『無かったが、何故、枕元に置き手紙を』
「前日の晩に枕元に旦那様からのお手紙が有ったので」

『それは何処に有る』
「私の引き出しにしまいましたけど」

『見せて貰えるだろうか』

 まぁ、無い。

「あら、見たんですけどね、本当に」
『私の字だったのだろうか』

「はい、あの、どう信じて頂ければ良いのか」
『家にはどの様にして向かった』

「朝の支度を手伝ってやれと書かれてまして、迎えの人力車に乗って」
『手配した者が居ると言う事だな』

「あ、ツケにしてしまったんですけど」
『それで良かった、何処の車だった』

「確か、帝都……」

 そして旦那様は胸ポケットから手帳を取り出し、メモを。
 コレって厄介事が起きてるのよね。

 私、また実家に帰った方が。

『後は、何か気になる事は無いか』

「いえ、ただ私、また実家に帰った方が」
『いや、ココに居てくれ』

「なら荷解きを」
『いや、何もしなくて良い』

「お願いですから、最低限は荷解きをさせて下さいまし」

『分かった』

 一体、いつからこんな甘える方になってしまったのだろう。
 出掛けている間に、何が。

《奥様、お湯のご用意を致しました》
『入ってきてくれ、待ってる』

 あら、コレ、とうとう抱かれてしまうのかしら。

「お先に失礼致します」

 そう気合を入れてお風呂に入ったものの、まぁ、特に何も無く。
 いつも通り書斎に引き籠ったり、お出掛けをして、相変わらず忙しそうにしてらっしゃる。



『私しゃね、どうにも納得出来無いね。あの奥様、相当だって噂じゃないか。なのにまぁ、全く、何をやってらっしゃるんだかね、ウチの御主人様は』
「全く気にして無さそうでいけねぇや」

 あんなに細い体で、しかも手はすっかり何度ものアカギレで固くなっちまって。
 コレでお貴族様の令嬢ってんだから、笑わせるね。

 嫌だ嫌だ、コレだから成り上がりってのは困るんだよ。

「あら、皆さん集まって」
『奥様、ちょいとツラ貸しな』

 全く、世話の掛かる御夫婦だよ。



『綺麗だ』

「ありがとうございます」
『今、どうして一瞬間が空いたんだろうか』

「どうお答えするか迷いました」
『何と言う気だった』

 ウチの御主人様、こまけぇんだよなぁ。
 あれだ、繊細ってヤツでさ、喋るにも凄い気を遣う方で。

「着ている物が、綺麗なのだろうな、と」

『来い』
「すみません旦那様、どうかお許しを」

『少し詳しく説明するだけだ、怯えるな』

 いやぁ、そりゃあ流石に無理じゃねぇかなぁ。
 御主人様の顔、怖いっすもん。



《アレ、ワザとですよね》

『何の事だ』
《抱いて無いですよね、奥様の事》

『お前に何の関係が』
《有りますよ!何で毎回変な女を見繕って来るんですか?!前のは頭の空っぽで、次はふしだらな悪女、どれだけ見る目が無いんですか?!》

『前も、そうか、俺を守ってくれて』
《そうですよ、小さい頃に助けて頂いて、ウチに来いって言ってくれたから。だから色々と学んで、やっと頑張ってココまで来たのに》

『そうか、すまない。改めて皆に紹介しよう』
《良かった、覚えててくれたんですね》

 いや、全く覚えていない。
 正確に言うと、何人もの老若男女に声を掛け助けたので、どれが誰かを覚えていない。

『アレは確か、寒い日だったか』
《夏にしては寒い日でしたね、大雨でしたから》

『そうだな、大通り、いや裏だったか』
《そうです、店の裏でぶたれてた私を助けて下さったんです》

 ありきたり、そんなのばかりを助け続けていたので、全く覚えていないんだが。

「あ、ご主人様、どしたんすか?何かご用なら」
『コレを捕えてくれ』
《え?》

『前の婚約者が逃げ出したのもコイツの仕業だ』
《なっ》
「承知しやした」

 騒動の発端が子供の頃の人助けだとは。


『無闇矢鱈に助けるべきでは無かったかも知れないな』
「いや、そんな事は無いですよ旦那様。コレは偶々、他の者はしっかりしてるんですから、寧ろ今まで通りにした方が宜しいかと」
『そうですよ御主人様、元はコイツも私も行き倒れ、きっと素通りされてたら呪い殺してましたよ』
「俺はそこまでは言いませんけどね。まぁ、加減が分からないで強く噛んじまう子猫もいますし、ね」

『デカい子猫だったな』
「ですね」

 今まで女が寄って来ても、勝手に離れていくので楽だった。
 それこそ親の決めた婚約相手も、この家に様子見に来たものの、数日で破談に。

 寧ろ助かった、とは思ったが。
 今回の女は俺の興味を引く女だった。

 男物の洋装を着たり、かと思えば着古した着物を着たり、熱心に本を読んだり。

 興味を引く為なのかと聞けば、半々だ、と。
 ほっておけば掃除を始め、繕い物まで。

 一応、良い家の貴族令嬢の筈、なんだが。

『本当に、何も無かったのか』

「どうやら上手い具合に勘違いをしてくれてたので、被害が無かったのかと」
『ほう』

「旦那様が叱られてたのを、私が叱られている、と勘違いなさってたみたいなんですよね。何故か私を慰めに来てくれた事が有ったので、そこから勘ぐっての事ですから、実際はどうなのかは分かりませんけどね」

『そうだったのか』

「と言うか旦那様は、もう少しご自分のお顔の良さに頓着して下さいませ、巷でも随分とお噂になってるんですよ。それとも分かっていて敢えて、ですかね?」
『いや、女にも頓着が無かっただけだ』

「そうですか。なら厄介も終わりましたし、ちょっと本気で実家に帰ろうかと」
『帰っていたんじゃないのか?』

「少しだけですよ、もう兄のお嫁様が居ますし、面倒なので泊まりは他所の宿でしたから」

『次からは俺も一緒に行こう』

「あの、お飾りの妻にと」
『飾り物の様に、お前は何もしないでも良いと、そう言ったつもりだったんだが』

「幾ら何でも少し、お言葉が足りないかと」
『そうか、以後は善処する』

「そんなに好かれてましたか、私」
『あぁ、酷く気に入った』



 簡単に絆されては、とは思ったんですけど。

『ほら、だから言ったじゃないですか、御主人様はお言葉が足りなさ過ぎるんですよ、全く』
「いやもう本当っすよ、俺らが居なきゃ本当に奥様が出て行ってたかも、なんですからね?」
「すみません、お世話になりまして、ありがとうございます」

『良いんですよ奥様、私らともなれば手を見れば一発ですからね、噂なんて所詮は噂。御主人様だってねぇ、コレでも』
「いやそこはマズいですよ、さ、俺らもう下がりましょうや」

『あぁ、はいはい、では、失礼致しますね』
「どうも」
「へい」

 そしてふと、旦那様を見ると。

「あら意外ですね、ウブでらっしゃるとは」
『好き勝手に流れる噂を、俺も放置していただけなんだが、がっかりさせただろうか』

「いえ、ただ、私の何が良かったんでしょうね?」
『似た者同士だと思っている』

「結構、私はお喋りですけどね?」
『心根の問題だ、他所の言う事は、他はどうでも良いだろう』

「まぁ、ですね」
『明け透けなのが良い、ざっくばらんさも、情が深そうな所も』

「そうお話し合いをした覚えは無いんですが」

『お前が読んでいた本を俺も読んだ、それこそ使用人達に話して聞かせている所も、涙ぐんで話していた時も』
「凄い恥ずかしい事を暴きますね、いやらしい人」

『俺の事も調べていただろう、おあいこの筈だ』
「まぁ、そう言う事にしておきましょう」

 やっぱり抱かれてしまうと、どうにも絆されてしまいますね。
 何でも可愛く見えてしまうんですから。

『もう少しだけ、頼む』
「後一回だけですよ、旦那様」
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