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第1章 婚姻。
第2話 難攻不落。
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思い立った旦那様の行動は、とても素早いものでした。
クロエ様のご実家がツケで品物を買っていた商会の弱味を握り、次々に取り立てを行わせ、社交界ではあらゆる噂を流し追い込み。
極めつけは医師とマリエ嬢の不貞の証拠を掴み、薬の処方を差し止める。
筈、だったのですが。
『また、運に助けられてしまったんだろうか』
マリエ嬢は今までの薬では効かない病に罹った数日後、王都の風紀隊に拘束され、旦那様の証拠と共に大勢が爵位を取り上げられる事に。
そして殆どの者は犯罪奴隷として、鉱山へ。
一方のマリエ嬢は顔を焼かれ、治療院送りに、そして体の関係を持ち病気を得た者も。
治療と言う名の実験を、治療院にて一生施される事に、相成りました。
対する旦那様は、王家の風紀隊に助力したとして報奨を得て、かつ爵位が上がる事が決定され。
クロエ様は旦那様が集めた証拠により、ご実家とは無関係だと証明され連座を逃れ、無罪放免に。
《奥様と旦那様が居てこその、良き運気なのかも知れませんね》
私の家族は、犯罪奴隷として鉱山送りに。
そして姉は、不治の病となった為、今までの行いから顔を焼かれ治療院へ。
治療と言う名の実験に、長く、命が尽きるまで晒される事に。
『もう君は自由だ、好きにして良いんだ、本当に』
私は、もう、修道院に逃げなくても良い。
「私は、私に、いえ、好きな事は無いです」
『ココの平穏は嫌いだろうか』
「いえ、でも私は平民並み、どうか離縁をお願い致します」
『なら僕が次の相手を見付けるまで、君が字を読める様になるまで』
「もう読めます、簡単なのは読めます」
『なら書けるまで、僕の相手が見付かるまで、どうかココに居て欲しい。マリエ嬢なんかに求婚する僕には、もう少し時間が必要なんだ』
多分、ココで私を投げ出すのは得策では無いんだと思う。
「分かりました、ありがとうございます」
それから出来るだけお邪魔をしない様に、刺繍は止めて字を勉強する事に。
そうして、時に私はどうしたら良いんだろうかと考えながら、嫁いで1年が過ぎた頃。
《お兄様の結婚相手が、こんな人だなんて》
僕は女運が無いんだろうか。
従姉妹は、こんな子じゃなかった筈だ、と。
僕は思わず手を上げてしまった。
「あの、ご尤もなので、どうかお怒りを」
『いや、こんな者を家に入れてすまない、直ぐに送り返すから』
《私!家で虐められているんです!》
その言葉に僕は固まってしまった、もし本当なら、送り返すワケには。
「私と同じですね、例えば何をされたんですか?」
《それは、刺繍を、刺繍を上手く出来無いと》
「鞭打ちですか?何処に?背中ですか?手ですか?」
《そ、せ、背中に》
「では直ぐにお医者さんをお呼びしないと」
《もう治ったの》
「嘘を言わなくても良いんですよ、大丈夫、いつ鞭打ちに?」
《前、この前、ココに来る前》
『なら5日前かな』
「でしたらまだ痛む筈、お医者様に見せないと」
《大丈夫だって言ってるでしょう!》
クロエは少し低い声で、怒鳴ったり、こうして叫ぶ事も無い。
僕は、僕には彼女が必要なのかも知れない。
『セバスチャン、女医に送り届け家に連絡を』
《お兄様!》
『騒ぐな五月蝿い、さっさと帰れ』
《そんな、お兄様、この女に》
「まだ清い関係ですので心配しないで下さい」
《お兄様》
『いや、だが君のお陰で触れる許可が出たも同然。彼女は高潔なんだ、だから帰れ。行こう、クロエ』
《お任せ下さい、さ、どうぞ》
「え、あ、はい」
恩人としてでは無く、ずっと彼女に居て貰いたいと思ったのは、コレが初めてかも知れない。
穏やかで物静かな彼女は、一緒に居て居心地が良い。
『おはようクロエ』
「おはようございます、従姉妹様の誤解を解かないと本当の奥様に申し訳ないので食事が出来ません」
お前は生まれる前から恨まれたから、こんなに不幸なんだ。
母に言われた言葉が怖くて、誰にも恨まれたくない一心で、お願いを聞いて貰う為に思い付いたのはこんな事だけ。
侯爵より更に上の地位になる方に、私なんかが傍に居てはいけない、私は間違って嫁いだだけの居候。
このまま居ては、この家の方々にも恨まれてしまう、私には分不相応なのだから。
だから、私はやっぱり。
『クロエ』
「私の好きな事が見つかりました、神に尽くす為に修道院へ行く事です、だからどうか誤解を解いて下さい」
『君は愚かじゃないよ』
「家の皆様に良くして頂いて、平民よりはマシな程度にして頂いた御恩は決して忘れません」
『僕らにしてみたら君こそが恩人なんだよ、例え君が何をしなくとも、最初に君が正直に言ってくれた事で皆が救われたんだ。領民も領地も、前の領地もそう、君が正直に言ってくれた事で、今は随分と楽になってるそうだよ』
「それでも」
『ココが苦痛なら、どう苦痛なのか教えて欲しい』
「私は、私には分不相応です」
『何が出来る者なら、相応なんだろうか』
「そう尋ねられて答えが出せる方です」
『少なくとも君は答えたよね』
「そうじゃ、そうでは無くて、もっと何か、具体的に意見を言える方です」
『君みたいに?』
「違う、違うんです、そうじゃなくて」
『責めてるんじゃなくて褒めてるんだよ、今まですまない、ありがとう。本当に僕の為に気を遣ってくれて、会わない様に配慮してくれて、ありがとう』
「触れたらダメです、白い、清い結婚じゃなくなってしまいます」
頭の何処かで、マリエ嬢の妹だ、と言う考えが有ったのかも知れない。
クロエは全くの無知で、男女が触れ合うだけで、子を成してしまうと本気で信じていて。
『夫婦が触れ合うと、子が出来てしまうなら』
「夫婦以外は大丈夫だから、だから姉は妊娠しないのかと」
『そう屋敷にまで連れ込んで』
「いえ、従兄弟です、良く遊びに来てたので」
『それは、元は君の婚約者じゃ』
「らしいですが、話した事も無いので、嘘かと」
僕は、喜ばしいと感じてしまった。
クロエは正真正銘の純血の、筈、で。
『本当に、君は何も』
《お坊ちゃま、クロエ様には少し、お勉強して頂きましょうか》
セバスチャンが本を与え、侍女を補佐にし。
クロエが理解出来るまで、僕は待つ事に。
そうして僕は待つ間、本当に彼女が純血で有れば良いと、喜ばしいと考えてしまっていた。
全く信用されていないにも関わらず、男として信用されたい、と。
「あの」
『どう、かな』
「した事は無いです、汚らわしいと父に触れられた記憶も無いですし、使用人も私に構うと罰せられていたので。無いですが、おかしい事なのでしょうか」
『いや、そんな事は無いけれど、どうしてそう思うのかな』
「微笑んでらっしゃるので、おかしい事なのかな、と」
『君が正直なのが、純血なのが嬉しいんだよ』
「なら、私はこのままで居るべきかと」
《まぁ、クロエ様の方がお上手な返しですね》
『いや、やはりクロエには本当の』
《旦那様、焦ってはいけませんよ》
『すまない。クロエ、僕は君を好ましいと思ってる』
「一体、何に目が曇ってらっしゃるのでしょうか」
浮かれて忘れてしまっていた。
僕は、彼女の姉に求婚した愚か者なのだ、と。
『僕は、君にしたら姉の男の1人、浅ましくも愚かな者の1人、なんだろうか』
彼は私の正直さを褒めてくれた。
そしてもう、実家に返される事は無い。
何なら実家は無い。
けれど、私は本当の事を言って良いのだろうか。
言って、もし痛め付けられるなら。
なら、多分、セバスチャンか誰かが止めてくれる筈。
多分。
「本当に、正直に申し上げて、良いんでしょうか」
『頼む』
もしかしたら、私を追い出す口実が必要なのかも知れない。
なら、私に平穏を齎してくれた恩返しに。
「私を姉だと差し出されてしまった事が1つ、私を正直者だと誤解している所が1つ、物知らずを慎ましいと誤解している所が1つ。です」
『君の姉に求婚した事は、含まれてはいないんだね』
「姉に惚れて当然だとしか教えられていませんので、その問いは良く分かりません」
『事実を知れば君の姉に惚れる者は居ない』
「知ってて手を貸してました、医師は」
『不貞を働くのに便利で都合が良いから、だけだ、実際には惚れて無いとも証言している』
「人は嘘付きですし、惚れて無くても惚れてると言うと姉が言ってました、その逆も有るかと」
《クロエ様、もしや惚れる、と言う事について、詳しくお伺いしても宜しいでしょうか》
「抱かれても良いかどうか、だと、後は良く知りません」
『それは、アレが君に言ったんだろうか』
「いえ、サーニャと姉が話してるのを聞きました」
『ぁあ、ソレの事を忘れてたな、処分して貰おう』
《畏まりました。では、この辺りで》
『あぁ、部屋まで送るよクロエ』
「何故でしょうか」
『君ともう少し居たいんだ』
「何故でしょうか」
『好ましいと思ってるからだよ』
「何故でしょうか」
『実は君が運命の相手だったんだよ』
「姉には10人は居たのですが」
『僕には1人だよ』
「そうですか、失礼致します、では」
通常の口説き文句は、奥様には全く意味を成さず。
『参った、本当の無知はこうなんだな』
《そうで御座いますね》
喜ばしい反面、無知の恐ろしさも知っておりますので、奥様にはご教育を。
と思ったのですが。
『いや、僕との婚姻を破棄する為、悪用するかも知れない』
《確かに、そうかも知れませんね》
『同性を、似た年の者を恐れる事は、無いだろうか』
《今の所は、無いかと》
『なら、知り合い夫婦を呼ぼうと思うんだが』
《早速ご連絡致しましょう》
私達が案を練っている間に、奥様は脱走なさいましたのは、2年目になろうとしている頃でした。
『どうして、抜け出したんだろうか』
私は初めて行った街の片隅で、仮初めの旦那様に追い詰められ、壁に追い遣られています。
ちゃんと、私なりにお手紙を書いて出た筈なんですが。
「もう2年にもなるのに、修道院へご案内頂けないので」
『一緒に案内するだけ、なら出来るよ』
微笑んでらっしゃる中に、怒りが。
怖い。
「すみません、私にお時間を割かずに、本当の奥様を」
『君になって欲しい』
「一体、何で目が曇ってらっしゃるんでしょう」
仮初めの旦那様は、私の顔の真横で大きく溜め息を吐き、額を私の肩へとゆっくり落としました。
私は、このまま殴られてしまうんだろうか。
『その話し合いの為にも知り合いを招いた、そうした謎も含めて、一緒に考えてくれないだろうか』
「さっさと離縁して修道院送りにした方が早いのでは」
『信頼出来る補佐も部下も居る、君が有能じゃないと危うい仕事は無いよ』
「確かに、姉には仕事の才は、ですが社交は」
『寧ろ君に社交は必要無いんだ、僕の仕事上、君には寧ろ引き籠もったままでいて欲しい』
「流石に部屋から出ないのは」
『屋敷から、それこそ街に出るのは、僕となら構わないけれど。君は、嫌なんだろう、僕とは』
「それは本当の」
『君は僕の本当の妻だ。もし、なりたくないなら、そう、理由を全て聞かせてくれないと、部屋からも出さないよ』
微笑みながら怒ってらっしゃる、初めて見る表情で、一体何を考えてらっしゃるのか。
《旦那様、ご無事だったのですから、もう少しお怒りをお沈め頂けませんでしょうか》
『あぁ、すまない。でもお仕置きにしても、部屋に閉じ込めるよ』
あんな豪華な部屋で、漏らすワケには。
「すみません」
《旦那様、先ずは馬車へ》
『あぁ、話してくれるね?』
「はい」
そうして馬車に乗り込み、仮初めの旦那様に抱えられ。
『聞かせてくれるね』
「こんな者を認めてしまったら、使用人に見下げられます、字も読めないし書けないし」
『今はかなり読めるし、書けるだろう』
「令嬢としての」
『礼儀はこなせてる、足りないなら僕や家の者が教える』
「社交を」
『しなくて良い』
「私は、醜いですから」
『僕はそう思わない』
「でもマリエに」
『あの時こそ目が曇っていた、どうかしていた』
「私は、マリエと違って好き嫌いが無いから、ですか、純血だからですか」
『それも有る、けれど君には良い所が沢山有る、後は君が認めるかどうか。君の家族は間違いばかりを君に教えていた、けれど君は曲がらず正直に』
「あの時は、拷問されたくなかったから、後でバレて死にたくなかったから言っただけです。ココでまた痛い思いをするなら、逃げ出すか死ぬ気だっただけです」
『僕は君に死んで欲しく無い』
「役に立たないのに?」
『役に立とうとしてくれた事は?』
「いえ、でも」
『君は君に傍に居て欲しい』
どうして、私に死んで欲しくないのか、役に立たないのに居て欲しいのか。
爵位が上がるから、だから不祥事は無い方が良いから。
そもそも離縁も良い事じゃない。
なら、やはり怪我を負い修道院へ。
「私、やっぱり」
『君は僕が嫌がる事を殆どしない、先ずはそこが好ましいと思ってる』
「本当にこんなのを抱けるんですか」
『好意には段階が有るんだよ。君の姉はおかしい、間違ってる、本来なら相手は1人だけだ』
「死別の再婚の場合、裏切りになるんですか」
『それは、死別する相手との約束次第。けれど君には死なないで欲しい』
「今度、爵位が上がるから」
『それは関係無い、どの爵位でも君に傍に居て欲しい』
「せめて妾なら」
『嫌だ』
「外聞ですか」
『だけじゃない』
「私に子が出来なくても、ですか、なら死にます」
『甥を、継がせる』
「その方が無理な場合」
『出来るまで抱く』
「でも私は修道院に」
『君には幾らでも好きな事をさせたいけれど、その願いは後回しにさせて貰う。先ずは僕の知り合いと話し合って欲しい、もしかしたら僕の目が覚めるかも知れないよ』
「分かりました」
クロエ様のご実家がツケで品物を買っていた商会の弱味を握り、次々に取り立てを行わせ、社交界ではあらゆる噂を流し追い込み。
極めつけは医師とマリエ嬢の不貞の証拠を掴み、薬の処方を差し止める。
筈、だったのですが。
『また、運に助けられてしまったんだろうか』
マリエ嬢は今までの薬では効かない病に罹った数日後、王都の風紀隊に拘束され、旦那様の証拠と共に大勢が爵位を取り上げられる事に。
そして殆どの者は犯罪奴隷として、鉱山へ。
一方のマリエ嬢は顔を焼かれ、治療院送りに、そして体の関係を持ち病気を得た者も。
治療と言う名の実験を、治療院にて一生施される事に、相成りました。
対する旦那様は、王家の風紀隊に助力したとして報奨を得て、かつ爵位が上がる事が決定され。
クロエ様は旦那様が集めた証拠により、ご実家とは無関係だと証明され連座を逃れ、無罪放免に。
《奥様と旦那様が居てこその、良き運気なのかも知れませんね》
私の家族は、犯罪奴隷として鉱山送りに。
そして姉は、不治の病となった為、今までの行いから顔を焼かれ治療院へ。
治療と言う名の実験に、長く、命が尽きるまで晒される事に。
『もう君は自由だ、好きにして良いんだ、本当に』
私は、もう、修道院に逃げなくても良い。
「私は、私に、いえ、好きな事は無いです」
『ココの平穏は嫌いだろうか』
「いえ、でも私は平民並み、どうか離縁をお願い致します」
『なら僕が次の相手を見付けるまで、君が字を読める様になるまで』
「もう読めます、簡単なのは読めます」
『なら書けるまで、僕の相手が見付かるまで、どうかココに居て欲しい。マリエ嬢なんかに求婚する僕には、もう少し時間が必要なんだ』
多分、ココで私を投げ出すのは得策では無いんだと思う。
「分かりました、ありがとうございます」
それから出来るだけお邪魔をしない様に、刺繍は止めて字を勉強する事に。
そうして、時に私はどうしたら良いんだろうかと考えながら、嫁いで1年が過ぎた頃。
《お兄様の結婚相手が、こんな人だなんて》
僕は女運が無いんだろうか。
従姉妹は、こんな子じゃなかった筈だ、と。
僕は思わず手を上げてしまった。
「あの、ご尤もなので、どうかお怒りを」
『いや、こんな者を家に入れてすまない、直ぐに送り返すから』
《私!家で虐められているんです!》
その言葉に僕は固まってしまった、もし本当なら、送り返すワケには。
「私と同じですね、例えば何をされたんですか?」
《それは、刺繍を、刺繍を上手く出来無いと》
「鞭打ちですか?何処に?背中ですか?手ですか?」
《そ、せ、背中に》
「では直ぐにお医者さんをお呼びしないと」
《もう治ったの》
「嘘を言わなくても良いんですよ、大丈夫、いつ鞭打ちに?」
《前、この前、ココに来る前》
『なら5日前かな』
「でしたらまだ痛む筈、お医者様に見せないと」
《大丈夫だって言ってるでしょう!》
クロエは少し低い声で、怒鳴ったり、こうして叫ぶ事も無い。
僕は、僕には彼女が必要なのかも知れない。
『セバスチャン、女医に送り届け家に連絡を』
《お兄様!》
『騒ぐな五月蝿い、さっさと帰れ』
《そんな、お兄様、この女に》
「まだ清い関係ですので心配しないで下さい」
《お兄様》
『いや、だが君のお陰で触れる許可が出たも同然。彼女は高潔なんだ、だから帰れ。行こう、クロエ』
《お任せ下さい、さ、どうぞ》
「え、あ、はい」
恩人としてでは無く、ずっと彼女に居て貰いたいと思ったのは、コレが初めてかも知れない。
穏やかで物静かな彼女は、一緒に居て居心地が良い。
『おはようクロエ』
「おはようございます、従姉妹様の誤解を解かないと本当の奥様に申し訳ないので食事が出来ません」
お前は生まれる前から恨まれたから、こんなに不幸なんだ。
母に言われた言葉が怖くて、誰にも恨まれたくない一心で、お願いを聞いて貰う為に思い付いたのはこんな事だけ。
侯爵より更に上の地位になる方に、私なんかが傍に居てはいけない、私は間違って嫁いだだけの居候。
このまま居ては、この家の方々にも恨まれてしまう、私には分不相応なのだから。
だから、私はやっぱり。
『クロエ』
「私の好きな事が見つかりました、神に尽くす為に修道院へ行く事です、だからどうか誤解を解いて下さい」
『君は愚かじゃないよ』
「家の皆様に良くして頂いて、平民よりはマシな程度にして頂いた御恩は決して忘れません」
『僕らにしてみたら君こそが恩人なんだよ、例え君が何をしなくとも、最初に君が正直に言ってくれた事で皆が救われたんだ。領民も領地も、前の領地もそう、君が正直に言ってくれた事で、今は随分と楽になってるそうだよ』
「それでも」
『ココが苦痛なら、どう苦痛なのか教えて欲しい』
「私は、私には分不相応です」
『何が出来る者なら、相応なんだろうか』
「そう尋ねられて答えが出せる方です」
『少なくとも君は答えたよね』
「そうじゃ、そうでは無くて、もっと何か、具体的に意見を言える方です」
『君みたいに?』
「違う、違うんです、そうじゃなくて」
『責めてるんじゃなくて褒めてるんだよ、今まですまない、ありがとう。本当に僕の為に気を遣ってくれて、会わない様に配慮してくれて、ありがとう』
「触れたらダメです、白い、清い結婚じゃなくなってしまいます」
頭の何処かで、マリエ嬢の妹だ、と言う考えが有ったのかも知れない。
クロエは全くの無知で、男女が触れ合うだけで、子を成してしまうと本気で信じていて。
『夫婦が触れ合うと、子が出来てしまうなら』
「夫婦以外は大丈夫だから、だから姉は妊娠しないのかと」
『そう屋敷にまで連れ込んで』
「いえ、従兄弟です、良く遊びに来てたので」
『それは、元は君の婚約者じゃ』
「らしいですが、話した事も無いので、嘘かと」
僕は、喜ばしいと感じてしまった。
クロエは正真正銘の純血の、筈、で。
『本当に、君は何も』
《お坊ちゃま、クロエ様には少し、お勉強して頂きましょうか》
セバスチャンが本を与え、侍女を補佐にし。
クロエが理解出来るまで、僕は待つ事に。
そうして僕は待つ間、本当に彼女が純血で有れば良いと、喜ばしいと考えてしまっていた。
全く信用されていないにも関わらず、男として信用されたい、と。
「あの」
『どう、かな』
「した事は無いです、汚らわしいと父に触れられた記憶も無いですし、使用人も私に構うと罰せられていたので。無いですが、おかしい事なのでしょうか」
『いや、そんな事は無いけれど、どうしてそう思うのかな』
「微笑んでらっしゃるので、おかしい事なのかな、と」
『君が正直なのが、純血なのが嬉しいんだよ』
「なら、私はこのままで居るべきかと」
《まぁ、クロエ様の方がお上手な返しですね》
『いや、やはりクロエには本当の』
《旦那様、焦ってはいけませんよ》
『すまない。クロエ、僕は君を好ましいと思ってる』
「一体、何に目が曇ってらっしゃるのでしょうか」
浮かれて忘れてしまっていた。
僕は、彼女の姉に求婚した愚か者なのだ、と。
『僕は、君にしたら姉の男の1人、浅ましくも愚かな者の1人、なんだろうか』
彼は私の正直さを褒めてくれた。
そしてもう、実家に返される事は無い。
何なら実家は無い。
けれど、私は本当の事を言って良いのだろうか。
言って、もし痛め付けられるなら。
なら、多分、セバスチャンか誰かが止めてくれる筈。
多分。
「本当に、正直に申し上げて、良いんでしょうか」
『頼む』
もしかしたら、私を追い出す口実が必要なのかも知れない。
なら、私に平穏を齎してくれた恩返しに。
「私を姉だと差し出されてしまった事が1つ、私を正直者だと誤解している所が1つ、物知らずを慎ましいと誤解している所が1つ。です」
『君の姉に求婚した事は、含まれてはいないんだね』
「姉に惚れて当然だとしか教えられていませんので、その問いは良く分かりません」
『事実を知れば君の姉に惚れる者は居ない』
「知ってて手を貸してました、医師は」
『不貞を働くのに便利で都合が良いから、だけだ、実際には惚れて無いとも証言している』
「人は嘘付きですし、惚れて無くても惚れてると言うと姉が言ってました、その逆も有るかと」
《クロエ様、もしや惚れる、と言う事について、詳しくお伺いしても宜しいでしょうか》
「抱かれても良いかどうか、だと、後は良く知りません」
『それは、アレが君に言ったんだろうか』
「いえ、サーニャと姉が話してるのを聞きました」
『ぁあ、ソレの事を忘れてたな、処分して貰おう』
《畏まりました。では、この辺りで》
『あぁ、部屋まで送るよクロエ』
「何故でしょうか」
『君ともう少し居たいんだ』
「何故でしょうか」
『好ましいと思ってるからだよ』
「何故でしょうか」
『実は君が運命の相手だったんだよ』
「姉には10人は居たのですが」
『僕には1人だよ』
「そうですか、失礼致します、では」
通常の口説き文句は、奥様には全く意味を成さず。
『参った、本当の無知はこうなんだな』
《そうで御座いますね》
喜ばしい反面、無知の恐ろしさも知っておりますので、奥様にはご教育を。
と思ったのですが。
『いや、僕との婚姻を破棄する為、悪用するかも知れない』
《確かに、そうかも知れませんね》
『同性を、似た年の者を恐れる事は、無いだろうか』
《今の所は、無いかと》
『なら、知り合い夫婦を呼ぼうと思うんだが』
《早速ご連絡致しましょう》
私達が案を練っている間に、奥様は脱走なさいましたのは、2年目になろうとしている頃でした。
『どうして、抜け出したんだろうか』
私は初めて行った街の片隅で、仮初めの旦那様に追い詰められ、壁に追い遣られています。
ちゃんと、私なりにお手紙を書いて出た筈なんですが。
「もう2年にもなるのに、修道院へご案内頂けないので」
『一緒に案内するだけ、なら出来るよ』
微笑んでらっしゃる中に、怒りが。
怖い。
「すみません、私にお時間を割かずに、本当の奥様を」
『君になって欲しい』
「一体、何で目が曇ってらっしゃるんでしょう」
仮初めの旦那様は、私の顔の真横で大きく溜め息を吐き、額を私の肩へとゆっくり落としました。
私は、このまま殴られてしまうんだろうか。
『その話し合いの為にも知り合いを招いた、そうした謎も含めて、一緒に考えてくれないだろうか』
「さっさと離縁して修道院送りにした方が早いのでは」
『信頼出来る補佐も部下も居る、君が有能じゃないと危うい仕事は無いよ』
「確かに、姉には仕事の才は、ですが社交は」
『寧ろ君に社交は必要無いんだ、僕の仕事上、君には寧ろ引き籠もったままでいて欲しい』
「流石に部屋から出ないのは」
『屋敷から、それこそ街に出るのは、僕となら構わないけれど。君は、嫌なんだろう、僕とは』
「それは本当の」
『君は僕の本当の妻だ。もし、なりたくないなら、そう、理由を全て聞かせてくれないと、部屋からも出さないよ』
微笑みながら怒ってらっしゃる、初めて見る表情で、一体何を考えてらっしゃるのか。
《旦那様、ご無事だったのですから、もう少しお怒りをお沈め頂けませんでしょうか》
『あぁ、すまない。でもお仕置きにしても、部屋に閉じ込めるよ』
あんな豪華な部屋で、漏らすワケには。
「すみません」
《旦那様、先ずは馬車へ》
『あぁ、話してくれるね?』
「はい」
そうして馬車に乗り込み、仮初めの旦那様に抱えられ。
『聞かせてくれるね』
「こんな者を認めてしまったら、使用人に見下げられます、字も読めないし書けないし」
『今はかなり読めるし、書けるだろう』
「令嬢としての」
『礼儀はこなせてる、足りないなら僕や家の者が教える』
「社交を」
『しなくて良い』
「私は、醜いですから」
『僕はそう思わない』
「でもマリエに」
『あの時こそ目が曇っていた、どうかしていた』
「私は、マリエと違って好き嫌いが無いから、ですか、純血だからですか」
『それも有る、けれど君には良い所が沢山有る、後は君が認めるかどうか。君の家族は間違いばかりを君に教えていた、けれど君は曲がらず正直に』
「あの時は、拷問されたくなかったから、後でバレて死にたくなかったから言っただけです。ココでまた痛い思いをするなら、逃げ出すか死ぬ気だっただけです」
『僕は君に死んで欲しく無い』
「役に立たないのに?」
『役に立とうとしてくれた事は?』
「いえ、でも」
『君は君に傍に居て欲しい』
どうして、私に死んで欲しくないのか、役に立たないのに居て欲しいのか。
爵位が上がるから、だから不祥事は無い方が良いから。
そもそも離縁も良い事じゃない。
なら、やはり怪我を負い修道院へ。
「私、やっぱり」
『君は僕が嫌がる事を殆どしない、先ずはそこが好ましいと思ってる』
「本当にこんなのを抱けるんですか」
『好意には段階が有るんだよ。君の姉はおかしい、間違ってる、本来なら相手は1人だけだ』
「死別の再婚の場合、裏切りになるんですか」
『それは、死別する相手との約束次第。けれど君には死なないで欲しい』
「今度、爵位が上がるから」
『それは関係無い、どの爵位でも君に傍に居て欲しい』
「せめて妾なら」
『嫌だ』
「外聞ですか」
『だけじゃない』
「私に子が出来なくても、ですか、なら死にます」
『甥を、継がせる』
「その方が無理な場合」
『出来るまで抱く』
「でも私は修道院に」
『君には幾らでも好きな事をさせたいけれど、その願いは後回しにさせて貰う。先ずは僕の知り合いと話し合って欲しい、もしかしたら僕の目が覚めるかも知れないよ』
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