とら×とら

篠瀬白子

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終幕 2

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「司さん、俺ってやっぱり馬鹿だから、こんなやり方しか知らないけど……でもアンタが最初にアンタのやり方を通してきたんだ。なら俺は俺のやり方をつき通す権利がある。でしょ?」
「は? いや、なに言って……」


司さんの前に置いたお粥の鍋の蓋に手を掛けたまま、決して笑みは絶やさない。


「だから、アンタはこんな薄ら寒い部屋に関係者集めて説明会するつもりなんでしょうけど、それは違うだろーがって言ってるんですよ。
もし少しでも罪悪感があって、俺らに謝りたいなんて思ってんなら、デリバリーなんかで人を呼ばずにテメェで来いや。ってことです」


ニコニコ笑ったまま吐き捨てる台詞に、玲央以外の全員が目を丸くしている。
俺はついに蓋を開け、ますます嗤ってやった。


「というわけで、こちらが小虎&怒り狂った仲間たち特製、スペシャルお粥になります」


むわっと空気中に立ち上がる煙の中から現れたそれは、以前雄樹が作ってくれた以上にカオスなことになっているチョコレート粥である。
俺の隣では巴さんに向けてお粥の蓋を開けた豹牙先輩が、若干引きつった顔でお粥の中を見ていた。


「じゃ、そういうことでデリバリーしたんで、失礼しまーす」


すくっと立ち上がり、自らも色んな物を投入していたチョコレート粥に顔をしかめたままの豹牙先輩と共に部屋を出る。少しして、その後ろを玲央が平然とついてくるものだから拍子抜けしたが、とりあえずちょっとだけ気が晴れた。

それから三人でカシストに戻ると、玲央の姿を認めた仁さんが笑顔で度数がシャレにならないウォッカを出してきた。しかもストレートで玲央に渡すものだから、俺と雄樹と志狼は内心ビビっていたが、豹牙先輩だけは「ざまぁ」みたいな顔をしていた。

カシストに戻ってから数十分して、なぜかボロボロになった隆二さんが現れると、玲央以外の全員が目を瞠る。
タオルを持ちだして駆け寄る俺に、隆二さんは疲れ切った顔で笑ってくれた。


「はー、久しぶりだなぁ小虎」
「そうですね、でも隆二さん……どうしたんですか?」
「んー? あはは、まぁなんつーか、俺らの総長様は人使いが荒いわ」


そう言って受け取ったタオルで顔を拭った隆二さんの前に、仁さんがビールを置くと彼は一気に飲み干す。男らしい喉仏が上下するさまは、普段より荒々しくて色っぽい。


「……あーっ、くっそ……うめぇ」


カンッ。飲み干したジョッキをテーブルに打ち付け、隆二さんは笑う。高校生らしからぬ動作に苦笑を浮かべ、とりあえずは仕事に戻った。


「つーか玲央よぉ、お前あの場で宣言するかぁ? 普通さぁ……もっと、あるだろ?」
「知るかよ。どこでなに言おうと俺の勝手だ」
「あー……もう、本当にお前はさぁ……」


後頭部をわしわし掻いて、眉間にしわを寄せる隆二さんに苦笑する。
きっとまた玲央の無茶ぶりに振り回されたのだろう。隆二さんって人が良いからなぁ、それを平気で振り回す玲央も玲央だが。
謝罪の意味を込めてお粥を出すと、隆二さんはパァッと微笑むが、その隣で玲央がこちらを睨んできた。気にしない、気にしない。

俺の隣に立つ豹牙先輩がそんな二人に口を開いたときだった。真っ青な顔をした司さんたちが現れたのは。

彼らの異様な雰囲気に仁さんはギョッとしていたが、雄樹と志狼は接客をしながらほくそ笑んでいる。あいつらタバスコやら醤油やらぶち込んでたからなぁ……。


「……仁、とりあえず水くれ……」
「……おう、座れや」


うえっぷ。吐きそうな動作をしながら水を求める司さんに、仁さんはカウンターを促すのであった。


「食べてくれたんですね」
「……まぁ、ね……うぉえっ」
「おい司、吐くなよ? そこで吐くなよ?」


司さん、巴さん、そしてお粥を与えた記憶のない新山さんの三人が並んで座るも、三人とも顔が真っ青である。唯一ケロリとしている仙堂さんは、きっとあのお粥を新山さんの口にぶち込んだのだろう。


「なかなか強烈な味だったでしょ?」
「強烈っつうか……お、思い出したくも……う゛っ」


なんとか俺に返事をしてくれる司さんだが、話すたびに吐きそうになっている。そんな彼を見てさすがに心が痛むのか、豹牙先輩は心配そうにそわそわと落ち着きがない。
俺はそんな二人に苦笑して、彼らの為にお粥を作りはじめた。


「……司さん、俺ね。新山さんたちが出てきた時点で不審に思ってたんですよ。それに加えて事情聴取が終わったあと、豹牙先輩がすごい驚いてて。あー、豹牙先輩は知らないのかーって思ったわけです」
「……そう」
「そんで次は新山さんたちと一緒に住めでしょ? しかも豹牙先輩の護衛つき。最初はそりゃ、ノアさんはそんだけ凶悪なんだろうなぁって思ってたけど、おかしいじゃないですか」
「なにが……?」
「だって本当にノアさんが危険なら、麻薬を怨む司さんが豹牙先輩を俺の護衛につけるわけがない。誰よりもなによりも豹牙先輩を大切に思ってる司さんが、俺なんかを守るために豹牙先輩を利用するわけがないじゃないですか」
「……反吐がでるね」


いや、今はゲロが出そうだけど。なんて笑う司さんに微笑み返す。
とりあえずちょっと吐いてくるわ。そう告げた司さんが巴さんと一緒にトイレに向かうと、なぜか豹牙先輩から撫でられた。それに対して玲央が舌打ちをごぼしていた。

しばらくして戻ってきた二人が、若干すっきりした顔をしてそれぞれ仁さんにお酒を注文する。
吐いてすぐお酒を飲むその根性はどこから来るのか。まぁいいのだけど。


「……っはー……で、えーとなんだっけ。俺が豹牙大好きってとこだっけ?」
「はい、そうですね」


いや、そこじゃねぇだろ。司さんの隣に座る巴さんが突っ込む。


「で、豹牙先輩のことが大好きな司さんがわざと遠ざけてるのを見て、なんとなぁく思ったんです。司さんは俺を守ってるんじゃない、俺に豹牙先輩を守らせてるんだって」
「……」


話をつづけた俺に、豹牙先輩が「はぁ?」と声を漏らした。


「あの動画を見せられて、司さんに会いに行ったとき、それは確信に変わりました。おまけに司さん、豹牙先輩のことばっか言ってたし。もう本当、馬鹿ですねぇ」


卵を敷いた鍋をゆるりとかき混ぜる。俺の声に誰も反応を示すことはないが、だから止めるつもりもない。


「俺、言ったでしょ。司さんの行動には意味があるんだろうって。でもね、司さん……俺もここにいる皆も、アンタの駒じゃない。個人の意思を抑えつけて、卑怯なやり口でなにかを成し遂げようなんて考えないでください」
「……」
「アンタには力も知恵もある。けどだからって、俺らの人生掻き回す権利はない」
「……」
「俺が言ってることは、反吐が出るような偽善ですか?」
「……いや、正しいよ」


卵を混ぜた鍋に蓋をして、司さんに向き直る。彼は目を逸らしたまま、唇を噛みしめた。


「俺ね、これでもすっげー怒ってるんです。なんでか分かります?」
「……俺が、君のこと……みんなを巻き込んだからでしょ」
「違うわボケ」
「え」


一言罵ると、司さんが目を丸くしてこちらを見る。してやったり。俺は思いっきりイイ笑みを浮かべてみせた。


「どんな事情があるか分かりませんけど、こんだけしっちゃかめっちゃか事荒げておいてまだ、司さん……アンタ豹牙先輩に謝ってないでしょ? 俺があのマンションで言ったこと、まだ実行してないでしょ?
おまけになんです? 俺を利用するにしてもその監視役が新山さんってなんです?
毎日毎日うざくて夜も眠れませんでしたよ。見てくださいこのクマ、二徹した雄樹よりひどいですよ。
それになにより一番ムカつくのが、俺を騙すために、アンタの計画の為に玲央に嘘をつかせたことだ」
「……えぇと……」


一体どこから突っ込めばいいのか分からない。そう顔に書いてある司さんに笑みを深くすると、彼は肩を震わせて俺を見た。


「だからまぁとりあえず、一番傷つけた豹牙先輩に謝ってください。この場で、今すぐ、さぁ早く」
「……ご、めんなさ……」
「なに俺に謝ってんですか、そもそもそこに座って謝罪とか舐めてんですか?」


そう言うと、なぜか隣にいた豹牙先輩まで驚きに身をビクつかせる。そもそもこの場にいる全員が目を丸くさせていた。

シン……と静まる空気を壊したのは、カウンター内から出た豹牙先輩だった。
彼は固まる司さんのほうへ近寄ると、目を合わせて互いになにかを思惑する。次の瞬間、司さんが視界から消えた。豹牙先輩がぶん殴ったらしい。


「仕返しだ。これでチャラにしてやる」


と、豹牙先輩。あまりの格好良さに思わずため息が出てしまった。
さぁ、ふつふつと沸くお粥が頃合いだ。俺は彼ら全員の前にお粥を出す。


「さぁ召し上がれ。あ、普通のお粥なんで大丈夫ですよ?」


にっこり。笑う俺に皆の口の端が引くついている。
普通じゃないお粥ってなに? チョコレート粥を知らない隆二さんの声だけがその場に響くのであった。

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