不幸つき異世界生活

長岡伸馬

文字の大きさ
5 / 18

5

しおりを挟む
 街を出た俺は、多くの冒険者が狩りに向かう森にではなく、草原へとやって来ていた。
 ここは森よりも獲物が少なく、また距離的にも遠いため余程の事情が無ければ来る者などいない。
 俺の目的を実行するには非常に都合が良かった。

「取り敢えず、あれを試しておかないとな」

 俺の目的は『不幸解放』という言葉を言ってみること。
 これによってどんな不幸が俺の身に訪れるのか知っておきたかった。
 だから、誰も巻き込まないように人気の無いこの草原へとやって来たのだ。
 俺は一通り周囲を見渡して確認した後、その言葉を口にした。

「不幸解放」

 俺はその言葉を唱えると同時に身構える。
 俺に訪れる不幸が何なのか。分からないだけにかなりの緊張感を強いられる。

「痛」

 やって来たのは痛みだった。後頭部に何かが当たって感じた僅かな痛み。感覚としては玩具のエアガンで撃たれたみたいな感じだな。
 何が当たったのか確かめるため足元を見回していると、先程まで無かった矢が落ちているのを見付けた。

「これが当たったのか?」

 俺は落ちていた矢を拾い上げて確認してみる。それは金属製の鋭い鏃が付けられたものだった。所々錆が浮いているけど劣化まではしていない。普通の人間なら頭に突き刺さって死んでいたはずだ。
 それがこの体では玩具のエアガンで撃たれた程度。確かにこの体の強度はチートだわ。
 それはそうと、この矢を射た奴が何処かにいるだろう。
 俺は周囲を見渡してそいつを探る。
 その時、再び矢の直撃を食らった。

「ぬああ、目が、目があああ」

 今度は当たった場所が悪かった。玩具のエアガンみたいなものではあっても眼球直撃はかなり痛い。
 俺は矢が当たって涙目になった右目を右手で押さえ、その場にしゃがんで盾で身を守った。
 今のはちょっと不用心過ぎたと思う。矢で射られているのに身を隠さずに周囲を見渡していたのだから。

 それにしても、矢を射かけてきたのは何者なんだ?
 今度は矢の飛んできた方角をはっきりと把握しているので無事な左目をそちらに向けた。
 緑の草原を身を低くして進んでくる緑の生物。多分、ファンタジー世界の定番魔物ゴブリンで合っていると思う。
 数は少なくとも五体以上。その内一体は確実に弓を持っている。剣を持っている奴も見えるし、盾を持っている者も。これは確実に役割分担が出来ているな。
 数もいることだし、初めての戦闘の相手としては避けた方がいいのかもしれない。
 だが、この右目に受けた矢のお返しはしておかないと気が済まないのですよ。まあ、もうほとんど回復しているけどさ。

 俺は右目に当てていた右手を放し、腰のベルトに装着されているメイスを取って握りしめる。
 それから一度大きく深呼吸をした。
 先程射られた矢のことを考えると致命傷を負うことはまず無い。だからといって初めての戦闘に緊張しない訳ではないのだ。
 それから回復してきた右目を何度か瞬きさせる。これで僅かに滲んでいた視界も回復した。
 よし。これで問題無く戦える。

 そうして戦闘準備に時間を使ったので、ゴブリンたちには完全に取り囲まれてしまっていた。
 まあ、逃げるつもりは無いし、多少不利な状況になりはしたが、これくらいどうにか出来ないとこの先やっていけないだろう。
 俺は立ち上がると、取り囲んでいるゴブリンの一体に向かってダッシュした。
 その瞬間、弓を構えていたゴブリンから矢が放たれる。俺はそれを左手の盾で叩き落として更に接近する。二度も直撃を食らっているのだ。弓持ちのゴブリンからは目を放してはいないさ。

「食らえ!」

 最初の目標にしたゴブリンは目の前。俺は右手のメイスを力一杯振り抜く。ゴブリンは躱すことも、手に持った棍棒でメイスを逸らすことも出来なかった。
 メイスはゴブリンの頭部に直撃したのである。

 ボグシャッ、ベチャ。

 血、目玉、脳味噌、皮、骨、あらゆるものをまき散らしながらゴブリンの頭部は爆ぜた。
 そんな風になるとは一切想像していなかった俺は、それらをしっかりと浴びる破目になったのである。

「うぷっ」

 そのグロ過ぎる状況に強烈な吐き気がこみ上げてくる。
 俺はそれを無理矢理飲み込み、次の標的へと向かった。とにかく今襲ってきているゴブリン共は倒しておかないと。吐くのはその後だ。
 俺はすぐさま一番近い個体へとダッシュする。
 そいつは石斧を手にしたゴブリンで、そいつにもメイスを振るうつもりだったのだが、先程の光景が躊躇させた。
 グロくない倒し方がないか考えてしまったのである。
 そうすると必然的に体の動きが鈍くなってくる。気付けばすっかり他のゴブリンたちにも接近されていた。

「痛いなあ!」

 背後から剣で斬り付けてきたゴブリンを振り向きざまに爪先で蹴り飛ばす。
 蹴られたゴブリンは十メートルくらい飛んで動かなくなった。まあ、死んだよな。爪先が骨をぶち折ってめり込んだ感触あったし。
 あ、剣で斬られた時の感覚は、プラスチックの定規で切り付けられたような感じだった。まあ、血も出てないし、体へのダメージはほとんど無い。
 ただ、ズボンの太腿の部分が左足の付け根というか、尻の部分からばっさり切られた。物凄くすーすーする。
 くそっ。これは新しいズボンを買わないとダメだな。財布は大ダメージだよ!
 それから俺は躊躇いを捨てた。白百合亭を早く出ていくためにもこれ以上の損害は許容出来ないからな。

 グロい。グロい。グロい。
 俺はゴブリン共が振るう武器や飛んでくる矢を盾で防いだり躱したりしつつ、メイスを力の限り振り回して容赦無くゴブリンを撲殺していく。その度に吐き気が増す死体が出来上がり、返り血などが増えていった。ゴブリンって血も臭いね。不快感が半端じゃない。
 そうして、近付いてきたゴブリン共を死体に変え、弓持ちゴブリンが逃走したところで俺の初めての戦闘は終わりを迎えた。
 う、もう限界。ゲロゲロゲロ。

 どうにか戦闘が終わって一通り吐き、浴びてしまった肉片などを払い落としたところで仕事に取り掛かる。
 ゴブリンの討伐証明部位と魔石の回収だ。それと、ゴブリンの装備品の中で金になる物、剣などの金属製品も回収しておく。
 取り敢えず、一番楽な装備品の回収から始めよう。回収すべき物は剣が一本に鏃が二つだけ。金属製品はそれだけしかなかったのだ。盾は補強の金具も釘も使われていない木製だし、射られた矢の鏃も大半が石で出来ていたから。
 さて、これからが本番の討伐証明部位と魔石の回収だ。
 ゴブリンの討伐証明部位は鼻。これを一つ持って行くと銅貨五枚になる。魔石は一つで銅貨一枚。合わせると銅貨六枚。日本円で二千四百円にしかならないのだからゴブリンの命って安いね。
 まあ、その命の値段としては安い代金を得るにはかなりの覚悟が必要な訳ですよ。
 『死体から鼻を切り取る』
 『解剖して魔石を心臓付近から取り出す』
 どちらも想像するだけで吐きそう。
 だけど、これから冒険者としてやっていくためには慣れないとダメなことだから。
 だからやりました。倒したゴブリンの数は六体だから六回ね。
 ええ、当然、途中で何度か吐きましたよ。唾液と胃酸くらいしか出なかったけど。
 そうしてかなりの時間を使いながら何とかゴブリンの鼻と魔石を回収した。

「うーん、どうやって持って行こうか」

 俺は切り取ったゴブリンの鼻をどう運ぶか悩んだ。
 素手で持つのは論外。
 街を出る時に買った採取物を入れる革袋にも入れたくない。銅貨五枚したちょっといいやつだし。魔石は洗った後これに入れるつもりだ。
 倒したゴブリンの持ち物にもちょうどいい袋のような物は無い。
 ゴブリンの腰に巻かれた布は風呂敷のように使えるだろうけど、あれはゴブリン共の下着だ。あれに触ること自体がなんか嫌だ。解体に使ったナイフや魔石に付いてる血は擦り付けたけどさ。勿論、布は手で触らずに。
 取り敢えず、ゴブリンが使っていた木の盾をお盆代わりにして持って行くか。かさばるし、手が塞がるのが難点だけど。
 そうして俺はゴブリン共の血を洗い流すために近くの小川に向かった。
 道中、大き目の葉っぱが生えていたのでちぎって木の盾の上に被せる。これでゴブリンの鼻なんて見なくてよくなった。
 小川に着いたところで早速手を洗う。もうほとんど乾いていたのでなかなか取れない。暫くこすってようやく落とせた。その後、服を脱いでから顔と頭もしっかりと洗っておく。これで今までの不快感はかなり軽減した。でも、水で洗っただけなので、街に戻ったら風呂屋で石鹸使って洗いなおさないと。
 解体に使ったナイフや魔石、メイスや盾の金属部分に付いた血も問題無く落ちる。
 ただ、メイスの持ち手に巻かれた革の部分、盾の木の部分、革鎧や服などについては取れる気配がなかった。

「はあー、取れない。上の服も買わないとダメだな」

 俺はゴブリンの血を落とすことを諦めた。
 服は上下新しい物を買って宿で過ごす時などに着ることにしよう。今洗った服は仕事着として使えばいい。切られたズボンも安く修繕してくれるなら新しいズボンを余分に買う必要はないんだけど、こればかりは聞いてみないと分からないな。
 俺は洗っていた服を絞って身に着ける。湿ってはいるけどこんなところで服が乾くのを待つつもりはない。さっさと街に帰るのだ。
 正直、精神的にかなり限界が近いし、尻からスリットの入ったズボンで動き回りたくはない。
 俺は他の装備品を身に着け、荷物をまとめて街へと歩きだした。ズボンの切られた部分はベルトに持ち手を通した盾で隠しながら。お陰で凄く歩き難かった。



 街へと戻った俺はすぐに冒険者ギルドへと向かう。ゴブリンの鼻なんていつまでも持っていたくないし。
 そうしてギルドに着いた俺は受付で用件を伝える。
 馴れているのか、ゴブリンの鼻を見ても嫌な顔一つせずにテキパキ処理してくれた。
 その時に服の中に入れっぱなしのタグにタブレット端末みたいなものをかざして処理していたのには驚いた。物凄くハイテク。
 魔石と金属製品の買取もしてもらい、ゴブリン討伐の報酬と合計で銀貨一枚、銅貨二十一枚、四分銅貨二枚、の収入になった。日本円で一万八千六百円。日当としてはかなりの高収入だと思うけど、普通の人は最初に射られた矢で死んでいる。冒険者はやはりハイリスクハイリターンなのだ。

 収入を手にした俺はすぐさま服屋に向かう。いつまでもすーすーするズボンなんて穿いてられない。他人に見られるのも恥ずかしいし。
 そういう訳で、服屋に着くとすぐに古着の上下を買い揃えてその場で着替える。ズボンの修繕も引き受けてくれるようなのでそれも頼んだ。
 あと、下着も一着新しいのを買った。ズボンを穿き替える時に下着もかなり大きく切れているのに気が付いたから。
 こちらは修繕は頼んでいない。脱ぎたての下着を他人に渡すなんて変態的行為をするつもりはないからね。
 他にはサイズ違いの安い布袋を三枚、手拭いを二枚買って買い物は終了だ。
 幾らかサービスしてもらって支払いの合計金額は銀貨一枚だった。

 服屋の後は風呂屋だ。
 この風呂屋だけど、期待していたのとは違っていた。体を洗う場所の併設されたサウナって感じだったのだ。当然、湯船なんて無い。水風呂はあったけどさ。
 まあ、さっぱりはしたよ。石鹸を使ってしっかり洗ったからね。財布の中身もさっぱりしたけど。
 風呂屋の利用料が銅貨五枚。石鹸一つで銅貨十枚。合計で銅貨十五枚。
 今日の収入の残りは銅貨六枚と四分銅貨二枚。
 はあー、出費が厳しい。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

無能妃候補は辞退したい

水綴(ミツヅリ)
ファンタジー
貴族の嗜み・教養がとにかく身に付かず、社交会にも出してもらえない無能侯爵令嬢メイヴィス・ラングラーは、死んだ姉の代わりに15歳で王太子妃候補として王宮へ迎え入れられる。 しかし王太子サイラスには周囲から正妃最有力候補と囁かれる公爵令嬢クリスタがおり、王太子妃候補とは名ばかりの茶番レース。 帰る場所のないメイヴィスは、サイラスとクリスタが正式に婚約を発表する3年後までひっそりと王宮で過ごすことに。 誰もが不出来な自分を見下す中、誰とも関わりたくないメイヴィスはサイラスとも他の王太子妃候補たちとも距離を取るが……。 果たしてメイヴィスは王宮を出られるのか? 誰にも愛されないひとりぼっちの無気力令嬢が愛を得るまでの話。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」にも掲載しています。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

断罪後のモブ令息、誰にも気づかれずに出奔する

まる
ファンタジー
断罪後のモブ令息が誰にも気づかれないよう出奔して幸せを探す話

不倫されて離婚した社畜OLが幼女転生して聖女になりましたが、王国が揉めてて大事にしてもらえないので好きに生きます

天田れおぽん
ファンタジー
 ブラック企業に勤める社畜OL沙羅(サラ)は、結婚したものの不倫されて離婚した。スッキリした気分で明るい未来に期待を馳せるも、公園から飛び出てきた子どもを助けたことで、弱っていた心臓が止まってしまい死亡。同情した女神が、黒髪黒目中肉中背バツイチの沙羅を、銀髪碧眼3歳児の聖女として異世界へと転生させてくれた。  ところが王国内で聖女の処遇で揉めていて、転生先は草原だった。  サラは女神がくれた山盛りてんこ盛りのスキルを使い、異世界で知り合ったモフモフたちと暮らし始める―――― ※第16話 あつまれ聖獣の森 6 が抜けていましたので2025/07/30に追加しました。

【完結短編】ある公爵令嬢の結婚前日

のま
ファンタジー
クラリスはもうすぐ結婚式を控えた公爵令嬢。 ある日から人生が変わっていったことを思い出しながら自宅での最後のお茶会を楽しむ。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...