不幸つき異世界生活

長岡伸馬

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「ふふふ、やっとだ。やっと必要な金額が貯まった。これで魔法を習いに行ける!」

 魔法の講習を受けるのに必要な資金、銀貨五枚がようやく貯まった。
 これでやっと魔法を習うことが出来る。
 憧れの魔法を!

「きゃん!」
「何だ?もしかして、お前も魔法を習いたいのか?」
「きゃん!」
「うーん、まあ、一緒に行けば講習は聞けるだろ。ついて来るか?」
「きゃん!」

 騒がしくしなければ側にいさせるくらいは問題無いと思う。
 周りの人間はブルータスのこと魔物じゃなくただのペットだと思っているだろうし。
 ダメな時は冒険者ギルドにいる人たちに構ってもらうとしよう。



 俺はブルータスを連れて冒険者ギルドにやって来ると、受付へと向かった。

「すみません、魔法の講習を受けたいのですけど」
「はい。魔法の講習ですね。レイジさんは今まで魔法を使える方から魔法の手解きを受けたことはありますか?」
「いいえ。ありません」

 魔法の手解きを受けたことなど当然無い。
 俺は魔法の存在しない世界出身だし、この世界に来てからもお金が無くて魔法を習うことは出来ていなかったからな。

「それでしたら初回講習を受けてもらうことになります。銀貨五枚が必要ですけど、よろしいですか?」
「はい」

 俺は受け付けのお姉さんに言われた講習代の銀貨五枚を取り出して渡した。

「はい、確かに。それでは、講習を担当する者の所まで案内いたしますのでついて来てください」
「あの、この子を一緒に連れて行っても問題無いですか?」

 俺はブルータスを抱え上げて受け付けのお姉さんに、魔法の講習に連れて行っていいか聞いてみる。

「そうですね。大人しくしていてもらえれば構いませんよ。大人しく出来るかな?」
「きゃん!」
「ふふふ。いいお返事ね。では、こちらへ」

 俺とブルータスは受け付けのお姉さんについて行く。
 魔法の講習を行う部屋は、冒険者ギルドの一階の奥にあった。

「失礼します。魔法の講習の望む方をお連れしました」

 受け付けのお姉さんがノックの後、部屋の主の返事を待って扉を開ける。
 部屋の中にいたのは派手な服を着た若い男だった。
 正直、魔法使いには全く見えない。ひもをやってる三流のホストって感じだ。

「よく来てくれたね、エリシア。これからデート行こっか」

 部屋にいた若い男は、俺たちが部屋に入るなり受け付けのお姉さん、エリシアさんをデートに誘ってきた。
 エリシアさんは茶髪で胸のおっきい美人さんなのでデートに誘いたくなる気持ちは分かるが、仕事中にこれからデートに行こうはないだろう。

「行きませんよ。それよりも、仕事してください」
「えー、仕事より君とのデートの方がいいな」
「そうですか。では、ライザさんは今日限りでギルドを首ということでいいですね。お疲れ様でした」

 エリシアさんはライザに頭を下げながらそう告げる。

「ちょ、待って待って。するから。仕事するから」

 ライザはエリシアさんの態度に慌てて仕事をすると言いだした。
 他に魔法の講習をしてくれる人はいないのだろうか?こいつはちゃんと講習をしてくれるのか不安なのだが。

「すみません。講師を他の人に代えてもらうことは出来るでしょうか?」
「きゃん!」

 高い金を払うのだ。講習はちゃんとした人にやってもらいたい。
 ブルータスも同じ思いのようだ。

「あ、いいね、それ!代わろう代わろう!誰でもいいからさ!俺には女の子だけ回してよ」

 俺たちの意見にライザが即座に同意してくる。
 女の子だけ回せとか言ってるし、ろくな講師じゃねえな。

「ライザ、お前は黙れ」

 エリシアさんがゴミ虫でも見るような目でライザを見ながらそう告げる。
 きっと、ライザは普段から色々やらかしているのだろうな。
 仕事サボってデートしようと言った時も即座にクビ宣告してたし。

「レイジさん、講師を代えるとなると講習を受けられるのは後日になりますけど構いませんか?」
「後日ですか・・・」
「くーん・・・」

 俺は今日は魔法を習う気で満々なのだ。
 正直、後日というのは受け入れ難い。

「一応、こんなのでも魔法の腕はこの街で一番ですし、教えるのも上手です。初回講習はライザさんに習った方がいいと思いますけど」

 ひもをやってる三流のホストにしか見えないのに、魔法の腕はこの街一番なのか。
 教えるのも上手いらしいし、今回はこいつで我慢するかな。

「そうですか。そこまで言われるならライザさんにお願いします」
「きゃん」

 ライザのことは信用出来ないが、エリシアさんとギルドを信用しようと思う。

「そうですか。じゃあ、ライザさんお願いします」
「はいはーい」

 俺たちは、そう言って部屋を出ていくエリシアさんを見送った。

「はあー、じゃあ、やりますか。男となんてやりたくないけど」

 それは俺も同じ意見だ。
 出来れば講師は色っぽい美人のお姉さんがいい。

「・・・ふーん、よく見ればイケメンじゃないか。これならいけるね」

 そう言って俺をじろじろ見るライザの目が怪しく光る。
 もしかして、男もいける人なのか?
 俺は近付いてくるライザに身構えた。

「ねえ、講習が終わったら俺と一緒に女の子ナンパしに行かない?その子犬も連れてさ」
「は?」
「君イケメンだし、その子犬は最近ギルドで人気の子でしょ。きっと女の子の食い付きがいいと思うんだよね。だからさ、俺と一緒に女の子ナンパしに行こうよ」

 ライザが俺のことをじろじろ見ていたのは、女の子をナンパする相方として相応しいかどうか見ていたからのようだ。

「すみません、他をあたってください」
「きゃん!」

 俺はライザの提案をきっぱりと断った。
 正直、ライザと一緒に行動するのはごめんだ。こいつからは軽薄さが滲み出ている。
 俺はエリシアさんにゴミ虫でも見るような目で見られたくはないのだ。勿論、他の女の人からも。
 ブルータスも理由は分からないけどライザと一緒は嫌みたいだ。滅茶苦茶威嚇しているし。

「じゃあさ、この子貸してよ」
「あー、それはやめた方がいいかと。嫌がっているようなので」
「えー、いいじゃん。ちょっとくらい。ほら、おいで。後でいいものあげるからさ。ほら、おいでおいで」
「ううううう」

 ライザは手招きしてもやってこないブルータスににじり寄っていく。
 その距離が近付くにつれブルータスの表情は険しくなっていった。

「それ以上は本当にやめた方がいいです。噛まれて怪我しますよ」
「大丈夫だって。子犬じゃん」

 ライザは俺の忠告を無視してブルータスを無理やり抱き上げようとする。

 ガブッ。

「ぎゃああああ!」

 ブルータスが伸ばされたライザの指に噛み付いた。

 ほら、言わんこっちゃない。
 って、まずいって!ライザの指、骨が見えているんだけど!

 指が食い千切られていないだけ手加減はしているのだろうけど、その噛み痕はあまりにも深いものだった。どう考えても笑い話には出来そうもない。俺はそのことに激しく動揺してしまう。
 そんな俺を他所に、ライザはブルータスに噛まれて骨が見えている場所を手で押さえると、手に光を纏わせる。
 すると、ライザから段々と苦悶の表情が消えてゆき、指から手を離した時にはブルータスに噛まれて骨が見えていた場所が綺麗に治っていた。

「はあー、痛かった」
「え、治ってる。回復魔法か!」
「ご名答」
「おー、すげえ!」

 骨が見える程の深い傷が一瞬で治ったのだ。ただただ凄いとしか思えない。

 やっぱり、俺も魔法を使いたい!!!

 初めて目の当たりにした『魔法』という超常現象。その凄さに改めて自分でも使いたいと思い直した。

「ふふふ、凄いだろう。俺の凄さを理解するのはいいことだね。でも、その前に謝ることがあるんじゃないかな?」

 ライザはそう言ってブルータスに噛まれた指を突き付けてくる。

「それは自業自得じゃないですか。やめた方がいいと忠告しても聞かなかったし」
「きゃん!」

 ライザがブルータスに噛まれた件については謝るつもりはない。
 俺がやめろと忠告しても無視して噛まれたんだし。

「・・・まあいいや。取り敢えず、これに触って」
「これですか?」

 俺は言われるままにライザが取り出してテーブルに広げた紙を触る。すると、白かった紙に色が付いてきた。
 最初は淡い薄墨のような色合いだったものが段々と濃くなって、最終的には濃い目のダークグレーになっていた。

「へえー、なかなかやるね。ここまで濃い色を出せるとは思わなかったよ。これなら中の上ってところかな」
「あの、この紙は?」
「ああ、この紙は魔力判定用紙。魔力の有無を確かめる為の物さ。魔力量が多い程紙が黒くなる。因みに、俺がやるとこうなるね」

 そう言ってライザが魔力判定用紙に触れる。すると、紙は見る間に黒く染まった。
 明らかに俺が触れた時よりも濃い、はっきり『黒』と言える魔力判定用紙の色。魔力量に関しては俺よりも多いということだ。何だかちょっと悔しい。
 いや、かなり悔しい。
 というより、勝ち誇った顔をしてるライザが物凄くムカつく。

「いやー、俺って魔法の才能に溢れちゃってるから魔力量も凄いんだよね。余裕で上級に入っちゃう。あ、君の魔力量もなかなかだよ。中級の魔力量を持つ人間もそう多くはないしさ。まあ、俺みたいな一流の魔法使いにはなれないけどね」
「そうですか」

 魔法使いとして一流と呼ばれるには上級の魔力量が必要になる。
 俺の魔力量では一流の魔法使いになることは出来ない。
 でも、魔法を使えるだけの魔力を持たない人も多い中で、中級上位の魔力量を持っていたことは喜ばしいことだろう。
 神様の加護が防御力に全振りしている身としては。

「ん?君もやるの?」

 ライザのどや顔が続く中、ブルータスがテーブルに飛び乗ってきた。
 そして、魔力判定用紙に近付くと、右の前足でそれに触れた。
 一瞬で黒く染まる魔力判定用紙。その色はライザの時よりも濃く、『漆黒』と呼べるものだった。

「うそ。マジで。俺より魔力量多いじゃん」

 上級中位のライザよりも濃い黒色になっているのだ。ブルータスの魔力量は最上クラスの上級上位で間違いない。
 ブルータスはここにいる者の中で一番魔力量が多かったことを誇るように、どや顔で尻尾を振っていた。

 マジか。俺が一番魔力量少ないのかよ。

 ブルータスは見た目子犬だから俺よりも魔力量は少ないと思っていたのに、俺の方が遥かに少なかった。このことはマジでショックだ。

「ねえ、この子何?どう考えても普通の子犬じゃないよね。この子魔物じゃないの?」
「多分。リリーも魔物だろうって言ってましたし。詳しいことは分からないみたいですけどね」
「そんなの街に入れていいの?」
「さあ?街には勝手に入ってきてましたしね。門番の人が止めなかったからいいんじゃないですか?」
「いや、魔物だと気付かなかっただけだよね?」
「そうかもしれませんね。見た目子犬だし」

 ブルータスはパッと見、どう見ても可愛い子犬だ。余程の者でない限り魔物と見破ることは出来ないだろう。
 門番の人たちも気付かずに素通りさせた可能性の方が高い。

「魔物って報告しないとダメだろ」
「あ、やっぱり」

 ブルータスが魔物だってことはやっぱり報告しないとダメか。
 色々面倒くさそうなので嫌だったんだけど。

「で、誰に言えばいいですかね?出来るだけ穏便に済ませたいのですけど」
「うーん、ギルマスかな。あの人なら上手く処理すると思う」

 そういう訳で、ブルータスが魔物であることを知らせておこうと、ライザと共にブルータスを連れて冒険者ギルドのギルドマスターに会いに行った。

「エリシア、ギルマスいる?」
「いえ、用があって出掛けていますけど。何ですかライザさん、サボりですか?給料減らしますよ」
「サボりじゃないって。ギルマスにマジな話があったの」
「ふーん。一応、要件を伺っておきましょうか」
「あのさ、この子犬、魔物みたいなんだ。それもかなりやばいやつ」
「は?寝言は寝てから言ってください」

 あー、まあ、ブルータスが魔物ってことはすんなり信じてはくれないか。

「いや、マジなんだって。ほら、見てよこの魔力判定用紙の変化。俺より魔力量多いんだよ。かなりやばいやつだって」

 ライザはそう言って俺が抱き上げたブルータスの足に魔力判定用紙を当ててその色の変化をエリシアさんに見せた。

「そんな手の込んだ悪戯してまで注目されたいんですか?」
「悪戯なんてしてないから!マジで魔物なの!信じてよ!」
「あなたに信用出来る要素があるとでも?ああ、魔法の腕だけは信用していますよ。魔法の腕だけね。他のことに関しては一切信用出来ません」
「そんな・・・」

 ・・・ライザがここまで信用されてないとは予定外だった。
 曲がりなりにもギルドの職員だから話がスムーズに進むと思っていたんだけどな。
 魔力判定用紙を使った検査を目の前で行っても悪戯扱いされるのには憐れみすら感じる。
 まあ、こいつの日頃の行いが悪過ぎるからなんだろうけどさ。
 それはともかく、このままでは話が進まないので俺が代わりに話すとしよう。

「あの、ブルータスが魔物というのは元三級冒険者のリリーの見立てでもあるんです」
「え、そうなんですか?」
「はい。普通の子犬では到底不可能な行動も幾つか見られるので。それと、人間と意思の疎通が出来る高位の魔物だろうから、人間に危害を加えない限り共存出来るだろうともリリーは言ってました」
「そうなんですね。お利口さんだとは思っていたけど。分かりました。ギルドマスターには戻り次第伝えておきます」
「お願いします」

 リリーの名前を出して説明したお蔭か、すんなりと話は終わった。
 やはり元三級冒険者という肩書は伊達ではないな。

 ブルータスが魔法の講習を受けることについては問題視されなかった。
 魔物は人間が教えなくても魔法を使うからと。
 むしろ、ブルータスがどんな魔法を使えるのか報告してほしいと言われた。ブルータスがどんな魔物なのか判断する材料になるからと。

 要件を伝えた俺は、放心しているライザを引き摺って講習を行っていた部屋へと戻った。

「・・・えー、それでは講習の続きをしたいと思います」

 暗い。
 まあ、あれだけ信用出来ないと言われたら凹むのも当然か。
 ちゃんと講習を行えるのか心配になるな。

「さっきの魔力判定用紙で魔法を使えるだけの魔力は確認出来たので、今度はこれです。これは使える魔法属性を調べる道具で、ここに触ると使える属性の魔石が光ります」

 ライザが新しく取り出したのは使える魔法属性を調べる機械だった。
 これには九つの魔石が取り付けられていて、火、水、風、土、光、闇、無、治癒、神聖、の属性について使えるかどうかを判定することが出来た。

「えー、こんな感じです」

 ライザが機械の一部に触れると、火、水、風、無、治癒、の属性に対応した魔石が光った。

「もし、何も光らなかったとしても気落ちしないように。魔力がある以上何かしらの魔法は使えます。これは安物なので基本的な九つの属性しか調べられませんから。俺もこれには無い『雷』の魔法が使えます。自分が使える魔法属性を詳しく知りたかったら都会のギルドや教会に行って調べてもらってください」

 如何やら、田舎では詳しい検査は無理なようだ。当然と言えば当然だけど。
 まあ、それでも基本的なものは調べられるので早速調べよう。
 そうして、俺が使える魔法属性を調べようとしたところ、魔力量が一番だったことで調子に乗っているブルータスが割り込むように機械に触れた。
 だが、光った魔石は、風、無、の二つだけ。ライザの半分以下の結果にブルータスはしょげていた。

 すごすごと引き下がるブルータスと入れ替わり、今度は俺が機械に触れる。
 すると、九つの魔石全てに光が灯った。

「全属性持ちか。初めて見た」

 基本的な九つの属性が使える者は他の属性についても使えると言われている。
 俺は如何やら全属性の魔法が使えるようだ。
 全属性持ちは歴史上でも数人と呼ばれるくらい稀な存在なのでちょっと嬉しくなってくる。

「くーん」

 一位だった魔力量とは違い、使える魔法属性の数については最下位だったブルータスがうなだれていた。

「ふっ」

 魔力量では最下位だったからか、湧き上がってくる優越感が抑えられない。

「あー、優越感に浸ってるところ悪いけど、全属性持ちに限らず、多くの属性を持っていると器用貧乏になりがちだから注意した方がいいよ。あと、魔法の威力と手数は魔力量に比例するから使える属性の数だけ多くてもダメな時もあるし。使える属性が少なくて不利になることも多いけどさ」
「はい。気を付けます」
「きゃん!」

 ライザの言葉に頷く俺とブルータス。
 状況対応能力に勝る俺と、威力と手数に勝るブルータス。
 自分の特性を把握しないと戦いを有利に進めることは出来ないからな。

 この後、魔法を使う際の基本となる魔力の練り方などの練習をみっちりと行った。
 エリシアさんが言ったようにライザは教えるのが上手く、凄く分かり易かった。
 凹んでからはちょっと暗かったけどイラッとすることはないし、魔法の講習を受ける時には先ずライザを凹ませておくべきだと強く思ったよ。
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