不幸つき異世界生活

長岡伸馬

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「はあー、マジで凹む」

 まさか告白の途中でイリーナさんに逃げられるとは思わなかった。
 断られるなら分かるんだよ。その可能性もあると想定はしたし。
 だけど、告白中に逃走されるなんてどう想定すればいいんだよ。そんなことまで想定出来る程余裕を持って告白してないし。
 上手くいくことを願ってドキドキしながら、ありったけの覚悟で告白に臨んでいたんだよ。
 まあ、イリーナさんの態度から上手くいく可能性の方が高いんじゃないかなと期待はしてたけどさ。
 それだけに、かなり凹んでいますよ。ええ。
 ・・・。
 はあー、ここに突っ立っていてもしょうがないので取り敢えず宿に戻ろう。
 凹んで突っ立っている俺を訝しげに見ている人も出てきたし、イリーナさんとの間に何があったか勘繰られるより先にこの場を離れないとな。
 俺は重たい足を引き摺るように宿へと向かった。



「ただいま」
「おかえりなさい、レイジ君。ご飯食べる?」
「うん。食べるよ。・・・あの、イリーナさんは帰ってる?」

 宿に帰った俺は食堂へと向かいながら出迎えたリリーにイリーナさんが戻ってきたか聞いてみた。

「イリーナ?まだ帰ってないわよ」
「そっか」
「あら、何、何かあったの?」
「別に」
「いや、絶対何かあったでしょ。女の感は外れないのよ。さあ、言ってみなさいよ。色恋の話だっていうのは分かるんだから。相談にも乗ってあげるから話しなさいよ!」
「断る!」
「いいじゃない!教えなさいよ!減るもんじゃないでしょ!」
「いいや、減るね!SAN値は間違いなく激減するさ!」

 イリーナさんに告白中に逃げられた時のことを話すなんて冗談じゃない!普通に思い出すだけで正気を保てなくなるわ!
 それをオーガみたいなおばさん?に話すなんてありえないから!

「さんち?何それ?それよりも何があったか話しなさい。話してくれたら後で一発抜いてあげるから!溜まっているんでしょ?」
「全力で断る!!!話すだけでも激減するというのに、そんなことされたらSAN値なんて残らねえよ!!!ゼロだよ!!!マイナスだよ!!!おまけにHPまで激減するわ!!!」

 確かに、抜くのに適当な場所が無いから溜まっているけど、何が悲しくてオーガに喰われなきゃならんのだ!!!
 俺にはそんな自殺願望じみたものなど無い!!!
 大体、溜まっているのだってお前がいるから不安で部屋で抜けねえんだよ!!!

「はあー、レイジ君って強情よね。まあいいわ。ご飯を持って来てあげるからちょっと待ってなさい」

 リリーはそう言って厨房へと下がっていく。
 それにしても、何かやけにあっさり引き下がったような・・・。
 俺は椅子に腰掛けながら漠然とした不安を覚えた。

「お待たせ」
「・・・変な薬とか盛ってないよな?」

 リリーの手によって夕食が運ばれてくる。
 俺はさっきあっさり引き下がったリリーが気になってそう口にしていた。

「盛ってないわよ!盛っても効果ないじゃない!」
「・・・おい」
「あ、・・・。いやあね、冗談よ。ほほほほほ」

 これまでに何度かリリーが食事を運んできたことがあったけど、そのどれかで薬が盛られていたことがあったようだ。全く気付かなかったけど。
 本当にチートボディー様様だよ。どんな薬を盛られていたのか知らないけど、チートボディーじゃなかったらどんな目に遭っていたことか。マジで想像するのも恐ろしい。
 それにしても、やはりリリーは油断が出来ない。これからも最大限の注意を払おう。
 そう改めて心に刻みながら食事を口にしていく。
 結局、夕食を取る間もイリーナさんには会えず、その日は悶々としながら眠りについた。



「おはようございます」
「きゃん」
「おはようございます、レイジお兄ちゃん。ブルータスも」
「おはよう、レイジ君にブルータス」

 朝起きて食堂に行ってみるけどイリーナさんはいなかった。

「おはよー」
「おはようございます」

 あ、イリーナさんだ。
 これで話が出来ると思ったけどそうはいかなかった。
 これまでは、イリーナさんは外出している時を除けば俺の正面に座って色々話しながら食事をしていたのに、今朝は俺の横を通り過ぎて俺の背中側にある離れた席に着いたのだ。
 これは完全に避けられている。

「おはようございます。あれ?イリーナお姉ちゃんそんなところにすわるの?いつもはお兄ちゃんのまえにすわるのに」
「ああ、今はギルドからレイジを監視する仕事を請け負っているんだよ。だから、ここから監視するのさ」
「そうなんだ。お兄ちゃんなにかしたの?」
「女を侍らせて楽しんだ挙句、野郎どもと騒ぎを起こした」
「そうなんだ・・・」

 イリーナさんの言葉の後、サーシャちゃんから冷たい視線が飛んで来た。

「ちょっと、誤解を招くような言い方は止めてくださいよ!結果的に女の人を侍らせていたような感じにはなっていたかもだけど、あれはウェイトレスのお姉さんたちがブルータスに構いたくて俺の足止めをしていただけですからね」

 俺は女の人を侍らそうとなんかしていない。
 ブルータスに構いたいお姉さんたちが俺の足止めを図っただけなのだ。
 俺の意思であの状況を作り出した訳じゃない。

「そうだよな。それはそれは見事に足を止めていたよな。ウェイトレスたちにちやほやされて鼻の下伸ばしてただろ」
「いや、それは、その・・・、事実ですけど・・・」

 くっ、事実なだけに反論の余地が無い。
 仕方ないじゃないか。健全な男子なら綺麗なお姉さんたちにちやほやされたらそうなるって。

「その結果が野郎どもとの決闘騒ぎだろ。私の言葉通りじゃないか」
「・・・」

 確かにそうなんだけど、言葉のニュアンスが違うというか、物凄く否定したいんだけどうまい言葉が出てこない。
 決闘になったのだって絡まれた挙句に売られた喧嘩を買っただけなんだけど、その原因がウェイトレスのお姉さんたちにちやほやされていたからだと言われると反論出来ないし。
 ぬあああ、うまい言葉が出てこない!
 結局、朝食を食べてる間中イリーナさんとサーシャちゃんの冷たい視線は変わることはなかった。



 イリーナさんが宿を出てからずっと俺の後をついて来る。三メートル程の距離を置いて。完全に尾行状態だ。
 いや、まあ、イリーナさんがギルドから俺たちの監視をするように依頼されているから尾行されるのはいいのだけど、昨日と違う三メートル後方という距離がちょっと悲しい。

「あの、そうやって後を付けられると気になって仕方ないのですが」

 俺は後ろを振り返ってイリーナさんに声を掛けた。

「諦めろ。ギルドから監視するように言われているんだからな」
「それは分かってますけど・・・。そんなに離れなくてもいいんじゃないですか?」
「これは必要な距離だ」
「昨日は隣を歩いてくれていたのに」
「それはだな、・・・あれだ、監視する要領が分かってなかっただけだ」

 確かに、監視するなら横に並んで歩くより後をつける方が対象の行動をより把握出来るだろう。
 でも、一番の理由はそこじゃないと思う。

「要領が分かってなかったこともあるのでしょうが、他に理由があるんじゃないですか?昨日の夜、俺が告白している時に逃げ出しましたよね。それから俺のこと避けるようになりましたよね。それは何でですか?」
「いや、それは、その・・・」

 この際だから俺が告白している最中に逃げ出した理由を聞いておこう。

「俺のこと嫌なら嫌とはっきり言ってください。その方が諦めが付くので」
「嫌な訳じゃない・・・」
「だったら、何で逃げ出したんです?嫌じゃないなら最後まで聞いてほしかったです」
「それはだな、あのまま聞いていたらあいつらに対して公平じゃいられなくなるだろ」
「・・・あいつらって?公平って何ですか?」

 昨夜のことはただ単に俺がイリーナさんのことが好きだと告白しようとしただけ。他人がどうこうって話ではないはずだ。
 正直、他人が関わってくるのがちょっとイラッとする。
 まあ、振られる理由として誰々のことが好きだからというのならあると思うけど、それなら公平だ何だって話にはならないはずだ。

「お前と決闘する連中だよ。私はお前とあいつらを監視するようにギルドから依頼されているんだぞ。私はお前とあいつらの間で公平でいないとダメなんだ。だから、昨日のお前の話は最後まで聞いちゃいけなかったんだよ」
「え、聞いちゃいけないって何でです?決闘とは関係ないじゃないですか」
「関係あるだろ!あんなの最後まで聞いたら中立なんかじゃいられないだろ!」

 中立じゃいられないってことは敵か味方かの二択だけど、普通に考えれば好きだと言ってくる者を即座に敵とみなすことは少ないと思う。あの時点で俺の敵に回ろうとは考えないはずだ。
 そうなると、考えられるのは味方になることだけど、俺の告白を聞いて味方になってしまうってことは俺のことを好意的に見ているってことで、それって告白にはOKを出してくれるってことなんじゃ・・・。

「俺の味方をしそうだからってことですか?それって俺のことを好意的に見てくれて・・・」
「あー、もう、この話は無しだ!決闘が終わるまで絶対にするな!」

 イリーナさんは顔を真っ赤にしながら俺の話に割り込んでくる。
 如何やら、今はどうしてもこの話はしたくないようだ。

「決闘が終わればしてもいいんですか?」
「・・・私の仕事は決闘までだからな」
「分かりました。それじゃあ、決闘が終わったらイリーナさんに改めて聞いてもらいたいことがあります。時間を作ってもらえますか?」
「・・・分かった」

 耳まで真っ赤にしたイリーナさんがゆっくりと頷く。
 その姿だけで告白にOKしてもらった気になってくる。
 三メートル程後ろを尾行されていたのが隣を歩いてくれるように戻ったし。
 告白中にイリーナさんに逃げられてこれまで凹みまくっていたのが嘘のように気分が高揚していた。

 ただ、嬉しいことがあった反面、悪いこともあった。
 魔法の講習をイリーナさんと一緒に受けるって話は決闘が終わるまで無しになったのだ。
 講習を一緒に受けるのも公平じゃないよなって思い直してしまったらしい。
 だから、決闘が終わるまでは何も進展しないってことである。



 それから決闘の日までは狩りに時間を費やした。
 その間、『不幸解放』とは言ってない。もう二度とイリーナさんを巻き込みたくはないから。
 お蔭で不幸ゲージが溜まる溜まる。まあ、それでも不幸ゲージが満タンになることは無い。決闘当日から考えても数日分の余裕はある。
 ただ、決闘後にこの溜まった不幸ゲージを何処で処理すればいいのか悩ましい。フルとは言わなくても八割、九割にはなっているはずだから。
 人気の無い広い場所として俺が思い付くのはいつもの草原なんだけど、草原の中だけで『不幸解放』の効果が収まるか自信が持てない。あそこは街から結構近いから。
 ひょっとしたら街にまで影響があるんじゃないかと思ってしまうんだよ。
 かといって、俺に他に人気の無い広い場所の心当たりは無いし。
 うーん、決闘終わったら冒険者ギルドの人に聞いてみるかな。



 遂に決闘の当日になった。
 これでようやくこの煩わしい決闘騒ぎを終わらせることが出来る。
 俺は朝食を取ると手早く準備を終わらせた。

「レイジお兄ちゃん、がんばってね!わたしもあとでおうえんに行くから!」
「ありがとう。頑張るよ」

 俺は宿のサーシャちゃんたちに見送られていた。

「あたしもサーシャと一緒に応援に行くけど怪我しないようにね」
「大丈夫だって。体は頑丈だし、回復魔法だって使える。何も問題は無いさ」
「そう。別に大怪我して帰ってきてもいいのよ。あたしがしっかり看病してあげるから。勿論、下の世話もね」
「絶対怪我なんかしねえよ!!!」

 リリーに下の世話をされるなど恐怖以外の何ものでもない!
 チートボディーだからって気を抜かずに戦うさ!
 絶対に怪我なんかしねえよ!!!

 俺は改めて気を引き締めると決闘が行われる場所へと向かった。



 決闘の場所はギルドの訓練場だ。
 その関係者入り口の人気の少ない所で俺はイリーナさんに話し掛けた。

「イリーナさん、決闘が終わったら時間を貰えますか?」
「うん」

 俺の問いにイリーナさんが頬を赤らめながら頷く。
 男っぽい所があるイリーナさんが見せる女の子の顔に俺の鼓動は高鳴った。

 うおー、イリーナさん滅茶苦茶可愛い!!!

 イリーナさんの可愛さに決闘など放り出して二人で何処かに行きたくなってくる。
 俺はそんな気持ちを如何にか抑えながら訓練場へと足を踏み入れた。

「それじゃあ、行ってきます」
「ああ、行ってこい」

 俺はイリーナさんの声に背中を押されるように訓練場の奥へと進んでいった。

 それじゃあ、絡んできた連中をぶっ飛ばしに行きますか!
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