不幸つき異世界生活

長岡伸馬

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 決闘の会場は冒険者ギルドが所有する訓練場だ。
 魔法の練習をする為に来たことがあるのだが、ここには建物の中央に一辺の長さが五十メートル程の正方形の形の広場があり、その全周に階段状の観客席が十段設けられている。
 はっきり言って観客席の方が圧倒的に広い。当初から闘技場として作られているのは間違いないだろう。屋根があるのも観客席だけだし。
 まあ、訓練場では雨の日の戦い方などの訓練もするから広場には屋根が無い方が都合がいいこともあるのだろうけど。

 俺は冒険者ギルドの職員に案内されて控室へと入った。決闘の時間が来るまではここで待機となっているのだ。
 その間、俺はギルド職員に気になることを確認していく。
 ルールの再確認に、万が一矢や魔法などが観客席に向かってしまうとどうなるか。
 これについては、観客席に魔法障壁が張られる為気にする必要は無いと説明を受けた。
 あと、どこまでなら治癒魔法で治せるのか。気に入らない連中でも殺してしまうのは避けたいからね。
 これについては、今回はどんな重傷であっても死なせなきゃ治せるそうだ。優秀な治癒魔法師を待機させているから。
 ただし、一度に十人くらい瀕死の人間が出てしまうと対応出来ずに死人が出るそうだ。
 死人を出さない為には、瀕死にさせるのは一度に五人程度と思っておいた方がいいかな。

 そうやって色々確認していると決闘の時間がやってきた。
 俺は呼びに来た係員と共に広場へと続く通路へと向かう。

「さあ、遂にこの日がやってきました!最早言葉は必要無い。全ては互いの拳で語る!因縁溢れる両者の決闘の開幕だ!!!」
「「「うおおおおお!!!」」」
「この度の実況は私エリシアが務めさせていただきます。そして、解説は当ターズ冒険者ギルドのギルドマスターヨハンが務めます。皆様よろしくお願い致します」

 異様に盛り上がる会場の中、解説を務める受付嬢のエリシアさんがヨハンと共に頭を下げる。どうやら、魔道具で声を拡散させているようだ。会場に歓声が響き渡る中、大きな声を出している訳ではないのにエリシアさんの声はよく聞こえた。

「それでは、決闘を行う両者の入場です!」

 その言葉の後、俺は係員の誘導に従って通路から訓練場へと進み出る。
 そうすると、観客席から溢れんばかりの歓声が飛んで来た。
 いや、まあ、分かってはいたけど完全に見世物だよな。飛んで来る歓声に改めてそう思うよ。
 俺は剣闘士にでもなった気分で決闘の立会人が待つ中央へと進んでいった。

 立会人を挟んだ反対側からは初戦の決闘相手の十四人がやって来る。奴らは当然のように眼を飛ばして殺気を放ってきた。
 どいつもこいつもチンピラ感が半端ないな。
 日本にいた頃ならビビッていただろうけど、チートボディーとなった今は脅威を感じないのでビビることは無い。単純に鬱陶しいだけである。
 そんなことを思っている間に実況を担当するエリシアさんが俺たち決闘を行う者の紹介を行っていた。

「それでは、ここで両者のコメントを紹介致しましょう。先ずはレイジ選手のコメントから」
「ん?俺のコメント?」

 どういうことだ?俺はそんなもの出した覚えは無いんだけど。質問を受けたことも無いし。

「掛かって来い不細工共。お前ら雑魚が幾ら集まっても俺に傷を付けることなんか出来ねえよ。実力も無いのにでかい面するわ、風呂にも入らねえから臭いわ、お前らなんかただの害悪だよ!口も臭いんだから話し掛けてくるんじゃねえ!!!とのことです」
「ちょ、ちょっと、俺そんなこと一言も言ってないんだけど!」

 決闘相手が俺に傷を付けることは出来ないとは思っているけど、それ以外については全く思ってもいなかったことばかりだ。
 あ、害悪だとは思っていたな。イリーナさんとの恋路を邪魔するから。
 それにしても、俺のコメントとして発表されたことってエリシアさんを含めた受付嬢さんたちが思っていることなんじゃないの?物凄く実感が籠っているんですけど!

「ぶち殺す!!!」
「ただで死ねると思うなよ小僧!!!」
「絶対殺す!!!マジ殺す!!!何度でも殺してやる!!!」

 捏造される俺の発言に抗議するも、魔法も魔道具も使ってない俺の声は誰にも届くことなく掻き消された。対峙する男たちの怒声によって。
 それは、次の対戦相手がいる向こう側の入場口からも聞こえてくる。

「だから、俺はそんなこと言ってないんだって!!!」

 俺は再び訂正を試みるが、殺す殺す言ってる奴らに俺の声は一切届かない。まあ、聞こえたところで一緒な気もするけど。
 ああ、もう、訂正するのは諦めた。どうせこいつらをぶっ飛ばさないとダメなのには変わりないのだ。だったら、取り敢えずこいつらをぶちのめす!
 ギルドには後でしっかりと抗議するけどな!!!

「対する十四人の選手のコメントは『潰す』とか『殺す』とかだけなので端折らせてもらいます。語彙が貧弱で知性を感じませんね。人間辞めるつもりなんでしょうか?これなら十四人じゃなくて十四匹でいいでしょう。人間じゃなくて猿です!エテ公です!」

 ちょっと、エリシアさん、もう完全にディスってますよね!最早、俺のコメントだって誤魔化す気すら無いですよね!
 まさか、こんな形で人気受付嬢の闇に触れるとは・・・。
 エリシアさんの発言にドン引きである。
 その所為か、俺のコメントを捏造したギルドへの怒りも萎えてきていた。

 それにしても、何でこいつらはエリシアさんの言葉に反応しないんだ?おーい、君たちディスられてますよ。猿だって馬鹿にされてますよ。

「「「殺す!殺す!殺す!!!」」」

 ああ、俺のことをぶちのめすことしか頭に無くてそれ以外のことに反応出来ていないのか。
 それともあれか、都合の悪いことは耳に入ってこないとかいうやつなのだろうか?
 何にせよ、状況を理解せずにぎゃあぎゃあ喚くだけのこいつらに知性は感じない。
 はあ、俺もこいつらが猿に思えてきたよ。

 ディスられているのにも気付かない目の前の男たちを見下してしまうのは仕方ないだろう。
 だけど、彼らを侮ってはいけない。
 俺に傷を付けることは出来なくても、装備品をダメにするくらいは出来るのだから。
 そうなると完全に赤字である。
 何しろ、この決闘で勝ったからといって得られる報酬など無いのだから。
 剣闘士みたいな扱いを受けているけど今から俺たちがやるのはただの喧嘩だ。騒ぎを起こして牢屋に入れられるのを防ぐ為に決闘という形を取っただけの。
 だから、当然ファイトマネーなんて存在しないし、勝利しても賞金なんて出やしない。勝てば相手から慰謝料を取れるなんて取り決めもしてなかったので一切お金が入ってこないのだ。
 ああ、せめて装備品が破損した際の修理代を相手に払わせられるような取り決めをしておけばよかった。それなら気兼ねなく戦えたのに。
 はあー、理性を無くすほど頭に血が上ってはダメってことだな。
 エリシアさんの闇に触れて多少冷静になれた俺は改めてそう思ったよ。

 そんなことを思っていた間に決闘の時間が来たようだ。立会人がルールの最終確認をしてくる。
 まあ、頭に血が上っている決闘相手は全く聞いてないけどな。

「以上だ。双方異存は無いな?」

 立会人が今回の決闘における全てのルールを伝え終え、俺と決闘相手に異存が無いか聞いてくる。
 俺はそれにしっかりと頷く。
 相手の方はこちらに眼を飛ばしてくるだけで立会人の言葉に反応してないけど、異存を申し立てなければ立会人が伝えたルールでの決闘に承諾したという扱いなので何も問題は無い。

「よろしい。それでは、始め!」
「うおおおお!!!」
「くたばれー!!!」
「死にさらせや!!!」

 立会人の合図の直後、十四人の男たちが叫びながら一斉に仕掛けてきた。
 剣やナイフを持つ者十人が横並びに壁のようになって迫って来る中、弓や魔法を使う者たちが放った矢や魔法が一足先に飛んで来る。
 俺は矢を盾で防ぎつつ、魔法をマジックキャンセルで打ち消した。
 そうやって矢と魔法への対処を終えた時には、壁となった男たちが目の前に迫っていた。

「「「うおおおお!!!」」」

 元々十メートル程しか離れていなかった。すぐ目の前に迫られることは分かりきっていたことだ。
 俺は冷静に彼らの走り抜ける先の地面を魔法で陥没させた。
 一番距離の近い男が足を地面に着くタイミングで五十センチの幅を深さ三十センチ、横に五メートルに亘って陥没させると、コントかって言うくらい綺麗に男たちが一斉に倒れ込んでいく。
 俺は倒れ込む目の前の男の顎を膝蹴りで蹴り上げると、その足で隣のもう一人の顔をローキックで蹴り飛ばした。
 先ずは二人。
 そうやってクリアになった視界から矢と魔法の第二射がやって来る。
 それを躱すと、近場の者が起き上がるタイミングで蹴りを入れて更に二人を戦闘不能へと追いやった。

「無様ですねえ。あっという間に四人もやられて。十人が同時に転倒した時には喜劇でもやっているのかと思いましたよ」
「面白かったですよね。十人がいっぺんにこけるとこ。私も思わず笑ってしまいました」

 解説陣も酷い言いようである。
 まあ、面白かったのは確かだけど。観客席からも笑い声は聞こえたし。

「「「殺す!殺す!殺す!!!」」」

 こいつらには聞こえて無さそうだけど。
 まあ、笑われていることに反応している暇など無いか。俺が無傷なのに対し、十四人いた仲間の内の四人が一瞬で戦闘不能になってしまったんだから。
 俺の方も笑っている暇など無いけどね。四人減らしたとは言え、まだ十人が健在だ。
 さっきの地面を陥没させる魔法も初見だからこそ通用したようなものだし。
 最初に突っ込んで来た時と違って今ではじりじりと距離を詰めるようになったので同じことをしてもバランスを崩すのが精々だろう。
 ゴブリンたちを殺しまくった様に魔法を打ち込めばいいのだろうけど、殺しかねない魔法を人に打ち込むには抵抗がある。
 それに、後二戦控えているのだ。手の内をすべて見せるようなことはしたくない。
 そう言う訳で俺は魔法を補助的に使いながら物理で攻撃するスタイルを貫いていた。

「おりゃあ!」
「うらっ!」

 飛んで来る矢や魔法を躱すとすぐに近接攻撃がやって来る。
 四人を戦闘不能に追い込んでから決闘相手の連携が上がったように感じる。
 無暗に突っ込んでくることも無くなったし、隙の大きな大振りの攻撃ではなく堅実で連携を重視した手数で押してくる攻撃に変わっていた。
 まあ、だからといって対処が難しくなったって程でもないけど。多少連携が良くなったとは言え、今回の決闘の為に急遽一緒になったって感じでまだぎくしゃくしている部分があるから。
 例えば、矢や魔法などの遠距離攻撃は近接攻撃組が離れて視界が大きく開かれる時しかやって来ないとかね。
 同士討ちにならないようにってことだろうけど、遠距離攻撃のタイミングがはっきり分かるので対処がし易いのだ。

「なっ、てめえ!」

 俺は目の前のナイフを持った男が横に飛んだのに合わせて横に飛ぶ。
 これだけで遠距離攻撃組は矢や魔法を外したり放つタイミングを逃したりしている。
 そして、俺が付いて来るとは思わなかったのか一瞬動きが止まった男が目の前に。俺はそいつに対して思いっ切りメイスを振り抜いた。
 勿論、頭部は狙わない。殺しかねないから。ゴブリンを屠る時みたいに頭部爆ぜさせたら観客にドン引きされそうだし。
 サーシャちゃんも見に来るのにそんなものは見せられません。

 ボグシャ!

 俺の振るったメイスが男の腕をへし折り、あばらすらへし折って胃にまで達しようとしていた。
 やばっ!これ全力でやったらダメなパターンだ。
 白目をむいて飛んでいった男は地面に落ちた後、ピクピクしながら泡を吹いていた。

「強烈ー!レイジ選手の一撃で体の形が変わっているー!これは完全に骨が折れてますね」
「ええ。腕とあばらもいってるでしょう。どうせなら頭をかち割ってほしかったですね」
「いやいや、ダメでしょ。死んじゃいますよ、それ」
「馬鹿は死ななきゃ治らないでしょ。一度死んでみればいいんです」
「ギルマスそれってかなりの問題発言なんですけど・・・」

 本当にな。一度死ねって問題発言過ぎるだろ。
 俺はもう一度白目をむいて倒れている男の方を見る。
 重傷だけど一応生きているな。立会人が状況を確認して回復役の人を呼んでいるようだし死にはしないだろ、多分。
 それはともかく、これからは素手で相手をしよう。流石にあの状態にしてしまうのはやり過ぎだと思うし。
 俺は右手に持っていたメイスをそっと腰のベルトに引っ掛けた。
 その後、俺はナイフ男の惨状に気を取られたままの長剣を持った男の懐に飛び込んだ。
 俺の動きに慌てて長剣を振る男だけど遅いよね。既に長剣の間合いじゃない。
 俺は左手に持った盾で男の腕を跳ね上げると腹に拳を叩き込む。

「ぐほっ」
「っ!」

 突きを食らった男が吹っ飛んで、入れ替わりで攻撃しようとしていた男とぶつかった。
 ぶつかられた男は攻撃のタイミングを失うと共に大きく体勢を崩す。
 俺はその隙を逃さずに男の顎に掌底を食らわせた。
 これで戦闘不能は七人。あと半分だ。
 相手には回復魔法の使い手はいないようだから時間を掛け過ぎなければこのまま押し切れると思う。
 それにしても、さっきのは使えるな。吹き飛ばす方向を考えれば倒した相手だけでなく、倒した相手をぶつけた相手も一瞬だが同時に戦闘不能に出来る。積極的に狙っていくか。
 そう思った俺は目の前の男の胸倉を掴むとその顔面に頭突きを食らわせる。
 そして、気絶したその男を盾にして遠距離攻撃組へと突っ込んだ。遠距離攻撃組はまだ一人も減らせてないからね。
 そうやって気絶した男を盾に突っ込んで行けば矢も魔法も飛んで来ない。
 盾になっている男に当てずに俺に攻撃を当てるだけの技量が無いのか、盾になっている男ごと俺を攻撃する冷徹さが無いのか、どちらにしても何もしないのは悪手以外の何ものでもないよ。
 俺は壁際で何も出来ずにうろたえている魔法使いに盾にしている男ごとぶつかった。

「ごはっ」

 壁と盾にしている男に挟まれた魔法使いがその一撃で気絶する。
 初めてのシールドバッシュは上手くいったようだ。使っていた盾は肉の盾だけどな。
 うん、これからこの技を肉盾バッシュと呼ぶことにしよう。この決闘で多用することは間違いないし。

「おおーっとレイジ選手人で人を押し潰した!人を持ち上げて走り抜けるその腕力、その脚力、どちらも強力だー!」
「レイジ選手はその身体能力もさることながら多数相手に上手く立ち回っていますね。まあ、相手の連携がお粗末なのもありますけど」
「急造チームですからね。連携なんて期待出来ないですよ。知能も低いようですし」
「そうですね。残りも五人しかいないし、レイジ選手一人に一方的にやられて終わりでしょう」

 止めてあげて。解説と言う名のディスりは止めてあげて。
 相変わらず解説陣の決闘相手への暴言は酷いものだ。彼らに対して物凄く鬱憤が溜まってはいるんだろうけどさ。
 俺はそんなことを考えながらも盾にしていた男を手放して素早くその場を離れていた。
 流石に男を持ったままだと複数の攻撃を捌くのは難しくなるし、どうせ肉の盾は新たに補充出来るので一人に拘る必要は無いからね。
 俺は飛んで来る矢と魔法を躱しながら弓矢を持った男へと近付く。

「近付くんじゃねえよ!」

 弓矢持ち男は俺が接近するのを嫌がってか矢を連射してくるけど狙いが雑だから躱すまでもなく外れていく。逃げ腰で射ているから余計にね。
 他の四人も俺が弓矢持ち男に接近するのを阻止しようとしてるけど、やはり連携が悪い。今も近接攻撃組の二人が魔法使いたちの射線を遮ってしまっている。
 おまけに数が減っているので手数が少ない。それでは俺を止めるなんて出来ないよ。

「ぐへっ」

 弓矢持ち男に腹パン一発。
 その後、倒れ込む弓矢持ち男の腕と背中を掴んで接近していた近接攻撃組へと放り投げた。

 ストライク。

 投げ飛ばした弓矢持ち男と近接攻撃組二人がぶつかって倒れ込む。
 そこに突っ込んで起き上がろうとしていた近接攻撃組を蹴って踏み付けて戦闘不能に追い込んだ。

 残りは魔法使い二人。
 盾役無しには戦えない二人だ。
 それぞれ駆け寄って腹パンと顔面殴っておしまいだった。

「フィニッーシュ!!!この決闘レイジ選手の勝利です!!!」
「「「うおおおおお!!!」」」

 最後の一人が倒れた瞬間、エリシアさんが俺の勝利を告げる。
 すると、訓練場が観客の歓声で包まれた。

 うおおおおお、この歓声何だかぞくぞくする。

 俺の勝利で起こった歓声に鳥肌が立ってくる。
 歓声に応えるようにように手を上げると更に歓声が起こるんだよ。これマジでやみつきになりそう。
 剣闘士もいいかなって一瞬本気で思った。
 まあ、それは追々考えるとして、あと二回は体験させてもらおうかな。
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