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雨冷え【10月番外編】
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「み、みぃ……」
ちびちゃんの目の前に着地したぼくは、ちょうど彼(彼女?)とばっちり目が合わせることができました。大きなおめ目が心配そうに潤んでいます。半泣きのご主人さまにそっくりです。
すん、と鼻先をこちらに近づけてきました。ふわふわのおひげがくすぐったいです。すんすん、すんすん。何度か臭いを嗅がれたあと、ゆっくりと前足が伸びてきます。
「ちびちゃ……そのまま……しらたきにぎゅーして……」
後ろのほうからご主人さまの声が聞こえました。まるで祈るかのように何度もちびちゃんの名前を呼んでいます。
それに答えるかのようにちびちゃんはそろりと前足でぼくに触れて。
「みゃーん、にゃご」
ついに! ぼくをぎゅーっとしてくれました! 小さな体で思い切り抱きついてきます。これでもう大丈夫。あとはみんなで下に降りるだけです。
やりましたね! ご主人さま!
「ひもを、ひっかけて、んしょ、それで、ゆっくりゆっくり……」
ご主人さまは、最初にぼくたちを下に降ろそうとしているようです。ぼくの右手に結ばれた紐を木の枝にひっかけて、そのままゆっくりと下に降ろすつもりなんでしょう。
これならちびちゃんも怖くないし、ぼくに掴まっている間は安全です。紐は十分な長さがあるので地面まで届くでしょう。さすがです、ご主人さま!
それにしても、どうやってこんな方法を思いついたのでしょう。静かに降ろされながら考えていると、ふとお昼すぎのことを思い出しました。そうです、柿を干す時に似ているのです。紐の片方に柿を結びつけて、釘にひっかけてからもう反対側に柿をつけていました。
片方に重たいものがついていたら下に落ちていきます。なので、反対側をしっかり握って速さを調節すればゆっくりと降ろすことが出来るのです! すごいです、ご主人さま!
「もうすぐ、もうすぐ……ぴゃっ!?」
もう地面は目の前、というところで、上の方からご主人さまの悲鳴が聞こえてきました。一体どうしたんでしょう。なんだか木の枝がミシミシ鳴る音も聞こえてきます。葉っぱがたくさん降ってきました。
ああ、なんだか嫌な予感がします……!
「みゃあああ! えだ、折れる……!」
なんということでしょう! ご主人さまが座っていた木の枝がほとんど折れかけているではありませんか! 小さなちびちゃんの体重ですらミシミシ鳴っていたのです。ご主人さまが座って、しかもぼくたちを下に降ろすためにいろいろと動いていたから限界が来てしまったのでしょう。
あわわわわ、困りました、どうしたらいいんでしょう……!
「み、みぇ、みえええ……」
枝にしがみついたまま身動きのとれなくなってしまったご主人さまが、泣き声をあげました。とても怖くて不安なのでしょう。それでもぼくに繋がっている紐は決して放さず、地面まで降ろしてくださいました。
ぼくをぎゅーっとしたままのちびちゃんも心配そうに上を見ています。
「ううー……りょーたぁ……りょーたぁー……! みえええええ……!」
ぐじゅぐじゅ鼻水を啜りながら、りょうたさんの名前を呼んでいます。でもここは山の奥深く。ぼくたちのお家はずっと遠くにあります。さかぐちさんだって気づかないでしょう。
もしかしたら約束の時間になっても帰ってこないご主人さまを心配して探しに来てくれるかもしれません。でも、それまであの細い枝が折れずにいられるかどうか……。
「りょーたぁ……たすけてぇ……みぇ……」
本当は泣きたいはずなのに、必死になって涙を堪えています。雨が降るとますます見つけにくくなると分かっているからでしょう。おめ目からもお空からも、まだ何も降ってはきません。
神様仏様龍神様、どうかご主人さまをお守りください……!
「おみー! どこだ!」
「りょーた!?」
ぼくの祈りが届いたのでしょうか、遠くからりょうたさんの声が聞こえてきました。ご主人さまと同じ、深緑の着物が遠くに見えます。
「りょーたぁ、ここだよー……!」
着物が乱れるのも構わず、りょうたさんは全力で走ってきます。ぼくたちに気づいたのか安全な場所に移してくれました。
それから木の上で怯えているご主人さまに声をかけました。
「おみ、飛び降りろ!」
「む、むり、こわいぃ!」
「俺を信じろ! 絶対、受け止めるから!」
「んむー……!」
木の上で何度かご主人さまが震えました。そのあと、ふわりと体が木からはなれていきます。落ちてくるご主人さまを、りょうたさんはそっと抱きとめました。
「ほら、大丈夫だったろ?」
「う、うん、うぇ、みえぇぇえ……!」
「よしよし。もう大丈夫だからな」
りょうたさんに会えて安心したのか、それまでの我慢が限界に達したのか、今度こそ声をあげて泣き始めました。お空が急に雲って雨が振り始めます。
それでもりょうたさんは、ぼくたちが濡れないように羽織をかけてくれて、そのままご主人さまを抱っこし続けていました。決して「もう泣くな」とは言わず、優しく頭を撫でてあげていました。
結局、さかぐちさんのお家に帰りつくまでご主人さまはりょうたさんに抱きついて泣き続けていました。最後は泣き疲れて眠ってしまい、ほっぺには涙のあとも残っています。
今日は大活躍でしたね、ご主人さま! 晩ご飯までゆっくり眠ってくださいね。
ちびちゃんの目の前に着地したぼくは、ちょうど彼(彼女?)とばっちり目が合わせることができました。大きなおめ目が心配そうに潤んでいます。半泣きのご主人さまにそっくりです。
すん、と鼻先をこちらに近づけてきました。ふわふわのおひげがくすぐったいです。すんすん、すんすん。何度か臭いを嗅がれたあと、ゆっくりと前足が伸びてきます。
「ちびちゃ……そのまま……しらたきにぎゅーして……」
後ろのほうからご主人さまの声が聞こえました。まるで祈るかのように何度もちびちゃんの名前を呼んでいます。
それに答えるかのようにちびちゃんはそろりと前足でぼくに触れて。
「みゃーん、にゃご」
ついに! ぼくをぎゅーっとしてくれました! 小さな体で思い切り抱きついてきます。これでもう大丈夫。あとはみんなで下に降りるだけです。
やりましたね! ご主人さま!
「ひもを、ひっかけて、んしょ、それで、ゆっくりゆっくり……」
ご主人さまは、最初にぼくたちを下に降ろそうとしているようです。ぼくの右手に結ばれた紐を木の枝にひっかけて、そのままゆっくりと下に降ろすつもりなんでしょう。
これならちびちゃんも怖くないし、ぼくに掴まっている間は安全です。紐は十分な長さがあるので地面まで届くでしょう。さすがです、ご主人さま!
それにしても、どうやってこんな方法を思いついたのでしょう。静かに降ろされながら考えていると、ふとお昼すぎのことを思い出しました。そうです、柿を干す時に似ているのです。紐の片方に柿を結びつけて、釘にひっかけてからもう反対側に柿をつけていました。
片方に重たいものがついていたら下に落ちていきます。なので、反対側をしっかり握って速さを調節すればゆっくりと降ろすことが出来るのです! すごいです、ご主人さま!
「もうすぐ、もうすぐ……ぴゃっ!?」
もう地面は目の前、というところで、上の方からご主人さまの悲鳴が聞こえてきました。一体どうしたんでしょう。なんだか木の枝がミシミシ鳴る音も聞こえてきます。葉っぱがたくさん降ってきました。
ああ、なんだか嫌な予感がします……!
「みゃあああ! えだ、折れる……!」
なんということでしょう! ご主人さまが座っていた木の枝がほとんど折れかけているではありませんか! 小さなちびちゃんの体重ですらミシミシ鳴っていたのです。ご主人さまが座って、しかもぼくたちを下に降ろすためにいろいろと動いていたから限界が来てしまったのでしょう。
あわわわわ、困りました、どうしたらいいんでしょう……!
「み、みぇ、みえええ……」
枝にしがみついたまま身動きのとれなくなってしまったご主人さまが、泣き声をあげました。とても怖くて不安なのでしょう。それでもぼくに繋がっている紐は決して放さず、地面まで降ろしてくださいました。
ぼくをぎゅーっとしたままのちびちゃんも心配そうに上を見ています。
「ううー……りょーたぁ……りょーたぁー……! みえええええ……!」
ぐじゅぐじゅ鼻水を啜りながら、りょうたさんの名前を呼んでいます。でもここは山の奥深く。ぼくたちのお家はずっと遠くにあります。さかぐちさんだって気づかないでしょう。
もしかしたら約束の時間になっても帰ってこないご主人さまを心配して探しに来てくれるかもしれません。でも、それまであの細い枝が折れずにいられるかどうか……。
「りょーたぁ……たすけてぇ……みぇ……」
本当は泣きたいはずなのに、必死になって涙を堪えています。雨が降るとますます見つけにくくなると分かっているからでしょう。おめ目からもお空からも、まだ何も降ってはきません。
神様仏様龍神様、どうかご主人さまをお守りください……!
「おみー! どこだ!」
「りょーた!?」
ぼくの祈りが届いたのでしょうか、遠くからりょうたさんの声が聞こえてきました。ご主人さまと同じ、深緑の着物が遠くに見えます。
「りょーたぁ、ここだよー……!」
着物が乱れるのも構わず、りょうたさんは全力で走ってきます。ぼくたちに気づいたのか安全な場所に移してくれました。
それから木の上で怯えているご主人さまに声をかけました。
「おみ、飛び降りろ!」
「む、むり、こわいぃ!」
「俺を信じろ! 絶対、受け止めるから!」
「んむー……!」
木の上で何度かご主人さまが震えました。そのあと、ふわりと体が木からはなれていきます。落ちてくるご主人さまを、りょうたさんはそっと抱きとめました。
「ほら、大丈夫だったろ?」
「う、うん、うぇ、みえぇぇえ……!」
「よしよし。もう大丈夫だからな」
りょうたさんに会えて安心したのか、それまでの我慢が限界に達したのか、今度こそ声をあげて泣き始めました。お空が急に雲って雨が振り始めます。
それでもりょうたさんは、ぼくたちが濡れないように羽織をかけてくれて、そのままご主人さまを抱っこし続けていました。決して「もう泣くな」とは言わず、優しく頭を撫でてあげていました。
結局、さかぐちさんのお家に帰りつくまでご主人さまはりょうたさんに抱きついて泣き続けていました。最後は泣き疲れて眠ってしまい、ほっぺには涙のあとも残っています。
今日は大活躍でしたね、ご主人さま! 晩ご飯までゆっくり眠ってくださいね。
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