泣き虫龍神様

一花みえる

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山茶花時雨 【12月短編】

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「よーう、坊……って、なんだこりゃ」
「いやぁ、いろいろありまして……」
    久しぶりに店へとやってきた坂口さんが、俺の膝にうずくまる銀色の毛玉を見て驚いた。そりゃそうだ。べったりと腰にしがみついて離れようとしないんだから。
    ふりふり、尻尾で挨拶をしている。さすがに失礼すぎるだろ。
「頼まれてた本、持ってきたぞ。ついでにうちの畑で採れた大根も」
「ありがとうございます、助かります」
「で?    おみ坊はどうしたってんだ」
    いつもなら坂口さんが来たら「さかぐちー!」と飛びつくというのに。今日は俺から少しも離れようとしない。腹の辺りでうにゃうにゃ言うだけだ。
    少しだけくすぐったい。
「出雲から帰ってきて、ずっとこうなんです」
「なるほどねぇ。ま、しょうがないといえばそうか」
「そうなんですかねぇ」
    諸々の反動だとは聞いていたし、それでおみが落ち着くならいくらでも相手をする。俺自身は別段困ってもいないから問題ないが。
    傍から見ると、ただの赤ちゃん返りに見えなくもない。
「おみ坊は、もうずっと甘えてなかったからな」
「ずっと?」
「室生の坊が来るまではな。泣いちゃ叱られ、愚図ったら怒鳴られ……こんなチビに無理を言っていた」
    それは、もしかしなくとも俺の本家筋のことだ。祖父がいなくなり、他に誰が面倒をみれるのかと議論になったらしい。祖父も俺と同じで気象病を患っていた。しかし、そう何人も都合よく居るわけではない。
    しかも俺の父は長男で、そんな大切な血筋を山奥に行かせることは出来なかったそうだ。そこで選ばれたのが「室生家全員で面倒をみる」ことだった。
「おみ……お前、そんなことがあったのか」
「んにゅ……」
「俺も織田も、その時はちぃっとバタバタしててな。あんまり傍に居てやれなかった。悪かったと思ってるよ」
    そう言って、坂口さんがおみの頭をぽんと撫でる。甘えるように、少しだけ自分から頭を近づけていた。
    おみは元々泣き虫だ。おまけにまだ幼く、甘えたがりでもある。そんな時期に厳しいしつけをされていたとしたら。
「大変だったな。出雲では」
「がんばったよ、おみ」
「うん。泣かなかったもんな」
「……泣けないの。おっきくなると。涙が出ない」
    人間だってそうだ。大人になると無意識のうちに泣くことを我慢する。感情をコントロールして、ショックを受けても「何事もないです」という顔をしなくてはいけない。
    おみにとって、出雲での日々はそれと同じだったのだろう。
「今は好きなだけ甘えさせてやれ。おみ坊が心から甘えられるのはお前さんだけなんだ」
「もちろん。いくらでも甘やかしますよ」
「頼もしいねぇ」
    室生の本家がおみにしたことは、詳しく知らされていない。知らなくていいと言われた。でも、きっとおみにとってはひどく辛い出来事だったんだろう。
    今は少しでも、この幼さに相応しい無邪気さと快活さを取り戻して欲しい。そのために出来ることがあるのなら、俺はなんだってしよう。
「おみ、坂口さん帰るってさ」
「……さかぐち、またね」
「おう。じゃあな」
    いつもと変わらない、気さくな声で坂口さんは店を後にした。残された俺とおみは、またくっついて時を過ごす。
    この静かで穏やかな時間が、今はどこか切なかった。
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