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3章
3-6
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ノア様の後ろについて、ひたすらポルテベラの街中を走り回る。宿屋から港まではそう遠くはない。夜の匂いに混じって、潮風特有の香りが強くなってきた。ノア様が言っていた赤煉瓦の倉庫までもう少しだ。
夜になったからか、港はかなり人が減っていた。灯台の明かりが真っ黒な海に灯っている。ベルリアンでは決して見ることのできない光景に、思わず目が引き寄せられる。しかし今は観光している場合ではない。早く子供達を見つけて、保護しなくては。
「ろ、ロード・キャンベル……! こんなにたくさん倉庫があったら一体どこから探せばいいかわかりませんよ!」
見知らぬ土地、おまけに明かりのない暗闇で怯えているのか、レオが震える声でそう問いかける。確かに普段は農民として暮らしているレオたちにとって、暗闇は恐ろしいものだろう。だが、明かりを灯して目立つこともできるだけ避けたい。
ノア様は「大丈夫だよ」と声をかけたまま、ひたすら倉庫の間を走り抜けていた。そのまま、迷うこともなく一つの倉庫にたどり着く。灯台から離れていて、人通りが少ない場所にポツンと存在しているその倉庫は、恐ろしいくらいに静まり返っていた。
耳を澄ませてみても波の打ち寄せる音しか聞こえてこない。煉瓦造りは音を吸収しやすいため、中で声を出しても外にはあまり漏れてこない。そう考えると、やはり倉庫に子供が隠されているのは自然なことかもしれない。
「ここ、ですか」
「僕の記憶が正しければ、この倉庫だね」
果たしてそれはどんな記憶なんだろう。ノア様は今まで一度もポルテベラを訪れたことがない。ヘンリー伯爵に言われて一緒に行こうと言われていたが、面倒くさがって拒否していたのだ。
そもそも、子供が拐われるという事態が過去にもあったとは考えにくい。以前なら疑っていたが、今はもう気にしないことにしている。そうでもしないと考えることが多すぎて、頭がおかしくなってしまいそうになる。それに、ノア様の言葉には不思議な説得力があった。先の戦さでもそうだ。どう考えても圧倒的不利な状況を、ノア様の言葉が救ってくれたのだ。だから今回も、と、そう期待してしまう。
俺はもしかしたら、すでにノア様のことを信じているのだろうか。
なんてことを考えていると、もう俺以外の全員が倉庫の扉を開けようとしていた。一人取り残されていることに気づき、慌てて後を追いかける。懐に隠している短剣を、すぐに取り出せるよう腰元に差し替える。ようやくみんなに追いついた時、もうレオが扉を開けていた。
ぎい、と金属の扉が重たい音を立てて開いていく。
そうして、その中には。
「誰も……いない……?」
「そんな、どうして!?」
真っ暗な倉庫の中には古い麻袋が転がっているだけで、子供の姿は見当たらなかった。なんでだ、ノア様の言葉通りならここに連れて行かれた子供達がいるはずなのに。今までどんなことも正確に言い当てていたはずなのに。どうして、こんな大切な時に限ってそれが外れるんだ。
明かりのない暗闇の中で、ノア様が呆然と立ち尽くしている。ノア様の言葉だけが頼りだった俺たち護衛も、どうすればいいか分からずにその場から動くことができないでいた。じわじわと、胸の中で何かにヒビが入っていくような気がした。指先がひんやりと冷たくなっていく。
それまで信じていたものが一瞬で消えていくような。
やっぱりダメだったか、と打ちのめされるような。
ああ、これは。
絶望というものだ。
「ごめん、みんな……確かにここだったはずなんだ」
「似たような倉庫は他にもあります! ロード、もっと探してみましょう!」
「そうだね、レオ。ありがとう」
見るからに落ち込んでいるノア様に、レオが明るい言葉をかける。しかしそれさえも傷に塩を塗るようなもので、ノア様の表情はますます暗くなっていく。本来なら俺が真っ先に励まさなければいけないのだろう。しかし、伯爵様からの密命がある以上、必要以上に関わることもできない。
俺は見定めなければいけないのだ。ノア様を、本当に信じていいかどうか。今までは内心どこかで信じていいかもしれないと思っていた。だが、誰もいない倉庫を見た瞬間に疑問が浮かんできた。
心から信じるにはまだ早いかもしれない。
「ノア様、他の倉庫を見て回りましょう。こうしている間にも修道院に連れて行かれるかもしれない」
「そう、だね。ジョシュア……ごめん」
「謝らないでください。さあ、行きましょう」
とはいえ、子供たちのことも心配だ。ここで見つけられなければポルテベラとの同盟も破談になる。そうなると、ベルリアンの将来も危うくなってしまうのだ。ノア様のことも大切だが、ベルリアンのことも考えないといけない。
意気消沈しているノア様の背中を支えながら、他の倉庫を見て回ること一時間が経った。場所は違っていたがノア様の考えはおそらく間違っていないだろう。子供達はこの倉庫群のどこかにいるはずだ。そう考えて、人気の少ない場所を中心に探していく。だが、子供達は影も形も見当たらなかった。
夜になったからか、港はかなり人が減っていた。灯台の明かりが真っ黒な海に灯っている。ベルリアンでは決して見ることのできない光景に、思わず目が引き寄せられる。しかし今は観光している場合ではない。早く子供達を見つけて、保護しなくては。
「ろ、ロード・キャンベル……! こんなにたくさん倉庫があったら一体どこから探せばいいかわかりませんよ!」
見知らぬ土地、おまけに明かりのない暗闇で怯えているのか、レオが震える声でそう問いかける。確かに普段は農民として暮らしているレオたちにとって、暗闇は恐ろしいものだろう。だが、明かりを灯して目立つこともできるだけ避けたい。
ノア様は「大丈夫だよ」と声をかけたまま、ひたすら倉庫の間を走り抜けていた。そのまま、迷うこともなく一つの倉庫にたどり着く。灯台から離れていて、人通りが少ない場所にポツンと存在しているその倉庫は、恐ろしいくらいに静まり返っていた。
耳を澄ませてみても波の打ち寄せる音しか聞こえてこない。煉瓦造りは音を吸収しやすいため、中で声を出しても外にはあまり漏れてこない。そう考えると、やはり倉庫に子供が隠されているのは自然なことかもしれない。
「ここ、ですか」
「僕の記憶が正しければ、この倉庫だね」
果たしてそれはどんな記憶なんだろう。ノア様は今まで一度もポルテベラを訪れたことがない。ヘンリー伯爵に言われて一緒に行こうと言われていたが、面倒くさがって拒否していたのだ。
そもそも、子供が拐われるという事態が過去にもあったとは考えにくい。以前なら疑っていたが、今はもう気にしないことにしている。そうでもしないと考えることが多すぎて、頭がおかしくなってしまいそうになる。それに、ノア様の言葉には不思議な説得力があった。先の戦さでもそうだ。どう考えても圧倒的不利な状況を、ノア様の言葉が救ってくれたのだ。だから今回も、と、そう期待してしまう。
俺はもしかしたら、すでにノア様のことを信じているのだろうか。
なんてことを考えていると、もう俺以外の全員が倉庫の扉を開けようとしていた。一人取り残されていることに気づき、慌てて後を追いかける。懐に隠している短剣を、すぐに取り出せるよう腰元に差し替える。ようやくみんなに追いついた時、もうレオが扉を開けていた。
ぎい、と金属の扉が重たい音を立てて開いていく。
そうして、その中には。
「誰も……いない……?」
「そんな、どうして!?」
真っ暗な倉庫の中には古い麻袋が転がっているだけで、子供の姿は見当たらなかった。なんでだ、ノア様の言葉通りならここに連れて行かれた子供達がいるはずなのに。今までどんなことも正確に言い当てていたはずなのに。どうして、こんな大切な時に限ってそれが外れるんだ。
明かりのない暗闇の中で、ノア様が呆然と立ち尽くしている。ノア様の言葉だけが頼りだった俺たち護衛も、どうすればいいか分からずにその場から動くことができないでいた。じわじわと、胸の中で何かにヒビが入っていくような気がした。指先がひんやりと冷たくなっていく。
それまで信じていたものが一瞬で消えていくような。
やっぱりダメだったか、と打ちのめされるような。
ああ、これは。
絶望というものだ。
「ごめん、みんな……確かにここだったはずなんだ」
「似たような倉庫は他にもあります! ロード、もっと探してみましょう!」
「そうだね、レオ。ありがとう」
見るからに落ち込んでいるノア様に、レオが明るい言葉をかける。しかしそれさえも傷に塩を塗るようなもので、ノア様の表情はますます暗くなっていく。本来なら俺が真っ先に励まさなければいけないのだろう。しかし、伯爵様からの密命がある以上、必要以上に関わることもできない。
俺は見定めなければいけないのだ。ノア様を、本当に信じていいかどうか。今までは内心どこかで信じていいかもしれないと思っていた。だが、誰もいない倉庫を見た瞬間に疑問が浮かんできた。
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「そう、だね。ジョシュア……ごめん」
「謝らないでください。さあ、行きましょう」
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意気消沈しているノア様の背中を支えながら、他の倉庫を見て回ること一時間が経った。場所は違っていたがノア様の考えはおそらく間違っていないだろう。子供達はこの倉庫群のどこかにいるはずだ。そう考えて、人気の少ない場所を中心に探していく。だが、子供達は影も形も見当たらなかった。
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