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4章
4-7
謁見の間には、今まで何度か足を踏み入れたことがある。どれもノア様の付き添いだった。ノア様が子爵に叙任された時を最後に足が遠のいていたが、それでも国王に対する絶大な忠誠と親愛で溢れた人々が大勢いたことを覚えている。
謁見の間は、ベルリアンの屋敷が半分ほど収まってしまうほどとても広い。だというのにいつ来てもここは大勢の人々に埋め尽くされており、普段は意識することのできない国王の権力をこれでもかと感じることができた。国王を一目でも見たいと切望する国民達が押し寄せ、この謁見の間が狭いとさえ思っていたのに。
今、この場にいるのは俺とノア様、そして玉座に座る国王だけだった。伽藍堂とした謁見の間には、俺たちの歩く音が不自然に大きく響いている。群衆のいない小さなこの場所で、果たして国王は何を考えているんだろうか。
「き、たか……ベルリアンの、小鳥達よ」
国王が、まるで壊れたレコードのように話し始める。体がぎこちなく動き、首がおかしな方向を向いていた。何かがおかしい。人がしていい動きじゃない。糸に結び付けられて無理やり動かされているような、そんな違和感を抱いた。
それでもノア様は臆せず国王に近づいていく。なんだか、嫌な予感がする。近づいたら手遅れになってしまうような、そんな予感がした。それなのに俺はノア様を止めることができず、ただ背中を追いかけることしかできなかった。
「おひさしゅうございます、国王陛下」
「久しいか、そう、かもしれん、な」
「ええ。僕と陛下は何度かお会いしています。陛下が覚えているかどうかは別として」
一歩、また二人は近づいていく。かつて見た玉座は数多くの宝石に装飾され、豪華絢爛なものだった。しかし今はその宝も汚れはて、ただの石ころに成り果てていた。形だけの玉座に座り続けることに一体なんの意味があるのだろう。
そう思うと、目の前にいる老人が途端に可哀想に思えてきた。
「いつからですか? あなたが国王の体を乗っ取ったのは」
「気づ、い、て、いたの、か」
「ええ。僕も伊達にこの世界を何度も経験していませんので」
「はて、いつだろうな、もう忘れたよ」
国王とノア様が何を話しているのか、一つも理解できなかった。国王の体を、乗っ取る? いったい誰がそんなことをしたのだ。確かに最近の国政はかなり杜撰なものだった。各領地に多大なる負担をかけることに躊躇がなかった。しかし、乗っ取りだなんて誰も思わなかっただろう。
ノア様がそのことに気づいたということは、やはり言葉通りこの世界を何度も経験してきたのだ。だから些細な違いにも気づくことができた。やはりノア様の言っていたことは本当だったのだ。
「国民を慈しむ存在だと言われているあなたが、どうしてこんなことをしているのですか……神よ」
「神、ってまさか……!?」
「そこまで気づいているのか。やはりお主、異分子だなぁ小鳥よ」
神、と聞いて、驚いたと同時にどこか納得している自分がいた。この国は王権神授説に則っている。だから、国王は神に等しい存在だと言われていた。加えて王都と北都は特別な関係にあり、北都の聖騎士団が王都を守っている。
今まで当たり前だと思っていたことが、全てこの状況に繋がっていたのだ。そして神は国王を操り、この世界を混沌に陥れた。
ぎぎ、と国王の首が動き、視線がノア様に向けられる。その目はすでに金色に染まっていた。
「小鳥よ。なぜ私に逆らう」
「さあ。全知全能ならお分かりになるのでは?」
「理解ができぬ。神たる私を信じれば、誰もが平和に生きられるのだ」
いつの間にか国王、いや神は流暢に話すようになっていた。声は国王のままだが、口調が違う。誰にも口を挟ませないと言わんばかりの威厳がそこにはあった。
「私の言葉を信じ、その通りに生きれば争いはなくなる。不幸はなくなり、幸福に満たされるのだ。それなのに、小鳥よ、どうして私に逆らうのだ」
確かに、その言葉は魅力的に思えた。絶対的な存在の神に従えば、きっと悪いことは起こらないだろう。苦痛も、苦悩も、困難も、何もない人生を送れるだろう。だから人は神を信仰し、神たる国王に選ばれた領主は毎日必ず供物を捧げていた。
以前の俺なら、その言葉に納得していたかもしれない。何も考えず、ただ平穏な日々を送れるのであれば楽になれると思えたかもしれない。でも今の俺は、そう思うことはできなかった。
「詭弁ですね。誰かに決められた幸福なんて、僕はいらない」
「愚かな」
「自分で選ぶからこそ、苦しみも痛みも、糧になるんだ。あなたの甘言は虚空でしかない!」
この時、僕は初めてノア様の心からの言葉を聞いた。これまでどこか達観して物事を見てきたノア様が、声を荒げて反論をした。その姿が強く瞼に焼きついて、目を離せなかった。
ああ、そうか。
俺はこの眩しさが羨ましかったんだ。ただ漫然と生きてきた俺に、生きる意味を与えてくれたノア様が。俺は眩しくて、たまらなかったのだ。
だから目を離すことができなくて、拒むこともできなくて。どこかで信じたいと強く願っていたのだ。
だったら俺がすることは、一つしかない。
謁見の間は、ベルリアンの屋敷が半分ほど収まってしまうほどとても広い。だというのにいつ来てもここは大勢の人々に埋め尽くされており、普段は意識することのできない国王の権力をこれでもかと感じることができた。国王を一目でも見たいと切望する国民達が押し寄せ、この謁見の間が狭いとさえ思っていたのに。
今、この場にいるのは俺とノア様、そして玉座に座る国王だけだった。伽藍堂とした謁見の間には、俺たちの歩く音が不自然に大きく響いている。群衆のいない小さなこの場所で、果たして国王は何を考えているんだろうか。
「き、たか……ベルリアンの、小鳥達よ」
国王が、まるで壊れたレコードのように話し始める。体がぎこちなく動き、首がおかしな方向を向いていた。何かがおかしい。人がしていい動きじゃない。糸に結び付けられて無理やり動かされているような、そんな違和感を抱いた。
それでもノア様は臆せず国王に近づいていく。なんだか、嫌な予感がする。近づいたら手遅れになってしまうような、そんな予感がした。それなのに俺はノア様を止めることができず、ただ背中を追いかけることしかできなかった。
「おひさしゅうございます、国王陛下」
「久しいか、そう、かもしれん、な」
「ええ。僕と陛下は何度かお会いしています。陛下が覚えているかどうかは別として」
一歩、また二人は近づいていく。かつて見た玉座は数多くの宝石に装飾され、豪華絢爛なものだった。しかし今はその宝も汚れはて、ただの石ころに成り果てていた。形だけの玉座に座り続けることに一体なんの意味があるのだろう。
そう思うと、目の前にいる老人が途端に可哀想に思えてきた。
「いつからですか? あなたが国王の体を乗っ取ったのは」
「気づ、い、て、いたの、か」
「ええ。僕も伊達にこの世界を何度も経験していませんので」
「はて、いつだろうな、もう忘れたよ」
国王とノア様が何を話しているのか、一つも理解できなかった。国王の体を、乗っ取る? いったい誰がそんなことをしたのだ。確かに最近の国政はかなり杜撰なものだった。各領地に多大なる負担をかけることに躊躇がなかった。しかし、乗っ取りだなんて誰も思わなかっただろう。
ノア様がそのことに気づいたということは、やはり言葉通りこの世界を何度も経験してきたのだ。だから些細な違いにも気づくことができた。やはりノア様の言っていたことは本当だったのだ。
「国民を慈しむ存在だと言われているあなたが、どうしてこんなことをしているのですか……神よ」
「神、ってまさか……!?」
「そこまで気づいているのか。やはりお主、異分子だなぁ小鳥よ」
神、と聞いて、驚いたと同時にどこか納得している自分がいた。この国は王権神授説に則っている。だから、国王は神に等しい存在だと言われていた。加えて王都と北都は特別な関係にあり、北都の聖騎士団が王都を守っている。
今まで当たり前だと思っていたことが、全てこの状況に繋がっていたのだ。そして神は国王を操り、この世界を混沌に陥れた。
ぎぎ、と国王の首が動き、視線がノア様に向けられる。その目はすでに金色に染まっていた。
「小鳥よ。なぜ私に逆らう」
「さあ。全知全能ならお分かりになるのでは?」
「理解ができぬ。神たる私を信じれば、誰もが平和に生きられるのだ」
いつの間にか国王、いや神は流暢に話すようになっていた。声は国王のままだが、口調が違う。誰にも口を挟ませないと言わんばかりの威厳がそこにはあった。
「私の言葉を信じ、その通りに生きれば争いはなくなる。不幸はなくなり、幸福に満たされるのだ。それなのに、小鳥よ、どうして私に逆らうのだ」
確かに、その言葉は魅力的に思えた。絶対的な存在の神に従えば、きっと悪いことは起こらないだろう。苦痛も、苦悩も、困難も、何もない人生を送れるだろう。だから人は神を信仰し、神たる国王に選ばれた領主は毎日必ず供物を捧げていた。
以前の俺なら、その言葉に納得していたかもしれない。何も考えず、ただ平穏な日々を送れるのであれば楽になれると思えたかもしれない。でも今の俺は、そう思うことはできなかった。
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ああ、そうか。
俺はこの眩しさが羨ましかったんだ。ただ漫然と生きてきた俺に、生きる意味を与えてくれたノア様が。俺は眩しくて、たまらなかったのだ。
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だったら俺がすることは、一つしかない。
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