いきなり有能になった俺の主人は、人生を何度も繰り返しているらしい

一花みえる

文字の大きさ
56 / 62
4章

4-8

しおりを挟む
「ノア様」
「ジョシュア」
 ノア様の隣に立ち、肩に手を乗せる。俺が信じるべき存在は、ただ一つしかないのだ。
「俺はあなたを、信じています」
「……ありがとう、ジョシュア」
 どこか安心したかのように息を吐いたノア様は、徐に左手のシグネットリングを外した。そして俺に手渡してくる。まだ体温の残る黄金はうっすらと傷がついていて、長くこの主人と共にあったことを教えてくれた。
 しかし、いったいどうしてこんなことをしてきたんだろう。
「ノア様?」
「あとは任せたよ、ジョシュア」
「は? え、ノア様!?」
 そう言い残したかと思うと、ノア様は躊躇うことなく神へと近づいていく。そして腰に差していた刀を抜いたかと思うと、どういうことか、自分の親指に当てて小さな傷をつけた。真っ赤な血が大理石の床に滴り落ちる。
 その色に誘われたのか、神の気配がブルリと震えた。
「小鳥よ。何を考えている」
「生きること、ですよ」
「笑止……私に飲まれることを光栄と思え」
 その言葉と同時に、国王の体からずるりと黒いモヤが湧き上がってきた。それは次第に形となり、百合の形になる。それは俺の胸にあった痣と同じ形だ。そのまま大きくなり、あっという間にノア様を包み込むほどになった。
 本能的に、これは危ないと感じる。しかし足が動かなかった。
 走り出したいのに足が震える。怖いのだ。目の前にある、得体の知れないものが。生唾が込み上げる。冷たい汗が手のひらに滲み、背筋がブルリと震えた。
「う、あ、ああ」
「ノア様……!?」
 苦しげに響いてきたノア様の声に、突然金縛りが解けたかのように体が動き始めた。急いで駆け寄るが、どう考えても間に合わない。くそ、信じるって言ったのに。何があっても、隣にいると誓ったのに。
これじゃあ俺は、ノア様を守ることさえできない。
精一杯手を伸ばした右手が、あと少しのところで届かず、そのまま空を切る。
 真っ黒な百合はそのままノア様を包み込み。
「ノア様ぁ!」
 弾けるように、ノア様の体に吸い込まれていった。
「あ、ああ」
「ノア様、どうして!」
「あ、じょ、しゅあ」
 体に触れようとしたが、近づくだけで激しい衝撃が襲ってくる。ノア様の目は金色に染まり、焦点は合わず、先ほどの国王と同じように関節がおかしな方向に向いている。これは、まさか。
 まさか。
「なじ、む……馴染む、な、ことり、よ」
「そんな……」
 聞こえてきたのは、ノア様の声だ。しかしこれはノア様ではない。
 ノア様は、神に乗っ取られてしまった。
「ノア様! くそっ……、ノア!」
 どうやっても触れられないとわかっているのに、どうしても諦めきれず何度も手を伸ばす。その度に体に痛みが走り、ひどい衝撃を受けた。
「あた、ら、しき……せかいを、つく、る」
「ふざけるな! 何が世界だ、何が幸福だ! ただ騙しているだけだろう!」
 喉が枯れるほど声を荒げてもノアはこちらを見ようとしない。ただ遠くの方を見て、恍惚な表情をしているだけだ。ついさっきまで隣にいたはずなのに。あと少しが、悲しいほどに遠い。
 ふらふらした足取りでノアは歩き始め、玉座の後にあったステンドグラスに近づいていく。そのまま勢いよくガラスにぶつかり、大きな音と一緒に空へ身を投げ出した。あまりに衝撃的な光景に息が詰まる。しかし、ノアは地面に叩きつけられることなくふわりと宙を浮いていた。
 人が空を飛ぶなんて。
 それこそ、神業としか言いようがない。
 一瞬、ノアと視線が絡まる。金色に染まっていたはずの瞳がわずかだけど緑色に変わったように見えた。
「ノア……?」
「ジョシュ、ア」
 小さく呟かれた声はほとんど消えかけていたが、確かに俺の耳に届いていた。
「たす、けて」
「……っ!?」
 助けて。
 確かにノアはそう言った。今まで自分一人で物事に立ち向かっていたノアが、初めて俺に助けを求めてきた。
 その事実に胸がじんわりと締め付けられる。
 時間にしてはほんの一瞬だ。しかし、俺にとっては永遠にも感じるほど心が揺さぶられる瞬間だった。
「おろかな、人の子よ……悔いるがいい」
「っ、待て!」
 再び瞳の色が金色に変わり、ノアは宙に浮いたまま遠ざかっていく。何度もノアの名前を呼んでも戻ってくることはなく、最後に残されたのは抜け殻となった国王と、主人を無くした俺だけだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

王子様の耳はロバの耳 〜 留学先はblゲームの世界でした 〜

きっせつ
BL
南国の国モアナから同盟国であるレーヴ帝国のミューズ学園に留学してきたラニ。 極々平凡に留学ライフを楽しみ、2年目の春を迎えていた。 留学してきたレーヴ帝国は何故かblゲームの世界線っぽい。だが、特に持って生まれた前世の記憶を生かす事もなく、物語に関わる訳でもなく、モブとして2年目を迎えた筈が…、何故か頭にロバ耳が生えて!?

寄るな。触るな。近付くな。

きっせつ
BL
ある日、ハースト伯爵家の次男、であるシュネーは前世の記憶を取り戻した。 頭を打って? 病気で生死を彷徨って? いいえ、でもそれはある意味衝撃な出来事。人の情事を目撃して、衝撃のあまり思い出したのだ。しかも、男と男の情事で…。 見たくもないものを見せられて。その上、シュネーだった筈の今世の自身は情事を見た衝撃で何処かへ行ってしまったのだ。 シュネーは何処かに行ってしまった今世の自身の代わりにシュネーを変態から守りつつ、貴族や騎士がいるフェルメルン王国で生きていく。 しかし問題は山積みで、情事を目撃した事でエリアスという侯爵家嫡男にも目を付けられてしまう。シュネーは今世の自身が帰ってくるまで自身を守りきれるのか。 ーーーーーーーーーーー 初めての投稿です。 結構ノリに任せて書いているのでかなり読み辛いし、分かり辛いかもしれませんがよろしくお願いします。主人公がボーイズでラブするのはかなり先になる予定です。 ※ストックが切れ次第緩やかに投稿していきます。

自分が『所有物』になったけど全て思惑通りなので無問題。

かんだ
BL
「ここは小説の世界なの」自分は悪役令嬢役だと泣く同級生を助けて二十年。再び彼女から「第二章が始まるわ!」と告げられた。主人公は悪役令嬢役の姪を助けることを決め、策略を練っていく。学生時代に呪いを受けた自らの不老の美しささえも計画に入れ込む。 ・吹っ切れたら怖いものなしの最強騎士団長×目的の為なら手段を選ばない策士の話。 ※今後の展開の都合上、成人済みの方のみお読み下さい。

嘘はいっていない

コーヤダーイ
BL
討伐対象である魔族、夢魔と人の間に生まれた男の子サキは、半分の血が魔族ということを秘密にしている。しかしサキにはもうひとつ、転生者という誰にも言えない秘密があった。 バレたら色々面倒そうだから、一生ひっそりと地味に生きていく予定である。

タチですが異世界ではじめて奪われました

BL
「異世界ではじめて奪われました」の続編となります! 読まなくてもわかるようにはなっていますが気になった方は前作も読んで頂けると嬉しいです! 俺は桐生樹。21歳。平凡な大学3年生。 2年前に兄が死んでから少し荒れた生活を送っている。 丁度2年前の同じ場所で黙祷を捧げていたとき、俺の世界は一変した。 「異世界ではじめて奪われました」の主人公の弟が主役です! もちろんハルトのその後なんかも出てきます! ちょっと捻くれた性格の弟が溺愛される王道ストーリー。

第十王子は天然侍従には敵わない。

きっせつ
BL
「婚約破棄させて頂きます。」 学園の卒業パーティーで始まった九人の令嬢による兄王子達の断罪を頭が痛くなる思いで第十王子ツェーンは見ていた。突如、その断罪により九人の王子が失脚し、ツェーンは王太子へと位が引き上げになったが……。どうしても王になりたくない王子とそんな王子を慕うド天然ワンコな侍従の偽装婚約から始まる勘違いとすれ違い(考え方の)のボーイズラブコメディ…の予定。※R 15。本番なし。

転生して王子になったボクは、王様になるまでノラリクラリと生きるはずだった

angel
BL
つまらないことで死んでしまったボクを不憫に思った神様が1つのゲームを持ちかけてきた。 『転生先で王様になれたら元の体に戻してあげる』と。 生まれ変わったボクは美貌の第一王子で兄弟もなく、将来王様になることが約束されていた。 「イージーゲームすぎね?」とは思ったが、この好条件をありがたく受け止め 現世に戻れるまでノラリクラリと王子様生活を楽しむはずだった…。 完結しました。

雪解けに愛を囁く

ノルねこ
BL
平民のアルベルトに試験で負け続けて伯爵家を廃嫡になったルイス。 しかしその試験結果は歪められたものだった。 実はアルベルトは自分の配偶者と配下を探すため、身分を偽って学園に通っていたこの国の第三王子。自分のせいでルイスが廃嫡になってしまったと後悔するアルベルトは、同級生だったニコラスと共にルイスを探しはじめる。 好きな態度を隠さない王子様×元伯爵令息(現在は酒場の店員) 前・中・後プラスイチャイチャ回の、全4話で終了です。 別作品(俺様BL声優)の登場人物と名前は同じですが別人です! 紛らわしくてすみません。 小説家になろうでも公開中。

処理中です...