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5章
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サンジーリョの総本山は、国内で最も美しいと言われていた。各地域には守護神の大聖堂があり、そのどれもが多額の献金と労働力によって創られている。しかし、この総本山はそのどれをも上回っており、生きている間に一度は足を運びたいと願う信徒が後を絶たなかった。
その、荘厳で広大な総本山には人間どころか生き物の影が一つも見られなかった。
多くの修道士が兵士として徴兵されたことに加え、近くの住民が方々に逃げ出したからだろう。そのおかげで俺は姿を隠す必要もなく、堂々と正面から総本山に向かうことができる。
飛龍で飛んでいる間、じわじわと体に熱がこもっていくのを感じていた。その一方で頭のどこかは驚くほどに冷静で、どこか客観的に自分を見つめていることも認識していた。不思議な感覚ではあったが、自分の中に溢れている「何か」が決して悪いものではなく、むしろ今まで無理やり押さえつけていたもののようにさえ思えた。
「ここか」
遠くに見えてきた総本山は、幼い頃に見た時と変わらず白亜の美しさを保っていた。円形の広場にはフィカリア王国の守護神たちが形取られた柱が建てられている。その奥にはまるで宮殿のように豪華な聖堂がそびえたっていた。
神話によると初代の司教が天啓に従って建てられたものであり、何度も火事や災害にあったが決して朽ちることなく当時のまま現存している、らしい。しかしどう考えても使われている素材や建築方法から考えると後から付け加えられたものだってことはすぐに分かる。それなのに真実だと疑わない人が大勢いるのが現実だ。
だが、その偽りの真実も崩れ始めている。
人は、自分の足で立ち、歩いていかないといけない。その瞬間に俺は立ち会っているのかもしれない。
「お前はメリッサ嬢のところに戻れ」
「きゅる」
「ここまでありがとな。ゆっくり休め」
かなり無理をさせてここまで飛んでくれた飛龍を優しく撫でる。気持ちよさそうに鳴いたああと、主人の元へ悠々と空へと飛び立っていった。さあ、本当に俺は一人になった。ノアを助けるのは正真正銘、俺しかいない。
重く閉ざされた聖堂の扉に手をかける。
ぎい、と音を立てて、ゆっくりと扉が開かれた。
「……おろかな。人の子、よ」
高い天井には、煌びやかなシャンデリアが吊るされていた。大きな窓にはステンドグラスが嵌め込まれ、陽の光を受けてさまざまな色が聖堂に入り込んでくる。石造りの床には光の絨毯が敷かれ、その先にはただ一、人立ち尽くすノアがいた。
やっぱりここに居たか。ノアが残した手がかりは間違いなかった。しかし、どうすればノアを助けられるかの手立てがない。神という存在がどんなものかも分からないし、ノアを傷つけてしまう可能性も考えられる。下手に攻撃できないが、何もしなければこのままノアは神に取り込まれてしまう。
どちらも嫌だ。でも、何もしないで後悔するのは、もっと嫌だ。
「今更、お前にできることはない」
「やってみないと分からないだろ」
「この小鳥を傷つけることになってでもか?」
「だったら」
ノアと一緒に俺も死んでやる。お前の居ない世界に、俺は何の価値も感じないんだ。
そう思った瞬間、今まで体の中で渦巻いていた「何か」が一気に溢れ出ていくのを感じた。怒りか、憎しみか。それともずっと押さえつけてきた衝動か。
名前のつけられない感情が、形となって目の前に現れていた。
「光ごと飲み込んでやる」
目の前にあるのは、正しく闇だった。底の見えない真っ暗で静かな闇が、目の前に広がっていた。自分が使っているものが禁忌と呼ばれている闇魔法であることは本能的に理解できた。
しかし、話で聞いていたよりも恐ろしいものではなく、むしろどこか優しささえ感じる。
「呆れた。闇が光に勝てるものか」
「それはどうかな」
す、っと右手を前に伸ばす。それに合わせて闇もノアに向かって動き始めた。確かに光の下で闇は消されてしまうかもしれない。だが、光が強ければ強いほど。
闇は、いっそうその暗さを際立てるのだ。
「闇があるから、光は光でいられる。怒りも、憎しみも、嫉妬も焦燥も。人が、人であるための証だ」
「そんなものがあるから人は争う」
「争いがあるから人は他者を知り、分かり合おうとする」
「小癪な」
一歩、またノアに近づく。発現している闇魔法を収縮させ、手のひらに収まるくらいの大きさにした。初めて使うはずなのに、ためらいはどこにもなかった。だってこれは俺の感情そのものだから。
ノアを守りたい。ノアを信じたい。いつまでも隣にいたい。他の誰でもない、俺が、ノアの近くにいたいのだと。
ただ、そう願っているだけなのだ。
「お前の言う通りになんかならない。俺は俺の意思で、前に進むんだ」
そう叫んだ瞬間、ぐるりと闇魔法が蠢いた。ノアを覆っていた光がゆらめく。そして、闇に引き寄せられるかのように動き始めた。
ノアの顔が驚愕に歪む。まるで、こんなこと想像もしていなかったと言わんばかりに。
「我が、吸収される……!? なぜ、こんな!?」
「ノアが教えてくれた。強い力を持つ闇は、光さえ飲み込むんだ、って」
「く、そ……! やめろ、ヤメロおおおオォォォォ……!」
小さな黒い球体に光が吸い込まれていく。耐えきれなかったノアの体も一緒に引きずられ、もはや自力では立っていられないのか倒れ込むようにこちらに近づいてきていた。ノアの体から大量の光が溢れ出る。眩しさを感じる前に吸い込まれていき、断末魔のような悲鳴が響いていた。
そうして、最後に弾けた光の粒を吸い取って。
「う、あ」
ノアの体から力が抜けた。床に崩れ落ちそうになる前に慌てて抱き止める。神を吸い込んだ闇は恐ろしいほどに静かで、穏やかに拡散し始めた。少しずつ部屋が闇に覆われる。夜が訪れたかのように目の前が暗くなっていった。
もう光は存在しない。俺たちを縛っていた神も消えた。
優しく穏やかな闇の中で、俺は静かにノアを抱きしめていた。
安心したせいか、急激に強い眠気が襲ってきた。争うこともできずその場で跪き、しかし絶対にノアを手放すことがないよう腕に抱き込んだ。
微かにノアの心音が聞こえる。ああ、よかった。無事だったのか。お前が無事ならそれでいいんだ。薄れていく視界の中で見えたのは、闇の中でも美しく輝く金色の髪だった。
その、荘厳で広大な総本山には人間どころか生き物の影が一つも見られなかった。
多くの修道士が兵士として徴兵されたことに加え、近くの住民が方々に逃げ出したからだろう。そのおかげで俺は姿を隠す必要もなく、堂々と正面から総本山に向かうことができる。
飛龍で飛んでいる間、じわじわと体に熱がこもっていくのを感じていた。その一方で頭のどこかは驚くほどに冷静で、どこか客観的に自分を見つめていることも認識していた。不思議な感覚ではあったが、自分の中に溢れている「何か」が決して悪いものではなく、むしろ今まで無理やり押さえつけていたもののようにさえ思えた。
「ここか」
遠くに見えてきた総本山は、幼い頃に見た時と変わらず白亜の美しさを保っていた。円形の広場にはフィカリア王国の守護神たちが形取られた柱が建てられている。その奥にはまるで宮殿のように豪華な聖堂がそびえたっていた。
神話によると初代の司教が天啓に従って建てられたものであり、何度も火事や災害にあったが決して朽ちることなく当時のまま現存している、らしい。しかしどう考えても使われている素材や建築方法から考えると後から付け加えられたものだってことはすぐに分かる。それなのに真実だと疑わない人が大勢いるのが現実だ。
だが、その偽りの真実も崩れ始めている。
人は、自分の足で立ち、歩いていかないといけない。その瞬間に俺は立ち会っているのかもしれない。
「お前はメリッサ嬢のところに戻れ」
「きゅる」
「ここまでありがとな。ゆっくり休め」
かなり無理をさせてここまで飛んでくれた飛龍を優しく撫でる。気持ちよさそうに鳴いたああと、主人の元へ悠々と空へと飛び立っていった。さあ、本当に俺は一人になった。ノアを助けるのは正真正銘、俺しかいない。
重く閉ざされた聖堂の扉に手をかける。
ぎい、と音を立てて、ゆっくりと扉が開かれた。
「……おろかな。人の子、よ」
高い天井には、煌びやかなシャンデリアが吊るされていた。大きな窓にはステンドグラスが嵌め込まれ、陽の光を受けてさまざまな色が聖堂に入り込んでくる。石造りの床には光の絨毯が敷かれ、その先にはただ一、人立ち尽くすノアがいた。
やっぱりここに居たか。ノアが残した手がかりは間違いなかった。しかし、どうすればノアを助けられるかの手立てがない。神という存在がどんなものかも分からないし、ノアを傷つけてしまう可能性も考えられる。下手に攻撃できないが、何もしなければこのままノアは神に取り込まれてしまう。
どちらも嫌だ。でも、何もしないで後悔するのは、もっと嫌だ。
「今更、お前にできることはない」
「やってみないと分からないだろ」
「この小鳥を傷つけることになってでもか?」
「だったら」
ノアと一緒に俺も死んでやる。お前の居ない世界に、俺は何の価値も感じないんだ。
そう思った瞬間、今まで体の中で渦巻いていた「何か」が一気に溢れ出ていくのを感じた。怒りか、憎しみか。それともずっと押さえつけてきた衝動か。
名前のつけられない感情が、形となって目の前に現れていた。
「光ごと飲み込んでやる」
目の前にあるのは、正しく闇だった。底の見えない真っ暗で静かな闇が、目の前に広がっていた。自分が使っているものが禁忌と呼ばれている闇魔法であることは本能的に理解できた。
しかし、話で聞いていたよりも恐ろしいものではなく、むしろどこか優しささえ感じる。
「呆れた。闇が光に勝てるものか」
「それはどうかな」
す、っと右手を前に伸ばす。それに合わせて闇もノアに向かって動き始めた。確かに光の下で闇は消されてしまうかもしれない。だが、光が強ければ強いほど。
闇は、いっそうその暗さを際立てるのだ。
「闇があるから、光は光でいられる。怒りも、憎しみも、嫉妬も焦燥も。人が、人であるための証だ」
「そんなものがあるから人は争う」
「争いがあるから人は他者を知り、分かり合おうとする」
「小癪な」
一歩、またノアに近づく。発現している闇魔法を収縮させ、手のひらに収まるくらいの大きさにした。初めて使うはずなのに、ためらいはどこにもなかった。だってこれは俺の感情そのものだから。
ノアを守りたい。ノアを信じたい。いつまでも隣にいたい。他の誰でもない、俺が、ノアの近くにいたいのだと。
ただ、そう願っているだけなのだ。
「お前の言う通りになんかならない。俺は俺の意思で、前に進むんだ」
そう叫んだ瞬間、ぐるりと闇魔法が蠢いた。ノアを覆っていた光がゆらめく。そして、闇に引き寄せられるかのように動き始めた。
ノアの顔が驚愕に歪む。まるで、こんなこと想像もしていなかったと言わんばかりに。
「我が、吸収される……!? なぜ、こんな!?」
「ノアが教えてくれた。強い力を持つ闇は、光さえ飲み込むんだ、って」
「く、そ……! やめろ、ヤメロおおおオォォォォ……!」
小さな黒い球体に光が吸い込まれていく。耐えきれなかったノアの体も一緒に引きずられ、もはや自力では立っていられないのか倒れ込むようにこちらに近づいてきていた。ノアの体から大量の光が溢れ出る。眩しさを感じる前に吸い込まれていき、断末魔のような悲鳴が響いていた。
そうして、最後に弾けた光の粒を吸い取って。
「う、あ」
ノアの体から力が抜けた。床に崩れ落ちそうになる前に慌てて抱き止める。神を吸い込んだ闇は恐ろしいほどに静かで、穏やかに拡散し始めた。少しずつ部屋が闇に覆われる。夜が訪れたかのように目の前が暗くなっていった。
もう光は存在しない。俺たちを縛っていた神も消えた。
優しく穏やかな闇の中で、俺は静かにノアを抱きしめていた。
安心したせいか、急激に強い眠気が襲ってきた。争うこともできずその場で跪き、しかし絶対にノアを手放すことがないよう腕に抱き込んだ。
微かにノアの心音が聞こえる。ああ、よかった。無事だったのか。お前が無事ならそれでいいんだ。薄れていく視界の中で見えたのは、闇の中でも美しく輝く金色の髪だった。
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