いきなり有能になった俺の主人は、人生を何度も繰り返しているらしい

一花みえる

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1章

1-3

 街の中央に位置する大聖堂は、ベルリアンの守護聖人である女神シエラを祀っている。

煉瓦造りの壁は乳白色で、二本の尖塔が空に向かって伸びている。何百年も前に建てられた大聖堂はずっとこの場所でベルリアンを守っていた。

    重たい木製の扉を開けて、聖水の入った盆に指先を浸す。右手の人差し指と中指で両目を覆って軽く跪いた。聖堂に入る時の所作であり、神に汚れた視線を向けることなかれ、という戒めを守るためだと教えられていた。

 聖堂の中は没薬と乳香が焚かれ、甘い香りが漂っていた。幼い頃からここに通っているが、この香りを嗅ぐたびに気持ちが引き締まる気がする。床に大理石が敷き詰められた聖堂をゆっくりと歩く。高い屋根にはたくさんの丸窓がつけられており、女神シエラの色である緑を基調としたステンドグラスがキラキラと輝いていた。聖堂の先にはドーム型の屋根があり、その下に女神シエラの祭壇がある。

    ベルリアンの領主は毎日ここに来て祈りを捧げ、一握りの乳香を供える義務がある。

 今の領主であるヘンリー伯爵が不在の時はその役割を次期領主であるノア様が担うのだが、当然ながら俺が代わりに行っていた。

「まあ、しないよりはマシか」

 乳香を入れた瓶を祭壇に置き、形だけではあるが祈りの姿を取った。時間にすればわずか数分。たったこれだけのことさえノア様は面倒くさがってやりたがらない。

 いつか領主になっても俺にさせる気なんだろうか。

 ただでさえ考えないといけないことがたくさんあるのに。少し、頭の中を整理したい。どうせノア様はまだ昼寝をしているだろうし、ちょっとくらいここで時間を使っても許されるだろう。そう思い、最前列のベンチに腰を下ろした。

 幼い頃から、それこそ生後一ヶ月にここで幼児洗礼を受けてから、ほぼ毎週ここに来ている。最近はノア様の代わりに来ることが多いが。再び込み上げてきたため息を思いきり吐き出すと、背後から声がした。

「おや、ジョシュアさんじゃないですか」
「フルーレ司祭」

 振り返ると、黒いキャソックを身につけたフルーレ司祭が立っていた。いつも穏やかに笑っていて、怒っているところを見たことがない。ノア様が捧げ物をサボっていても、困った顔をするだけで済ませてくれている。

「ロード・キャンベルの代わりですか?」
「そうです。すみません、本来ならノア様が来るべきなのに」
「君も苦労していますね。ため息なんかついて」
「あはは……考えることが多くて」

 フルーレ司祭は俺の肩をぽんぽんと叩き、また優しく微笑んだ。

「迷うことはありません。神に祈り、神の言葉に従うのです」

 それは、そうだろう。神を信じ、神に仕えることに人生を捧げたフルーレ司祭であれば、そう言うだろう。もしかしたら父上も同じことを言うかもしれない。幼い頃からずっと「信仰心を忘れるな」と言い聞かされてきた。

 そして、フルーレ司祭にも。

「君は神に愛された人です。光魔法と、百合の痣。それを大切にするんですよ」
「わかりました……ありがとうございます、フルーレ司祭」

 再び優しく笑ったあと、フルーレ司祭は聖堂を後にした。きっと併設されている修道院に向かったんだろう。再び一人になり、俺はゆっくりと目を閉じた。

 ヤコフ爺さんとレオの言葉が蘇る。増税、それから子供の連れ去り。国王がなぜこんな政策を取っているかわからない。しかし、国王は神に選ばれた存在だ。国王の言うことは神の言うことであり、疑うことも逆らうこともできない。

 また、税を重くしたというのに労働力である子供を聖都に連れて行くことも不思議でならない。本当に食糧や売り上げが欲しいのであれば、労働力を削ることは不利益でしかない。サンジーリョに人を集めて何をしたいんだろう。修道院ということは、おそらく大司教も関わっている。

    国王と、大司教。この国をまとめ上げる二つの存在は一体何をしようとしているのだろう。この国を繁栄させるため。そうだと信じたい。でも。

(駄目だ、揺らぐな……! 俺はノア様に仕える。ただそれだけだ)

 次期領主であるノア様を支えることは、ベルリアンを支えることになる。俺のすべきことはそれだけなのだ。
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