いきなり有能になった俺の主人は、人生を何度も繰り返しているらしい

一花みえる

文字の大きさ
11 / 62
1章

1-10

しおりを挟む
 地下にある監禁部屋は、本来は侵入者を閉じ込めるための場所だ。まだ隣国との戦いが激しかった頃はよく使われていたそうだけど、ここ数十年は一度も使われたことがない。そんな場所に、まさかノア様を入れることになるなんて。

 古びた鉄の柵で作られた監禁部屋に自分から入ったノア様は、大きくため息をつきながら床に座り込んだ。天井を見上げたままどこかぼんやりとしている。声をかけようにも何と言えばいいかわからず、ただ外から見ることしかできない。聞きたいことはたくさんあるのに。

「聞いていいよ、気になることがあるんでしょ?」
「えっ、なんですか突然」
「顔に書いてある。聞きたいことはたくさんあるのに、何て言えばいいかなぁ、って」
「うう……」

 まるで俺の心を読んだかのように言い当てられた。聞かされたところで理解できるかはわからないが、知らないままよりは余程いい。

「ノア様はこうなることが分かっていたんですか?」
「王太子が崩御すること?」
「それはまだわかりません。そうじゃなくて、伯爵様との会話や監禁室に入ることなどです」
「まあね。ここは何度やっても変わらないからさすがに覚えちゃったんだ」

 硬くて冷たい床に座ったまま、ノア様は軽い口調で話していく。「何度」という言葉が気になるけれど、今はそれよりも他に聞きたいことがある。
 たくさんある、けど。
 一番聞きたいことは多分これだけだ。

「ノア様は何のためにこんなことをされているんですか」
「目的ってこと?」
「そうです。伯爵様にあんな言い方をしたら激怒されることはわかっていたはずです。もし、仮に、何度も繰り返しているのであればもっといい方法を試すことはできた。それなのに、こんな暗くて寒いところにご自分から入ろうとするなんて……」
「優しいね、ジョシュア」
「はぁ?」

 突然の言葉に裏返った声が漏れた。別に俺は優しくなんかない。その証拠に何もできていないのだ。ノア様のためにも、伯爵様のためにも、自分のためにも。ただ目の前で起きる出来事を見逃すことしかできていない。

 それなのにノア様は俺を見て、きゅうと目を細めた。それから立ち上がって俺の方に近づいてくる。柵越しに手を伸ばして俺の袖口を柔く握った。

「父上とセオドラに僕のことを信じてもらえる可能性は限りなく低い。そこに時間をかけるよりも、もっと大事なことを伝えておきたかった。その結果、僕が監禁部屋に入ることになってもね」
「それじゃあどうして私にはご自身のことを話してくれたんですか」
「……ジョシュアだから、かな」

 もう本当にわけがわからない。伯爵様と父上の前では堂々と、自信に満ち溢れる態度で話をしていたのに。自分の言葉は決して揺るぐことなく、紛れもなく真実だと疑うことのないようにしていたのに。

 今目の前にいるノア様はどこか小さくて、弱々しくて、すぐに崩れ落ちてしまいそうに見えた。伯爵様たちの前で見せた姿が虚勢だとは思えない。あれもまたノア様の姿なんだろう。でも、今のノア様もまた同じ。俺の前でしか見せない、もう一つのノア様なのかもしれない。

「ねえ、ジョシュア」
「はい」

 エメラルドグリーンの瞳が、ふるりと揺れる。じっと見つめられるとなぜか心臓がきゅっと締め付けられた。

「僕を、信じてくれる?」

 それはまるで祈りのようだった。信じてもいない神に向かって呟くような、小さくて弱い祈りのようだ。期待していないと自分に言い聞かせているけれど、心のどこかでは奇跡を望むような。

 信じている、と。ただ一言言えばノア様はきっと安心するだろう。でもそれは違う気がした。ノア様が望んでいるのはそんな薄っぺらい言葉じゃない。形だけの奇跡じゃない。今の俺にそれはできない。

 でも、その手を振り解くことは俺にはできなかった。

「心から信じることは、できません。でも否定もできない」
「正直だね、君は」
「今まで当たり前のように信じてきた神や国王を疑うことに抵抗はあります。王太子の崩御だってまだ信じられません。でも」

 ずっと我儘で自分勝手で、好き勝手しやがって、と思っていた。どうして俺ばかりこんな目に遭うんだと恨んだこともある。本当にこのままでいいのかと悩んだこともあった。俺がノア様の隣を離れなかったのは立場があったからだ。ただの召使であればすぐに辞めていた。

 そんな、ある意味縛られた関係ではあるけれど。

 この二十年間、俺の頭にずっといたのは間違いなくノア様だ。良くも悪くも俺の中にはノア様で溢れていた。情が湧いたと言うのか、それとも絆されたと言うのか。今になってみればどちらもそう変わりはない。少なくとも今、俺は握られた手を振り解くことができないのだから。

「でも、ノア様を疑うこともできない。例え突拍子のないことを言ったとしても、あなたは俺が仕えるべき存在であることには違いない」
「うん……ありがとう。今はそれだけで僕は嬉しいよ」

 そのままノア様は手を離して寝床へと向かった。薄っぺらい毛布があるだけの寝床とも言えない場所で体を丸めて横になる。見張りである俺もその場に座り込み、柵にもたれかかって静かに目を閉じた。
 一体これからどうなるんだろう。俺は何を信じたらいいんだろう。

 浅い眠りの中で何度も何度も自分に問いかけていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

王子様の耳はロバの耳 〜 留学先はblゲームの世界でした 〜

きっせつ
BL
南国の国モアナから同盟国であるレーヴ帝国のミューズ学園に留学してきたラニ。 極々平凡に留学ライフを楽しみ、2年目の春を迎えていた。 留学してきたレーヴ帝国は何故かblゲームの世界線っぽい。だが、特に持って生まれた前世の記憶を生かす事もなく、物語に関わる訳でもなく、モブとして2年目を迎えた筈が…、何故か頭にロバ耳が生えて!?

寄るな。触るな。近付くな。

きっせつ
BL
ある日、ハースト伯爵家の次男、であるシュネーは前世の記憶を取り戻した。 頭を打って? 病気で生死を彷徨って? いいえ、でもそれはある意味衝撃な出来事。人の情事を目撃して、衝撃のあまり思い出したのだ。しかも、男と男の情事で…。 見たくもないものを見せられて。その上、シュネーだった筈の今世の自身は情事を見た衝撃で何処かへ行ってしまったのだ。 シュネーは何処かに行ってしまった今世の自身の代わりにシュネーを変態から守りつつ、貴族や騎士がいるフェルメルン王国で生きていく。 しかし問題は山積みで、情事を目撃した事でエリアスという侯爵家嫡男にも目を付けられてしまう。シュネーは今世の自身が帰ってくるまで自身を守りきれるのか。 ーーーーーーーーーーー 初めての投稿です。 結構ノリに任せて書いているのでかなり読み辛いし、分かり辛いかもしれませんがよろしくお願いします。主人公がボーイズでラブするのはかなり先になる予定です。 ※ストックが切れ次第緩やかに投稿していきます。

自分が『所有物』になったけど全て思惑通りなので無問題。

かんだ
BL
「ここは小説の世界なの」自分は悪役令嬢役だと泣く同級生を助けて二十年。再び彼女から「第二章が始まるわ!」と告げられた。主人公は悪役令嬢役の姪を助けることを決め、策略を練っていく。学生時代に呪いを受けた自らの不老の美しささえも計画に入れ込む。 ・吹っ切れたら怖いものなしの最強騎士団長×目的の為なら手段を選ばない策士の話。 ※今後の展開の都合上、成人済みの方のみお読み下さい。

嘘はいっていない

コーヤダーイ
BL
討伐対象である魔族、夢魔と人の間に生まれた男の子サキは、半分の血が魔族ということを秘密にしている。しかしサキにはもうひとつ、転生者という誰にも言えない秘密があった。 バレたら色々面倒そうだから、一生ひっそりと地味に生きていく予定である。

タチですが異世界ではじめて奪われました

BL
「異世界ではじめて奪われました」の続編となります! 読まなくてもわかるようにはなっていますが気になった方は前作も読んで頂けると嬉しいです! 俺は桐生樹。21歳。平凡な大学3年生。 2年前に兄が死んでから少し荒れた生活を送っている。 丁度2年前の同じ場所で黙祷を捧げていたとき、俺の世界は一変した。 「異世界ではじめて奪われました」の主人公の弟が主役です! もちろんハルトのその後なんかも出てきます! ちょっと捻くれた性格の弟が溺愛される王道ストーリー。

第十王子は天然侍従には敵わない。

きっせつ
BL
「婚約破棄させて頂きます。」 学園の卒業パーティーで始まった九人の令嬢による兄王子達の断罪を頭が痛くなる思いで第十王子ツェーンは見ていた。突如、その断罪により九人の王子が失脚し、ツェーンは王太子へと位が引き上げになったが……。どうしても王になりたくない王子とそんな王子を慕うド天然ワンコな侍従の偽装婚約から始まる勘違いとすれ違い(考え方の)のボーイズラブコメディ…の予定。※R 15。本番なし。

転生して王子になったボクは、王様になるまでノラリクラリと生きるはずだった

angel
BL
つまらないことで死んでしまったボクを不憫に思った神様が1つのゲームを持ちかけてきた。 『転生先で王様になれたら元の体に戻してあげる』と。 生まれ変わったボクは美貌の第一王子で兄弟もなく、将来王様になることが約束されていた。 「イージーゲームすぎね?」とは思ったが、この好条件をありがたく受け止め 現世に戻れるまでノラリクラリと王子様生活を楽しむはずだった…。 完結しました。

雪解けに愛を囁く

ノルねこ
BL
平民のアルベルトに試験で負け続けて伯爵家を廃嫡になったルイス。 しかしその試験結果は歪められたものだった。 実はアルベルトは自分の配偶者と配下を探すため、身分を偽って学園に通っていたこの国の第三王子。自分のせいでルイスが廃嫡になってしまったと後悔するアルベルトは、同級生だったニコラスと共にルイスを探しはじめる。 好きな態度を隠さない王子様×元伯爵令息(現在は酒場の店員) 前・中・後プラスイチャイチャ回の、全4話で終了です。 別作品(俺様BL声優)の登場人物と名前は同じですが別人です! 紛らわしくてすみません。 小説家になろうでも公開中。

処理中です...