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1章
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地下にある監禁部屋は、本来は侵入者を閉じ込めるための場所だ。まだ隣国との戦いが激しかった頃はよく使われていたそうだけど、ここ数十年は一度も使われたことがない。そんな場所に、まさかノア様を入れることになるなんて。
古びた鉄の柵で作られた監禁部屋に自分から入ったノア様は、大きくため息をつきながら床に座り込んだ。天井を見上げたままどこかぼんやりとしている。声をかけようにも何と言えばいいかわからず、ただ外から見ることしかできない。聞きたいことはたくさんあるのに。
「聞いていいよ、気になることがあるんでしょ?」
「えっ、なんですか突然」
「顔に書いてある。聞きたいことはたくさんあるのに、何て言えばいいかなぁ、って」
「うう……」
まるで俺の心を読んだかのように言い当てられた。聞かされたところで理解できるかはわからないが、知らないままよりは余程いい。
「ノア様はこうなることが分かっていたんですか?」
「王太子が崩御すること?」
「それはまだわかりません。そうじゃなくて、伯爵様との会話や監禁室に入ることなどです」
「まあね。ここは何度やっても変わらないからさすがに覚えちゃったんだ」
硬くて冷たい床に座ったまま、ノア様は軽い口調で話していく。「何度」という言葉が気になるけれど、今はそれよりも他に聞きたいことがある。
たくさんある、けど。
一番聞きたいことは多分これだけだ。
「ノア様は何のためにこんなことをされているんですか」
「目的ってこと?」
「そうです。伯爵様にあんな言い方をしたら激怒されることはわかっていたはずです。もし、仮に、何度も繰り返しているのであればもっといい方法を試すことはできた。それなのに、こんな暗くて寒いところにご自分から入ろうとするなんて……」
「優しいね、ジョシュア」
「はぁ?」
突然の言葉に裏返った声が漏れた。別に俺は優しくなんかない。その証拠に何もできていないのだ。ノア様のためにも、伯爵様のためにも、自分のためにも。ただ目の前で起きる出来事を見逃すことしかできていない。
それなのにノア様は俺を見て、きゅうと目を細めた。それから立ち上がって俺の方に近づいてくる。柵越しに手を伸ばして俺の袖口を柔く握った。
「父上とセオドラに僕のことを信じてもらえる可能性は限りなく低い。そこに時間をかけるよりも、もっと大事なことを伝えておきたかった。その結果、僕が監禁部屋に入ることになってもね」
「それじゃあどうして私にはご自身のことを話してくれたんですか」
「……ジョシュアだから、かな」
もう本当にわけがわからない。伯爵様と父上の前では堂々と、自信に満ち溢れる態度で話をしていたのに。自分の言葉は決して揺るぐことなく、紛れもなく真実だと疑うことのないようにしていたのに。
今目の前にいるノア様はどこか小さくて、弱々しくて、すぐに崩れ落ちてしまいそうに見えた。伯爵様たちの前で見せた姿が虚勢だとは思えない。あれもまたノア様の姿なんだろう。でも、今のノア様もまた同じ。俺の前でしか見せない、もう一つのノア様なのかもしれない。
「ねえ、ジョシュア」
「はい」
エメラルドグリーンの瞳が、ふるりと揺れる。じっと見つめられるとなぜか心臓がきゅっと締め付けられた。
「僕を、信じてくれる?」
それはまるで祈りのようだった。信じてもいない神に向かって呟くような、小さくて弱い祈りのようだ。期待していないと自分に言い聞かせているけれど、心のどこかでは奇跡を望むような。
信じている、と。ただ一言言えばノア様はきっと安心するだろう。でもそれは違う気がした。ノア様が望んでいるのはそんな薄っぺらい言葉じゃない。形だけの奇跡じゃない。今の俺にそれはできない。
でも、その手を振り解くことは俺にはできなかった。
「心から信じることは、できません。でも否定もできない」
「正直だね、君は」
「今まで当たり前のように信じてきた神や国王を疑うことに抵抗はあります。王太子の崩御だってまだ信じられません。でも」
ずっと我儘で自分勝手で、好き勝手しやがって、と思っていた。どうして俺ばかりこんな目に遭うんだと恨んだこともある。本当にこのままでいいのかと悩んだこともあった。俺がノア様の隣を離れなかったのは立場があったからだ。ただの召使であればすぐに辞めていた。
そんな、ある意味縛られた関係ではあるけれど。
この二十年間、俺の頭にずっといたのは間違いなくノア様だ。良くも悪くも俺の中にはノア様で溢れていた。情が湧いたと言うのか、それとも絆されたと言うのか。今になってみればどちらもそう変わりはない。少なくとも今、俺は握られた手を振り解くことができないのだから。
「でも、ノア様を疑うこともできない。例え突拍子のないことを言ったとしても、あなたは俺が仕えるべき存在であることには違いない」
「うん……ありがとう。今はそれだけで僕は嬉しいよ」
そのままノア様は手を離して寝床へと向かった。薄っぺらい毛布があるだけの寝床とも言えない場所で体を丸めて横になる。見張りである俺もその場に座り込み、柵にもたれかかって静かに目を閉じた。
一体これからどうなるんだろう。俺は何を信じたらいいんだろう。
浅い眠りの中で何度も何度も自分に問いかけていた。
古びた鉄の柵で作られた監禁部屋に自分から入ったノア様は、大きくため息をつきながら床に座り込んだ。天井を見上げたままどこかぼんやりとしている。声をかけようにも何と言えばいいかわからず、ただ外から見ることしかできない。聞きたいことはたくさんあるのに。
「聞いていいよ、気になることがあるんでしょ?」
「えっ、なんですか突然」
「顔に書いてある。聞きたいことはたくさんあるのに、何て言えばいいかなぁ、って」
「うう……」
まるで俺の心を読んだかのように言い当てられた。聞かされたところで理解できるかはわからないが、知らないままよりは余程いい。
「ノア様はこうなることが分かっていたんですか?」
「王太子が崩御すること?」
「それはまだわかりません。そうじゃなくて、伯爵様との会話や監禁室に入ることなどです」
「まあね。ここは何度やっても変わらないからさすがに覚えちゃったんだ」
硬くて冷たい床に座ったまま、ノア様は軽い口調で話していく。「何度」という言葉が気になるけれど、今はそれよりも他に聞きたいことがある。
たくさんある、けど。
一番聞きたいことは多分これだけだ。
「ノア様は何のためにこんなことをされているんですか」
「目的ってこと?」
「そうです。伯爵様にあんな言い方をしたら激怒されることはわかっていたはずです。もし、仮に、何度も繰り返しているのであればもっといい方法を試すことはできた。それなのに、こんな暗くて寒いところにご自分から入ろうとするなんて……」
「優しいね、ジョシュア」
「はぁ?」
突然の言葉に裏返った声が漏れた。別に俺は優しくなんかない。その証拠に何もできていないのだ。ノア様のためにも、伯爵様のためにも、自分のためにも。ただ目の前で起きる出来事を見逃すことしかできていない。
それなのにノア様は俺を見て、きゅうと目を細めた。それから立ち上がって俺の方に近づいてくる。柵越しに手を伸ばして俺の袖口を柔く握った。
「父上とセオドラに僕のことを信じてもらえる可能性は限りなく低い。そこに時間をかけるよりも、もっと大事なことを伝えておきたかった。その結果、僕が監禁部屋に入ることになってもね」
「それじゃあどうして私にはご自身のことを話してくれたんですか」
「……ジョシュアだから、かな」
もう本当にわけがわからない。伯爵様と父上の前では堂々と、自信に満ち溢れる態度で話をしていたのに。自分の言葉は決して揺るぐことなく、紛れもなく真実だと疑うことのないようにしていたのに。
今目の前にいるノア様はどこか小さくて、弱々しくて、すぐに崩れ落ちてしまいそうに見えた。伯爵様たちの前で見せた姿が虚勢だとは思えない。あれもまたノア様の姿なんだろう。でも、今のノア様もまた同じ。俺の前でしか見せない、もう一つのノア様なのかもしれない。
「ねえ、ジョシュア」
「はい」
エメラルドグリーンの瞳が、ふるりと揺れる。じっと見つめられるとなぜか心臓がきゅっと締め付けられた。
「僕を、信じてくれる?」
それはまるで祈りのようだった。信じてもいない神に向かって呟くような、小さくて弱い祈りのようだ。期待していないと自分に言い聞かせているけれど、心のどこかでは奇跡を望むような。
信じている、と。ただ一言言えばノア様はきっと安心するだろう。でもそれは違う気がした。ノア様が望んでいるのはそんな薄っぺらい言葉じゃない。形だけの奇跡じゃない。今の俺にそれはできない。
でも、その手を振り解くことは俺にはできなかった。
「心から信じることは、できません。でも否定もできない」
「正直だね、君は」
「今まで当たり前のように信じてきた神や国王を疑うことに抵抗はあります。王太子の崩御だってまだ信じられません。でも」
ずっと我儘で自分勝手で、好き勝手しやがって、と思っていた。どうして俺ばかりこんな目に遭うんだと恨んだこともある。本当にこのままでいいのかと悩んだこともあった。俺がノア様の隣を離れなかったのは立場があったからだ。ただの召使であればすぐに辞めていた。
そんな、ある意味縛られた関係ではあるけれど。
この二十年間、俺の頭にずっといたのは間違いなくノア様だ。良くも悪くも俺の中にはノア様で溢れていた。情が湧いたと言うのか、それとも絆されたと言うのか。今になってみればどちらもそう変わりはない。少なくとも今、俺は握られた手を振り解くことができないのだから。
「でも、ノア様を疑うこともできない。例え突拍子のないことを言ったとしても、あなたは俺が仕えるべき存在であることには違いない」
「うん……ありがとう。今はそれだけで僕は嬉しいよ」
そのままノア様は手を離して寝床へと向かった。薄っぺらい毛布があるだけの寝床とも言えない場所で体を丸めて横になる。見張りである俺もその場に座り込み、柵にもたれかかって静かに目を閉じた。
一体これからどうなるんだろう。俺は何を信じたらいいんだろう。
浅い眠りの中で何度も何度も自分に問いかけていた。
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