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1章
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執務室に入ると、神妙な顔をした伯爵様がじっとこちらを見つめていた。何かを確認するかのようにノア様を見ているようだ。一晩中埃まみれの監禁部屋に居たため、お世辞にも綺麗な格好とは言えない。見張りをしていた俺も同じような状況だ。
それが気になったのか、伯爵様は「二人ともまず風呂に入って来い」と言った。どうやらその間に話を進めるための用意をするらしい。父上が「焦らなくていい」と言ってくれた。どうやら昨夜のことについて話をするようだ。軍議で使う大きな地図を机に広げていた。
「ジョシュア、行こう」
「わかりました」
深々と頭を下げてノア様の背中を追いかける。ノア様の浴室はこの上の階、ノア様の私室に設置されている。俺は使用人用の大浴場を使っているが、この時間はお湯も冷めているだろう。そういう時はノア様が使ったお湯を借りて体を拭かせてもらっている。
ノア様の私室に入り、奥にある浴室の用意を始める。時間がある時は釜焼き場でお湯を沸かすが、今日は時間がないので隣室にある俺の部屋でお湯を用意するしかない。俺の部屋にあるストーブでお湯を沸かし、それを配管に流すとそのままノア様の浴室に流れていくようになっている。
お湯を沸かしている間に、陶器で作られた白いバスタブに乾燥させたハーブをつめた麻袋を入れる。体が冷えているかもしれないのでローズマリーを多めにブレンドした。あとは着替えを準備すればいい。こうやって普段していることをしていると頭の中が空っぽになっていく気持ちになった。
昨日から色々なことがありすぎて頭がおかしくなりそうだった。こういう些細な時間が今の俺には必要だったのかもしれない。
新しいバスローブをサイドテーブルに置く頃にはバスタブにお湯が溜まっていた。ローズマリーの爽やかで甘い香りが浴室に立ち込めている。湯気で湿度が上がり、自分の長い髪が頬にまとわりついてきた。邪魔にならないよう高い位置で結び直し、部屋で待っているノア様を呼びに行く。
「ノア様、用意ができました」
「ありがとう。助かるよ」
「……はあ」
今までほぼ毎日お風呂の用意をしてきたけれど、こんな風にお礼を言われたのは初めてだ。時には「面倒くさいから嫌だ」と言って逃げられることもある。俺が用意をして当たり前だという態度だったのに。
まさか、お礼を言われるなんて。
感動で涙が出そうになる。
「これくらいで泣きそうな顔しないでよ」
「いや、感慨深くて」
「大袈裟だな、ジョシュアは」
くすくす笑いながらノア様はジャケットを脱いだ。タイも抜き取り、シャツのボタンを外していく。スラックスとソックスガーターも全て脱ぎ捨て、浴室へと向かっていく。あまりにも堂々とした脱ぎっぷりに見慣れているはずなのになぜか直視できない。
しかし置いていかれるわけにもいかないので、俺もジャケットを脱いでシャツの腕を捲った。ノア様の浴室は猫足のバスタブがあるだけのシンプルな作りになっている。使用人をはじめ、領民のほとんどは街の大浴場を使う。自分の浴室を持っているのは伯爵様とノア様だけだ。
これだってかなり我儘を言って作らせていたが、大浴場が使えない時には便利である。
「少し熱いかもしれないのでお気をつけください」
「うん。ああ、気持ちがいいね」
「それはよかったです」
バスタブに浸かり、ゆっくりと足を伸ばしたノア様は「はふ」とため息をついた。やはり監禁部屋で体が冷えていたのだろう。ただでさえ白い肌が少し青紫になっていた。髪もパサついているし、唇もカサカサしている。
本当ならゆっくり休んでもらいたいが、それは叶わないだろうな。
「髪を洗うので少し上をむいてください」
「うん」
桶にお湯を入れて、そこに麻布を入れる。その布をノア様の髪に巻いてじっくりと温める。しばらく待ってから櫛を入れ、頭皮の汚れが落ちたのを確認しつつローズマリーオイルと蜂蜜を混ぜたものを手のひらで温める。人肌まで温まったあと、ノア様の頭皮をゆっくりとマッサージしていく。
しばらくそれを繰り返して、再び濡らした布で拭っていく。
「あー……気持ちがいい、寝ちゃいそう」
「ここで寝ないでください」
「寝ないけど、それくらい気持ちがいいんだよ」
こんなこと今まで一度も言わなかったのに。ちょっと絆されてしまいそうだ。
「体も温まったし、そろそろ出るよ。父上も待っているしね」
「そうですね。お着替えは用意してあります」
「ありがとう」
また、そうやってお礼を言われる。やっぱりどこかくすぐったい。背中がむずむずする気がした。湯気と湿度で湿った髪を拭おうとしたら、不意にノア様が手を伸ばしてきた。そのまま俺の首元を見るようにシャツをぐいと引っ張った。
突然のことに体が傾く。
パシャ、とお湯の跳ねる音がした。
「な、なんですか、急に」
「いや。ちょっと確認」
「何を」
「うーん、こっちの話」
左胸の辺りをじっと見つめられる。洗ったばかりで色が濃くなったハニーブロンドが視界を覆った。オイルと蜂蜜の混じった甘い香りが漂ってくる。思わず息を飲むと、ノア様は満足したのか呆気なく体を離していった。
一体なんだったんだ。不覚にもドキドキしてしまった。だってあんな、懐に入り込んでくるなんて。何度も剣術の訓練をしているがここまで急所に近いところに入られるのは初めてだ。
「ノア、様……?」
「思ったよりも濃いな……」
「は?」
小さく呟いたあと、少し考え込んだノア様は満足したのか湯船から立ち上がった。血色が悪かった肌はすっかり桃色に染まり、体もすっかり温まったようだ。冷えないようにバスローブを着せる。
着替えのために部屋に戻っていくノア様を見送りながら、まだドキドキする心臓を両手で押さえ込んだ。俺も急いでお湯を借りよう。さっきから変な汗をかきっぱなしだ。
それが気になったのか、伯爵様は「二人ともまず風呂に入って来い」と言った。どうやらその間に話を進めるための用意をするらしい。父上が「焦らなくていい」と言ってくれた。どうやら昨夜のことについて話をするようだ。軍議で使う大きな地図を机に広げていた。
「ジョシュア、行こう」
「わかりました」
深々と頭を下げてノア様の背中を追いかける。ノア様の浴室はこの上の階、ノア様の私室に設置されている。俺は使用人用の大浴場を使っているが、この時間はお湯も冷めているだろう。そういう時はノア様が使ったお湯を借りて体を拭かせてもらっている。
ノア様の私室に入り、奥にある浴室の用意を始める。時間がある時は釜焼き場でお湯を沸かすが、今日は時間がないので隣室にある俺の部屋でお湯を用意するしかない。俺の部屋にあるストーブでお湯を沸かし、それを配管に流すとそのままノア様の浴室に流れていくようになっている。
お湯を沸かしている間に、陶器で作られた白いバスタブに乾燥させたハーブをつめた麻袋を入れる。体が冷えているかもしれないのでローズマリーを多めにブレンドした。あとは着替えを準備すればいい。こうやって普段していることをしていると頭の中が空っぽになっていく気持ちになった。
昨日から色々なことがありすぎて頭がおかしくなりそうだった。こういう些細な時間が今の俺には必要だったのかもしれない。
新しいバスローブをサイドテーブルに置く頃にはバスタブにお湯が溜まっていた。ローズマリーの爽やかで甘い香りが浴室に立ち込めている。湯気で湿度が上がり、自分の長い髪が頬にまとわりついてきた。邪魔にならないよう高い位置で結び直し、部屋で待っているノア様を呼びに行く。
「ノア様、用意ができました」
「ありがとう。助かるよ」
「……はあ」
今までほぼ毎日お風呂の用意をしてきたけれど、こんな風にお礼を言われたのは初めてだ。時には「面倒くさいから嫌だ」と言って逃げられることもある。俺が用意をして当たり前だという態度だったのに。
まさか、お礼を言われるなんて。
感動で涙が出そうになる。
「これくらいで泣きそうな顔しないでよ」
「いや、感慨深くて」
「大袈裟だな、ジョシュアは」
くすくす笑いながらノア様はジャケットを脱いだ。タイも抜き取り、シャツのボタンを外していく。スラックスとソックスガーターも全て脱ぎ捨て、浴室へと向かっていく。あまりにも堂々とした脱ぎっぷりに見慣れているはずなのになぜか直視できない。
しかし置いていかれるわけにもいかないので、俺もジャケットを脱いでシャツの腕を捲った。ノア様の浴室は猫足のバスタブがあるだけのシンプルな作りになっている。使用人をはじめ、領民のほとんどは街の大浴場を使う。自分の浴室を持っているのは伯爵様とノア様だけだ。
これだってかなり我儘を言って作らせていたが、大浴場が使えない時には便利である。
「少し熱いかもしれないのでお気をつけください」
「うん。ああ、気持ちがいいね」
「それはよかったです」
バスタブに浸かり、ゆっくりと足を伸ばしたノア様は「はふ」とため息をついた。やはり監禁部屋で体が冷えていたのだろう。ただでさえ白い肌が少し青紫になっていた。髪もパサついているし、唇もカサカサしている。
本当ならゆっくり休んでもらいたいが、それは叶わないだろうな。
「髪を洗うので少し上をむいてください」
「うん」
桶にお湯を入れて、そこに麻布を入れる。その布をノア様の髪に巻いてじっくりと温める。しばらく待ってから櫛を入れ、頭皮の汚れが落ちたのを確認しつつローズマリーオイルと蜂蜜を混ぜたものを手のひらで温める。人肌まで温まったあと、ノア様の頭皮をゆっくりとマッサージしていく。
しばらくそれを繰り返して、再び濡らした布で拭っていく。
「あー……気持ちがいい、寝ちゃいそう」
「ここで寝ないでください」
「寝ないけど、それくらい気持ちがいいんだよ」
こんなこと今まで一度も言わなかったのに。ちょっと絆されてしまいそうだ。
「体も温まったし、そろそろ出るよ。父上も待っているしね」
「そうですね。お着替えは用意してあります」
「ありがとう」
また、そうやってお礼を言われる。やっぱりどこかくすぐったい。背中がむずむずする気がした。湯気と湿度で湿った髪を拭おうとしたら、不意にノア様が手を伸ばしてきた。そのまま俺の首元を見るようにシャツをぐいと引っ張った。
突然のことに体が傾く。
パシャ、とお湯の跳ねる音がした。
「な、なんですか、急に」
「いや。ちょっと確認」
「何を」
「うーん、こっちの話」
左胸の辺りをじっと見つめられる。洗ったばかりで色が濃くなったハニーブロンドが視界を覆った。オイルと蜂蜜の混じった甘い香りが漂ってくる。思わず息を飲むと、ノア様は満足したのか呆気なく体を離していった。
一体なんだったんだ。不覚にもドキドキしてしまった。だってあんな、懐に入り込んでくるなんて。何度も剣術の訓練をしているがここまで急所に近いところに入られるのは初めてだ。
「ノア、様……?」
「思ったよりも濃いな……」
「は?」
小さく呟いたあと、少し考え込んだノア様は満足したのか湯船から立ち上がった。血色が悪かった肌はすっかり桃色に染まり、体もすっかり温まったようだ。冷えないようにバスローブを着せる。
着替えのために部屋に戻っていくノア様を見送りながら、まだドキドキする心臓を両手で押さえ込んだ。俺も急いでお湯を借りよう。さっきから変な汗をかきっぱなしだ。
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