いきなり有能になった俺の主人は、人生を何度も繰り返しているらしい

一花みえる

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1章

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 それから、連日伯爵様たちは軍議を開くようになった。ノア様もそこに参加して進言している。しかし今まで怠けていたせいか誰もノア様の意見を聞いてはいなかった。それに対して、ノア様は怒るわけでもなく不貞腐れるわけでもなく、静かに話を聞いていた。

 俺はというと、朝はノア様の身支度から始まり、昼間は武芸の訓練、夕方から夜にかけて軍議に参加するという慌ただしい生活を送っている。ここ数十年ベルリアンが攻め込まれることなんてなかった上に、防衛戦となれば兵士が多く必要になってくる。労働力が少ない今、働き手を兵士として集めることは難しかった。だが、伯爵様が領民を庇ってくれたことが広まったためか、多くの若者がこぞって兵士になりたいと声をあげていた。

「まさかお前が兵士だなんてな、レオ」
「いいだろ別に。俺もベルリアンを守りたいんだよ」

 着なれない鎧を身につけ、剣の稽古をしているレオに声をかける。レオも自分から望んで兵士になりたいと言ったうちの一人だ。畑は父親と弟たちに任せているらしく、労働力に問題はないそうだ。

 普段から兵士として屋敷に勤めている人間以外、ほとんどが農民だ。剣ではなく鍬を握り、人を斬るためではなく生かすために腕を振るっている人たちばかり。作戦もわからない、戦いのことは別世界のように思っていたはずだ。

 でも、自分たちの土地を守るために、そして自分たちを守ってくれた伯爵様のために。彼らは立ち上がったのだ。
 昼間の訓練には俺や父上が指南役として立ち会っている。基本的な剣の握り方から教えるのは骨が折れるが、これも自分のすべきことだと言い聞かせて毎日剣を握っている。

「こうやって、左手に力を入れるんだ。右手に力を入れすぎたら自由に動かせない」
「む、難しいな」
「お前は軍の後方だから直接斬り合うことはないだろうからいいけど、もしもの時のために覚えとけ」

 レオ以外にもまだまだ教えないといけない人はたくさんいる。素振りをする姿を見ながら、一人ずつ助言をしていく。レオにも言ったけれど彼らは後方でも支援になる。だから実際に剣を振るうことはないだろう。しかし、いざという時は考えておかないといけない。

 もしもの時は自分で自分の命を守れるように。俺が教えているのは人を殺すためではなく、命を守るための剣だ。
 と、言い聞かせてはいるがやはり気は重い。

 できることなら戦いに巻き込みたくはなかった。ずっと平和に生きていてほしかった。伯爵様の判断が間違っているとは思わない。これが最善だということもわかっている。一番いいのはなるべく戦いを最小限で終わらせることだ。俺一人でそれができるとも思わないが。

「ジョシュア! ちょっといいかな」
「ノア様、どうされましたか」

 遠くからノア様の声が聞こえてきた。自室から窓を開けて大きく手を振っている。あんまり体を乗り出したら危ないと言いたくなる。

「ジョシュア、呼ばれてるぞ」
「そうだな」
「大変だな、お前も。相変わらず我儘放題か?」
「いや……そうでもない」

 あれからノア様は俺に光魔法を使うように言わなくなっていた。朝も自分で起きるようになったし、食事や着る物に文句を言わなくなった。むしろ俺のすることが減ってしまい、昼間の訓練に駆り出されても問題ないようになっている。だからこうやって俺を呼ぶのは本当に困ったことがある時だけだ。それはお茶がなくなったとかインクが切れたとか、そういう小さいことではなく。俺がいないとどうしようもないこと。

 最近は軍議に参加するために戦術について学んでいる。朝の支度が終わったらすぐに戦術書を開き、昼の休憩を挟んでからは自分の訓練、夕飯もそこそこに軍議に参加し、終わってからも遅くまで自分で勉強をしている。

 そんな姿を見ていると、レオに不満をこぼしていた時のノア様はもういないんだと思い知らされる。

「じゃあ、あとは各自で練習すること」
「お疲れさん。よし、みんなで素振り百本な!」

 レオの元気な声が響く。あまり頑張りすぎないよう声をかけて、俺は急いでノア様のところへと向かった。

 思った通り、ノア様は自室で戦術の教本を開いていた。机には何冊もの本が散らばっている。書庫にあった戦術書を片っ端から読んでいるのだろう。昨日にはなかったものがいくつか見られる。

 机に向かって何かを書き込んでいるノア様は、うんうん唸りながら頭を抱えていた。

「どうされましたか?」
「あー……ちょっと具体的な話になるんだけどね」

 広げられた紙にはいくつかの陣形が書かれていた。

 横に長く広がる横陣、左翼を前にし、右翼を後に配置する斜線陣、他にも円形や三角形など、今まで見たことのない陣形も書かれている。

「国王軍と聖騎士団の連合軍は、かなりの人数になると思う」
「そうでしょうね」
「それに対してベルリアンは集められてせいぜい二百人程度。そのうち八割が農民だとしたら、正面からぶつかると圧倒的にこちらが不利だ」

 そこまで話して、ノア様はため息をついた。よく見るとシャツの袖口がインクで汚れていた。それに気づかないほど集中していたのか。

 あくまで防衛戦であることは言わずもがな、できる限り負傷者を出さないことが軍議の中で決められていた。兵士のほとんどが農民であることから、労働力が不足することを危惧している一面もある。しかし伯爵様は誰であろうとベルリアンの大切な領民だと言っていた。

 それに本当であれば伯爵様は国王軍と聖騎士団とは戦いたくないと思っている。だから、できることならお互い無傷であればいいと願っているのだ。しかし現実的に考えるとそれはとても難しい。どちらも血を流さずに戦いが終わることなんて滅多にない。

「ただ防衛型の陣を張っても武力で押される、かといって攻撃型でも少数精鋭に頼るしかない……どうしたらいいんだろう」
「防衛型でも攻撃型でも難しいのであれば、包囲型もあります。相手の戦力をこちらが包囲することで士気を下げる方法です」
「ああ、確かにそうだね。今回はそっちの方がいいかもしれない」
「あまり根を詰めないでくださいね。あとでお茶を持ってきます」
「うん、ありがと」

 大きく伸びをしたノア様は再び戦術書を読み始めた。目の下にはうっすらとクマが浮かんでいる。昨夜も遅くまで軍議があった。朝も寝坊していないから寝不足なんだろう。こんなにも必死になって学ぼうとしている姿を見ていると、俺も何か助けになりたいと思ってしまう。

 お茶を淹れて、簡単につまめるものを用意して、インクの替えを渡すくらいしかできないけれど。

 少しでもノア様の助けになれたらいいのに。

 今まで感じたことのない感情に振り回されながら、俺は熱いお茶を淹れるためキッチンへと向かった。
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