いきなり有能になった俺の主人は、人生を何度も繰り返しているらしい

一花みえる

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2章

2-9

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 ノア様の作戦は見事に的中した。開戦から約三時間が経過し、太陽が顔を見せ切った頃。ついに国王軍と聖騎士団が動きを見せた。弓矢の音と共に大量の蹄の音が鳴り響く。地面が揺れ、俺たちの愛する土地が踏み躙られるように感じた。

 来る、もうすぐ、国内最強の軍隊が。俺たちの前にやってくる。ノア様が作った水の障壁はまだ消えていない。訓練通りに行っていれば両翼はすでに包囲陣形を完成させているだろう。あとは、向こうからこちらに直接的な攻撃が行われれば。

 俺たちの防衛戦は達成される。

「攻撃を受けたら一気に後退する。僕が障壁を作っているけどあくまでただの水だからね。突破は簡単だ」

 これまでと変わらず、ノア様は落ち着いた様子でそう言った。しかし横顔からは隠し切れない疲労が見て取れた。基礎魔法とはいえ、三時間ずっと水魔法を展開しているのだ。しかもいつ攻撃されるかわからない緊張感が常に存在する。戦闘に慣れていない俺たちにはここに居るだけでかなりの疲労を感じることになるのだ。

 それでもノア様は弱音を吐くことなく、じっと相手の動きを見ていた。グッと細められた緑色の瞳が、ふるりと揺れた。

「来た! 弓兵の攻撃だ、総員後退!」
「イエス、マイロード!」

 ノア様の声と同時に陣営が一気に動き出す。敵を奥へと誘い込むように後退していく。それに合わせて俺とノア様もジリジリと後ろへと下がっていくが、ノア様はまだ障壁を展開したままだ。

 ふと、頭上が眩しく光った。視線を上げると大量の弓矢がこちらに向かって降り注いでくる。ついにきた。これをうまく防いで鋭角くさび形を取る。兵士たちはすでに移動を始めているから、あとは俺たちが逃げ切れば問題ない。

「ジョシュア、今だよ!」
「はい!」

 ロングソードを握りしめ、飛んでくる弓矢を叩き落とす。全て、とはいかないが半分程度は防げただろう。水の衝撃が勢いを殺しているおかげもあって想像以上に戦いやすい。

 これならいける。最前線の俺たちが無事なら兵士たちの士気も上がる、包囲が完成するまで粘れば大丈夫だ。再び弓矢が飛んできた。ノア様も刀を構えた。軽やかな動きで弓矢を切り捨てていく。

「いたぞ、キャンベル子爵だ!」
「あいつを倒せ! 謀反者だ、殺せ!」

 敵の怒号が響く。今までに聞いたことのない、憎しみと怒りが込められた呪いの言葉が俺たちの耳に届いた。敵がノア様を狙ってくることは想定済みだ。そのために分かりやすく旗を掲げているのだから。

 しかし、実際に殺意を向けられると腹の底がひんやりとする。本当に殺される。俺が失敗したら、ノア様が死んでしまう。

「お逃げください、ノア様!」
「まさか。そんなことしたら作戦が台無しでしょ」
「しかし……!」

 焦りのせいか、それとも不慣れな実戦のせいか。剣筋が少しブレた。訓練であればその程度どうということはなかっただろう。しかしここは戦場だ。わずかな隙が命取りになる。防ぎ損ねた弓矢は真っ直ぐにノア様の方へと向かい。

 避け切れなかったノア様の左肩に、深々と突き刺さった。

「ノア様!」
「うっ……やっぱり痛いね、わかってたけど」
「何を悠長な……!」
「僕のことはいい、それよりジョシュア、合図を!」

 血を流しながらノア様が叫んだ。その言葉に合わせて左手を掲げた。指を思い切り擦り、火魔法を起こす。火花は鳥のように空を駆け上がり、上空で激しく弾けた。それを見た自軍は一気に陣を展開させる。それまで隠れていた兵士たちが一斉に姿を現した。今まで水の障壁に気を取られていた敵軍は、突然のことに動きを止めた。

 水の障壁が消えていく。目の前には国王軍と聖騎士団の旗を抱えた騎馬兵が密集していた。思っていたよりもかなり近いところまで迫っていたのか。自分たちの命が想像以上に危ない場所に置かれていたことに冷や汗が流れてきた。

「い、いつの間に包囲されていたんだ……」
「ダメだ、逃げ場がない! 囲まれた!」
「我々の作戦が読まれていたとしか思えない! どういうことだ!」

 戦力の差があるとはいえ、全方位を囲まれてしまっては身動きが取れない。敵兵たちが混乱している。

 そうして、しばらく睨み合ったあと。

「白旗だ! 白旗が上がったぞ!」

 遠くで、声が聞こえた。雲ひとつない空の下に、大きな白旗が翻っていた。

「総員、確保を! 一人残さず牢に入れろ!」
「イエス、マイロード!」

 それがノア様の最後の命令だった。ここから先は他の兵士たちに任せても大丈夫だろう。俺たちの作戦は成功した。誰も血を流すことなく、防衛に徹して領地を守る。初めは不可能と思えたが、ノア様の言葉通りに事が進んだのだ。

「やりましたね、ノア様!」
「うん、みんなが無事で本当によかった」

 ノア様はそう言ったが、左肩をずっと手で押さえていた。そうだ、全員無傷、ではなかった。ノア様だけが怪我をしてしまった。攻撃されることは想定内だったし、もしかしたら誰かが傷を受けることになるのはわかっていた。しかし、ノア様の傷は俺の力不足のせいだ。

 俺にもっと力があればノア様は怪我をすることなかった。俺が強ければ。俺に、力があれば。

「ノア様、動かないでください」
「え?」

 光魔法を使うなと言われていたのは覚えている。何があっても、絶対に、光魔法だけは使うな、と。その言葉を忘れたわけではない。しかし今は緊急事態だ。傷は深くないだろうが、長時間魔法を使った体では回復力も下がっているかもしれない。

 だから、躊躇わず光魔法で左肩を包み込んだ。今までのように体の疲労感を取り除く程度ではない、傷を完全に癒やすのだ。自分の体に流れる魔力を手のひらに集中させる。胸の痣が熱を帯びるのを感じた。

 あと少しで傷が癒える、と思っていたのに。

「ジョシュア! 何をしてるんだ!」

 ノア様は、思い切り俺の手を弾いた。鎧がぶつかり合って大きな音を立てる。突然のことに俺は言葉を失った。

「ダメだって言ったじゃないか! こんな傷、治療すればすぐに治る!」
「しかし、私のせいで怪我を」
「ジョシュアのせいじゃない、誰かが攻撃を受けないといけなかった、それが僕だった。それだけの話だろ!」
「……も、申し訳ありません」

 ノア様が声を荒げることは、昔から多かった。しかしそれは自分の我儘が聞いてもらえなかった時ばかりだった。こんな風に怒ることは一度もなかった。我儘と言えば我儘かもしれないけれど、その内容は今までと全く違う。

 自分のために光魔法を使うな、だなんて。それを守らなかったことで、ここまで怒るなんて。一体どうして。

「……父上に報告をしに行こう。今後のことについて話し合わないと」
「イエス、マイロード……」

 屋敷に向かって馬を走らせるノア様の背中を、俺は重たい足取りでついていく。ジクジクと痛む痣を抑えながら、無理やり思考をこれからのことへと切り替えた。
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