雨音の記憶、君の影

金森しのぶ

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第3話 筆談での告白

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週末になっても、雨はまだ降り続いていた。しとしとと降り注ぐ雨は、奏人にとっては心地よく、特別な意味を持つものとなっていた。

土曜日の朝、奏人は窓から外を眺めながら、ふとあの東屋で咲良にまた会えるのではないかという思いに胸を躍らせた。彼はお気に入りの小さなノートをポケットにしまい込み、家族に一言手話で伝えて外に出た。

傘を差さずに公園へ向かうと、すぐに体が濡れていくのを感じたが、奏人はそれを不快とは思わなかった。むしろ雨粒が肌に触れる感覚が心地よかった。公園に着くと、奏人は東屋を見上げ、静かな息を吐いた。

東屋には誰もいなかった。少しがっかりしながらもベンチに座り、目を閉じて雨の冷たさを感じた。その時、ふと気配を感じて目を開けると、遠くからピンクの雨合羽が近づいてくるのが見えた。

咲良だった。

奏人の心臓が少し早く打つ。咲良が東屋に入ってくると、少し驚いたような顔を見せてから、すぐに柔らかな微笑みを浮かべた。咲良はそっと奏人の隣に座り、小さなノートを取り出した。

『また会えたね』

奏人は微笑んで頷き、自分のノートを取り出して返事を書いた。

『また会えて嬉しい』

二人は再び、筆談で会話を始めた。

『今日は傘、持ってこなかったの?』と咲良がノートに書く。

『雨が好きだから、大丈夫』と奏人が返した。

咲良は少し困ったような、それでいて嬉しそうな表情をした。

『風邪ひいたら心配だよ』

その言葉に、奏人は不意に胸が温かくなった。これまで家族以外で、そんなことを気遣ってくれる人はほとんどいなかった。

『ありがとう。でも、本当に大丈夫』

咲良は優しく微笑んでうなずいた。そして少し迷ったようにペンを止めてから、再び書き始めた。

『奏人君って、ずっと耳が聞こえないの?』

奏人は静かに頷き、言葉を綴った。

『生まれつき。音のない世界しか知らないから、静かだけど寂しいと思ったことはあるよ』

咲良はその言葉を見つめ、少しだけ俯いた。

『私も、少しずつ視力が落ちているの。いつか見えなくなるかもしれないって……怖い』

奏人は一瞬驚いて咲良を見つめた。咲良は小さく微笑みながらも、その瞳には深い悲しみがあった。

『でも、奏人君と話していると少し勇気が出る気がする。ありがとう』

奏人はその言葉に心を打たれた。誰かの勇気になるなんて考えたこともなかった。

『僕も、咲良ちゃんと話していると嬉しい。雨がもっと好きになった』

咲良の頬がわずかに赤くなった気がした。

雨はやがて少しずつ止み始め、雲間から柔らかな光が差し込んできた。咲良はノートを閉じ、立ち上がると奏人に手を差し伸べた。

奏人はその手をそっと握り立ち上がった。二人は東屋を出て、公園の入り口まで静かに歩いた。咲良は入り口で立ち止まり、再びノートを開いて奏人に見せた。

『また雨の日に会おうね』

奏人ははっきりと頷き、微笑み返した。

咲良が去った後、奏人は静かな公園で一人立ち尽くした。胸には穏やかな幸福感と、咲良の抱える寂しさに対する切ない気持ちが入り混じっていた。

奏人は空を見上げ、小さく微笑んだ。

「雨の日が、もっと待ち遠しくなった」

そう胸の中でつぶやきながら、彼は再びゆっくりと家路についた。
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