雨音の記憶、君の影

金森しのぶ

文字の大きさ
14 / 30

第14話 未来への道

しおりを挟む
春が近づくにつれ、学校の廊下に新しい風が吹きはじめていた。
卒業や進級の話題が、あちらこちらでささやかれる。
咲良は、変わらず教室の窓際の席で、静かに友達の声や廊下を歩く足音に耳を澄ましていた。

世界はすっかり闇に包まれた。
それでも、咲良は以前よりも穏やかな気持ちで毎日を迎えていた。
なにも見えなくなってから、むしろ心の中の景色ははっきりしてきた気がする。



朝、昇降口で奏人が咲良を待っている。
「おはよう」
声と手話、そしてそっと握る手のぬくもり。

健太もすぐに駆けつけて「咲良ちゃん、今日も一緒に行こうぜ!」と元気に声をかける。
新学期に向けて、クラス替えの不安や、卒業後の進路を考える時期。
だけど咲良は、今の「いつも通り」の日常が、どんなに大切かをかみしめていた。

教室に入ると、クラスメイトの女子が「咲良ちゃん、お弁当一緒に食べよ」と声をかけてくれる。
男子たちも「今度の合唱コン、また伴奏してよ!」と明るく誘ってくれる。

咲良はそれぞれの声を、表情の代わりに心で受け取るようになった。



ある日の放課後。
学校のピアノ室で、咲良はみんなと合唱コンクールの練習をしていた。
もう楽譜も鍵盤も見えない。
それでも、歌声とピアノの響き、みんなの息遣いを肌で感じながら、何度も弾きなおしては「大丈夫」と笑った。

奏人はピアノのそばで拍手をし、健太は冗談を言いながら手拍子で盛り上げてくれる。
咲良は「失敗してもみんながいるから平気」と、肩の力を抜いて音楽に向き合えた。

「私、きっとこれからも音楽を続けていきたい」

咲良がそう言うと、女子たちも男子たちも「咲良ちゃんのピアノ、最高!」と口々に応援した。



家に帰ると、母親がリビングで咲良を迎える。

「最近、ずいぶん明るくなったね」と母が微笑む。

咲良は点字で書いた日記を机に置き、「見えなくなったこと、怖いのは変わらない。でも、みんながいるから、私、大丈夫だと思う」と伝える。

母親は、咲良の手をぎゅっと握り返す。

「咲良は咲良のままでいい。これからどんな未来でも、一緒に歩いていこうね」

咲良は、母の言葉をゆっくりと胸に刻む。

「うん。私、夢ができたんだ。もっと手話や点字を覚えて、みんなの役に立てる人になりたい」

母は「素敵ね」と言い、少し涙ぐんだ。



週末、公園の東屋。
奏人と健太、咲良が並んで座る。
春の雨が屋根をやさしく叩き、遠くからは桜のつぼみが膨らみ始めた気配がする。

「咲良ちゃん、これからどうしたい?」
健太が訊ねる。

咲良はゆっくりと息を吸い込み、指でピアノの鍵盤をなぞるしぐさをしながら答える。

「私は、もっといろんな音を知りたい。ピアノも歌も、みんなの声も、もっと聴きたい」

奏人が手話で「一緒にがんばろう」と伝える。
咲良はその手をぎゅっと握りしめ、「ありがとう」と微笑む。

健太は「オレも手話、もっと練習する!」と宣言し、三人で大笑いした。

「未来は、きっとこわいこともある。でも、歩いていく。みんなと一緒に」

咲良はそう言い、春の雨音に耳を澄ませた。



卒業式の日。
教室には、クラスメイトたちが咲良を囲んで「おめでとう!」と声をかけてくれる。

担任の先生も「咲良さん、最後までよく頑張りましたね。これからもきっと、素敵な音楽を届けてください」と温かい言葉をくれた。

奏人が「おめでとう」と声を震わせて言った。

咲良はその声を心の奥でしっかりと受け止め、
「ありがとう。私、これからもいっぱい音楽と歩いていくね」と微笑んだ。

最後にみんなで校庭に出て、手を繋いで大きな円を作った。
その輪の中心に立った咲良は、「どんな世界でも、歩き続ける」と静かに誓った。



春風とともに、新しい日々が始まる。

——見えない未来。でも、あたたかな手と声、音楽と笑顔が、咲良の道を照らしていく。

そして、その隣には、いつも奏人のやさしい声があった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

皇帝陛下!私はただの専属給仕です!

mock
恋愛
食に関してうるさいリーネ国皇帝陛下のカーブス陛下。 戦いには全く興味なく、美味しい食べ物を食べる事が唯一の幸せ。 ただ、気に入らないとすぐ解雇されるシェフ等の世界に投げ込まれた私、マール。 胃袋を掴む中で…陛下と過ごす毎日が楽しく徐々に恋心が…。

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

Blue Moon 〜小さな夜の奇跡〜

葉月 まい
恋愛
ーー私はあの夜、一生分の恋をしたーー あなたとの思い出さえあれば、この先も生きていける。 見ると幸せになれるという 珍しい月 ブルームーン。 月の光に照らされた、たったひと晩の それは奇跡みたいな恋だった。 ‧₊˚✧ 登場人物 ✩˚。⋆ 藤原 小夜(23歳) …楽器店勤務、夜はバーのピアニスト 来栖 想(26歳) …新進気鋭のシンガーソングライター 想のファンにケガをさせられた小夜は、 責任を感じた想にバーでのピアノ演奏の代役を頼む。 それは数年に一度の、ブルームーンの夜だった。 ひと晩だけの思い出のはずだったが……

イケメン警視、アルバイトで雇った恋人役を溺愛する。

楠ノ木雫
恋愛
 蒸発した母の借金を擦り付けられた主人公瑠奈は、お見合い代行のアルバイトを受けた。だが、そのお見合い相手、矢野湊に借金の事を見破られ3ヶ月間恋人役を務めるアルバイトを提案された。瑠奈はその報酬に飛びついたが……

【完結済】25億で極道に売られた女。姐になります!

satomi
恋愛
昼夜問わずに働く18才の主人公南ユキ。 働けども働けどもその収入は両親に搾取されるだけ…。睡眠時間だって2時間程度しかないのに、それでもまだ働き口を増やせと言う両親。 早朝のバイトで頭は朦朧としていたけれど、そんな時にうちにやってきたのは白虎商事CEOの白川大雄さん。ポーンっと25億で私を買っていった。 そんな大雄さん、白虎商事のCEOとは別に白虎組組長の顔を持っていて、私に『姐』になれとのこと。 大丈夫なのかなぁ?

不遇の花詠み仙女は後宮の華となる

松藤かるり
恋愛
髙の山奥にある華仙一族の隠れ里に住むは、華仙術に秀でた者の証として花痣を持ち生まれた娘、華仙紅妍。 花痣を理由に虐げられる生活を送っていた紅妍だが、そこにやってきたのは髙の第四皇子、秀礼だった。 姉の代わりになった紅妍は秀礼と共に山を下りるが、連れて行かれたのは死してなお生に縋る鬼霊が巣くう宮城だった。 宮城に連れてこられた理由、それは帝を苦しめる禍を解き放つこと。 秀礼の依頼を受けた紅妍だが簡単には終わらず、後宮には様々な事件が起きる。 花が詠みあげる記憶を拾う『花詠み』と、鬼霊の魂を花に渡して祓う『花渡し』。 二つの華仙術を武器に、妃となった紅妍が謎を解き明かす。 ・全6章+閑話2 13万字見込み ・一日3回更新(9時、15時、21時) 2月15日9時更新分で完結予定 *** ・華仙紅妍(かせんこうけん)  主人公。花痣を持つ華仙術師。  ある事情から華仙の名を捨て華紅妍と名乗り、冬花宮に住む華妃となる。 ・英秀礼(えいしゅうれい)  髙の第四皇子。璋貴妃の子。震礼宮を与えられている。 ・蘇清益(そ しんえき)  震礼宮付きの宦官。藍玉の伯父。 ・蘇藍玉(そ らんぎょく)  冬花宮 宮女長。清益の姪。 ・英融勒(えい ゆうろく)  髙の第二皇子。永貴妃の子。最禮宮を与えられている。 ・辛琳琳(しん りんりん)  辛皇后の姪。秀礼を慕っている。

『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』

鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、 仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。 厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議―― 最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。 だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、 結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。 そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、 次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。 同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。 数々の試練が二人を襲うが―― 蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、 結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。 そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、 秘書と社長の関係を静かに越えていく。 「これからの人生も、そばで支えてほしい。」 それは、彼が初めて見せた弱さであり、 結衣だけに向けた真剣な想いだった。 秘書として。 一人の女性として。 結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。 仕事も恋も全力で駆け抜ける、 “冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。

《完結》《異世界アイオグリーンライト・ストーリー》でブスですって!女の子は変われますか?変われました!!

皇子(みこ)
恋愛
辺境の地でのんびり?過ごして居たのに、王都の舞踏会に参加なんて!あんな奴等のいる所なんて、ぜーたいに行きません!でブスなんて言われた幼少時の記憶は忘れないー!

処理中です...