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第15話 春の光
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春。校舎の窓からは、ほのかな桜の香りと、やわらかな陽射しが流れ込んでいた。
咲良は制服の襟を指で整え、ゆっくりと廊下を歩いていく。白杖の先で床を確かめながら、靴音や遠くの友達の声に耳を澄ませる。
すっかり見えなくなってからも、咲良の毎日は、音と手のぬくもりに満ちていた。
「おはよう、咲良ちゃん!」
健太の明るい声が響く。
「今日は教室で新しい席だってさ、案内するよ!」
健太が元気よく手を引くと、咲良は照れくさそうに「ありがとう」と答える。
そのすぐ後ろから、奏人がゆっくりと歩いてくる。
「おはよう」と手話で伝え、咲良の手にそっと自分の手を重ねる。
二人の心の距離は、あの日々を通して、以前よりずっと近くなっていた。
進級を迎えた新しい教室。新しい先生、新しいクラスメイト。
でも、そこには変わらない友人たちの声と、温かな空気があった。
「咲良ちゃん、自己紹介お願いしまーす!」
担任の先生が明るく促す。
咲良は立ち上がり、ゆっくりと呼吸を整えた。
「水沢咲良です。目が見えませんが、音楽が大好きです。みんなと仲良くなれたらうれしいです。よろしくお願いします」
大きな拍手が教室を包む。その音に、咲良ははにかみながらも胸を張った。
奏人や健太がそっと手を握ってくれ、心の奥で「きっと大丈夫」と小さな勇気が芽生える。
*
新学期が始まって数日。
咲良は点字の教科書とにらめっこしながら、クラスの輪の中で少しずつ新しい人間関係を築いていった。
音楽室では早速、「今度の歓迎会でピアノ弾いてよ!」とみんなに声をかけられる。
「大丈夫かな」と不安もあったが、奏人と健太が「いっしょに練習しよう」と背中を押してくれた。
放課後、咲良と奏人、健太は音楽室に集まった。
咲良はもう楽譜は見えないが、指と耳でメロディを思い出す。
「きっと、失敗しても笑い合えるから平気」
そう呟くと、奏人は静かに手話で「すごいよ」と伝えた。
健太が横でリズムを取ったり、「ここはこうしたら?」と口ずさんだりする。
三人で何度も笑い、時には失敗して励まし合い、音楽室の中はやさしい音と笑い声で満たされていった。
「咲良ちゃん、昔より楽しそうだね」と健太がぽつりと言う。
「うん。見えなくても、みんながいてくれるから」
咲良はそう言って、ピアノの蓋にそっと手を置いた。
*
週末、公園の東屋に春の雨が静かに降り始めていた。
咲良は傘をさしてゆっくりと歩く。東屋には奏人と健太が待っていた。
奏人が咲良の手を取ってベンチへ導く。
「今日は、どんな音が聴こえる?」
健太が尋ねる。
咲良は少し考えてから、静かに答える。
「遠くの電車の音、鳥の声、それから雨が水たまりに落ちる音……みんなの声も、すごくきれい」
「オレたちの声、ちゃんと届いてる?」
健太がからかうと、咲良はふっと笑う。
「うん。心に、ちゃんと届いてる」
奏人はそっと、低く小さな声で「さくら」と呟いた。
それは彼が一生懸命練習してきた、“はじめての自分の声”。
咲良は目を閉じ、涙が浮かぶ。
「ありがとう、奏人君。世界が見えなくても、こうして大事なものは消えないんだね」
春の雨音が静かに三人を包む。
その静けさは、これから歩む新しい日々への“希望の音”のようだった。
*
家に帰ると、咲良は母と並んでテーブルにつく。
「新しいクラス、どう?」
「まだちょっと緊張するけど、大丈夫。ピアノもまた弾けるし、みんな優しいし」
母は静かに微笑み、咲良の手を握る。
「咲良が咲良らしくいられたら、それで十分よ。進む道がどんなに暗くても、あなたの中の光は消えないから」
咲良は母の言葉を胸に、明日もまた歩き出そうと決意した。
*
日曜の午後。咲良は新しい制服の袖を整え、家のピアノの前に座った。
楽譜も景色も見えないけれど、指先と心のなかに音楽が確かに生きている。
「未来はきっと、こわいこともたくさんある。
だけど、私には音と、友達と、家族がいる。
それだけで——世界は、こんなにも優しい」
ピアノの響きが部屋いっぱいに広がる。
咲良は目を閉じて、春の光を心いっぱいに感じていた。
——新しい季節が、また始まる。
——歩き続ける限り、音と手のぬくもりは、ずっと自分のそばにある。
咲良は制服の襟を指で整え、ゆっくりと廊下を歩いていく。白杖の先で床を確かめながら、靴音や遠くの友達の声に耳を澄ませる。
すっかり見えなくなってからも、咲良の毎日は、音と手のぬくもりに満ちていた。
「おはよう、咲良ちゃん!」
健太の明るい声が響く。
「今日は教室で新しい席だってさ、案内するよ!」
健太が元気よく手を引くと、咲良は照れくさそうに「ありがとう」と答える。
そのすぐ後ろから、奏人がゆっくりと歩いてくる。
「おはよう」と手話で伝え、咲良の手にそっと自分の手を重ねる。
二人の心の距離は、あの日々を通して、以前よりずっと近くなっていた。
進級を迎えた新しい教室。新しい先生、新しいクラスメイト。
でも、そこには変わらない友人たちの声と、温かな空気があった。
「咲良ちゃん、自己紹介お願いしまーす!」
担任の先生が明るく促す。
咲良は立ち上がり、ゆっくりと呼吸を整えた。
「水沢咲良です。目が見えませんが、音楽が大好きです。みんなと仲良くなれたらうれしいです。よろしくお願いします」
大きな拍手が教室を包む。その音に、咲良ははにかみながらも胸を張った。
奏人や健太がそっと手を握ってくれ、心の奥で「きっと大丈夫」と小さな勇気が芽生える。
*
新学期が始まって数日。
咲良は点字の教科書とにらめっこしながら、クラスの輪の中で少しずつ新しい人間関係を築いていった。
音楽室では早速、「今度の歓迎会でピアノ弾いてよ!」とみんなに声をかけられる。
「大丈夫かな」と不安もあったが、奏人と健太が「いっしょに練習しよう」と背中を押してくれた。
放課後、咲良と奏人、健太は音楽室に集まった。
咲良はもう楽譜は見えないが、指と耳でメロディを思い出す。
「きっと、失敗しても笑い合えるから平気」
そう呟くと、奏人は静かに手話で「すごいよ」と伝えた。
健太が横でリズムを取ったり、「ここはこうしたら?」と口ずさんだりする。
三人で何度も笑い、時には失敗して励まし合い、音楽室の中はやさしい音と笑い声で満たされていった。
「咲良ちゃん、昔より楽しそうだね」と健太がぽつりと言う。
「うん。見えなくても、みんながいてくれるから」
咲良はそう言って、ピアノの蓋にそっと手を置いた。
*
週末、公園の東屋に春の雨が静かに降り始めていた。
咲良は傘をさしてゆっくりと歩く。東屋には奏人と健太が待っていた。
奏人が咲良の手を取ってベンチへ導く。
「今日は、どんな音が聴こえる?」
健太が尋ねる。
咲良は少し考えてから、静かに答える。
「遠くの電車の音、鳥の声、それから雨が水たまりに落ちる音……みんなの声も、すごくきれい」
「オレたちの声、ちゃんと届いてる?」
健太がからかうと、咲良はふっと笑う。
「うん。心に、ちゃんと届いてる」
奏人はそっと、低く小さな声で「さくら」と呟いた。
それは彼が一生懸命練習してきた、“はじめての自分の声”。
咲良は目を閉じ、涙が浮かぶ。
「ありがとう、奏人君。世界が見えなくても、こうして大事なものは消えないんだね」
春の雨音が静かに三人を包む。
その静けさは、これから歩む新しい日々への“希望の音”のようだった。
*
家に帰ると、咲良は母と並んでテーブルにつく。
「新しいクラス、どう?」
「まだちょっと緊張するけど、大丈夫。ピアノもまた弾けるし、みんな優しいし」
母は静かに微笑み、咲良の手を握る。
「咲良が咲良らしくいられたら、それで十分よ。進む道がどんなに暗くても、あなたの中の光は消えないから」
咲良は母の言葉を胸に、明日もまた歩き出そうと決意した。
*
日曜の午後。咲良は新しい制服の袖を整え、家のピアノの前に座った。
楽譜も景色も見えないけれど、指先と心のなかに音楽が確かに生きている。
「未来はきっと、こわいこともたくさんある。
だけど、私には音と、友達と、家族がいる。
それだけで——世界は、こんなにも優しい」
ピアノの響きが部屋いっぱいに広がる。
咲良は目を閉じて、春の光を心いっぱいに感じていた。
——新しい季節が、また始まる。
——歩き続ける限り、音と手のぬくもりは、ずっと自分のそばにある。
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