雨音の記憶、君の影

金森しのぶ

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第18話 秘密の約束

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春の雨が、また静かに降り始めていた。
新しい生活が始まって一か月、咲良の中学校にもすっかり馴染んだ空気が流れている。
新しいクラス、新しい友達、そして目の前には広がる見えない世界。
けれど、咲良の心は不思議なくらい穏やかだった。

朝、いつもの昇降口で健太が待っている。
「おはよう、咲良ちゃん!」
その明るい声に、咲良は「おはよう」と微笑んで応えた。
健太は小声で「今日は雨だけど、帰り道で秘密の作戦だぞ」と耳打ちする。

「秘密の作戦?」
咲良は首をかしげる。
その後ろから奏人がやってきて、そっと手を重ねて「おはよう」と手話で伝えた。
三人は、雨のしずくがリズミカルに跳ねる道を一緒に歩き出す。



午前中の授業はどこか浮き立っていた。
教室の窓を打つ雨音がBGMのように静かに響いている。
理科の実験では、クラスメイトが「咲良ちゃん、一緒にやろう」と誘ってくれた。
みんなの声や手を頼りに、咲良は実験器具をそっと触れながら、少しずつ新しい経験を重ねていく。

「咲良ちゃん、これは試験管だよ」「このボタン押してみて」
視界はまっくらでも、手と声と音があれば、きちんと世界とつながれる。
そのことが、咲良には嬉しかった。

昼休み、健太が「放課後、ちょっとだけ寄り道していい?」とこっそり頼んできた。
「いいよ」と咲良が答えると、健太は嬉しそうに「やった!」とガッツポーズ。
奏人も、何があるのかを少し楽しみにしている様子だった。



午後の授業を終えると、外はまだ小雨が続いていた。
健太と奏人と咲良は、学校の昇降口で傘を広げる。

「今日はこのまま帰らないぞ、ついてきて!」
健太が先頭に立ち、三人で連れだって歩き出す。

目指す先は、駅前の小さな商店街。
雨の日はアーケードに人が集まり、色とりどりの傘がゆらめく。

「咲良ちゃん、ここ、なんの音かわかる?」
健太が急に足を止めて尋ねる。

「うーん……なんだろう。シャラシャラって、ガラスが揺れる音?」

「正解!」
健太はアーケードの飾りを説明しながら、「ここにさ、ずっと“願い事の短冊”をぶら下げるコーナーがあるんだ」と話し始める。

「今日はみんなで願い事、書こうと思って。
それぞれの秘密の約束、ここにしようぜ!」

奏人も、頷きながらノートとペンを出す。

咲良は「なんて書こう?」と少し考え込む。
健太は「なんでもいいんだよ。将来のことでも、今日やりたいことでも、みんなには秘密でもさ」

咲良はゆっくりと、点字で短冊に触れながら、自分の願いを心の中で考えた。

「私は、これからも音楽と友達に囲まれて生きていけますように」
そんな言葉を、小さな短冊に書き込む。

奏人も、「もっと声が出せるようになって、みんなとたくさん話せますように」と心を込めて綴る。
健太は「ずっと三人でいろんなことに挑戦できますように!」と大きく書いた。

三人は、お互いの短冊をそっと触れ合うようにして、願いのコーナーに結んだ。

「これは、ぼくらだけの秘密の約束な」
健太が真剣な顔で言う。

咲良は「うん、絶対に」と微笑み、奏人も小さく「だいじょうぶ」と口にした。



帰り道、公園の東屋でしばらく雨宿り。
小さなキーボードで咲良が短い曲を弾き、奏人が「さくら」と優しく呼びかけ、健太が大きな声で「楽しいな!」と笑った。

三人でいると、見えないことも、不安な未来も、少しだけ遠く感じる。

「これからも、何があっても、一緒に歩いていこう」
咲良がぽつりと言った。

「もちろんだよ!」
健太が返し、奏人も強くうなずいた。



家に帰ると、咲良は母に今日のことを話した。
「雨の日も、秘密の約束も、全部大切な思い出になりそうだよ」

母は「そうだね。きっと、これからも大丈夫」と静かに言った。

咲良は窓の外の雨音を聞きながら、心の奥に小さなあかりが灯るのを感じていた。

——どんなに未来が不安でも、きっと歩いていける。
——小さな約束が、咲良の“新しい幸せ”のしるしになった。
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