雨音の記憶、君の影

金森しのぶ

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第19話 本当の気持ち

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新しい学校生活にも、ようやく慣れが見え始めたある日。
春の雨は朝からしとしとと降り、咲良の部屋の窓にも水滴が静かに伝っていた。

白杖とリュックを手に、「行ってきます」と玄関で母に声をかける。
「今日は傘、忘れないでね」
「うん、大丈夫」
咲良は母の声の優しさに微笑み、傘の柄をしっかりと握った。

外に出ると、春雨の匂いがふわりと鼻をかすめる。
新しい道にもだいぶ慣れた。だけど雨の日は、音の響き方や足元のぬかるみがいつもと違って、ちょっぴり冒険気分になる。

昇降口では、いつものように健太と奏人が待っていた。
「おはよう、咲良ちゃん!」
健太の声は今日も元気で、咲良は自然に笑顔になった。
奏人は小さく手を振り、「おはよう」と手話で伝えてくれる。

三人並んで歩く登校路。
傘をさして歩く音、他の生徒たちのにぎやかな声。
雨のなか、咲良はふと思った。
——私は今、どんな顔をしているんだろう。

自分の“本当の気持ち”って、なんだろう。
そう問いかけたくなるのは、雨の日特有の静けさのせいかもしれなかった。



午前の授業中。
英語の発音練習で、咲良は自分の声が少し震えていることに気づく。
周りから見たら“いつも通り”なのかもしれない。
だけど心の奥では、「もっと上手にできたらいいのに」と、小さな焦りがくすぶっている。

休み時間、隣の席の女子が「咲良ちゃん、プリントまとめておいたよ」とさりげなく手渡してくれる。
「ありがとう」と咲良は笑う。
でも、本当は“自分でできたらいいのに”という悔しさもあった。

昼休み、奏人と健太と一緒に弁当を食べる。
健太は「この前の願い事、覚えてる?」と秘密の約束を思い出させてきた。

「うん。ちゃんと覚えてるよ」
咲良は頷く。
奏人も「がんばる」と短く手話で伝えた。

「オレさ、ずっと三人でいろんなことしたいって書いたけど……たまに“ひとりで何かやってみたい”って思うときもある」
健太がぽつりと打ち明ける。

「わかるよ」
咲良は優しく返す。
「私も、みんなと一緒はうれしいけど、ときどきひとりで静かにピアノを弾きたくなるときもある」

奏人もゆっくりとうなずいた。

「本当の気持ちって、どうやったらうまく伝えられるのかな」
咲良が呟くと、健太は「難しいよなぁ」とぼやいた。

「でも、たぶん……ちょっとずつ伝えていけばいいんじゃない?」
健太の言葉に、咲良は心の重さが少し軽くなった。



放課後、教室で。
友人たちが「咲良ちゃん、一緒に下校しよう!」と誘ってくれる。
咲良は「ありがとう。でも、今日は少し寄り道して帰る」とやんわり断った。

奏人と健太も一緒に、三人で静かな公園に立ち寄る。
雨が上がったばかりのベンチに座り、咲良はゆっくりと話し始めた。

「私ね、本当は最近、すごく不安だったんだ。新しい学校も友達も全部、ちゃんとやっていけるか心配だった。
でも……みんなとこうしていると、怖くなくなる」

健太が「オレも同じだよ」と頷き、奏人も「だいじょうぶ」と低く小さな声で伝えた。

「ありがとう。私、これからも“本当の気持ち”をちゃんと伝えていきたいな」

三人はしばらく沈黙したまま、静かな春の公園を感じていた。
遠くから鳥のさえずり、地面の水たまりに風が吹く音。
それぞれの“心の音”が、少しずつ重なり合っていく。



家に帰ると、母親が夕飯の支度をしていた。
「今日はどんな日だった?」
「いろいろ考えたよ。私の“本当の気持ち”ってなんだろうって」
母は「すぐに見つからなくても、少しずつ分かれば大丈夫」と言ってくれた。

咲良はその言葉に勇気をもらい、ピアノの前に座った。
今日感じたこと、伝えたい気持ちを音に込めて、静かに鍵盤を叩く。

——“本当の気持ち”は、きっとすぐそばにある。
——音や声や、手や、ぬくもりのなかに。

咲良はそう思いながら、明日も少しずつ、自分の心と向き合っていこうと誓った。
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